怪しさ大爆発!

 〜前回のあらすじ〜
一九九九年、東京。
退廃と歓楽、希望と絶望の交錯する街───新宿。
その街にある都立真神学園高校。旧い歴史を持つその高校に、ある日、ひとりの転校生がやって来る。
彼の名は緋勇 龍麻。目は怖いが(笑)その内面は、自分の無口無表情に悩む普通の高校生。心の中にボケとツッコミを持っているのがチャームポイントだ。
うっかり学園の聖女と呼ばれる美里葵と握手しただけで、それを快くおもわない佐久間という不良に呼び出されてしまうが、ちょっとかじった古武道であっさりやっつけ、周囲に誤解を振りまくのだった。


 早くも第一日目からつまづいたオレだったが、まだ今のところクラス中から総スカンを喰らうほどの失敗はしていない。
そんなワケで、今朝は一大野望を達成するべく、オレはメラメラと燃え上がりながら登校した。
その野望とは…。
 3−Cのドアをガラッと開ける。そして爽やかに「おはよう」と笑って中に入るのだ!

 …ま、まあ、「笑って」のところはちょっと削除しておいて。
 …「爽やかに」も…消すか。
とにかく「ガラッ」&「おはよう」だ! やるぞ! ウィーッス!!

…………おはよう。」
 ………爽やかに、を削除しといて良かった。…で、でも言えたぞ。

………
 ぐ…。また変な沈黙だ。教室には十数人の生徒がざわざわと雑談していたのに、みんなピタリと黙ってオレに注目している。そりゃまあ、自分でもなんか「地獄の底から響く」って感じで好きな声じゃない。もっと軽く、そう、あの蓬莱寺のような声で「おっはよーさん!」とかのノリで挨拶したいのに。…この野望はもう少し慣れてからにすりゃ良かったな。しくしく。
 だが、オレのこの絶望はほんの一瞬で済んだ。
「おっはよー緋勇くん」
「おっす」
「おはよー」
教室にいた殆どが、口々に挨拶を返してくれたのだった。
 …良かった…。あの沈黙と、それに女子が数人固まって、こっちを見ながらクスクス笑ってるのは気になるが、とにかく「クラスメートと朝の挨拶をする」野望は達成されたのだ。
 昨日に引き続き大成功だ。サヨナラアーチを放った大豊選手のようにバンザイしながら心の中のダイヤモンドを駆け抜けるオレだった。

 鼻歌でも歌いたい気分のまま、今日の授業は滞りなく終わった。
 2時限目の生物の時間には犬神先生に「転校生。お前やってみろ」と当てられた。授業で当てられたのは小4が最後だ。その後は教師ですらオレと目を合わせようとはしなくなったから。難しくて答えられなかったが妙に嬉しかった。
 昼休みに学食へ行ったときなどは、オレの前の席の穂沢という奴が声をかけてくれて、一緒にメシを喰った。
「な、オレ一応演劇部なんだけどよ。お前は何かやってたの?」
………いや…」
「…ふ〜ん…。あー…そんじゃ、やってみないか? 演劇、けっこーハマるぜ?」
…………
「あー…勿論、無理には言わねえよ。見学だけでも来ないか?」
………ああ…」
 自分でも悲しくなるくらい会話が弾まなかったが、本当はオレとしては
「へ〜演劇なんて面白そうだよなー。オレも舞台とか見るのは好きなんだよ。オレに演技は出来ないだろうけどさ、裏方くらいなら何でも手伝うぜ! 見学? 勿論行く行く!」
と言いたい気持ちをなんとか表現したかったのだが。どう聞いても無愛想だ。
 しかし、穂沢はあっさりと
「ま、いいさ。しかし緋勇って、マジ無口なんだなあ。勿体ないぜ?」
と笑って流してくれたのだった。
 何が勿体ないのかはともかく、「無口」で済まされるのは嬉しかった。
「無愛想」より256倍は良いじゃないか。いつの時代のマシンやねん。てゆーかマシンって何やねん。

