マニアじゃない!

 〜前回のあらすじ〜
街で出会った、紗夜という少女は敵であると見抜いた緋勇だったが、結局、緋勇を陥れるために、巧妙に仕組まれた罠にかかってしまって役に立たなかった。病院から死体を盗み、背徳の生体実験を繰り返す紗夜の兄、死蝋は<力>を持つ緋勇を自分の漫才パートナーにしようと迫る。駆けつけた仲間達と緋勇に襲いかかる元ラグビーマン、腐童。その命を賭して緋勇を救ったくせに、まんまと逃げてしまった紗夜。そして緋勇は、鬼同集の「しゅう」の字が、「集」か「衆」かで悩むのであった。


 眠い。
すんごく眠い。眠いし、暑い。暑苦しい。
「…ちゃんっ。おい、ひーちゃん!」
…うあっ?
あ…悪い、蓬莱寺。ちょっとぼんやりしてたな、オレ。

 参ったよなあ〜。東京の夏って、暑すぎないか? もー蒸し風呂じゃんかよ、どこ行っても。
オレの実家がある仙台も、そりゃあ夏は暑い。でも夜はエアコンなんか要らないし、窓ちょっと開けて寝てれば、適当な風が入って気持ちよかった。
その感覚が抜けないせいか、マンションのエアコンをつけっ放しで眠るのが気持ち悪くて、無意識にスイッチ切っちゃうらしいんだ。…で、暑くなって目が覚める。これを繰り返すんで、ほんっと夜眠れない。
 最近は寝不足が慢性化しちゃって、授業中もすっごく眠くて辛いんだよな。
「なァ、明日俺とプール行かねェか?」
ぷーる? プールね、ふーん。…
 …えっっ!? 何ですと!?
ほ…蓬莱寺、今オレに、何て言ったんですか?
よ、要約すると、「明日オレとプール行かねェか」って意味だよね? 略しとらんゆーねん!
いや、オレの心のボケツッコミたちよ、今はちょっと黙っててくれ。大事な話なんだから。
蓬莱寺。それって、やっぱ、デートだよねッ?
………違うだろ。ツッコむなったってツッコミどこだろ、ここは。
 あれ? じゃあ、友達と二人で遊びに行くことは何て言うんだ?
そりゃあ「友達と二人で遊びに行く」って言うんだろうな。
…あ〜。ダメだこりゃ。寝不足と暑さでアタマが溶けてる。
 蓬莱寺は嬉しそうにナンパがどーだの短大生がこーだの説明してくれてる。
…どうでもいいけど、くすぐったいぞ。そこまでして、周りに聞かれたくない情報なのか?
うう〜。耳に息がかかって、くすぐったいです蓬莱寺〜。
押しのけたいんだけど、それよりなんか…その囁き声が…眠くなってきちゃった…グウ。
「うわっ!!」
うわっ!! ちょっと、耳元で大声出されたら、心臓止まるだろーがッ!
…桜井? なんで桜井に見つかったくらいで、そんなビックリしてるかなあ。
うー。耳がキーンって言ってるぞ。目は覚めたけどな、お陰で。
「そうだッ。どうせ行くなら、みんなで行こうよッ!!」
そうだな、みんなで行ったら楽しいだろうなあ。へへへー。友達とプールだってさ! わ〜い!
休日に、友達と遊びに行くなんて初めてだ。嬉し〜。
…だけど、この寝不足をなんとかしないと、プールで溺れそうだよな。今日はエアコン付けて、リモコンを手の届かないトコに置いて寝てみよう。
 …? 蓬莱寺、何で機嫌が悪いんだ?

