フレンドリーな努力

 〜前回のあらすじ〜
 真神学園へと転校することとなった緋勇龍麻は、己の無口無表情に悩みつつ明日香学園での最後の生活を終える。思いがけなく、担任の有間に自分の内面を理解してもらっていたことに感動する緋勇。
そこで何とか他人にフレンドリーな自分を分かってもらえるよう、担任の有間のアドバイス:
 1.気持ちをジェスチャーで示そう
 2.キッツイ眼を前髪で隠しちゃおう
を胸に、東京へと旅立ったのであった。


 校長室で、学園生活を大いに楽しんで欲しいだとか言われたあと、担任の先生を紹介されてオレは驚愕した。しつこいようだが顔には出ていない。
(うおっ! パツキンねーちゃん!! ラッキー!!!)
「3−C担任のマリア=アルカードです。よろしくね。」
ニコリと微笑んだ様は、凄絶なまでに美しい。
こういうのを何と言うんだったかな。えーと…ああ、「妖艶」! 妖艶だよ。
 マリア先生が怪訝そうな顔をしたのを見て、はっと我に返る。いけねぇ、初っぱなから有間の忠告を忘れるところだったぜ。
「よろしく………お願いします」
この2週間、何百回も何万回も繰り返し練習した台詞だ。深々とお辞儀も忘れない。
「礼儀正しいのネ。ウフフ」
よっしゃあ! 間に合ったぜ! 偉いぞオレ!
オレは三振を奪った松坂投手のようにガッツポーズを決めた。勿論心の中で。

 この学園に転入することになったのは、実父の旧友である鳴瀧という人に勧められたためだ。理由ははっきり教えてもらえなかったが、要するに莎草みたいなのがこの学園近辺に出没するってことなのだろう。それで、奴を倒したオレのウデを見込んで、「そいつも倒してきてくれ」と暗に願ってるんだろう。
 顔も知らない親父のことを尋ねてもロクに教えてくれないし、なんだか胡散臭い人ではあったが、古武道を教わるにあたって、礼節だとか立ち居振る舞いだとかをたたき込まれた。どっかのアヤシイ団体のエセ教祖みたいな人かと思ってた分、キチンとした人物だと分かってホッとしたものだ。
 そんな人がオレに、転校して、何かを護れ(なんだか分からないが)と言うのだ。オレの正義感とか義侠心みたいなものが<言うとおりにしろ>と命令したので、親を説得して無理矢理転校と相成ったのだった。
 転校に関しては思ったよりあっさりと両親ともに納得してくれたが、東京で一人暮らしというのには、最後まで母は反対していた。かといって、仙台から通わせるわけにはいかないし、父を置いて自分だけついてくる訳にもいかない。最終的には防犯防音防弾が完璧な、ちょっと立派すぎるマンションが用意されることになって、ちょっぴりオレを恐縮させたのだった。…言っておくが、最後の「防弾」は冗談だぜ。って誰に説明してんねん。

 心漫才を噛みしめながら、パツキ…いやマリア先生に連れられてテクテク歩くと、いよいよ第一関門が見えてきた。
3−Cのクラスメートに紹介されるのだ。
 自己紹介。この世で最も苦手なモノの一つ。
 だが、オレは有間の「頑張ってね、緋勇クン」という言葉と笑顔を胸に、この春休み中ずーっと練習をしてきたのだ。大丈夫。絶対大丈夫だ。
自分に暗示をかけて、マリア先生の横に立った。

