幽霊も嫌いだ!

 〜前回のあらすじ〜
新宿にある真神学園高校に来た転校生、緋勇龍麻。
次第に変わりゆく日常の中で、緋勇は生まれてはじめて友と呼べる仲間が出来て有頂天(笑)───
そんな時、新たなる異変が。
渋谷の空を漆黒に埋める鴉の群れ。そして、謎のダジャレ名前の男。このふたつの接点を確かめるべく渋谷へ向かう一行。なんかムカツいたってだけで唐栖を倒したのに、雨紋と名乗る少年もまた、緋勇を誤解したまま仲間となるのだった。


 その日、オレはちょっぴり機嫌が悪かった。
朝から夢見が───良かったのだ。
 よく見る夢。
オレが、普通に話したり普通に笑ったりして、日常をおくる夢だ。
目が覚めるとメチャクチャ空しい。
チクショー。
「夢は願望の現れ」ったって、も少し捻らんか!! って空しいのはソッチかい!
朝から心漫才だけは冴え渡っていた。

 しかも、目を覚ましたくなくて布団の中でグテグテしていたので、5分程寝坊した。
おかげで「ズー○イン! ○」の始まりの言葉を聞き逃してしまったのだ。
 オレは福○アナが好きだった。あの、朝っぱらから爽やかハイテンションでまくし立てる、歯切れのいい口調がすごく素敵だ。
地方アナへの受け答えなど、「よく咄嗟に思いついて、口に出せるなあ」と感心するばかりだ。
おしゃべりだというのは美徳だ。だから実は、桜井や遠野にもちょっと尊敬の念を抱いている。
 タイマーで炊いた白米と、夕べの残りの味噌汁をすすりつつ、なんか今日は朝からユーウツだわ〜などと、低血圧のOLみたいなことを呟いていた…そんな日のことだった。

 放課後になると、部活さえなければ皆、何となくオレのところに集まって来る。
転校してきてから1ヶ月経とうとしているのに、相変わらず気を遣ってくれているのだ。
だって「仲間」だもんな〜。えへへ〜。
 ニヤニヤしていると(勿論心の中でだけ)、美里が戻ってきた。
醍醐が、顔色が悪いと指摘している。う〜ん。そう言われればそうな気もするが、美里は真っ白い顔をしてるから良く分からない。でも、具合悪いなら帰って寝た方がいいよな。
 その辺りから、いつのまにかみんなの話題が「夢」のことになっていた。今朝のことを思い出して嫌な気分だ。
「緋勇、お前はどうなんだ?」
うえっ? 突然話を振られても…ああ、進路か。オレ、選べる立場じゃないんだよな。
就職って、面接あるだろ。進学も、試験に面接あるトコ行けないだろ。
やりたいことと、やれることとにギャップありすぎて何も思いつかない。
フリーターどころかアルバイトも、オレには難しいだろう。
1本3銭の造花作りとか、10枚2円の封筒貼りとか、それで食っていけるだろうか?
 んーと、日に3,000個出来るとして〜…なんて考えていたとき。
突然美里がグラリと崩れた。
どわっ。突然こっちに倒れてくるなよ。危なく無意識で避けちまうトコだった。ふう。
 美里はグッタリしている。肩を支えるようにしたが、ズルリと落ちる。
しようがないので抱き上げた。
…………ちょ…ちょっと…みみみ美里さん…あ、アナタ…み、妙にその…ぐにゃぐにゃ柔らかいデスね!? 思ったよりメチャ軽いし…!
コレって、こんなモンなのか!? 美里が変なのか? 女はみんなこうなのか?
なんかコワッ! 変な生き物みたいに見えてきた!!
お、オレが持ってても壊れないかしら、コレ!?
 オレがこんなにパニクってるってのに、みんなは保健室に運ぶか霊研に運ぶかでモメている。
勘弁してよー!! 早くなんとかしよーよー!!
保健室は1階のずーっと端っこで、霊研は階段降りてすぐの2階。
選ぶ必要なんかあるか!! 霊研じゃ!
何でもいいからとっとと行くぞ!!!!