 そんな感じで、放課後「一緒に帰ろーぜ」と蓬莱寺が声をかけてくれた時には、オレの幸せはピークに達しようとしていた。
ぶっきらぼうにしか聞こえない「ああ。」という返事に、なんとか首をブンブン振って「友好」をプラスする。犬の尻尾でもあればちぎれるくらいに振ってやるのに。
 気持ちは伝わったらしく「へへへッ」と笑って彼は話を続けた。昨日と同様、肩に手を回してちょっと内緒話をするような体勢で。
何やら女子校生が何とか言っているようだが、アガッてしまって良く聞き取れない。嬉しいのは嬉しいんだがやっぱり慣れが必要だ、スキンシップは。
 顔にはやっぱり出ていないだろうが、SL並みにシュッシュポッポ言ってる心臓の音とか、ガチガチに固まった身体は蓬莱寺にも伝わりそうなもんだ。だが彼は楽しげに話を続けている。
なんだか呼吸も苦しくなってきた。すまん、オレ持病のシャクが出てちょっと照れちゃうんだ蓬莱寺! も少し離れて下さいヘルプミー!
 混乱のあまり危うく「触るな…」という端的な言葉が口に出そうになったとき、遠野が現れた。ああ助かった。蓬莱寺くんの友情に蹴りを入れてしまうところだった。
 遠野は昨日の一件を心配して来てくれたらしい。
詳しいことを話したいのは山々だが、そんな長台詞が言えるわけないので、「いや…」と首を振って終わりにする。
 しかし、あんまり諦めてないらしい遠野は、一緒に帰ろうと誘ってくれたのだ。同時に二人から誘われるなんてメッチャ嬉しいけど苦しい展開になってしまった。悩むよなあ。こんなの生まれて初めてだしー。てへ。
 オレが悩んでいる間に、「俺と緋勇は、ふっかーい絆で結ばれてんのさ」などと言って、蓬莱寺が遠野を追い返してしまった。嬉しいです〜。深い絆って、友情だよね!? えへへへ。
でも、また身体を密着してくるのはやめてくれ〜。もう泣きそう。心の中でだけど。

 だが話は更に一転した。昨日の巨漢がオレたちの予定を粉砕したのだ。
蓬莱寺が、こいつのワザを見て闘ってみたくなったんだろう、と醍醐に確認している。彼も認めてるし。
昨日の佐久間とは違って、二人とも笑顔だ。純粋に、古武道を体感してみたいってことなんだろう。さすが武道家だ。
体格差から考えても勝てそうにはないが、負けても怪我をする程にはやられないだろう。喧嘩じゃないんだから。
(ま…これ以上蓬莱寺に抱きつかれてるより楽かも)と思い、「ちょっとつきあってくれないか」との言葉に素直に頷いた。

 …しかし、またも予想は半分外れた。勝っちまったのだ。
確かにオレは場数を踏んではいる。だが、特別強かったわけではないし、ヤバイと思った時は迷わず逃げたから今生きているのだ。なのに。
 醍醐と対峙したとき、彼の構えを見て、力は敵わないがスピードでは勝てる。一撃くらっても二撃先に入れることが出来たらオレの勝ちだ。後ろにまわって死角を攻められれば一撃でも勝てる。そんな考えが不意に浮かんだのだ。
 オレってそんな「戦い上手」だったっけ? 少し不信に思いつつ、素早く横に回って剄を発する。…これだって、こんなに早く、続けざまに打ち込むなんて出来たっけ?
 なすすべもなく倒れた醍醐を見つめる。そして、観戦していた蓬莱寺の、あっけにとられたような顔を見る。
なんだかバツが悪くなって、オレは立ち尽くした。うう、もっと接戦になって、二人ともフラフラになって倒れて、どちらからともなく「お前…強いな」「お前もな」とニヤッと笑い合って男の友情が芽生えるのを楽しみにしてたのにー。いや、ニヤッともチラッともオレは笑えないんだけども。
 ヤバイ。空気が白けてるような気がする。
「醍醐。大丈夫か」と声をかけている蓬莱寺の声を後目に、オレはそーっと逃げ出した。居ても、どうせ何も言えないし。
また一つつまづいたようだ。チクショー。オレ、グレそうだよ有間センセー。

◎・◎・◎

 よく考えたら逃げないで、喋れなくても蓬莱寺と一緒にいて助け起こす手伝いくらいすりゃ良かったんじゃねぇか。
覆水盆に還らずって感じだよなあ。そういやコレの意味を書けっていうテストに、「お盆に海に入ると転覆して帰って来れない」と書いたヤツがいたっけなあ。誰だっけ。あれは笑ったよな。心の中でだけど。
 多少脱線しつつ昨日のことを悔やみながら登校したオレだったが、昨日に引き続き「ガラッ」&「おはよう」を決行してクラスメートの暖かいお返事をいただけたので、嫌な失敗を思い出さないようにして一日を送ることが出来た。

 職員室でマリア先生の美しい姿を堪能し、今日も一人寂しく校舎を出たが…
人と目を合わさないように歩く習慣が付いているので、突然降ってきた蓬莱寺にはめちゃくちゃ驚いた。いい加減に書き飽きたが顔には出ていない。
「どうだ、一緒に帰らねェか。」
なんと蓬莱寺は、昨日と変わらない様子で声をかけてくれている。
ああ良かった。まだ友情は続いてるんだねオレたち。へへっ。
………ああ。」
相変わらず不機嫌そうなオレの声にはワンツーパンチをお見舞いしたいくらいだが、もう蓬莱寺はオレの無愛想に慣れたらしい。