 次の日。
リモコン作戦は成功したが、興奮して結局あんまり眠れなかった。遠足の前の子供状態だ。
ふあ〜。眠い。
 待ち合わせ場所に着いたが、誰もいない。
そりゃそうだ、30分も前だ。…張り切って早く来すぎた。…眠い。グウ…。
「ひーちゃん。」
…んっ。
慌てて目を開いたら、蓬莱寺が目の前にいた。うおっと、立ったまま寝てたか、オレ。
蓬莱寺は、桜井が来てないのを怒っている。
「そうだ。幸い誰も来てねェし、この際、当初の予定通り、ふたりで行っちまうかッ?」
…うーん、それも嬉しいけど。でも、折角みんなで行くってコトになったのに…。
オレが迷ってるのを、いつも通り素早く感知して、蓬莱寺は「なんだよ、いいじゃねェか。」などと口を尖らせている。…でも、ちょっと嬉しそうなのは気のせいか? …変な奴だ。
 なんてやってる間に、ちゃんと全員揃った。
でも…ちょっと待ってくれ、醍醐! お前、それは犯罪だろう?
このクソ暑い中で学ランを平然と着込んで…頼む、近寄るな。
…あああ、暑い! 脳天からかき氷被りたいッ!! もう今日は心漫才さえ臨時休業だ!!

 …あ〜。セミがうるせえ。あ゛つ゛い゛〜。
東京タワ〜? ぞーじょーじ〜? ど〜するって聞かれても…やっぱ真っ直ぐプール行こうよ。暑いもん。
と、美里が「誰か、こっちへ来るわ」と立ち止まってしまった。
なんでだよう。そりゃあ道端なんだから、誰かは通るだろ? ほら、みんなで見てたから、あっちも立ち止まっちゃったじゃないか。
「この世界は、放蕩と死に溢れている。だが、それも美しき婦人たちの前では無に等しい。」
 ほらあ。変なナンパだったじゃねぇかよー。もう行こうって。
何だよ、オレにも用か?
「君は、海が好きかい?」
おうよ。即答だ。特に今はな。海でもプールでも、とにかく水! 水だ!
まだ何か難しいこと言ってんな。あーはいはい。そうだね、世界が破滅すんのね。海に沈む? いいねえ。涼しそうじゃん。
 暑さで半分ヤサグレつつ聞いてたら、何故かソイツはオレに変な珠を渡し、また会うような気がするとか何とか言って去っていった。
なんじゃこりゃ。
………はッ。…冷たい!
 その珠は真っ青で、触れている手は勿論、辺りの空気までひんやりとさせる、涼気みたいなものを放っていたのだ。
なーんだー、いいヤツじゃん! 名前が水岐涼? 涼しそうでグーだ。
何故か不機嫌な蓬莱寺が、そんなもん捨てろとイチャモンを付けているが、そりゃないよー。
これ枕元に置いて寝よっと♪

 やっっっっと着いた! プールだ!
蓬莱寺がはしゃいでるが、オレとて飛び跳ねたいくらい嬉しいぜ。
ちゃっちゃと着替えてプールサイドにやって来た。
思ってたより広いプールだ。種類もいくつかあるし、結構人も多いな。
木刀持った蓬莱寺と、ゴーグルにシュノーケルまで着けた醍醐のどっちがおかしいかって…
さあ? オレ、学校以外のプール初めてだもん。おかしいのか? その格好。
 美里と桜井が遅いので、先に入ろうと蓬莱寺が促す。それは賛成だけど…なに? 二人とも準備運動しないのか? おいおい、学校ではちゃんとやるだろ? 足つっちゃうぞ。
というオレの返事を待たず、蓬莱寺がさっさと行ってしまった。醍醐も引きずられて行く。
なんだか蓬莱寺は怒っていたみたいだ。美里の水着姿が見たいとかって、何それ。美里が何かしたのか? 
…くすん。仕方ないので、一人で体操しよう。
「あの…すいません」
あれ? この子は…
「つかぬことを伺いますが、私と良く似た顔立ちの女性をみかけてはいらっしゃいませんか?」
あ、やっぱり。顔立ち…は全然似ていないけど、<<気>>の質がそっくりだと思ったんだよ、さっき通りかかった女の子に。
「…あっち…の方に」
何とか言葉を絞り出して伝えようと努力していたとき、その本人がやってきた。良かったな、はぐれなくて。
男勝りな子の方は、ジロジロとオレを眺め倒して去っていく。
おしとやかな子は、ペコンと頭を下げて、待って姉様〜とか言いながら追いかけていった。
変な姉妹。

