女スパイよ永遠に

 〜前回のあらすじ〜
東京で、次々と起こる猟奇事件────。試合を目前に何者かに襲われた真神学園空手部員たちの体の一部はロケットパンチと化していた。真相を確かめるべく、目黒区の鎧扇寺高校へ赴く一行。部長の紫暮は醍醐と並ぶと濃すぎて怖いと思う緋勇だったが、事件の犯人は、かつて、醍醐の友であった杉並区の凶津という、どっかのサッカーチームのサポーターだった。人を石化させる力を持った凶津を倒し、攫われた小蒔を救出する緋勇だが、気遣いが過ぎて脱毛症を患っている醍醐を案ずるのだった────


「あッ、緋勇クン。」
 マリア先生に呼ばれ、オレは教科書を鞄にしまう手を止めた。
何すか、センセー? 廊下の窓ガラス割った犯人なら教えませんよ。オレと蓬莱寺の友情に誓ってね。ってバレバレやん。
「いえ…やっぱりいいわ。」
なんじゃそりゃ。ずっこけオチ?
 何だかワケが分からずにいると、いつものように蓬莱寺が声を掛けてきた。
いや、オレの方が訊きたいって。どうしたんだろうなマリア先生。
で、デカイ胸とか言うなッ! そ、そりゃあオレだって男だし、み、見るのは好きってゆーかイロイロ想像してたときは何となく憧れとかあったけど、…や、やっぱ柔っこいんだろ? アレ。
 はー。ますますケッコンが遠くなったよなあ。いつか慣れるのかなあ。
つーか、オレってコドモ過ぎ?
 人が悩んでるというのに、蓬莱寺と桜井は例の如く漫才を繰り広げている。蓬莱寺って誰とでもコンビ組めるんだな。いいなあ。
「こいつは、女の服なんか着てるが、きっと男だぜ。その証拠に、胸がないッ!」
わっはっは! 桜井には悪いけど、笑っちまった。無論心の中で。
でも、スレンダーなのもいいんじゃないの? なんか最近オレ、ぐにゃぐにゃ柔らかいの怖いから、桜井みたいに適度に鍛えてて、あちこち出っ張ってない方が良く見えたりして…いやいや、桜井は既に醍醐の彼女なんだから、懸想したりはしないけどな。
 …あれ? いつもなら拳骨が飛んでくるのに。桜井、怒らないのか?
「俺のように、完璧な人間はナカナカいるもんじゃないぜ。なッ、龍麻。」
図に乗った蓬莱寺が、そんなことを言っている。
まあね。オレ、マジで蓬莱寺に憧れてるし。コクコクと頷く。
「お前なら、分かってくれると思ってたぜ。」
嬉しそうに抱きついてくる。───そういう気安さとか、自然な行動とかがイイんだよなぁ。オレもこんな風に喋ったり懐いたり…
って、さ、桜井! なんスかその弓矢!? うわっ蓬莱寺、オレを盾にすんなよ!
武器ツッコミとは恐ろしい技だ。犯罪スレスレだぞ。そこまでやっちゃうと、あと何やってもウケなくなってくから、過激なコントも善し悪しなんだよな。
 桜井の過激なツッコミから逃れようと、蓬莱寺はとんでもないコトを言って教室から逃げていった。
醍醐が女をナンパしてるだなんて…ちょっと、そりゃヒドいぞ? カレシが浮気してるなんて言われりゃ、流石に気を取られるだろうけどさ。
 桜井が、蓬莱寺の後を追って出ていったあと、美里も済まなそうに去っていった。生徒会があるからって、そんな風に断られたら、なんだかオレだけ帰宅部なのが寂しくなっちゃうじゃないか…
 ちょっと悲しみに浸りつつ教室を出た。今日は一人でトンコツラーメン食って帰ろ。