「…じゃ、自分の名前を書いて…」
 オレは慌てないように自分の名前を黒板に書いた。手が震えてる。ひー。
そしてゆっくり振り向くと、何千回も血反吐を吐くまで練習した言葉を発した。
「緋勇龍麻です。よろしくお願いします」
そして深々とお辞儀をし、あとは誰とも目が合わないよう、少し俯く。
前髪はバッチリ伸びたとはいえ完全に目が隠れるものでもない。クラスを見渡して「睨め付けられた」なんて思われないようにしなくては。
 …だが。
オレが声を発するまで何やらざわついていた教室は、突然シーンとしてしまっていた。
後で思い返すとほんの一瞬だったようだが。
 (ああっ…やっぱダメだったか!? オレ、なんか間違った? センセー、早く俺を席に着かしてけろ〜(半泣))
思わず仙台弁で泣き言を思っていると、だがふいに、静寂は破られた。
「…前の学校では何て呼ばれてましたか!?」
「血液型は?」
「好きな食べ物はァ?」
「好きな女の子のタイプはッ?」
「お姉さんか妹いるッ?」
「スポーツなにやってんのォ?」
「どこから通ってるの?」
「部活とか何に入ってた?」
 うっ…
もうついていけない。オレの頭の中は既にパニックに陥っていた。
 えーと最初の質問は何だっけ、あー前の学校では「鉄面皮」って呼ばれてました〜。なんて言えない。つーか言いたくない。でも、親しみを込めてあだ名で呼んでもらった記憶は…メチャメチャ遡って幼稚園時代だな。遡り過ぎだっちゅーの。でも隣のマーくんが「ひゆう」って言えなくて強引に呼んでた、アレしか覚えがない。
………ひーちゃん、と呼ばれて…ました」
「へえー」
かなり遅れた返事だったが、誰も咎めない。よしよし、まだセーフだ。
えーと、次の質問はなんだっけ?
……血液型…は、…O型です…」
だが、オレが俯いて口ごもってるのを見て、先生が可哀相に思ったのか助け船を出してくれた。
「チョットみんな待って。緋勇クンが困ってるでしょ。質問は終わりにします。」
…ふー。助かった。
 オレは足早にこの拷問場から脱して、「クラス委員長の美里サン」の隣の空いた席に座り込んだ。
うう。手の震えが止まらん。一ヶ月分くらい喋った気がする。
隣の「美里さん」も、何やら色白な綺麗そうな感じだったが、ゆっくり観察する余裕はなかった。
…いいんだ。とにかく第一関門は突破したんだ。
「偉かったわよ、緋勇クン」と有間の声が聞こえた気がした。勿論気のせいやっちゅーねん。

 HRが終わって、隣の美里サンが声をかけてきた。
目を合わせないようにしながらそっと顔を見ると、想像したより遙かに美人だった。
うわー。めんこい。
急に方言が飛び出すほど、オレは驚嘆したのだ。顔には出ないのは前述に同じ。
ちなみに「めんこい」は可愛いって意味だ。だから誰に説明しとんねん。
 「よろしくね」という彼女の言葉に、心の漫才舞台から現実に引き戻されたオレは、来た! 第二関門だ! とばかりに、さっと右手を出した。
「美里さん」は一瞬目を丸くしたが、ニッコリ微笑んで、すぐに自分の右手も差し出してくれた。両手でそのほっそりした手を掴むと、「よろしくお願いします。」とオウムのような馬鹿の一つ覚えを口にする。練習通りだ。
 と、突然横から別の女が出てきた。こっちもなかなか「めんこい」。
いきなり「葵みたいなの、好みのタイプでしょー?」とか聞いてくる辺り、元気でストレートな女だ。この人…桜井にも、右手を差し出し「よろしくお願いしマス」を繰り出しとく。
 台風のような彼女が去った後、美里も後を追うように教室を出ていったが、二人とも気分を害した様子はない。よっし、第二関門も突破したか!? オレ!
 油断しかけたら、今度は男子生徒が目の前に現れた。勿論、蓬莱寺と名乗ったこの人にも右手&「よろしくお願いしマス」攻撃だ。すると、彼はちょっと声をひそめて脅しをかけてきた。
「ひとつ忠告しておくが…あんまり目立ったマネはしない方が、身のためだぜ。」
顎で差すのにつられて後ろを見ると、そこには、よく因縁を付けてくる不良さんの見本がいる。
 やっぱ前髪伸ばして正解だったな。
オレは後方を見やりながら大きく頷いた。

 だが昼休みになると、美里と話した後、結局その不良さんからガン飛ばされちまったのだった。目立たないようになるべく俯いて、彼女の質問には頷くだけにしていたんだがなあ。佐久間とやらが美里に惚れてたって、オレには関係ないじゃないか。彼女だって、隣の席だから親切に声をかけてくれてるだけだろう。オレがいきなり口説いたように見えたのか?
そこまで考えてから、女には握手を求めるのは不適切だったかな、ということに気付いた。…今後気を付けよう。
 「おい…」と佐久間が声をかけてきて、全ての苦労も水の泡だったか、と諦めて立ち上がろうとしたとき、蓬莱寺が間に入ってきた。
驚いたことに、佐久間は去っていく。ふうん。この木刀かかえた男は強いのかな。それか人望があるのか。
そういう人と仲良くなっておけば、いらん諍いが減るかも知れないなどと打算が浮かんで、彼の「校内案内」の申し出に大きく首を縦に振った。
………。お前…。口きくの嫌なの?」
うっ…
オレは焦った。仲良くしようと心に決めたとたんに嫌われてしまったか?
だが、ここで言い訳が出来るようなオレなら、こんな苦労はしてないのだ。
「…いや…」
とりあえず、首を横に振って否定の気持ちだけは伝える。
 オレの様子をしばらく眺めていた彼は、ふいに「…まっ、いいか!」と明るく吹っ切った。そして。
「それより緋勇。この真神学園の図書室には、秘密があるんだ。聞きたいか?」
とか言いながら、オレの肩にひょいと腕を回してきたのだ。
………ああ。」
返事を遅らすまいと必死で頷きながら、オレはこの感動に涙した。当然顔には出ない。
 ああ…こんな「お友達とのスキンシップ」なんて小学生の頃以来かな。
殴り合いが唯一のスキンシップ、こんな風にオレに「馴れ馴れしく」出来る奴なんて長いことお目にかかってなかったのだ。ううっ。嬉しいよ蓬莱寺くん。キミには伝わらないだろうけど、オレは心の中で深ーく感謝した。
とりあえずキミには嫌われたくないな。キミの忠告通り、目立つ真似は避けるから、こんな風にずっと友達扱いして下さい。