 高見沢と偶然あって、ちょっぴり目の保養をした。うん、触るのはまだ怖いけど、やっぱり女の子って可愛いよなあ。
 その後なんかの撮影会があると言って、蓬莱寺と醍醐と三人で見学の輪に混ざった。
お前らはいいけど、オレはまだ水に入ってないんだよ〜。はやく水に浸かりたい〜。
とかいいつつ、観客がかなりざわめいていて、結構な「大物」が来ているらしいことが分かる。
誰だろう。長嶋監督? って、何でそんな人が市民プールで撮影会なんだよ。じゃ、野村監督? おいおい、水着で撮影したのは奥さんやっちゅーねん。
 イマいちネタが古いな、大体、奥さんは今それどこじゃねぇだろ? と心漫才を反省したとき、蓬莱寺が正解を叫んだ。
「まッ、舞園さやかちゃんだァァァァッ!!」
………どっかで聞いたことがあるような、ないような。
 蓬莱寺によると、「現役高校一年生、平成の歌姫とも呼ばれる、売り出し中の超美少女」だそうだ。
うんうん、流石にアイドルっていうだけあって可愛いよなあ。
 しかし、蓬莱寺ほどの奴が、ここまで心酔するってのも凄いよな。今度CD聞いてみよう。

 撮影会から戻っても、まだ美里と桜井が出てこない。女の子の支度が遅いたって、一体どんなモビルスーツを着込んでるんだ? ねえ、オレも準備体操終わったから、プール入りたいんだけど入っていい?
「うふふ、相変わらずバカねえ、あんた」
うぎゃ、また突然後ろから声が!?
…あ、えーと…藤咲、だっけ。くう、凄い水着来てるなあ。
 ヨダレ垂らしてる蓬莱寺の気持ちは半分までなら分かる。見てるだけなら、綺麗だよな。でもさ、その、何でイチイチ腕を絡ませて来るかなあ。「つれないわねェ」ったって、ちゃんと「グッとくるよ」って意味を込めて頷いたろ? そ、それより藤咲、悪いけど…じ、ジンマシン出そう…悪化してる? オレッ!?
更に何故か裏密まで現れた。め、メガネ取ると結構、アレだな。で、でも…やっぱそのうすら寒い<<気>>はちょっと…ね。うっ、キミもいつの間にか「龍麻くん」ですか。嬉しいやら怖いやら。
 ちょっとグッタリしていたら、ようやく美里たちがやって来た。
スクール水着じゃないとはビックリドキドキだけど、二人とも可愛いな。
桜井が、醍醐に「どう?」なんて訊いてて、なんか微笑ましい。いいなあ、醍醐。可愛いカノジョじゃん?
つられたのか、美里もオレに「どうかしら?」なんて訊いてくれた。うん、とってもキュート! ナイスバディ! もう悩殺寸前! という思いを込めて、一つ頷く。…表現は足りなかったけど、美里は喜んでくれてる。良かった。

 よいしょ。
ダメだぞみんな、飛び込みなんかしちゃ。ほら、監視員のお兄さんが睨んでるじゃないか。とか思いつつ、水にざぶんと潜る。…………あー…冷たい…は〜。
あー。ようやく生き返った気がする。もう、本当に暑くて死ぬかと思った。
 肌に、程良く冷たい水が染み通る。火照った身体が落ち着いてきて、思考も元に戻ってきたようだ。
水面に太陽の光がキラキラ撥ねて、如何にも「夏!夏でっせダンナ!」と主張している気がする。
あー、来て良かったなあ。それも、トモダチと一緒に、だぜ?
「おい、ひーちゃんッ。お前にも貸してやるから、醍醐を押さえろッ!!」
 突然呼ばれて、慌ててみんなの所へ近寄った。
蓬莱寺が醍醐にしがみついて、どうやらゴーグルを奪い取ろうとしているらしい。腕を引っ張られて近くには来たものの、何をすればいいのか分からず、つい後ずさってしまう。
醍醐と蓬莱寺の闘いに、更に桜井が混ざって、楽しそうにはしゃぐ。争いには参加していないが、美里もそれを見て、声をあげて笑っていた。
 ………ああ。
こんな光景が、ずっと目の前にあったら…どんなに幸せだろう。
泣きたくなる程、嬉しい情景。楽しそうに笑う、親しい友達。
ずっと、ずーっと、見ていられたらいいな。こんな風に…