 校門前に、見知った影を見つけてオレは立ち止まった。
比良坂。
どういうことだ。とうとう決闘でも申し込みに来たか。
 比良坂はオレに気付くと、
「あの時は、本当に助かりました。ありがとう。」
と言った。
 あの時? なんだ? 何かあったか?
とりあえず頷くが、何のことだか分からないので、またじーっと睨み付ける。
それにしても、何だってこの女は、顔をすぐ赤くする割に視線を逸らさないんだ?
「実は、お願いがあるんです…。」
 ───来たな。
ゴクリと、思わず唾を飲み込む。さあ、何だ。決闘か。決闘だろ?
「今から、わたしと…デートしてくれませんか?」
………ダウト!
そんな嘘でオレをだませると思うなよ。
罠だな。オレがホイホイついていくと<敵>に囲まれるって寸法だ。
勿論キッパリと首を振る。だが比良坂は諦めない。
真剣な顔で、一回だけでいいから、とか必死に食い下がってくる。
やっぱりな。それが「惚れた男にデートを申し込む女」の顔かよ。
 オレがどうしても頷かないので、流石に諦め、比良坂は去っていく。
ホッとしたとき、後ろから声がかかった。帰った筈の蓬莱寺だ。
「お前も、罪な男だねェ。泣いてたぞ、紗夜ちゃん。」
 嘘泣きだろう? 全く、お前おねーちゃん好きのクセに見る目ないぞ。
「お前、紗夜ちゃんの事、嫌いなのかよ?」
………嫌いとか好きとかいう問題じゃないんだってばー。
もう、何て説明したらいいのかなあ! 蓬莱寺、いつもみたいにオレの考え読みとってくれよ!
 暫くオレを見つめていた蓬莱寺は、どう受け取ったのか、「なら、行って来いよ」と力強く勧めた。
??? どういう意味だろう。オレの気持ち、分かってくれたんだ、よな。

 はっ! 虎穴に入らずんば虎児を得ず、か!!

 流石は蓬莱寺だ。…そうだよな、男たるもの、ビビって逃げてちゃ駄目だよな。
敵の正体も掴めるかもしれないし。
よし。オレは頷いた。
「ほら、行った行った!」と蓬莱寺が背中を押す。勢いに乗ってオレは走った。
まだ遠くには行っていなかったので、すぐに追いつく。
 …でもさ、もしピンチになったら、救けに来てくれよな、蓬莱寺。
嬉しそうに笑う比良坂を睨みながら、心の中で念仏を唱えるオレだった。

