皮下接触 IV - 京一

 もう大丈夫だ。
コイツはもう俺のものだ、誰がどうしようと絶対に俺から離れていくワケがねェ。

 そんな風に思っていられたのは、初めて龍麻を抱いた夜だけだった。
龍麻は何も変わらなかった。
普段通り登校し、淡々と皆と接し、授業を受け、メシを食い、…俺を見る。何の表情もなく。

 何かが変わることを、俺はひどく期待していたのだ。龍麻の中の何かが消えることを。
いつも自分を抑えているタガが外れることを。

 あの夜のことは夢だったような気がしてきて、不安になる。
あまり不安になったので、次の日の夜も龍麻を抱いた。
「お前は俺のものだ…」
 そう言って、束縛するようにキツく抱き締めてキスしたら、あっさり頷きやがって、何だか肩透かしを食らった気分だったが、それでも嬉しかったのだ。俺は認められたのだ、そう思ったから。

 だが、俺は気付いた。気付いてしまった。
抵抗がないのも、俺のやりたいようにやらせているのも、全てコイツの器の大きさの成せる技なのだ、と。
これが俺じゃなくて、アランや村雨だったとしても、コイツは受け入れ、何事もなかったように振る舞うのだと…。

 悔しかった。
いや、哀しかった、のだろうか。
どんなに濃厚な愛撫を繰り返しても、他人を拒絶するような龍麻の肌はひやりと冷たい。俺の独り相撲を嘲笑うかのように。
 無意識で爪を立てる。
白い肌に赤い筋が走る。
身を固くしたり、時には声を上げるのを見ると少しホッとするが、それでも結局行為が終わればまたコイツは涼しい顔で日常へと戻っていくのだ。
 また腹が立ってきて、強めに乳首を噛んでしまった。
───!」
…驚いた。
どんなことをしても絶対抵抗をしなかったのに。
 思わずいつものクセで、顔を見上げた。何かした後は、少しでも反応が出てはいないかと必ず顔を見てしまう。
だが…。
 何事もなかったように、奴は身を起こそうとしている。
俺を見る瞳は、そこに何もいないかのように虚ろなまま。

 ……どうしてなんだよ。どうして俺はお前の中にいないんだ。

 カッと頭に血が上った。
ベルトを手早く外して、龍麻の両手を縛り上げる。
伸びた片端をベッドの柵に縛り付けて固定してやると、流石に何か言いたげに身じろぎをした。
だが、俺は知っている。
本気で抵抗すれば、こんな風に俺なんかに縛り上げられる筈がないんだ。
なのにコイツは、大人しく俺の暴力を受け入れる。抗議一つしようとしない。
 閉ざされた唇に唇を重ね、強く吸う。
舌を差し入れると、身体からスッと力が抜けていくのが分かった。
…どうして諦めちまうんだ? 俺に何を言っても仕方ない、…そういうコトか?
 滑らかな肌の上に舌を這わせると、ところどころで身を固くする。
感じているのは分かる。どこをどうすれば、龍麻がイクのか、俺はもう知っている。
だが、そんなものは生理的な快感でしかない。
惚れた女じゃなくても、勃つし、達する。その程度なのだ、龍麻にとっては。
 …畜生。
 俺は。
俺はこんなに、お前を欲しているのに。お前に認められたくて、お前に俺を見て欲しくて、なりふり構わず本気で鍛練するまでになったのに。
 まだぐにゃりとしたままの龍麻のモノを口に含んだ。
ビクリとして、奴が身を捩る。
「…やめろ…放せ。」
流石に嫌なんだろう、男にこんなトコロをしゃぶられるのは。俺だって嫌だ。
だけど、だからこそ、嫌悪感と快感で理性をなくさせてしまいたい。そのためなら、どんなことだってしてやる。
 竿の根元の辺りをくすぐるように舐める。先の方を軽く噛む。口に含んで柔らかく扱く。
「…く…やめ…ッ」
だけどどうしても勃たない。それに、激しく身を捩って抵抗するので、俺は一旦龍麻を解放した。
奴はホッとしたように息をついた。
余程嫌だったんだろうか。額が汗ばみ、長い前髪が少し貼り付いて、あの眼が見え隠れしている。
 キスするつもりで頬を両手で包み込んだ。

 奴の眼が俺を見つめる。
だけど、奴は俺を見ていない。

 頭の中で、どす黒い何かがはじけた。
どうしても俺を認めねェんだな、龍麻。
そういうことなら容赦しねェ。
 俺は立ち上がって、ムスコを奴の口に押しつけてやった。
抵抗するならしろ。無理矢理ねじ込んで、犯しまくってやる。
 顔をしっかり両手で掴んで、逃げられないようにすると、龍麻はまた諦めたように力を抜いた。
そして、自分からその唇を開き、俺を受け入れようとしている。

 ───殴りつけたい衝動と、龍麻を汚したい欲情とが、俺の中でせめぎ合い、やがて一つの出口へと放出されていく。

 畜生。
殺してやりたい。
ずっと抱いていたい。

 あっさりと龍麻の口の中で果てた俺は、まだ収まらない動悸と興奮をどうしていいか分からず、奴から身体を離した。
 苦しい。
苛立ちも不満も、何もかもがくすぶったまま体内に残っている。
これをどうしたらいいのか解らない。解らないんだ龍麻───

 固く眼をつぶったまま、微かに眉を寄せた顔。
口の端からは少し白濁した液体が、細い筋を引いてこぼれ落ちている。
小さな嚥下音が聞こえた。
ギクリとして見ると、龍麻の白い首、喉の突起が微かに上下する。
 …何で、平気なんだ?
どうして惚れてもねェ、それも野郎の精液を飲み込んだり出来るんだ?
お前は───俺をどう思っている? 何を望んでいる?
そうまでして、仲間を…お前の「駒」を、傅かせておきたいのか…!

 もう、俺を動かしているものが何なのか解らなかった。
怒りか。悔しさか。ただの劣情か。
 爪を立てると、龍麻は小さく声を上げた。
抱かれることに慣れたのか、最近は余り、よがり声を上げることもなくなった。
苦痛を与えるだけが、唯一俺の存在を知らしめる手段なんだろうか。
 思い切り乱暴に龍麻を差し貫いて、俺は二度目の射精をした。
「…ッう…」
小さく呻いてぐったりとなった身体からちょっと身を離し、息をつく。
馬鹿だ、俺は。
こんなことをしても、龍麻は俺を認めはしないだろう。
いつまでたっても「龍麻の身体を欲しているだけの劣った人間」でしかない自分───
 ふと気付いて、両手を縛り付けていたベルトを外した。
強く絞め過ぎたらしく、手首に擦り傷が出来ている。
俺は右手の尺骨の辺りに出来た傷を舐めた。
鉄サビの味が塩辛さと混じって口の中に広がる。
擦り傷に舌を捻り込むようにして舐めると、悲鳴にならない片息の漏れるのが聞こえた。

 苦痛を、与えることだけが───

 俺はいつまでも龍麻の手首の傷をいたぶり続けた…。