 気付いたら、みんながオレを見ていた。
ぽかんとした顔で…何故かバランスを崩して、美里を除く全員が水の中に倒れ込んだ。
バッシャーン! と凄い音を立ててみんな沈んでる…。
どうしたんだ? オレが…なんかしたのか?
 バシャバシャと浮かび上がってきた桜井が、こっちに近づいてくる。
「緋勇クン…あのさ」
そう言ってオレの顔を覗き込んでくるので、目線を思わず逸らして、気が付いた。
…前髪!?
そういや、最初に潜ったため髪なんかすっかりびしょ濡れで、うっかり掻き上げてた!!
ようやく合点がいった。オレがみんなを睨んでいたのでビックリしたんだ。
慌ててその場を離れる。
うかつだった、つい忘れてた。いくら親しくなったって、オレの目は───
 脱衣所へ飛び込んで、持ってきたタオルで髪をぐしゃぐしゃ拭いた。
あちこちに貼られた鏡に気付いて、つい、目がいってしまう。
…嫌な顔だ。仏頂面で、辛気くさくて。オレの顔をみて因縁付けてくる連中の気持ちがよく分かる。
 何だか、悲しくなってきた。
みんな…怒ってなければいいけどな。いや、みんなスゴク優しいから、きっと、もう何もなかったかのように、オレを迎えてくれるだろう。
オレは…それに、甘えてるだけなのかも知れないな。
 心の中で自嘲する。でも、顔には出ない。泣きたい。けど涙も出ない。鏡に映った顔は、不機嫌そうにオレを見ている。
どうして…こうなんだろう。
こんな奴を受け入れてくれる彼らが変わってるのかな。
…うん、そうだな。変わってる。変わってるけど…優しい。
 鳴瀧先生が、「護るべきものを見つけろ」と言っていた。仲間を見つけろ、と。
…護りたいです、先生。オレを受け入れようとしてくれる、優しい人たち。みんなを護りたい。
もっと、もっと強くなって…。それで、さっきみたいなキレイな光景を、護りたい、です…

 案の定、みんなは全然気にしていなかった。
優しいよな〜。いくら「仲間」だからって、こんなに気を遣ってくれる人たちって、いないぜ?
「どうだ、龍麻? お前も少しは、気晴らしになったか?」
なんて、醍醐がニコニコしながら訊いてくれた。…へへへ。ありがと、醍醐。
頷くしかできないけど、すごく感謝してるからな。「気晴らし」っていうのが良く分からないけど、オレが夏バテしてんの、気付いてくれてたのかもね。

