壱

友情への努力

 〜前回のあらすじ〜
小蒔と醍醐、美里と京一のグループ交際に羨ましく思いつつ弓道部の試合を観に行った緋勇は、織部雪乃、雛乃の双子の姉妹と知り合い「彼女作るぞ!」と実現不可能な目標を立てる。
その翌日、東京に起こりつつある異変をよそに、みんなで毎日お出かけ嬉しいな♪状態の緋勇は、醍醐の師でもある龍山の元へ赴いて、鬼道衆と奪われた五色沼のワニのことを知り、何が何だかわからなくなるのであった。
だが、鬼道衆、炎角から鬼の力を得た佐久間が醍醐を狙う。秘められた強大な力の暴走で、醍醐は佐久間を殺めてしまうのだが、勿論緋勇はそんなことを知りもせず、相変わらず己の無口無表情に悩んでいた。


 その夜、なんかスゴい夢を見た。
そこは体育館の裏。佐久間と醍醐が、拳で熱く語り合っている。…にしては、ものすごい殴り方だけど。
横で桜井がハラハラしながら二人を見守っていた。
図としては、男二人で桜井を賭けて争ってるみたいだ。でも確か佐久間って、美里が好きなんだよな。…いや待てよ。なんかアン子ちゃんにも気があるっぽかったし、単に気が多いのか。
 勝負は醍醐が勝った。夢とはいえ当然だ。しかし、佐久間の身体が溶けて消えたのはちょっとビックリだ。佐久間め、鬼道衆だったのか? なんてな。
そして商品?の桜井が醍醐に駆け寄って…いきなり至近距離で醍醐に火龍をお見舞いした!
「ぐわッ!? …さ、桜井ッ!?」
「醍醐クンのバカアァアッ! 佐久間クンを返せーッ!」
な、何イーっ!? そう来たかっ。オレの夢ながら見事なオチだ、全然読めなかったぜ。
泣きながら走り去る桜井。呆然と佇む醍醐。バックにBGMが流れる。…はっ、これはウルトラセブンの最終回にかかった曲! サービスが行き届いてるぜ、オレの夢。
 目が覚めた後も、余りの荒唐無稽さに大爆笑した。言っておくが、勿論心の中でだ。
ああ、オレがお喋りだったら、この話を醍醐と桜井に教えてやれるのになあ。二人ともウケてくれるだろうに。いや怒るかしら。

 だが登校してみると、醍醐も桜井も休みだった。…夢の中のラストシーンが甦る。やたらとリアルだった分、何だか変な気分だ。
美里が桜井の家に電話して聞いたところ、桜井はどうも病気らしい。「とにかく暫く休ませます」の一点張りで、具体的には分からなかった、と悲しそうに教えてくれた。
「スイカの食い過ぎで腹こわしたなんて、学校には言えねェよなあ」
京一が混ぜっ返すと、ようやく美里も笑った。
「…もう、いやあね、京一くんったら。」
今更だけど、本当に京一はこういう雰囲気を変えるのが上手い。いいよなあ。オレなんか、どんなに盛り上がってる場も一言で辛気くさく変えるのが上手いんだぜ(泣)。
 醍醐の方は、京一に言わせれば「またジムにでも籠もってんじゃねェの?」とのことだった。でも、今日はみんなで珠を奉納しに行くことになってたのに。あの責任感の塊みたいな醍醐が、約束を忘れるとは思えないけどな。
 取り敢えず計画は延期になった。
「今日中に二人とも連絡つかねェようなら、日曜には俺たちでコイツを封じて来ようぜ。」
「で、でも…」
「善は急げっていうじゃねェか。だろ? ひーちゃん。」
オレが頷いたので、美里も仕方なく了承した。…だって…お休みに、トモダチと、東京見物…したいかなーなんて。って目的違うやん!!
とりあえず「カタいことゆーな」と、心ツッコミをなだめておくオレだった。