 もう一人来るというので待っていたら、驚いたことに醍醐が来た。昨日と変わらない笑顔で。
イマイチな形だったけど、昨日の拳と拳の対決はやっぱり、オレとキミとの間に友情を芽生えさせてくれたって考えていいのかな?
 何とか「好意」を表現するのに一番良い方法を…と、オレは右手を差し出した。
「緋勇…お前は、その…」
醍醐はとまどいながら握手してくれた。…少し変だったか? でも何にせよ、わだかまりはないみたいだ。

 その後、突然現れた台風女も連れだって、ラーメン屋に行った。
「友達と学校帰りに買い食い」はオレの野望の一つだ。あっさり達成できて拍子抜けな気もする。
 大好物のトンコツを頼むと、蓬莱寺に「通だ」と誉められた。
えへへへ、そんなことないぜ。でもトンコツにはうるさいんだオレ。
と言いたかったが、やはり言葉が出ないので、なんとなくこの数日の学園での出来事を反芻した。
 こいつら、やけに動じない連中だよな。
オレの「ふてぶてしい」と取られる態度にもムカツク者はまだいないようだ。佐久間を除いて。
みんな「無口な転校生」って感じで親切にしてくれる。
 もしかしたら、東京ではオレみたいなのは珍しくないのかも。ほら、よく都会は「無感動・無関心」とか言われてるし。そういう人が多いから、オレのこともそんなもんだと割り切れるのかも知れない。
それとも…やっぱ、有間の提案通り前髪で「睨んでばっかりいるよーな目」を隠したのが功を奏してるのか。
 明日からはもう少し気楽に構えても良さそうだなと思いつつ、みんなの話を適当に聞いていたら、話題はいつの間にか「旧校舎の怪談」になっていた。どこの学校にも一つや七つはあるんだな、こういうの…まー近づかないようにしてりゃいいよな、なんて思っていたら遠野がすっ飛んできて、噂の旧校舎に行く羽目になってしまったのだった。

 やけに気味の悪い校舎だよな。確かに怪談の百や二百は出来そうだ。
それにしても、こんなところに女生徒二人で立ち入るとは…「360度死角なし優等生」みたいな後光が差す美里サンも、意外にお茶目なところがあるんだな。
 なんて思いつつ中を探したところ、いくつめかの教室に美里は倒れていたが、全然普通じゃなかった。
全身が淡く発光していたのだ。
き…金粉ショー。んなワケあるかい。
 オレが心漫才に拍手を送っている間に、台風桜井が彼女を抱き起こす。生きてはいたようだ。
ホッとはしたが、なんだかどんどん室内の温度が下がっているような…。
オレの知ってる<<気>>とは違うが、何というか…例えるなら「妖気」みたいなのが漂っているのだ。
ヤバイから逃げよう、という言葉を喉の上まで持ち上げたところで、妖気の正体が現れた。

 ぐわー。すげえコウモリ。東京の生ゴミ喰ってると発育が良くなるんだなあ。
実家の辺りは、今でも夕方になるとこいつら(勿論小さいの)がブンブン飛んでるし、よく捕まえて遊んだから見知っているが、こんなデカいと流石にグロテスクだ。
 何故か襲ってきたので仕方なく闘うことになった。小さい奴と一緒で柔らかい腹が弱点だ。横から羽根を狙うのも効果あり。気持ち悪かったがなんとか撃退出来た。
 それにしても、途中で戻ってきた美里には驚いた。魔法の治療みたいなのが出来るんだ。すげぇ。エスパーみたいだ。
怪我を治してもらいながら、色々思い出す。子供の頃憧れたんだよなー。キカイダー01とかさ。ってエスパー関係ないやろ。しかもお前子供ん時、そんな古いの放送してないやん!
 全員金粉ショー状態になってることに気付いたのは、心漫才の二段ツッコミに満足した後だった。
この状態…妙な声…あの事件の時と同じだな。
ということは…莎草と同じような、鬼みたいになる…奴…が…また? ………

 オレの意識はそこで途切れ、気付いたら外だった。
どうやって外に出たんだろう。オレたちはともかく、醍醐を運ぶの大変だったろうな。
金粉ショーからマジックショーに早変わりだ。…カッコイイ。
 みんなは今の出来事を一通り不思議がったが、すっぱり忘れてまたラーメン屋に行くことになった。
…。うん。やっぱ動じない連中なんだな、東京の学生って。

05/23/1999 Release.