 新宿に戻ってラーメンを食べることになって、芝プールを後にしようとしたときだった。
「な、なんだこの匂いは…」
「生臭い、いや腐ってるような───。」
うわっ、確かに臭い! なんだこりゃ? 生ゴミ? ダメだよゴミの収集日は守らないと!
プールの方から匂いがするって? 悲鳴も聞こえるな。誰か不法投棄でもしたんだろうか。うーん、社会問題的だ。
 プールの方に様子を見に行こうとしたら、突然誰かに呼び止められた。
見ると、何故か骨董品屋さんが立っている。
「如月骨董品店」は、何度か利用したことがあった。この人も、なんだかすごく親切で、面白い人だ。流石は商売人という感じ。
「お、お前は…」
「フッ…」
「…誰だっけ?」
おお! 蓬莱寺のボケに、盛大にコケている。やっぱり面白い人だ。それにしても蓬莱寺は、やっぱり誰とでもコンビを組めるんだなあ。
 その人───如月の話によると、とにかく何かまた事件が起きているらしかった。それにしても分かりにくい。言ってる台詞、一つ一つがつながってない気がするんだけど…はっ。お前も詩人か?
 義務がどうだとか言ったことで、桜井と蓬莱寺が、如月を心配したらしい。特に蓬莱寺なんか怒っているようだ。余程、如月のことが気になってるんだな。漫才コンビだからだろうか。
如月が、オレを見て「どう思ってるか」と訊いてきたので、そらもう心配ですがな、詩才は分かるけどもう少し会話になるように喋ってくんないと、お友達に逃げられちゃうよ? という心を込めて、如月の手を労るように叩いてやった。…そういや、いつまで捕まえてるんだ、オレの腕。逃げられないようにか? ますます心配だぜ、如月くん。
 誰か生ゴミのことを通報したらしく、遠くからパトカーの音が聞こえてきたので、面倒に巻き込まれる前に、その場を離れることになった。
も少し時間があったら、如月は全部喋ってくれそうだったけどな。水岐くんもそうだったが、詩人というのは基本的にお喋りなのだろう。
 …はあ…。折角涼しくなってたのに、こんなに走って、また暑くなってしまった。
大体、あんまりプールには入れなかったんだっけ。ちぇっ。
で、結局ラーメン屋、行くのか? オレ今日は冷やし中華にしよう。

◎・◎・◎

 …うええ〜。気味悪〜。
何でこんな汚くて臭いトコに来なきゃなんないかなぁ。
アン子ちゃんの調べてくれたところによると、港区のプールの事件と青山霊園の化け物の噂とはつながりがあるらしい。
事件があった港区のプールと青山霊園の位置関係が分からないから、地下鉄を使ったとか下水道を使ったとか言われても、ピンと来ない。
 でも、マジで臭い〜。醍醐が、潮の香りもするなんて言ってる。そんな嗅ぎ分けが出来るのか? 凄い鼻だな。香水とか香辛料の研究者になれるな。でもそうなったら、醍醐の白衣は特注だな。意外に似合いそうだ。
…なんて、妙な方向に想像が進んでいたら、突然「隠れろ!」と醍醐が叫んだ。な、何事だ!? と前方を覗き見ると…
 …………ら、ラゴン!?
ラジオ…ラジオで音楽かけなくちゃ! とか思っていたら、みんなに置いていかれた。いかんぞ、ラジオがないのに! …もしかして、誰もこのネタ分かんない? ちっ。これだから今時の若いモンは。って、オレも高校生やろ。誰かウ○○○Qについて語りたくはないか? 誰に聞いとんねん。
 いつもの心漫才にしては、ちょっぴりオレの意識じゃないモノが混じってるよなー、と訝しんでいると、突然知った人が現れた。なんだ、先日いーものくれた水岐くんだ。あれ、有り難うな。あれから枕元に置いて寝てるんだけど、もー朝まで熟睡! 一家に一台、是非貴方のお宅にも! ってくらい快適だ。夏中愛用させてもらうよ。アレ、効果はいつまで持続するんだ? 2〜3ヶ月に一度お取り替え? 通販やってないの?
などと、心の中で親しく話しかけていたら、なんか雲行きが怪しくなってきた。…なに、あの半魚人たちの仲間なのか? 水岐くん。マジ? 詩人のクセに趣味悪! オレなんかラゴンの所為でしばらく台所行けなかったのに! それはもーええっちゅーねん。
あわわ、問答無用で戦闘に入っちまった。なんで〜?