 …はあ…。
美里を霊研の裏密の前に降ろしてホッとした。霊研に来てホッとしたのは初めてだ。
だが、裏密が事情を分かっている様子なので、またサムくなった。
危険なのか危険じゃないのか分からない術を使って、美里の心を覗くとか言ってるし。
 妖しげな水晶にぼんやりと、十字に吊された美里が映し出される。
…何だこれ? …美里の、…燻製?
だが、オレが自分にツッコミを入れる前に、水晶は割れてしまった。
自爆ツッコミ、と考えてもいいだろうか? やるな、鉱物のくせに。

 その後、裏密に桜ヶ丘中央病院のことを教えてもらった。
誰かが深層意識に入り込んでるだとか、とても常識では信じられない出来事だと思うんだが、そんな異常な状態を治せるお医者さんが存在するなんて、流石東京は違うよなあ。
でも、蓬莱寺が嫌がっているのはどうしてなんだろう? 注射がキライなのか?
オレも苦手だけどな。痛みには強い方なんだけど、アレは別だよなー。
…で? 桜ヶ丘ってどこ?
もしかして…また、お、オレが運ぶんですか?
あ、醍醐が美里を背負ってくれた。良かったー。

 病院に着いて、ようやく蓬莱寺が嫌がった理由が分かった。
桜ヶ丘中央病院は、産婦人科だったのだ。看板に書いてあった。
 …そっか。「産婦人科に悪い思い出」と言えば…やっぱり…そーゆーコトだ、よな。
蓬莱寺………………大人なのね。おネエちゃん好きなのも、クチだけじゃないのね。
すげえな。オレなんか、美里がグンニャリ柔らかいだけで恐慌に陥ったのに。
「馬鹿野郎ッ!! お前らみんな、わかってねェんだ。ここの院長の恐ろしさは…」
そりゃあ、未成年でこんなとこにお世話になったりしたんだから、余程こっぴどく叱られたんだろう。
 オレは同情を込めて、蓬莱寺の両肩をポンポン、と叩きながら頷いた。
でもさ…相手の人が可哀相だから、やっぱ、そ、その…ヒ、避妊、した方が…ね。
ぐ、具体的に、どーするものなのか、想像もつかないんだけど、さ。

 中に入ると、可愛い看護婦さんと凄い院長先生が出てきた。
あわわわ。こんな人に叱られたのか、蓬莱寺。確かに怖かったろうな。
オレはノーアウト満塁一発逆転サヨナラの場面、駒田選手の打席にリリーフに出された高卒ルーキーのような気分で、醍醐より大きなお肉の山を見上げた。お肉は、醍醐に「美味しそう」とか言っている。…た、食べるんですかッ!? こないだの鴉並みに雑食だな。そりゃあ大きくなるワケだ。
 名前を訊かれたので、急いで答えた。教えないと食われそうだ。
でも、やっぱりまだオレを食べたそうにジロジロ見ている。怖〜。あの蓬莱寺がビビるわけだよ〜。
 とにかく診察室へ美里を運ぶことになった。
ぽわ〜んとした看護婦さんが、「その子、あなたの彼女ォ〜?」とか聞いてくる。
んなワケないって。高嶺の花っすよ。見て分かんだろ? オレじゃ釣り合ってないじゃん。
「それなら、今度は一人で遊びに来てねェ〜」って、産婦人科にですか? …なんで??

 聞いたこともないような不思議な治療をするということで、診察室を追い出されたオレたちはロビーへと戻ってきた。病院の待合室って落ち着かないよな。早く美里、目を覚ますといいけど。
「お前、さっき師匠がどうとかいってたが…」
醍醐と遠野が、蓬莱寺に質問している。…ああ、さっきそんなこと言ってたな。二人でここに世話になったってことは…ナンパの師匠とか?
 はッ! まさか、その師匠って…女の人!? そ、そ、それで、「色々」教えてもらった、てこと!?
「そんなこたァ、べらべらとしゃべるようなこっちゃねェよ。」
やっぱり。そんな「師匠」がいたのか。オトナなわけだ。
遠野には特に教えられないって念を押す辺り、間違いないな。こんなの校内新聞に書かれたら、流石に退学だ。
 う〜ん。
遠野と言い合いを続けている蓬莱寺を見つめる。
 オレの親は下世話な週刊誌などを買わないし、TVでキスシーンとか始まると消してしまうような家だ。
同級生たちが集まって、オトナの雑誌を見ていたりワイ談らしきもので盛り上がっているのを見かけることはあったが、混ぜてもらえたことはない。
そんなわけで未だによく分からないのだ。
 …いつか、機会があったら色々教えてもらえないかなあ。蓬莱寺。お願い。
オレどっちにしろケッコンも彼女も出来ない気がするんだけど…
何も知らずに天寿を全うするのは寂しいもんなあ。

 と、ようやく治療が終わったらしく、院長先生が現れた。
だが美里を救うためには墨田区に行って、美里の精神に入り込んでいるらしいヤツをやっつけなければならないそうだ。
おっけー! 何をしたいのか知らんが、有無を言わせず人間を薫製にするよーな変態は成敗だぜ!
 で、墨田区ってドコ?