 何故か水族館を見回った後、公園に来た。
さあ、どこで仕掛けてくるんだ? ここか? ちょっと人目があるな。
余裕があるのか、比良坂は楽しそうだ。くそっ。
「緋勇さん…緋勇さんは、奇跡って信じますか?」
なんだそりゃ? 何の話だ?
そりゃもう、信じてるぜ。何しろこんなオレに奇跡的に友達が出来たんだから。
………信じている。」
オレは、(遅い反応ではあったけど)きっぱりと言い切って、比良坂をまた睨んだ。
ずっとオレを睨め付けていたクセに、暫くすると比良坂は何故か顔を赤くして俯いた。どうした? やっとオレの勝ちか? と思ったら、
「…愛の…奇跡ですか? 緋勇さんって、夢があるんですね」
はあ? 何だとう? どこまでトンチンカンな女だ!
「わたしは、奇跡なんてないと思う。あるなら、大切な人を失う事なんてないじゃないですか。」
じゃあ、オレの今の状態は何だっちゅーねん! 奇跡以外の何物でもないっちゅーねん! メチャメチャ腹立つっちゅーねん! ムカツクおなごだなや! 関西風ツッコミと仙台弁がごっちゃだっちゅーねん。
「わたしね…、夢があるんです…。わたしの夢…。それはね…看護婦さんになること───
 悪の組織のクセに、将来の夢か? 意外にムチャなヤツだな。
いや待てよ。確かに看護婦の資格を取れば、患者を人質に取れるし、毒とか劇薬とか盗み放題だし、結構悪の組織の役に立つのかも。
変ですか? と訊くので、いや、全然変じゃないぜ、流石比良坂だという思いを込めて頷いてみた。
 しばし睨み合う。
こんな児童公園みたいなとこのベンチで見つめ合う高校生の男女なんて、ハタから見ればカップルにしか見えないだろうな。 しかし、オレたちの間にあるのは敵対関係であり、今こうしていても、オレの<<気>>が軽く往なされるのを感じて面白くない。
「こんな事ばっかりいってるから彼氏もできないのかな…」
 オイコラ、お前に彼氏がいないのは、悪の組織の人間だからだろう!
オレが彼女出来ないのと一緒にすんな! ってオレの方がメチャ空しいやん!
 心漫才のツッコミに余計空しさを感じつつずっと睨み続けたが、比良坂はやっぱり平然と睨み返している。何てヤツだ。
だが比良坂は突然立ち上がった。ギクリとして、思わずつられて立ち上がる。
「ごめんなさい、こんな話して…。でも、緋勇さんには聞いて欲しかったんです。だって、わたしッ───。」
何だ? とうとう正体を明かすのか?
 だが彼女は突然「今日はこれで…ごめんなさい」と頭を下げ、立ち去ってしまった。
へ? これで終わり?
拍子抜けだ。絶対何か出てくると思って気を張っていたのに。
…おっとしまった、後をつけなくちゃ。悪の組織の本部を突き止められるかも知れない。
 公園の出入り口から、左に折れて路地へと入っていく後ろ姿を追う。
しかし、路地をそっと窺って、オレは慄然とした。
 ─────いないッ!?
馬鹿な。暫く一本道の続くこの路地で。今し方曲がったばかりの比良坂がいない。
その辺の家にでも入ったのか? いや、それらしき音も聞こえなかった。
 呆然と立ちつくしたオレの足下に、変な紙片が飛んで来る。
ゴミか。ゴミはゴミバコへ、だ。
拾い上げて見ると写真だった。落とし物かな。
…ってことは比良坂のものかも知れない。写っている娘が比良坂かどうかはよく判別出来ないが。
裏にも何も書いていないし、陽に透かしたりしても何ともないので、とりあえず物的証拠として預かっておく。物的証拠って何やねん! いつから刑事物になっとんねん!
 とりあえず、この程度の心漫才で今日は満足してやるか。オレは不敵な笑みを浮かべて…いやスミマセン、勿論心の中で、ですわ…その場を立ち去ったのだった。

 はー。今日も一日お疲れさまでしたっと。
授業が終わり、のろのろ教科書を鞄にしまっていると、穂沢が声を掛けてきた。
「そういや、龍麻。さっき校門のとこで、女の子が待ってたぜッ。」
おお? 何だよ穂沢、お前もいつの間にかオレを「たつま」と呼んでくれてるワケ? てへへへ照れるなあ。
…って、何? 女の子? …まさか、また比良坂か?
どこで引っかけたって、引っかかったのはオレだっての。分かんないだろうけど、羨ましがらないでくれ。
 何だか気が重くて、ちょっとぼんやり座ってると、別の生徒が声をかけてきた。
「誰か待ってるの? 醍醐くんと蓬莱寺くんならもう帰ったわよ。さては置いてきぼりね」
見回すと、桜井、美里の姿もない。
 『置いてきぼり』の言葉がオレのシャイなハートをざっくり直撃する。
くっそう。女って残酷だぜ。軽い冗談だろうけど、オレは傷ついたぞ! キミの名前思い出せないのが、せめてもの復讐だっ! えーん。
 仕方がないので帰路につく。
だが、校門の辺りに比良坂はいない。
良かった、帰ったのか。いや、他の人間だったかも知れないな。誰か知らんけど…
「にいちゃん、緋勇龍麻?」
校門の前でキョロキョロしていた、小学生低学年くらいの子供が、オレに向かって突然尋ねてきた。
何だ、お前? 名札も付けてないのに良く分かったな。思わず首を捻る。
「じゃ、これ、緋勇っていう人に渡しといて。」
変な封筒を押しつけて、子供は去っていった。いや、オレが緋勇で合ってるんだけど…もしかして、今の子が、オレを待ってたっていう「女の子」か? うーん、ただの子供だよな、確かに女の子には違いないが。穂沢、ロリコンかなのかな。もしや、オレをからかったとか!? だったら嬉しいけど〜。
 どれどれ、何だこりゃ。果たし状かな。
…うわっ…何コレ、脅迫状? 「お前の娘は預かった」ってヤツ?
 よく見ると、一部新聞や雑誌なんかの切り貼りだけど、メインの文章はワープロ打ちじゃないか。こんなんじゃすぐアシがつくっての。底が浅いぜ、誘拐犯人。これじゃ2時間保たないぞ。火曜サスペンスかっちゅーの。(びしっと裏拳)
 心漫才も決まったところで、読みにくいその文章をちゃんと読んでみると、冗談じゃなく「良く知ってる女の子」を攫ったと書いてあった。
だ、誰だ!? 美里か? また桜井か? アン子ちゃん? 高見沢? 藤咲? 裏み…つを誘拐するのは無理だな、多分。
 今までの事件のことも書いてあるし、人に話すなとか、彼女を護るために来いとか、かなりキナ臭い。でも、美里とかが捕まっているんじゃ、救けに行かないワケにはいかないよな、やっぱ。男として。
 オレは意を決して、地図の示す場所を探すことにした。