 とりあえず、ラゴンを軽くぶん殴ってみたら、触感がとってもカエルだった。気持ち悪〜。…音楽さえかかればなあってホンマしつこいなキミ。
この間と同じく、どこから嗅ぎつけたのか、駆けつけた雨紋が嬉々として雷を落としまくっている。それだと直接触らなくていいから、羨ましい。
 後ろに回り込もうとしているラゴンに止めを差すよう、雨紋と桜井に指示を出して、水岐くんと対峙する。
水岐くんはニヤリと笑って、「…かくも美しく、残酷な邂逅よ…」だとか呟いてる。相変わらず不気味な人だ。だが、良いものくれたしなあ。倒しても、またアレくれるかな? どうも、詩人とは拳で語っちゃいけない気がする。
 ───なんて迷ってたもんだから、いきなり斬りかかられてビビッてしまった。
なんだよ! 友達だって思ってんのが分かんねえのかよッ! 分からんっちゅーねん(裏拳)。
心漫才はともかく、向こうがやりたいって言うなら、オレも遠慮はしない。思っきし殴らせてもらった。
掌に炎気を乗せるオマケつきだ。この暑さで益々熱かろう。ふっふっふ。

 しかし、見た目と違って水岐くんはタフだった。
叩きのめしたつもりだったのに、いつの間にか逃げられていた。…水岐くん、友情は…ダメか。あの珠、もうもらえないかなあ?
あとを追うったって…どこに行くの? …うーん。青山霊園…夜行くのは怖そうだ。霊園ってことはお墓だろ? とっても行きたくないけど、水岐くんなら夜の霊園で「闇に凍える魂がどーたら」とか吟じていそうだな。何とかして、もう一個くらいあの青い珠もらえないだろうか。…霊園行こう。怖いけど。
醍醐が美里と桜井に、夜は女の子には危険だとか説得してるが、二人とも行く気満々だ。
いいんじゃないか? ラゴンと闘わなきゃ行けないんだし、桜井の攻撃力ってかなり大きいし、美里に回復してもらえる利点は大きいぞ。味方は多い方がいいと思う。仲間だし〜。
「たまにはよ、こういうのもいいんじゃねェの?」
蓬莱寺が言った。たまには、か。オレ的には初めてだから、すっごくドキドキするぞ。女の子に嘘つかせて夜遅く帰すなんて。…ちょ、ちょっとオトナ!? なんてねなんてね!

 …やっぱ、夜の墓地なんて来るもんじゃない。ブキミで怖いだけだ。
醍醐がまた、真っ青になっている。どうしたんだろう。「寒い」って? こんな暑い夜に? …風邪だな。暑くても、暖かくして寝ないとダメだぞ。…そっか、醍醐は冷え性なんだな。このクソ暑いのに学ラン着るのっておかしいんじゃないかと思ってたんだけど、道理で…。
脱毛症で冷え性だなんて…キミの将来がお父さんは心配だぞ、なんてしみじみと同情していたら、みんなが墓の下に洞窟とか見つけてしまった。入るの〜? こんなとこ、ラゴンの巣だぞ?
「…君たち。」
 ─────キャッ。また突然声が! 幽霊かッ!?
と思ったら、如月骨董品店だった。何だよ。脅かすな。何でこんな夜に墓地に一人でいるかなっ!
そういやコイツも詩人なんだったな。「静寂という名の墓守が何たら」とか詠じていたのか? 寒ッ。そんなんだから出来る友達も出来ないんだぞ。
「君たちは僕の忠告を、無視するつもりなのか?」
 忠告って? …何だっけ? 何か言われたかな。あ、そうそう、前に「店の中で暴れるな」って言われたっけ。
…何の関係もなさそうだ。
「如月…」
スマン、忠告って何のことか分からん。というつもりで首を振ったら
「悪いが、君たちと手を組むつもりはない」
とか言われてしまった。何ソレ?
「…僕は飛水家の末裔として、徳川家の眠りとこの東京を、守る義務がある。」
と言って、如月は、またオレの顔をチラリと見る。
何か言いたいことがあるのかなあ。
美里や醍醐が説得するのを聞きながら、オレは暫く如月を見つめた。
あんまり人を見つめちゃいけないのは分かってるんだけど、気になってつい、じっと睨んでしまう。
如月もオレの目を見つめてくる。
 …平気そうだな。流石はあきんど。多少のことでは動じないのかもしれない。
「…いや、やっぱり僕は一人で行くよ。それが、君たちのためでもある。」
一緒に行こうという醍醐を断ってる割には、オレをまた見てるなあ。…何か誰かを思い出す…
 …はッ。…比良坂!
そうか、お前ももしかして、オレと拳で語りたいってヤツ!? な〜るほど。同じ詩人でも、水岐くんとはひと味違うな。
オレは友好的に右手を差し出した。如月、お前の気持ちはしかと受け取ったぜ。
とっても嬉しいので、「オレたちはとっくにマブダチだろ?」と付け加える。…上手く表現できなかったけど、大意は同じだろう。
「そんな風に言われるとは思わなかったよ」
ふふふ。その冷たい言い方は、「最初敵で、後ほど仲間になる人」の典型だ。うんうん。ラゴン倒したら、拳と拳を合わせようなっ。