 案内役の看護婦さん、じゃなかった看護学生の高見沢を連れて、張り切って病院を出たオレは、そこで思わぬ人物に再会した。
 ───あの女だ。
体中に緊張が走る。…なんでこんな所にいるんだ。
「私のこと…、覚えてますか?」
当たり前だ。忘れるわけがない。このオレに<<気>>を掴ませない女。
 偶然だと? いや、偶然なのかも知れないが、偶然ですねと言われると、とたんに偶然じゃないような気がしてくる。
「おい、急ごうぜ」と蓬莱寺が促す。分かってる…けど、コイツに背中を晒す気にはなれないので、つい睨んでしまう。
女は、オレの巨象をも倒せる(実際に倒したことはないぞ、勿論)眼光をモノともせず、「また、こんな風に会えるといいですね」と、しらっと言ってのけて去っていった。
 …くっ。なんか分からんけど敗北だ。もし今度「偶然」会ったら、オレの必殺技をかけてみよう。
蓬莱寺は呑気に「カワイイなー」なんて言っている。…そう言われれば可愛かったかな。
だが、そんなものでオレを騙せはしないぜ。 比良坂、といったな。覚えておこう。

 墨田区とやらの白髭公園とやらに着いた。
醍醐が緊張している。何だ? もう敵か?
と思ったら、高見沢がとんでもないコトを言い出した。
ふふ、浮遊霊!? じ、地縛霊ッ!?!?
ぎゃーーーーーッ! オレそーゆーのダメなんだよーーーーーっ!! イヤーーーーー!!
「ねェ…わたしって、ヘンじゃないよねッ?」
ヘンじゃーーーーーーー!!! 思っきしヘンじゃーーーーーーー!!
というつもりで首をブンブン振ったのだが、高見沢はホッとした顔で「良かったァ」なんて言っている。
しまった、否定形で聞かれたんだから、横に首を振るべきだった。混乱してて間違えてしまった。
みんなもあるだろ?「○○じゃないですよね」って聞かれて、Yesと答えるべきかNoと答えるべきか迷っちゃうってコト。英語なんかだと、答えが肯定なら、どう聞かれようとYesなんだよね、確か。って誰に同意を求めてんねん。
 オレがいつも通り心漫才を楽しんでいると、何故か醍醐が突然走り出した。みんなも後を追うように走り出す。
キャーーーーーー! 待って、待ってみんなっ! オレをこの人と二人っきりにしないでーっ!
え、二人きりじゃない? 周りにはたくさんの「舞子のおトモダチ」が? ああ、そうでしたね、見えないおトモダチがねってイヤーーーーーーッ!! こんな状況でノリツッコミはしないでくれ、オレ!!!
 走り出すと後ろから声かけられそうで、う、動けない〜。ゆっくり、おトモダチを刺激しないように歩こ。猛獣だらけのサファリパークを歩く方がマシだ〜。うぇ〜ん。蓬莱寺〜、置いてかないでぇ〜。友達だろぉ〜?

 ようやくみんなに追いつくと、高見沢を帰すかどうかを話し合っているところだった。
即、帰そう。こんな怖い人と一緒にいたくないぞ!
 …はて。待てよ。ここから帰るとき、また今の公園を通るのか?
ううっ。
…おトモダチの高見沢サンがいれば、襲われたりしないんだよ、な。
いない方が恐ろしいってことに気付いたので、オレも引き留めることにした。
何とでも言え。怖いモノは怖いのだ。

「うふふふ。待ちくたびれたわよ。」
 ギャッ!
突然、女の声。いきなり背中から声をかけるなっ。
振り向くと、これまた強烈なのが立っていた。わざわざ胸元開けて谷間を強調するなっ。ドキドキするだろうがっ!
しかも、何で名前知ってんだ!? お前も実はユーレイかっ!? 意味不明だけど。
「…だったら、どうした。」
ちょっと凄んでしまった。逆ギレだ。もう恐怖と混乱でワケが分からん。
女はコロコロ笑って、ついてこいと言う。
行きゃいーんだろー!? ちくしょーっこんなにビビらせやがって! あとで泣かすっ!
 高見沢がまたいらんコトを言う。彼女に小さい子が憑いてるって? …水子か?
なんか今日はこんな話ばっかりだな。

◎・◎・◎

 …はっ。
アレ? ここはどこ?
女についてきて、廃ビルの一室に…
あ、そうだ! ガスが出てきたから止めようとしてるウチに眠くなって。
じゃあ、ここはどこだ? 夢を見ているのか? それとも、もしかして死後の世界?
 オレの疑問に答えるべく、さっきの水子の女と顔色の悪い男が現れた。
───嵯峨野は夢を操れるそうだ。良かった、夢野夢男なんて名前じゃなくて。
いじめにあった後、親切にしてくれた美里に一目惚れしたんだそうだ。
そうだよなー。美里は優しいものな。地面に落ちてたら、犬だって猫だって老人だって赤ん坊だって救けるだろうな。オレみたいな転校生にも、真っ先に声をかけてくれたくらいだもの。
 気持ちは分かるけど、多分美里は親切なだけだから、お前なんか眼中にないと思うぜ。
大体、縛っちゃいかんだろ。あんな柔らかいモノを。焼豚作るんじゃないんだから。