 昼休みになって、何とか京一にだけでも昨晩の笑える夢の話を教えたいなーと思いつつ姿を探したら、もういなかった。速攻で購買の幻・焼きそばパンでも奪取に行ったか?
仕方なく、登校途中に買ったコンビニ弁当を持って、一人で屋上に上がる。…来週辺り、自分で弁当作って持って来ようかな。どーも最近飽きてきた。
 って、いるじゃん、京一。先に屋上に来てたんだな、とドアを開こうとして、ちょっと戸惑った。
…どうしたんだろう?
金網を背にして座り込み、ちょっと背中を丸めるようにして俯いた京一の顔は、今まで見たことがない程厳しかった。立てた膝の上に投げられた拳が、白く握りしめられている。
 声を…かけない方がいいだろうか。
思い切って、ドアを開けた。屋上のコンクリートの上に、足を踏み入れる。
京一は全く動かなかったが、<<気>>が一瞬にして張り巡らされ、オレに気付いたことを示した。
2mくらい離れたところで様子を窺う。…どうしよう。なんか悩んでるんだ。
と、トモダチだったら、相談にのったりするもんだよな。…なんて声かけよう。
「…わりィな。」
迷ってるうちに、突然京一が口を開いた。苦しそうな声だった。
「今は話をする気分じゃないんだ。…俺のことは、放っておいてくれ。」
…………。」
 こんな時。…普通はどうするんだろう。そっとしといてやるのかな。それでも強引に側にいて、話を聞くのかな。
考えても全然分からない。…何をしても、嫌われてしまいそうな気がする。つーか大体、京一にとってオレなんか、重要な話の出来るトモダチじゃないんじゃないか? …したことないもんな。ウチに泊まっても、大した話してないし。
「…済まん。」
慌ててドアを閉めて、教室に戻った。
ちょっと図々しくなってたな、オレ。…へへ。親友のつもりになっちゃってた。失敗失敗。ほんの半年足らずでそこまで親しくなれるワケないよな。
…ごめん京一。お前、優しいから。オレつい…
 何故か息苦しくなってきたので、ちょっと深呼吸をしてみた。
明後日はみんなで不動尊巡りだ。休日にまたまたトモダチとお出かけだ、幸せだよな?
お前、少し贅沢になり過ぎてんとちゃう? と自分の額にゴツンとツッコミを入れといた。

 美里と京一が楽しそうに話しているのを後ろからそーっとついて歩く。とりあえず、邪魔にならないように。
 結局醍醐とも桜井とも連絡が取れず、三人で珠を奉納することになり、オレは大変な思い違いに気付いたのだ。…この三人じゃ、完璧オレお邪魔虫じゃん! 邪魔をするからジャマー! ってマイナー過ぎか。
途中で「急用を思い出した」とか帰った方が気が利いてるかな、と思いつつ、きっかけが掴めず言い出せない。
心の中で急用の言い訳を練習しているうちに、目白不動尊とやらに着いてしまった。…しょーがないか。トホホ、ごめんな二人とも。
 さて、どこに封じるんだ、この珠。
とりあえずウロウロと、怪しげなところを探し回った。寺なんてどこでも怪しいような気がするけど、とにかく<<気>>が異なるところでも探せばいいかな?
 と、京一が小さな祠を発見した。うん、怪しいと言われれば怪しいし、怪しくないと言われれば怪しくない気もするぞ。
奉納しろってんだから、中に突っ込めばいいのかな。
珠を取り出し、祠の扉を開けて置いてみた。扉を閉め、様子をうかがう。
………えッ!?」
…ええッっ!? オレも驚いた! もう書く必要ないのに書くけど、勿論顔には出てないぜ!
なんと、祠がうっすら光り出したのだ。いや、さっき入れた珠が祠の中で光っている、と言う感じだ。
 呆然と三人で見ているうちに、その光はすーっと消えた。
京一が思いきって扉を開く。
「…こいつは…。」
中には、さっき入れた筈の珠がなくなっていた。代わりに、変な形のローラースケート靴が置いてある。
………コレって何? 手品? てゆーかガチャポン!?
珠を入れると何か出てくるようになってるんだな。流石東京、こんな祠までアトラクションだぜ。
何となく「封印した!」って気分になったので、次の目的地へ向かうことになった。

「…ホレ。さっさと次の不動尊へ行こーぜッ。」
 京一が突然、オレと美里の背中をドンっと押し出した。自然、二人で並んで歩く形になる。
ち、ちょっと。これはいくら何でもマズイやろ! 美里が「あ…」と言って、困ったように俯いている。…ホラ〜。オレ、こればっかりは譲れないぜ。
 早足で歩いて、美里の前に出る。
「お、おい…」
京一の声も無視。さあ、ちゃんと美里と並べっ。さっき地図見てきたから、道も分かってるし、オレ先頭で行くからな。…後ろから、二人の様子を見てるのも楽しかったんだけど…仕方ない。
「緋勇くん…」
美里の呟く声が背中越しに聞こえる。へっへっへ。礼なんかいいぜ。てゆーか、これでおじゃま虫なオレのこと許してね。
オレに聞こえないようにか、声を顰めた会話が聞こえる。…ごめん、聴かないでおきたいけど勝手に聞こえてきちゃうよ。
「私じゃ…駄目よね」
「んなこたねーって! 美里のこと気にしてんだぜ?」
ホラ見ろ、バカ京一。変なことしたから美里、傷ついてたんじゃねーかっ。
「気にしてる」なんてんじゃなくて、ちゃんと「好きだ」って言ってやんなよ。…ま、まあ、オレがいるのに言いづらいか。たはは。
 二人は暫く無言だったけど、だんだん普通の会話を始めてくれてホッとした。
「…しっかし、ホントにこんな珠に鬼が封じられていたのかねェ。俺には、ただのガラス珠にしか見えねェけどなァ…。」
美里がコロコロっと笑う。つられるように、京一も笑っている。
京一の機嫌も良くなったみたいだな。昨日の屋上でのアレは気になるけど…美里のお陰で悩みも解消したのかも知れない。…なら、まあいっか…。