 …ぜー。ぜー。…はあ〜。み、見つけた…ここだ。
だからオレは東京は相変わらず詳しくないし、地図に書いてある「至 田町」とかが分からないし、ちょっぴり方向音痴だしって言ってるやろ! もう散々迷ったじゃないか。たどり着いて良かった。
あーもー疲れたーと、ちょっとヤケになりながら廃屋の入り口に立つと、入り口にはまた封筒が貼ってあった。
またか? 大概にせェよ、コラ。
中を見たら、内側から鍵をかけて来い、などと書いてある。
こんな汚いオンボロ長屋に泥棒は入んないと思うがなあ。
 一応言われたとおりにして中に入ると、また封筒だ。「注文の多い料理店」みたいだな。
今度は、人の力を借りて馴れ合ってるとか、人は常に孤独だとか無力だとか書いてある。
何言ってんだ、コイツ。馴れ合うとか馴れ合わないとか選んでる場合か! 友情の前には馴れ合いも孤独も無力も吹っ飛ぶんじゃ!
それにしても、「<<力>>を見せて下さい」とか「健闘を祈る」って、なんのことだ?
 と訝しんでたら、答はすぐに分かった。突然窓ガラスが割れて、<敵>が姿を現したのだ。
…………んぎゃーーーーーッッッッ! ゾンビーーーーーーッッッッ!!
幽霊もヤだけどゾンビもイヤーッ! 映画のアレなんかもー二度と見たくないって思ってたのに、ぎゃー! 行動遅くても怖いよー!!
 とにかく剄を発して近くに来たヤツを吹っ飛ばす。触りたくない、こんなグチャっとしたの絶対触りたくない! いーから近寄るなアアーッ!