 洞窟の中は、下水道より更に気味が悪くて、どろどろしてて、魚臭かった。
こんな所に住んでるのかな、ラゴンたち。ここから海には、どうやって帰そう。東京湾ってどこにあるんだ?
ぼんやりしてたら、みんながオレを見て大声を上げた。えっなに? 上…?
っっっっでえーー!? 天井から岩が! うわ、オレ死ぬ!?
 ドオーン!
物凄い音がした。───死んだのか、オレ。
…なんか、暖かい。もう天国に来ちゃったのかな…
「…大丈夫かい?」
って…あれ? 如月か? 随分近いところから声がすると思ったら、いつの間にかオレは如月にガッチリ抱きしめられていた。 ………い、いくら蓬莱寺で慣れたっていっても…き、急にスキンシップされたら心の準備体操が全然出来てなくてどっちかってゆーとラジオ体操は第二が好きだな! というわけで離れて下さい! 離れろって思ってるのが分からんか! 分からんゆーねん。
よく見たら、さっき天井から落ちてきた岩盤が足元に落ちている。…そうか、オレを助けてくれたんだ。
「…ありがとう…」
 流石に、命が危なかったという恐怖と興奮のせいか、割とすんなりお礼が言えた。
「いや…君が無事ならそれでいい。」
如月は、フッと笑って腕を放した。…それにしても、何が起きたんだ?
みんなもビックリしたらしく、桜井なんか「すごーい如月クン!」を連発している。どうやら、水を操って岩を持ち上げ、投げ飛ばしたらしい。そんな凄いことが出来るのか。
「飛水家は四神の一つ、水を司る『玄武』を守護神として崇めているが、その<<力>>を自在に操れる者が時おり顕れるのさ。」
 ふうん。玄武の力ねえ。…どっかで聞いたことがあるぞ、玄武…それも、2〜3ヶ月前に…。
…あッ!「ガメラ3」だ!! そうそう、映画で見たんだよ。
そうか、如月はガメラの力を持っているわけか。そんじゃあ、如月の敵はギャオス! ギャオスだなッ?
それにしてもあの映画は泣けたぜ(心の中でな)…最高だった。今思い出してもガメラの哀愁が胸に浸みるぜ。
人の身で、あのギャオスたちと闘うのは大変だろう。オレはなるべく心を込めて、如月を見つめた。気持ちが複雑すぎて、とても言葉に表せそうもないが、オレはお前を応援するぞ。お前は一人じゃない! ガメラは一人じゃないんだ! うおーッ!

 心の中で大変盛り上がっていたところ、突然水岐くんの声がした。おっと、すっかりお前のこと忘れてたよ。オレの友情も段々いい加減になってきたな。
だが、水岐くんの方もオレとの友情はもうどうでもいいらしい。世界の終焉とか、闇の世界だとか、もうすっかり詩作に没頭している。それならそれで放っておきたいが、ラゴンは退治しないといけないからなあ。
「その呼び声で、異界の地に捕らわれた、我らの神───父なるダゴンを呼び戻すのだ───!!」
ラゴンの父はダゴンか。…母はマゴン?
 うわっびっくりした。どうツッコミを入れるか考えているうちに、急に鬼面を被った女が笑いながら登場したのだ。鬼同しゅうってこんなんばっかりやな。ああ、そういえば、鬼の連中、って意味なんだったら、「鬼堂衆」が正しいのかな?「鬼同集」だと、ちょっとアヤシイ詩歌を載せた詩集みたいだし。今回は詩人の回だから、それでも良さそうだけど。
と、ようやく鬼堂衆のイメージが固まったところで、突然水岐くんの身体もラゴンになってしまった。あ〜あ。もう、冷たい珠どころじゃないな。やっぱり倒すしかないんだろうなあ。