 二つ目の、目青不動尊ってやつに着いた。
入り口の立て札を見ながら、京一が「パッとしねェ寺だ」とか言っている。
美里がニコニコしながらお寺の由来とかを説明すると、普段先生や醍醐にはうるさそうな顔しかしないくせに、素直に頷きながら聞いている。…あー、熱い熱い。
 いい雰囲気を邪魔したくなかったのと、ちょっぴり、…ホントにちょっぴりだぞ、なんか妬けちゃったので、先に寺に入ってようと思ったのだが…。
「おォッと。」
「!?」
突然、目の前に男が現れた。…気配は感じなかったぞ!?
コイツもスパイか? 気配を断って、何をしてやがった?
思わず身構える。
ハチマキをしたその顔には、はっきりとした刀傷がある。ますます怪しい。
睨み付けると、オレの様子には一向に構わず、そいつはオレを上から下までジロジロ見ている。
…な、何だ? やんのかコラ! ぎゃ、逆ギレしちゃうぞ?
「どうした、ひーちゃん? …なんだてめェ、俺たちになんか用かよッ?」
 良かった、京一が気付いて駆けつけた。コイツが鬼道衆の一味でも、二対一だぜ。戦隊物は、五人で一人の怪人を倒しても正義なんだからな!
「おっと、そないな恐い顔せんといて。ちょっと、この兄さんがええ男やったさかい。」
…………。」

 ………………はっ。ちょっと心臓止まってた。
あ、あ、あんた。いや、あなたは。

 京一が食ってかかるのを軽くいなし、ソイツはくるりと背を向けた。
「ほな、またな。」
ああっ。ちょっと待って! 君は、かの有名な…
「関西人」!?

 ああ、憧れの地、大阪。
寂しい青葉城とは違い、ライトアップされてデートコースになってる大阪城。
水清く、笹舟が流れる広瀬川とは似ても似つかぬ、ゴミとヘドロとケンタッキーおじさんの沈む道頓堀。
夜10時には真っ暗になる仙台駅周辺とは正反対に、朝まで明るい食い倒れの街。
それが大阪。
道行く人は挨拶代わりにボケとツッコミを交わし、弔辞すら漫談になってしまうという究極のお笑いのメッカ。
 もう少しお話したかった…!
「何でオトコに見惚れんねん!」ってツッコみたかったよ…ううう。
未練たらしく後ろ姿を見ていたら、京一に中に入るよう促された。…だって〜。関西人〜。しくしく。

 諦めて祠を探すと、似たような場所に、似たようなのがあった。
よしよし、それではガチャガチャ、ポンっとね。…うん、今度も光って、また今度は刀をゲットだぜ! おっ、流石京一、もう自分の物と言いたげに木刀の袋にしまっちゃったぞ。
しかし、どーゆう仕掛けになってんだろうな。四次元ポケットか? 天狗の抜け穴か? いや、後者はちょっぴりマイナーかも。
「そんじゃ帰ろうぜ。」
はー。大したことしてないけど、結構歩いて疲れたよなー、今日は。
 新宿に帰ってくると、すっかり日が暮れていた。
京一は、ふと思いついたように「明日醍醐の家に行ってみようぜ」と誘ってくれた。
でも、嬉しくてコクコク頷いたら、苦笑いしながら「わりィな」と謝られてしまった。
 …「付き合わせて悪い」って意味か? …オレの方こそ、混ぜてもらっちゃって悪いな。
でも…オレは…オレの方は…友達だから、別に「付き合わされてる」なんて思ってないんだけど…。これも図々しいのかなあ…。
 …まァいいや! 明日は醍醐の家庭訪問。どんな家なんだろ。楽しみだぜ、と日記には書いておこう。

 月曜日になっても醍醐は来なかった。どうしたんだろうと思っていたら、桜井の方は遅れて登校してきて、少し安心した。長い風邪だったなあ。桜井にとっつくなんて、すげー根性のウィルスだよな。メリッサか? パパか? …それは人間には付かんやろ。
 だけど、京一や美里が声を掛けても、何だか沈んだままだ。まだ調子が悪いのかなと思っていたら、京一が妙なことを言い出した。
「…やっぱり、やな予感が当たっちまったか…。」
醍醐も同じ日からずっと休んでいる、と告げると、桜井は一瞬身を固くして京一を見つめた。 …ど、どうゆうこと? 醍醐が休んでるのと桜井、関係あったってことか?
数日前に見た夢を思い出す。…桜井、佐久間を選んで醍醐を振ったのか。まさか正夢?!

