ダジャレは嫌いだ!

 〜前回のあらすじ〜
新宿にある真神学園高校に来た転校生、緋勇龍麻は無口無表情だけど寂しがり屋の17才。
旧校舎での事件も冷めやらぬ中、放課後、担任のマリアを伴い、新宿中央公園へ花見に出かける緋勇たち。
ひととき人生の幸福を味わう緋勇だが、そこにも異変が起こりつつあった。突如としてあがる悲鳴。一行の前に現れた妖刀に魅入られた殺人鬼。
呪われてるのか何なのか、戦闘時のリーダーとして活躍してしまう緋勇の力で、殺人鬼を倒す一行。
それは、ますます仲間たちに尊敬され、実体とのギャップが大きくなる一因でもあった。


 今、オレの前には、妖艶なる微笑を浮かべたマリア先生がいる。
他の先生方は誰もいない。変なの、放課後なのに会議か?
「どう、緋勇クン。学校生活は楽しい?」
ええ。親しいオトモダチがいっぱい出来たし。えへへ。
蓬莱寺なんか、オレのこと「龍麻」って呼んでくれてるんですよ、いつの間にか!!
ああ。気付いたときは身もだえするほど嬉しかったなー。オレ、親にしか名前で呼んでもらえなかったもの。
それも、母は「龍麻さん」父は「龍麻くん」。呼び捨てで「たつま」って…うふっうふふふふふ〜。っておいおい裏密入ってんでオレ。
そうそう最近は、その蓬莱寺のスキンシップ攻撃も大分慣れたんですよ。
何故なら、蓬莱寺の<<気>>はもう見切ったから。背後から突然飛びついてきても、先に気付いて心構えをしておけるんです。 つい先刻も、ちょっと意地悪してやろーと思って、後ろからいつも通り締め技を狙ってきた手を掴んで
「バーカバーカ修業が足んねえんだよ、愚かものめー」とからかったところです。
…いや、そんな長い台詞は言えなかったけど。ま、まあ、とにかく、そんなおフザケが出来る仲になったんですオレたち。
 という思いを込めて、
……………はい。」
と短く呟いた。ううう。オレって。
「そう、良かったわ」
でもマリア先生はそう言って微笑んでくれた。良かったー、担任が優しい先生で。
「ところで…ヘンなコトを聞くようだけど…アナタ、年上の女性は好き?」
ぶはっ。オレ、こんな無表情なビョーキじゃなかったら、鼻血吹いて飛びかかってまっせ、先生!
大体そんな短いスカートで足なんか組まれた日にゃあ、お釈迦様でもセクシーダイナマイツ。
全身硬直して動けないので、とりあえず一つ大きく頷いとく。
 どうもオレは、先生とか年上とかに滅法弱いようだ。前の学校の担任だった女教師、有間がオレの唯一人の理解者だったせいだと思う。
容姿は全然似てなくてマリア先生の方が数万倍綺麗だけど、みんなのお姉さんって感じで心配したり優しくしたりしてくれるトコが、あの人を思い出させる。もしかして、マリア先生にもオレのこと理解してもらえるんじゃないか…なんてね。

 でも、そんなドリームにワクワクしているオレを見つめていた先生は、「ありがとう、もう帰っていいわ」と切り上げた。
なーんだ。まあオレみたいな無愛想を理解ってくれる人なんてそうそういるワケなかったな。期待しちゃった分がっかり。
 オレは満塁のチャンスに三振した清原のように(おい、このネタは痛いぞ)しょんぼり職員室を出た。

 教室に戻ると、蓬莱寺が待っていてくれた。
ラーメン食べに行かないかって、オレが断る筈ねえだろ。
桜井、美里、醍醐にも声をかけて、「いつもの仲間」が出来上がる。
 この、多少のことでは動じない頼もしい仲間たちは、すっかりオレを受け入れてくれた。
たまたま旧校舎に居合わせたおかげで、いっぺんに友達が5人も出来たのだ。
ビバ旧校舎! ブラボー旧校舎!
あんな不気味な建物だけど、オレにとっては神社仏閣より神聖な場所だ。毎日帰るときに、感謝を込めて見つめてるくらい。
今度お掃除してやろーか、旧校舎くん。