 疲れた、というより恐怖で、ぜえぜえと肩で息をしていると、奧の扉から白衣の男が登場した。
お前か! 気味悪い手紙と気味悪いゾンビ寄越したの! いてまうど、ウラァ!
逆ギレしているオレを無視して、男はペラペラと自分のペースで話している。くそっ。心の中でキレても全然通じないもんな。蓬莱寺〜、通訳してくれぇ〜。
 え? 女の子を預かっているってのは嘘? そ、そっか、そりゃ良かった。でも、やっぱしゾンビは死体なんだな。
ブードゥーだかTo:Doだか知らねえが、死体に襲わせるなんて汚ねーぞ! …ん? なに? ああ、「To:Do」てのは東京ドームの脇にあるプロ野球応援グッズの専門店だ。ちょっと分かりづらかったか? ってまたまた誰に聞いてんねん。しかも、なんで東京に詳しくないオレがそんな店知っとんねん。
「僕の名は、死蝋影司。品川にある高校の教師をしている。」
シロー・エイジ? 漫才コンビみたいなネーミングだな。ちょっとナイスだ。で、どっちが名字?
黙っているオレをどう思ったのか、ククッと笑ってサブロー・シロー…ちゃうやろ。…エイジは続けた。
オレの<<力>>を有効に使うって? オレの未来の手助け!?
そ、それって就職のお誘いなのか!?
 …コホン。(心の中で正座)
ええ、はい先生、将来にはすごーく不安を持ってるんですよ、ボク。この不況の最中、ボクみたいに極端に愛想のない口下手人間は、普通に就職出来ないですよね。マジで就職口くれるんでしたら、協力しよっかな。
「くくく…僕と君は、いいパートナーになれるよ…、きっと。」
パートナーっすか? そうすると、コンビ名はシロー・エイジ・タツマ? コンビだかトリオだか分かんないな。
 でも、こんな不気味な笑い方する人のボケに、オレ反応出来るかなあとか思っていたら、先生は変なことを言い出した。
「君のその強靱な肉体と揺ぎない精神力、そして超人的な<<力>>があれば、人は超人───いや、魔人ともいうべき存在に進化出来るのさ。」
 ………しーん。
なあ先生、それって真神が「魔人学園」とか呼ばれてることへのカケコトバ?
オレ、そういうダジャレ気味なネタをストレートに使うの、好きじゃないんだよね。もう少しさあ、こう…捻らないと。
なんかこの人とは合わない気がしてきたな。カラス野郎を思い出したぞ。
やっぱ、協力しない。しません。悪いな、先生。
 自分の力だけで東京を護れると思ってるのかって…? それとオレの就職と、どういう関係があるんだ?
オレがお前とコンビ組まないからって何で仲間が死ぬんだ。もしかして脅迫してんのか? なんて奴だ! 武士の風上にも置けねェ! ちょっとそこに直れ! という思いで、
「…うるさい。」…それだけ言った。
 ニヤニヤ笑いを消すことなく、シロー・エイジは地下へ来いと誘う。お前の研究なんか見たかないけどな、ちょっとその性根叩き直さないといけないから、ついて行こう。

 …こ。こ。来なきゃ良かった。
何それ! ホルマリン漬けみたいなネズミが動いてるよー!!! が、学校の怪談かーっ!? なんで頭が二つあるんだ、その犬もッ! 実はでっかいプラナリアなのかっ!? 
こんな学校の先生、イヤだッッ!
 逃げよう、こんなオカルトの塊みたいなマッドサイエンティストに関わっちゃ駄目だ。くるっと振り向いて…俺の足が凍り付いた。
 ひ…比良…坂。
「…緋勇さん…わたし…」
…。
………
…………
つまり、これは。
 怖い先生と怖い女に挟まれて、思考が止まっていた俺は、いきなり頭の中が熱くなったような気がして、ガクンと地面に膝をついた。な…殴ったの、マッド・シロー? それとも比良さ…か…? …。

