初めてのお花見でGo!

 〜前回のあらすじ〜
一九九九年、東京。
新宿にある真神学園高校に来た転校生、緋勇龍麻。
古武道の拳技で不良を一蹴した緋勇は、レスリング部の部長である巨漢の醍醐にもその腕を認められるが、中身は無口無表情に悩む、ちょっぴりお茶目なナイスガイだった。
封鎖された旧校舎で行方不明になった葵を捜すため、その中に向かう一行。そこで、巨大に成長した凶暴なコウモリに襲われるが、なんとかこれを切り抜けてしまったために、ますます周囲から「頼りになるヤツ」と思われてしまっていようとは、緋勇は知る由もなかった・・・


 オレは今、幸せのエベレスト頂上にいた。
昨日もメチャクチャ幸福だったのに、まだこんな上があるんだな。優勝した野球チームみたいに、ビールかけでもやりたい気分だ。
何故かというと、昨日一緒に金粉ショー(それはもうエエちゅうねん)に出たみんなが、花見に誘ってくれているのだ。
嬉しすぎてなんだか不安になってくる。これは夢かも。いや、花見に行く直前に恐怖の大王が降ってきて中止になるのかも。
 ドキドキワクワクが辛くて、蓬莱寺の「お前も行くよな?」の問いに、いつものように大きく頷くことも、いつも以上に声を出すことも出来ない。小さく頷くだけ。遠野にも頷く。マリア先生を誘おうという声にも頷く。半分聞いていない。
 教室を出るとき佐久間がまたもゴチャゴチャ言ってきたが、今のオレにとってお前はアウト・オブ・眼中なんだ。すまん。

 裏密も誘おうということになって霊研に来たが、オレの不安感を更に煽るようなことを、裏密は告げた。要約すると、赤い王冠コレクションをしていると狂犬が暴れる、という予言だ。全然訳分からん。王冠って何だ。昔のコーラのフタか? 昔、バッヂに改造して服に着けるの流行ったよなー。都会でもやるんだな、あんな遊び。
 更に遠野の話では、室町時代の妖刀が中央公園に現れるそうだ。
…やっぱりな。そうだよな。友達とお花見だなんて、そんなオレの野望を遙かに越えたイベントが成立するわけないよな。しくしく。妖刀の話? 多分本当だろうさ。

 引率をマリア先生にお願いした後、一旦解散となった。
集合時間まで、2時間くらいあるな。
暇をつぶすにも、まだ新宿の地理に明るくないので、どうしていいか分からない。部屋に帰るのも面倒だ。
 仕方ないからこっそり学校に引き返し、先日佐久間に引っ張り込まれた体育館裏で、軽く鍛錬をした。
鍛錬といっても基本の「呼吸」とか「立ち」とかだけだ。
 そして確信した。身体に漲る<<気>>の量がけた外れに上がっていることを。
深呼吸を何度も繰り返し、丹田に<<気>>を溜めるのがやっとだったのに、瞬時に<<気>>を練るところまで出来てしまう。
 練り上げた<<気>>を左の掌に集中させ、近くの木の幹に向けて軽く放つと、ドゥン…と重い音がして木が揺らいだ。木の葉がパラパラ落ちてくる。
 オレは掌を見つめながら、まぁ、でも強くなったんならいっか。鳴瀧先生も喜んで下さるだろう、なんてことをぼんやり思った。

 呼吸法のおかげで少し落ち着いたオレは、少々早めに中央公園に向かった。
勿論、ちらっと耳にした「遅れたら罰ゲームで歌わされる」という恐怖の言葉に怯えたからだ。
歌…。苦い思い出が甦る。
 中三の修学旅行のときだったか。バスの中で一人ずつ強制的にマイクが渡され、カラオケで盛り上がっていた車内。だけど、喋ることすら支障のあるオレにカラオケなんぞ出来よう筈もない。
 回ってきてしまったマイクを持て余しながら、段々静まっていく雰囲気に耐えられず、「先生、助けて…」という思いを込めて見つめたら、先生は「ひっ」と叫んだ後、「そそ…そろそろ目的地に着くから、おお、お、お開きにしよう、な、みんなっ」とうわずった声を上げながらカラオケのスイッチを切ったのだった。
 その後バスが止まるまでの沈黙がどんなに重くのしかかったことか。泣けるなら泣きたかった。ふっ…思い出すだけで号泣ものだぜ。繰り返すが顔には出やしない。