 と、突然遠野が現れて、またもオレを仰天させた。何度も書いて済まないが、顔には勿論出ない。
オレ的には遠野は「5人目の友達」なので、頼み事とあらば何でもきく気だったが、他の連中は何故かシブイ顔だ。今までにも痛い目にあってるらしい。
でも高々ラーメン一杯の奢りで忘れられる程度のもののようだ。
蓬莱寺が手のひらを返したように「俺に任せろ!」なんて言っているし、ものすごい顔で「アン子の話は聞きたくない」と唸っていた桜井も「実はアン子の話、気になってたんだよね」なんて言ってる。困った顔をしていた美里も、今はニコニコしている。
 …みんな現金だなあ。
「ラーメン驕るからオトモダチになって」と言ったら喜んでなってくれそう。
…はっ。不届きなこと考えてしまった。ごめんみんな。

 ラーメン屋で聞いたところによると、カラスが生ゴミじゃ飽きたらず人間まで食べるようになったそうだ。
まあ、よく見かけるゴミ収集所のネットが功を奏しすぎて、食うものがなくなっちゃったんだな。
可哀相だけど、食い散らかされてぐちゃぐちゃになった収集所を、ブツブツ文句言いながら掃除しているオバサンなんかみると、仕方ないなと思う。
 でも、そのせいで人間が襲われてるんだったら困るよな。やっぱ、少しはカラスにゴミを食わせて多少は目をつぶってー…ってアレ? 何で美里はそんなに思い詰めた顔してるんだ? 勿論一緒に来て欲しいよ、あのミラクル回復は必須だぜ?
 おっと、もうみんな行くのか? …あ、オレが渋谷に行こうって言われて勢いで頷いちゃったんだっけ。

 そして、現場へ向かう途中のことだった。
ちょっとみんな待ってくれ、こんな雑踏ではぐれたら路頭に迷うよオレはー! 田舎者なんだから! と慌てて横断歩道を渡ったとき。
 一人の少女にぶつかった。
彼女はよろけて倒れ込んでしまったが、オレはかなり動揺した。
このオレが、人にぶつかるだと?
 自慢じゃないが、古武道を学んでから、無意識に人の<<気>>を探って避ける習慣がついている。
肩に当たったの骨が折れたの、因縁つけてくるヤツが多いからだ。
いくら混み合っていても正面からぶつかるなんてあり得ない。
お主、ただ者ではないな!?
「ごめんなさい…大丈夫ですか?」
 優しげに声をかけられ、用心深く頷いた。
彼女はホッとしたような感じで笑っている。
特に変わったところがないのが変だ。どこが変やねん、というツッコミも今はナシだ。
 …しまった。警戒していたので、つい彼女をジロジロ見つめてしまっていた。怯えて逃げるかな。
しかし予想に反して、彼女はオレをじっと見つめ返している。
や…やはり。ただ者じゃねぇ、この女。オレの「睨み」を正面から受け止めて平気だなんて。
しかも突然名前を訊いてきた。
ふふん、あとで決闘状でも送って来る気だな。いいだろう、受けて立つぜ。
「真神学園の緋勇龍麻だ。」とキッパリ言い放って、また睨む。
彼女はなんだか赤くなってるが、やっぱり目を逸らさない。…何者なんだコイツ。
 カエルとヘビの睨み合いが続いていたとき、美里の声が聞こえてきた。ホッ。
それをきっかけに、彼女は逃げるように去っていった。
ありがとう美里。ヘビと迷子の危険から救ってくれて。

 みんなのところに追いついた途端、悲鳴が聞こえてきた。
蓬莱寺、おネエちゃんはオレも好きだけど、街なかで絶叫するのはどうかな。
 悲鳴の元に駆けつけると、予想通り「おネエちゃん」が鴉に襲われていた。カラスのエサになるには勿体なさ過ぎる美女だ。
つーわけで鴉どもを情け容赦なく叩きのめし、彼女を助けた。
 話をきいてみると、その人…天野さんは、なんとルポライターの人だった。
遠野と同じくカラス事件に目をつけて調べていたらしい。
つまり、遠野はプロ並みの嗅覚があるってことか。カッコイイぜ遠野!
 と、話をしてる最中、唐突に耳鳴りがした。
うわー嫌だ。オレ、こういうキーンっての全然ダメ。
 少し経つと音がやみ、どこからか声が聞こえてきた。オレはぎょっとしたが、やっぱり顔には出なかった。
 この声? の主が、どうやらカラスを使って悪い事をしていた奴らしい。
なんだ、カラスが腹減らしてただけじゃなかったのか。で、アンタ誰?
「僕の名は、唐栖亮一 ───。」

 …………………くっ。
そう来たか。やるなカラス。くだらなすぎて、ちょっと吹いちまった(心の中で)。
 名前がカラスだから鴉を操れるってんなら、オレは龍を操れるんだな!?(作者ツッコミ:惜しい!)
桜井はサクラを動かせて、醍醐はヨーグルトでも操るんかい!!
オレは純粋なボケツッコミ漫才のファンなのだ。そんなつまんねーダジャレなネーミングは許せねぇ。
 なんかムカツいたから、蓬莱寺が「ブチのめす!」というのに思い切り頷いた。
オレ様自ら正義のツッコミを喰らわしてやるぜ!