 ………………
う〜ん。うるさいな。誰だ、頭の上でなんか喋ってんのは。
ボソボソ喋るんじゃねえよ。間違ってN○Kのニュースにタイマーセットしちゃったかな、オレ。
重い瞼を何とか開くと、ぼんやりと人影が見えてきた。
…誰だ…。見たことのある男が、見たことのある女に抱きついて…
 はッ。突然目が覚めた。恐怖のコンビ、シロー・エイジ・ひらさか!!
オレとのコンビ名よりゴロがいいなと思いつつ、起きあがろうとした…あれ? なんだ? 身体が動かない。
「おはよう。お目覚めかい?」
 いや、目は覚めたけど身体が起きないぜ。どうなってんだ、これは。
薬物への抵抗力が強いって? そうかもな、オレ風邪薬とか痛み止めとか効きにくいんだよなあ。
って、そんな世間話はいいから、オレを…? 「ガシャ」? なんだ、この重たい金属音。
 よく見ると、オレは手足を頑丈そうな鎖の付いた枷につながれて、ぎっちり寝台に固定されてるじゃないか。上半身ハダカだし。 いっぱいコードとか付いてるし。
なにコレッ。 オレ、寝てる間に何されちゃったの!?
「紗夜はねェ…僕の命令で君を観察してきたのさ。」
 そんなことは分かってましたっ。だからコレ外してくれ!
「君が、僕の研究材料として相応しいかどうか───それだけを、見るために…ね」
大体そんなとこだろうとは思ってたってば! だってその女、メッチャメチャ怪しかったんだぜ?
そう言いたいのに出てこないから、とにかく首を振る。
「緋勇さん…わたし…ごめんなさい」
………分かって、いる。」
 ようやく、それだけ口に出た。だからー、お前が女スパイだってのはバレバレだったワケよ?
「本当に、ごめんなさい…」
「そろそろ、始めようか。紗夜、手術台のスイッチを入れてくれ───
そうか、手術はこれからだったのか。良かった、まだ何もされてなくて。…って、全然良くないよっ!
イヤだーッ、バッタ男に改造されるのはイヤだーッッッッ!! 加速装置もイヤだーッッッ!!
 し、侵入者? 何だっていいや、オレから注意が逸れたんならソッチ行ってくれ!
何モメてんだよ〜? くそ、今のウチにコレ外せないか? あああ、焦ってる上になんだか力が入らない。
麻酔がまだ効いてるのか? 違う。腹が減ってるんだ。そういえば喉もカラカラだし…
「緋勇さん。今、拘束具を外してあげるわ。」
 ………えっ!? 比良坂、今なんて?
マッド・シローと比良坂がモメている。それは助かるけど、マジでクラクラしてきた。目が回る。
比良坂が、オレの手枷を外しながら、何か言っている。オレの───強さ? やさしさ? 覚えがないけど。
「人は、復讐の心だけじゃ生きられない…一生をそのためだけに捧げる事は出来ない。…わたし、間違ってますか?」
うんにゃ。
何だか良く分からないが、そりゃ正論だ。首を振って、何でこんなこと言ってるんだろうと比良坂を見ていたが、どう解釈したものか、また赤くなって「有り難う…」とかなんとか言ってる。何でもいいから足も早く外して。
 うわっ、マッドがキレた! 何でここで、オレを殺すって話になるんだよ? もうお前ら全然分かんないよ。
だーっ!! そのでっかいゾンビは何〜? それも病院の死体とやらで作ったのかっ? 死体になる前から相当怖かったろうなー、この人。バスケの選手? いや、ラグビーの選手?
うわっ来た! ちょっと待てー! オレまだ足枷がーっ! 死ぬーっ!!

 ………ん? まだ生きてたか?
何が起こったのか分からない。そういや、比良坂の悲鳴が聞こえたのを思い出した。見ると、オレの足元で枷を外している比良坂がいる。頭から血が出てるな。あのデカゾンビに殴られたのか?
比良坂は、にっこり笑っている。後ろで何故だ、と呻くマッド。もう、本当にワケが分からない。腹減って目が回るし、身体に力が入らなくて地面も回ってるみたいなのに、アタマは回らないようだ。
「なッ、なんだこりゃッ」
 聞き慣れた声が聞こえてきた。霞む目を、何とかそちらに向けると、蓬莱寺だった。醍醐も、桜井も、美里もいる。ひーん、やっぱ友達だから、危機を察して駆けつけてくれたのかあ!? もう嬉し泣き〜出来れば実際泣きたいよ〜。なんでオレ、涙も出ないんだろ。
 怪我をしている比良坂に気付き、蓬莱寺が美里に回復の指示を出している。いや、だからな、ソイツは違うんだって。
だが、こちらに駆けつけようとした美里に、さっきのデカゾンビが威嚇攻撃をかけた。オレと比良坂は、ゾンビによって仲間達と分断された格好だ。
 マッドがまた何か言ってる。比良坂はオレを支えながら、早く逃げろとか言っている。
…お前そういえば、さっき復讐がどうとか言ってたよな。今頃ようやくアタマが理解したんだけど、お前、なんか人間に恨みがあって、復讐のために女スパイやってたってことか?
「…ひら、さか…」
いつもより更に、うまく動かない口を開いたが、マッドに嗾けられたゾンビが襲ってきたので、慌てて立ち上がる。
駄目だ、ふらつくぞ。これで戦闘はキツイかも。更に、奧の部屋から、ゾンビがたくさん出てきたし。