 絶対一番乗りだと思っていたら、公園の入り口にはなんと蓬莱寺が待っていた。
一番遅れそうだと醍醐に言われていたよな。きっとこいつも罰ゲームが嫌だったんだろう。ちょっぴり親近感だぜ。
「それにしても、桜が綺麗だなァ、緋勇」
正に満開といった桜の群が公園の奥に続くのが見える。
頭上を見上げると、チラチラと花びらが舞って、空に吸い込まれそうな美しさだ。
………ああ。…綺麗だ。」
 かなり自然に二言呟く。おっ。凍り付いた舌を無理矢理動かして喋る、いつものヤツとは違って、思ったことがすんなり口をついて出た感じだ。桜のおかげかな、それとも蓬莱寺に慣れたからかな。
そう思いつつ、蓬莱寺の横顔を見つめる。
ヤツも頭上の桜の舞う様を見つめていて、オレの視線には気付かないようだ。安心してじっくり観察した。
 変な連中にすぐ絡まれるようになってから、オレはオトコの顔は注視しないよう心がけてきた。
女は大抵怯えて顔を背けるくらいだが、男は食ってかかるのが多いからだ。
 久々に他人の顔をじっくり見たよな。
軽いノリやスケベそうな会話から想像していたよりは、端正な顔立ちだ。黙っていれば女に騒がれるようなタイプだな。ニヤニヤした口元しか見ていなかったオレには、今キュッと口元を引き結んで桜を見上げている姿が意外だった。
…いいなあ。
見た目が良くてノリが良くて強くて…何より、自然体だ。羨ましい。
 ふいに、オレがじっと「睨んでる」のに気付いた蓬莱寺がこちらを振り向いた。慌てて目を伏せる。お、オレは喧嘩なんか売ってませんよ。本当ですよっ。
「それは桜のことか? それとも…な〜んてなァ」
いつもの笑みを口元に浮かべている。目は合わなかったらしい。ふう、危ねぇ危ねぇ。

 次々にみんながやって来て、花見が始まった。恐怖の大王は降らなかった。
オレは幸せを噛みしめながら烏龍茶をすすった。お茶でも充分酔っぱらいそうだ。
「おい小蒔、それコッチにも回せよ」
「緋勇クン、おにぎりどう? コレいけるわよ」
「お茶のお代わりいる人ー」
「おッ、この焼きそば美味しいよッ葵」
 神様、ありがとうございます。オレ、今なら死んでもいいや。
 オレのそばにいてくれる人間がいるなら誰でもいいから逢わせてくれ、贅沢なんか言わない。
そんなことばかり願っていたのに、今ここは美人だったり個性的だったり、とにかく「華やか」な連中が、理想だった楽しい和を広げてオレを混ぜてくれている。
うう。転校して良かったなあ〜。

「緋勇クンは何か武術をやっているの? とても強いと聞いたのだけど。」
 マリア先生が声をかけてきた。何と答えたら良いか分からない。
醍醐が、謙遜することはないとか言ってるが、遜ってるわけじゃないんだ。本当にオレって元々強くなかったんですよ。
でも…今は?
 先刻の<<気>>のこと。転校する前の事件。鳴瀧先生の言葉。
「護るべきものを見つけろ」
ここにいる人々を見渡してみた。
護るべき…者、か。

 突然の悲鳴に、穏やかだった空気が一気に温度を下げた。
反射的に立ち上がる。莎草の顔が脳裏に浮かんだ。
 駆けつけてみると、サラリーマンらしき男が刀を持って暴れていた。会社でヤなことあったのか? リストラ食らったんだな?
 新宿のハローワークはどこにあるのかマリア先生にでも聞いてみようと思った時、あの大コウモリから発せられていたのと同種の<<気>>が、血塗れの男の持った刀から滲み出しているのに気付いた。
その「妖気」に惹かれたのか、どこか変な野良犬たちが集まってきた。先日のコウモリの比じゃない。
遠野とオレたちを庇おうとしてくれるマリア先生に「下がって」と短く叫んで身構える。それだけで体内に<<気>>が巡るのを感じた。