 水子───いや、藤咲と名乗った女は、いじめにあった者の気持ちがどうだとか怒鳴っている。
…いじめ、か。
 オレがずーーーっと受けていた集団シカトも、いじめの一種かな。
無視というより、怖いから近づかないんだが、昼飯とか班行動とか、とかく集団で行動するよう仕向けられている学校生活で、これは辛かった。
グレて、本当に暴れちゃおっかなー、と悩んだこともなくはなかった。
でも、そんなことをしても益々嫌われると思うと出来なかった。
 オレは意気地がないのだろうか。
この嵯峨野みたいに、復讐を考えるのが普通だろうか。
 でも…。
いくら辛くても、それを通りすがりの美里にぶつけて良いってことにはならないんだぞ。
藤咲、分かってるか? お前、今論点すり替えただろ。
 オレはずっと我慢した。
目が怖いって言うからみんなを見ないようにした。
黙って側に座ってるのが怖いと言われれば、そっと離れた。
オレが喋ると相手をビビらすらしいことが分かってから、なるべく声も出さないようにした。
他の人が普通に出来ることを、オレは出来ない。
出来ないオレが悪いんだから、我慢すべきだと思ってきた。
 その甲斐あって、今はこんなにトモダチが出来たんだ。苦あれば楽あり。
今じゃ毎日が幸せの連続だ。
いわば、努力して掴んだ幸福なのだ。大切にしたいと思うのは当然だろ?
美里も大事な友達の一人。ここで譲るわけにはいかない。
嵯峨野が幸せになろうと努力した、その結果がコレだというなら、オレはオレで、自分の幸せを護らせてもらう。
 一歩、足を踏み出して言った。
「美里は、返してもらう。」

 どこからともなくやってきた、人魂みたいなのとか死神みたいなのが行く手を阻む。
今までで一番気持ち悪くてイヤな敵だ。透けてるし〜。
触りたくないけど、外側から<<気>>をブチ当てても効果が少ない。ひや〜っとした、気持ち悪い身体に触れるか触れないかって辺りで、拳に集中させた<<気>>を瞬時に拳勢にのせる。敵の体内に直接ぶち込むこの方法なら、一撃で倒せるのだ。
 遠くから、妙な技を放ってくる嵯峨野の懐に潜り込んで、思いっきりぶん殴った。
「そ、そんな…僕は、この世界の、し、支配者なのに…」
そーかい。そんなコトはよく分からん。自分の思い通りにならないのは変だってことか?
それならば、
「お前の、望みなんじゃないか?」
戦闘中だからだろうか。思った途端に台詞がちゃんと口に出た。
ハッとしたように嵯峨野がオレを見上げている。
だろ? お前も、拳と拳で友情を語りたかったんだよなっ。
 というワケで、遠慮なく、もう一発殴ってやった。
…しまった。また一方的に勝っちゃった。
まァいいか、醍醐は分かってくれたもんな…と思ったのだが、やっぱり嵯峨野には通用しなかったらしい。絶望した顔で消えていった。
あー。ごめん嵯峨野。お前にも殴らせてやれば良かったな。
 しかしそんな反省も、ものの数秒だけだった。
なに、アイツいないとオレら目が覚めないの?
ぎゃーーー!!! 死ぬ!!!
畜生、生き残れて目が覚めたら本体も殴る! 絶対殴ってやるうう!!

 結局、藤咲の忠犬のおかげでオレたちは助かった。
高見沢の<<力>>のせいで、幽霊の声を聞くという貴重で身の凍るような体験をしてしまったが、藤咲は満足したみたいだ。
 ぐったり倒れた嵯峨野を殴れなかったのは不愉快だが、真っ暗になる前にあのオバケ公園を通りすぎたかったから、とっととビルを出た。
すると何故か藤咲が付いてきたのだ。仲間になると言う。
うーん。憑いてた弟さんも成仏したみたいだし、それならまぁいっか。強いし。
「うふふ。アタシ、あんたのこと気に入ったワ」
そ、そーですか? あわわ、それはいいから触らないでくれっ。
「あ〜ん、舞子もォ〜」
ぎゃーっ。両側でしがみつくなーっっ! 柔っこい腕が気味悪いんだよう〜!
 あああ、すっかり女の子が怖くなってしまった。
美里、お前のせいだからな。責任とって、ヨメにもらってくれ。いやマジで。
 病院で、既に目が覚めているだろう彼女に訴えてみようかと思うオレだった。

05/30/1999 Release.