 死にたくないので、何とかふらつく頭をブンブン振って、羊の数を数える。
羊が一匹、羊が二匹…違うやろ! 眠ってまうわっ!
いかん、トロくさいゾンビが飛びかかってくる。危うく避けて、「根性ォオオオオッ」と心の中で叫んで、腕に溜めた<<気>>を叩きつける。一撃で倒せるには倒せるが、後が続かない。…ああ、腹が減っては戦は出来ぬって、真実だなあ。
「危ねェッ!」
 蓬莱寺の声に、咄嗟に屈む。正面から襲いかかろうとしていたゾンビが吹っ飛んだ。ふー。
「す…まん。」
声が掠れてて、蓬莱寺に聞こえたかどうか分からない。まあいいや。とにかく、あのデカイの倒さないと。
えーと、何が有効なんだ。いつもなら、見ただけである程度弱点とか分かるんだけどな。…とにかく、異常に体力ありそうだ。少しずつ、遠くから…えーと、桜井、は…遠いな。うー…ダメだ、足が…
「龍麻ッ!」
 危うくぶっ倒れるところだったオレを、蓬莱寺がガシッと掴んでくれた。サンキュー。でも、オレちょっと今回役に立ちそうもないから、その辺に転がしといてくれていいよ。
ホラ、まだ敵が向かってきてるって。オレはいいから、危ないってば、おい、き、来た…っ
 …閃光が走った。
後ろから近寄ってきていたゾンビが倒れる。…あれ? 誰が…?
「よォ、京一に、センパイ。近く通ったら、変な気配がしたからよ。」
来てみりゃァ、アンタ達がまた闘ってんだもンな、とカラカラ笑う金髪派手男は…雨紋だ!
「全く驚いたな。こんな化け物までいるのか。」
とか言いつつゾンビを素手で殴り飛ばしているのは、紫暮。
 スゴイ。みんな、連絡もしてないのにどうして分かったんだろう。「変な気配」ってヤツ? それとももしや、友情パワー!?
「おい京一、オレ様がセンパイを見ててやるから、お前、あの雑魚倒して来いよ」
………ッ。何でテメェに指図されなきゃなんねェんだよッ」
 ちょ、ちょいとアンタ達。まだ敵が残ってるのに、何でモメてんだよ?
オレは力を振り絞って、蓬莱寺を呼んだ。
「…あの、デカイのを…吹っ飛ばし、て、し、紫暮と…醍醐に…同時に、攻撃、してみて…くれって…」
蓬莱寺は、ちょっと雨紋を睨み付けてから、醍醐たちの方へ走っていった。
うん、あの筋肉×3なら、デカゾンビに匹敵するだろ。
 雨紋に支えられながら、今にも閉じそうな目を一生懸命開いて戦況を見つめる。
ああ、自分で戦えないのはもどかしいぞ。
 うおっ!? 醍醐と紫暮×2が同時に吼えた!
両側からドカーン! とタックルかましてやんの。うわ…あれはムサクルシイつーか暑苦しいつーか。
デカゾンビが固まってしまった。そりゃあ、あの兄貴系の抱擁を受けちゃあ凍り付くわな。
 しかし、今の連携は凄いぞ。多分、醍醐の<<気>>と紫暮の<<気>>が同質に近いから出来るんだな。
ってことは、他にも連係プレイが出来るヤツがいそうだ。うんうん、便利だから覚えておこう。
 蓬莱寺がマッドに、木刀で二重の袈裟懸けをかまし、闘いは終わった。