「ゴアァアアルルォォ!!」
 唾液を飛ばしながら犬が飛びかかってきた。身体を沈めて下から突き上げる。狙うのは喉。後ろに回りたいが、野生の犬の後ろを取るのは難しい。
 ふと周りを見ると、後ろの方で桜井が、今にも飛びかかろうとしている犬に向けて弓を引き絞っていた。
馬鹿野郎! そんな近くで正面から撃っても無駄だ!
醍醐はかなりの犬に囲まれ苦戦している。蓬莱寺も数匹に囲まれて間合いを保てずにいるようだ。そして美里は…身を守る術を持たず、木の後ろに隠れていた彼女に、一匹近づいている!
「覇ッ」
 気合いを込めて近くの犬を吹き飛ばすと、オレは走って、美里を今正に襲わんとしていたヤツに向けて剄を放った。
「緋勇くん!」
言いかけた彼女に構わず、オレは振り返った。
そして。
「醍醐! 前方のヤツだけ倒して防御しろ! 蓬莱寺はこっちに走れ! 間合いをとって<<気>>を放て! 桜井、そいつはオレが倒す! 醍醐の援護をしろ! 横っ腹を狙うんだッ」
もう一度振り返って更に、
「美里は蓬莱寺の回復を。醍醐の周りのヤツらが減ったら醍醐にも。」
と言い残し、急いで桜井の方へ走った。
みんな驚いたようだったが、すぐ口々に「応ッ」「うんッ」「おうよ!」「はい!」と応えてくれた。
 一番驚いたのはオレ自身だった。
オレ…こんな長い台詞、思った瞬間に口に出せたのなんか、生まれて初めてじゃないか?
「桜井、連続撃ちで動きを止めろ!」
 叫びながら、振り下ろされる刀をくぐって剄を放った。

 ぐったり倒れ込んだ男の手から刀をもぎとって鞘に納めると、発せられていた妖気は消えた。
動いている<敵>がいないか見回してみたが、犬もみんな消えたようだ。良かった。
「アナタたちは…一体…」
 マリア先生は相当ビックリしたようだ。
でもこの変な状況でも、オレたちのことを変に思ったりせず、真っ先に身体のことを心配してくれた。
「<<力>>というのはね…それを使う者がいるから存在するの。気をしっかりもって、自分を見失わなければ、きっと道は開ける…」
花見で賑わう夜の公園でサラリーマンと犬相手に大暴れしたおかしな生徒達に、自分の道を開けとか言えないよな普通。
都会の学校だから慣れてるだけかも知れないけど、オレたちを信じるって言ってくれて嬉しかった。
いい先生だな、この人も。

 パトカーの音から逃れるように、みんなで公園から脱出した。いつまでも現場の写真を撮っていたため醍醐に抱えられ、暴れていた遠野も、ようやく諦めて大人しく歩いている。
走って逃げたら余計に目立つだろうと、少し早歩きで現場から遠ざかる。
 この大人数ではどうしても目立つんだし、さっさと解散した方がいいんじゃないか。
そう言おうと苦心しているとき、蓬莱寺がまたも後ろから締め技をかけてきた。
「…しかし驚いたよな。お前」
「あッそうそう! 緋勇クンてスゴイよね! ボクビックリしちゃったよ!」
「ああ。実に的確な指示だった。その技といい戦いでの判断力といい…本当に不思議なヤツだな、お前は。」
「ええ、本当に…」
………
 あれは何だったんだろう。身体も言葉も自然に動いた。オレの思うとおりに。
だが、どこかオレじゃないような、ほんの僅かな違和感が残っている。
現に今はいつも通り、上手く言葉を返すことが出来ずにいるじゃないか。
「いや、俺が言いたいのはな、コイツが怒鳴ったり出来るってことにビックリしたってことよ。お前喋れたんだなあ。へへへッ」
そんなことを言いつつ蓬莱寺はオレの頭をクシャクシャとなでた。馬鹿、やめれ! 目が見えちゃうだろうが!!
「ほれ、さっきみたいに怒鳴って見ろよ。ん?」
なんだかやたらと嬉しそうに顔を覗き込んでくる。何が楽しいんだ。
 目を合わせないよう苦労しながら、オレはそれでも、花見の時に感じた幸福感が体中に残っているのを感じていた。
共有した緊張感。
共有した秘密。
「仲間」なんだ。今、ここにいる彼らは。
 後ろから美里に声をかけられた。
「救けてくれて…ありがとう」
……お互い様だぜ。へへへ。

05/23/1999 Release.