 そんな思いも空しく、事件は起きた。
例の佐久間がとうとうキレて、オレを体育館裏まで引きずってきたのだ。
昼休みに廊下でぶつかって校内新聞をくれた、新聞部の遠野と、一緒に帰宅しようとしてたのが気に入らなかったらしい。
お前、美里が好きなんじゃなかったのか? 気の多い奴だよな。
 女に囲まれてどーのこーのと難癖を付けてきたのだが、別に囲まれはしなかった。
何人かのクラスメートがちょこちょこ声をかけてきたが、ほんの一言くらいだし、男の方が多かったけどな。
遠野だって、転校生のインタビュー記事を書きたいとか何とか言ってただけだぞ。
オレの何が気に入らないんだろう。
蓬莱寺に言われて佐久間を振り返ったとき、もしかしたら目があっちゃったかな。
 覚悟を決めつつ、佐久間その他の因縁台詞を聞いていたら、なんと上から声が降ってきた。
オレはまたも驚愕した。今日は驚いてばっかりだ。言うまでもなく顔には出ないが。

「実を言うと、俺も前からお前の不細工なツラが気に入らなかったんだよ。」
 蓬莱寺が木の上から降りてきて、妙に嬉しそうに佐久間を挑発する。
ひどい奴だよな。オレも口が達者なら、ここで「残酷だなあ蓬莱寺。美里に釣り合わないヒドいツラだなんて、そこまで言わなくてもいいじゃないか」とかボケてみたいんだけど。オレの百万倍は口が動きそうなコイツのコトだ、「おいおい、俺はそこまで言ってねえっつーの」と裏拳かましてくれそう。
そんなドリームに、オレはしばらく恍惚と浸ってしまった。
「オイッ緋勇ッ。 俺のそばから離れんじゃねーぜッ」
 その声にハッとすると、蓬莱寺は既に子分その1を倒したところだった。
うーん。やはりその手の木刀は伊達じゃなかったんだな。
しばし、彼の流れるような剣技に見惚れる。
 本気を出していないらしかったが、時たま木刀から<<気>>が発せられるのに気付いた。
ほんの数ヶ月ではあったが、<<気>>の溜め方、練り方を学んだのだ。こんなことが出来るのは並大抵じゃないってぐらいは分かる。
すげぇな…こんな使い手がいるんだ。高校生なのにな。

 しかし、ボーッと観戦してるのが目に入ったんだろう。
「すましてんじゃねえッ!!」と叫びながら佐久間が突進してきた。
最後の子分4を叩きのめしながら、しまった、という顔で振り向く蓬莱寺が、目に入る。
「緋勇ッ!」

 どかっ。

 うわ…。今のはすごい衝撃だったかもしんない。
<<気>>のことなんか考えていたので、佐久間を蹴り上げる際、咄嗟に放っちまった。
突っ込んできた奴の勢いもあって、思い切り「入って」しまったのだ。
 吹っ飛んで壁にぶち当たった佐久間は、そのままグニャリと崩れた。
まずったな。骨とか折れてないといいけど。

 オレの心配を余所に、ピンピンしていた佐久間がまたファイティングポーズを取ったところで、勝負は水入りとなった。
 なんだか凄い巨漢が止めに来たからだ。
佐久間が所属するレスリング部の部長だからか、その体躯が示すとおり強い男だからか、佐久間は一応引き上げていった。
最後にオレと蓬莱寺を一睨みするのは忘れていなかったが。
 謝罪を口にしながら声をかけてきたその巨漢、醍醐は如何にも武道家といった感じだ。
オレのたった一撃の蹴りを古武道だと言い当てた。こいつも並みの人間じゃなさそうだ。
 もしかしたら───ふと、鳴瀧先生の顔が脳裏によぎる。
こんなのがゴロゴロいる学校だから、オレを喚んだのか。

 その疑問に答えるように、醍醐が言った。
「この学園はこう呼ばれている────<<魔人学園>>とな。」

05/22/1999 Release.