 気付くと、足元に比良坂が倒れていた。げっ、いつからここにいたんだ?
触るのはイヤだったが、さっきの復讐云々が気になったので、あんまり肌が密着しないように抱き起こす。…はっしまった。オレまだ上半身ハダカだ。オレの制服、どこ?
 比良坂はうっすらと目を開けた。死んではいなかったらしい。
身の上話を始める。どうでもいいけど、この状態で何でお前の身の上話聞かなならんのか。
 うーん。両親が死んで、親戚が冷たかったから、マッドは復讐を企んだのか。何だかなあ。こうやって聞くと、比良坂も可哀相なヤツだったんだなあ、と同情してしまうが。
「…わたし…緋勇さんに会えて良かった。」
 そうだな。悪いコトから足抜け出来たもんな。しみじみと頷いて、比良坂を改めて見つめた。
きっと、兄貴の片棒を担いで病院の死体を盗む手伝いとか、オレたちを見張るとかスパイ活動をしているうちに、自分の<<気>>を抑えたり、気配を殺したり出来るようになったんだな。元々素質があったんだろう。
しかし、オレたちが仲良さそうにしてんのを見てて、羨ましくなった、と。そんなとこだな?
「そうだ…今度、どこか行きませんか…」
どこか行くって、どこに行くんだろう。一度拳を合わせてみようっていう、婉曲な誘いかな?
………ああ。必ず。」
いいぜ、お前ほどの力のある奴なら、女でも手加減せず闘えるだろうし、お前となら友情が芽生えるような気がする。
…っておいおい、呑気だな。ここで寝るなよ。オレも眠くて仕方ないんだから。…はっ、つられて眠っちまうとこだった。
 うわ!? と、突然火があちこちから噴きだしたぞ!
だ、誰ですかアンタ? 赤鬼さん?
ちょっとちょっと、放火しといて逃げますか。ヒドい奴だな。…「きどうしゅう」の「き」って、もしかして「鬼」? そ、そっか。今の奴が「鬼同集」の一人か。組織名だったのね。
 …あれ? 比良坂? 炎にビックリして立ち上がったとき落っことしちゃったんだけど、どこ行った?
げっ。いつの間にあんな所に…。炎に遮られて、近寄れないぞ。
 何か言ってるな。謝ってるみたいだが、よく聞き取れない。
錯乱して本当のマッドになったマッドは、比良坂にしっかりと捕まえられて動かない。流石比良坂、か弱そうに見えてすごい腕力だ。
 炎が勢いを増していく。…ちょっと待てよ、そっちの扉から逃げる気だな!?
お前、さっきオレたちの仲間になりそうなこと言ってたクセに!
「緋勇さん…わたし、もっと早くあなたに会いたかった…」
微かに聞き取れる。なんだよそれ。改心しないって意味か。ちょっと待てっての!
「ダメだセンパイッ。もう遅い、逃げるぞ!」
雨紋が、オレを抱えて走り出した。力が出ないから、なされるままだ。うう、比良坂め。騙された。

 目の前では豪快にボロ屋が燃えている。
どこで見つけたのか、オレの制服を美里が手渡してくれた。良かったー燃えなくて。
比良坂は…逃げおおせたろうか。それとも、失敗して炎に焼かれてしまったろうか。
 どちらにしろ…。
大したヤツだったな。比良坂。
もし次に逢うとしたら…お前は敵かな、味方かな。
いや、少年漫画だと、やっぱ次は素知らぬ振りでオレたちの仲間になってたりするんだよな?
うん、きっとそうだ。お前はかなり才能があるから、充分戦力になるだろう。
「鬼同集」を倒すため、いつか出て来いよ。
 ちょっと気が抜けたオレは、とうとう完全に力が尽きてしまったらしい。
膝がガクリと折れた。蓬莱寺が慌てて支えてくれる。
それで安心して、オレは目を閉じた。
 …ああ。腹へった…ラーメン食べたい…

06/06/1999 Release.