 そんなことを考えているうちに、代々木公園に着いた。
オレ、ここから一人で帰れって言われたら帰れるかなあ。帰れねぇな。ちょっと方向音痴気味なんだ。
 公園には、変な学ランと髪型の男がいた。お前が敵かと思ったぜ。
だが、彼はオレに向かって「あンたの方が話がわかりそうだな」と名前を訊いてきたのだ。
そりゃまア、好戦的な京一と、見た目はデカくて怖い醍醐よりは、そう見えるかな。
でも「話がわかりそう」に見えるのか、オレ?
きっと前髪効果に違いない。
とっても嬉しかったので、彼には必殺の握手と「よろしく」も付け加えた。

 変な頭の男は雨紋といって、ダジャレ男の知り合いらしい。
彼がそいつの居場所に案内してくれたのだが…
ぐえー。鉄骨が剥きだしの建物の上ェー!?
高いトコダメなのになあ。恐怖症ってほどじゃないけどさ。
…もしかしてオレって、ダメなもの多過ぎないか? ちょっと自己嫌悪だ。
「ちッ、なんだか今年になってから、わけのわからねェことが立て続けに起こりやがる。人間をカラスの餌にしたがるヤツはいるわ、旧校舎でおかしなコトに巻き込まれるわ───変な技をもった男は転校してくるわ。なァ、龍麻?」
 突然、蓬莱寺が言った。
うっ。そんな。
友達なのに、「変」だなんてズバリ言わなくてもいいじゃないか〜。
それでなくても今オレ自分の弱点数えてて、心の中で泣きそうになってたのに。
 しかし驚いたことに、絶対顔に出ていないはずのオレの哀しみを、蓬莱寺は読みとったらしかった。
「わりィ。ちょっとした冗談なんだ。だからンな顔すんなって。なッ。」
そう言ってポンとオレの肩を叩く。
うっそー。何で分かったんだ? も、もしかして…以心伝心てヤツ!?
……………
雨紋が不気味そうに振り向いて見てる。
「…ンな顔…って…?」
醍醐と桜井が同時に呻くのが聞こえた。…うん、ナイスツッコミ…オレも不思議デス。

 鉄骨の上はとっても見晴らしが良かった。
うわー風が! 風が吹いてて怖い!!
足元を気にしつつ正面を見ると、鴉に埋もれて、黒ずくめのオカマっぽい男が立っている。
なんだ、もっとサムイお笑い系だと思ってたのに。
 少し気を抜いてしまっていたら、ダジャレ野郎は何を血迷ったか美里をナンパしはじめた。
断じて許せんぞ。オレの目の黒いうちは、こんなダジャレ野郎にウチの娘は渡せん! 誰がウチの娘やねんって、今は心漫才に耳を傾けている場合じゃないぜ!
 オレの怒りを知ってか知らずか、ダジャレ男はこっちに話を振ってきた。
バーカバーカ! お前なんか嫌いだ! 名がカラスだからって威張るな!
と言いたいが、それじゃ小学生だろお前。
こうなったらオレの必殺技をお見舞いしてやるぜ。
とばかりに、前髪をざっと掻き上げて、思いっきり睨んでやった。
もともと「目が怖い」と言われるオレだ。本気で睨むと大概の人間は一瞬怯む。
ピンチのときはコレを使って、相手が引いた隙に一目散に逃げるのだ。
名付けて「必殺・緋勇睨み付けビーム」! ちょっとカッコ悪いけどな!!
「くくく…強がっていられるのも今のうちだ。」
そっくり同じ台詞をかえすよ、旦那。 へへへ、口の端が引きつってるぜ。
 そんなワケで、戦闘になだれ込んでカラスをぶっ飛ばし、ダジャレオカマに怒りの鉄拳を叩き込むまで、オレは足場の悪い高い所にいるのをケロリと忘れていたのだった。

 公園に戻ってきて、そのまま別れようとする雨紋を引き留めた。
オレのこと怖がんないでくれたからお前も友達だ。
尤も、お前のナリからすればオレなんかごくフツーの学生だがな。
 それにしても、こんな事件が行く先々で起きるってのは、やっぱり妙だよな。
何だかもう慣れちゃったけど、これからどうなるんだろうな、オレたち…。

05/23/1999 Release.