 おかしいな、ラゴンしかいないや。ギャオスは…?
如月、お前の宿命の敵がいないみたいだぞ? と言おうとしたら、先陣を任せた蓬莱寺と醍醐に混じって、如月もラゴンに斬りつけていた。
ちょっと待てよ、そんな雑魚相手にしてたら持たないぞ! きっと後からギャオスが団体でぶわーって出て来るぞ! うう、もうこのシーンでゾクゾクって鳥肌が立って…いや、映画の話は今はいい。
「如月は下がれッ。後方で援護に回るんだ!」
出来れば、後ろからプラズマ火球を吐いてくれ。と思ったが、断られてしまった。ケチ。
とか思ってる間に、ラゴンがわらわらと如月に襲いかかろうとしている。ほらーもーしょうがないな!
急いで移動しながら調節し、如月の眼前の一匹を核として、<<気>>の竜巻を起こす。気持ちよく全部吹っ飛んだ。成功だ。
如月が何か言おうとしてるが、そういや慌ててこっちに来ちゃったな、と後方に指示をしとく。それから、気持ちを落ち着けて、如月を見つめた。
「…お前の敵は、誰だ? 誰を倒しに来た?」
ギャオスだろッ? こいつはラゴン。水系ポケモ…いや、水芸仲間じゃないか。大したダメージも与えられないみたいだし、火球使ってくれないんなら大人しくしててくれよ。
 まだまだいっぱいいるラゴンと鬼どもが集まってきたので、とりあえず如月をおいて退治にかかった。

 うーっ。ようやく外に出られたー。
ようやく落ち着いたので、みんな揃っているか確認する。
桜井、哀しそうだな。水岐くんのこと「カッコイイ」って言ってたからなあ。でも化け物になっちゃったんだから、仕方ないと思うぜ。オレも悲しかったけどさ。
蓬莱寺はいつも通りピンピンしてるし、醍醐も大丈夫。あ、そうだ、さっきの変な青い珠返すわ。水岐くんのくれたヤツと違って涼しくなかったから、いらねぇ。
美里…お前ってスゴイよなあ。怪我は治すわ、光るわ、死んじゃった水岐くんを消し去るわ。…まあ、あそこに置いといて岩とかに潰されちゃうのは可哀相だったけど、結構コワイことするよなあ。…どっちにしろ死体遺棄? …いや、考えるのよそう。
 他のみんなも大丈夫だな、と確認が終わったとき、如月が声をかけてきた。
「僕も、この地を鬼道衆から護る手伝いをさせてくれないか。」
てことは、君も仲間か! 嬉しいぜ、なんたってガメラだもんな〜。そうだよ、子供達の味方だもんな! 誰が子供やねん。
とにかくメチャメチャ嬉しいよ、オレたちを護ってくれよな、と想いを込めて右手を差し出したら、しっかりと握手をしてくれた。へへへ。スッゴイお友達が出来ちゃった〜。
 蓬莱寺がやって来て、如月と掛け合い漫才をやっているのを幸せな気分で眺めながら、ふと水岐くんのことを想った。
水岐くん。今度生まれてくるときは、詩人じゃなくて武道家になってくれよな。そしたら、拳で語れるからな。
ふと空を見上げると、星と星の間に線が引かれて水岐くんの顔が浮かび上がった。
ちょっと古典的なシメだけど、まあいいや。オレも決め台詞でお別れだ。
(さらば、水岐涼。お前のことは忘れない───あの涼しい珠に誓ってな!)
星が一つ、流れて落ちた。いいツッコミだぜ、恒星め。

06/17/1999 Release.