 しかし屋上で話を聞いてみたら、もっととんでもない話だった。
なんと醍醐が凄い化け物に変身して、佐久間を倒したらしい。…充分化け物並みの巨漢なんだけど、どんなのになったんだろうな。10mくらいになって火でも噴いたのか?
ゴジラ系醍醐とガメラの翡翠と、どっちが凄いだろうかと思っていると、京一が苦々しそうに言った。
「あいつは前から、てめェ勝手なトコがあんだッ。」
険しい顔で、そんなに俺たちは頼りにならないのかと吐き捨てる。美里が慰めるように声をかけたが、怒りが収まらないらしく、オレに同意を求めてきた。
「お前だって、腹立たねェか?」
腹は立たないけど、悲しいよな。だって、怪物にはなっちゃうわ、それをカノジョに見られるわ振られるわ、もう踏んだり蹴ったり殴ったりだろ。親友のお前としちゃ、「水臭い」って思うんだろうけど。
そういうつもりで首をゆっくり横に振ったら、
「俺は、お前みたいに物分かりがよくねェからな。」
とそっぽを向かれてしまった。
…違うのに。今日は分かってもらえないなあ。…醍醐のことで、頭がいっぱいなんだろう。
「そういう意味じゃない」と言おうとしたが、何故か完全に舌が凍り付いて動かない。何だよ、言わなきゃいけないのに…最近は随分喋れるようになってきてたのに?
「京一くん。今はそんな事を言っている場合じゃないでしょ?」
 美里にしては少しきつめな台詞。顔を背けていた京一が、ふっと息を吐き出し、そうだな、と顔を上げた。…さすが、京一のコントロールの仕方、良く知ってるんだな。ありがとう美里、助かった。怒らせてごめんな、京一。…って言いたいんだけどなあ…。
 みんなが話し合ううち、アン子ちゃんと裏密に相談しようということになった。
「緋勇くんはどうする? ボク達と一緒に行こうよ」
後で合流するという京一の顔をチラッと振り返る。
オレの視線に気付き、目線を逸らしたのを見て、また何も言えなくなった。
桜井を振り向き、頷いてみせる。「一緒に行くよ」という台詞も出て来ない。
「うん、きっとアン子なら協力してくれるよ。」
そう言うと、桜井は小走りに屋内へと向かう。その後を美里が追う。
美里に続いてドアをくぐりながら振り向いてみたけど、京一は背中を向けたまま遠くを見ていた。
 京一の役に立てないどころか、どんどん嫌われてってるみたいだな…。

 階段を下りながら、美里が言った。
「京一くん、大丈夫かしら…随分落ち込んでいたみたいだけど…」
「うん…友達が突然いなくなって、もう会えないかもしれないとしたら、ボクだったら、どうしていいか分からないと思う…。」
………そうだな。醍醐がいなくなって一番ショックを受けているのは、親友の京一だよな。
先週の屋上での件も、きっと醍醐のことを心配して悩んでいたんだ。
オレに出来ることってないのか? こういう時こそ、日頃友達扱いしてもらってる御礼をすべきじゃないのか?
でも…嫌われてても出来ることって、いったい何があるだろう。
さっきみたいに怒らせてしまうだけじゃ…いや。何かきっとある筈だ。
そーだよ、さっきだってちゃんと「そーゆー意味じゃない!」ってツッコミ入れれば誤解も解けたんだから。何で言えなかったんだか分からないけど、京一なら、きっと許してくれる。よーし、もう一回チャレンジだ! 何とか気持ちを伝えなくちゃな!
 アン子ちゃんに、事件のあらましを美里が説明していると、京一が入ってきた。まだちょっと元気がないみたいだ。…うう、やっぱり声かけそびれた。トホホ。
何故か裏密もやってきたので、その怪しい占いで醍醐の行方を追ってもらう。
「四匹の獣───蝶の住む森───違う、蒼くのびる細い木───
…どーゆー意味だっ!? 四匹の獣と蝶が住んでる森じゃない青い木の中に醍醐がいるのか? …全然分からん。
青い木の中にいる醍醐…外から見ると光ってて、竹を取りに来たおじーさんが鉈で割ってみると中から小さくて美しい醍醐が現れるのかな。…ごめん、醍醐。想像して気持ち悪くなったオレを許してくれ。
竹か。竹と言えば先週行った…
「もーいいよッ! ボク一人でも醍醐クンを探す!」
えっ? な、何? 聞いてなかったよ、桜井どーしたの?
「オレも好きにやらせてもらうぜ。」
京一まで出て行ってしまった。何? 二人で喧嘩したのか?
どうしましょう? と言いたそうに美里がこっちを見てる。オレにも分からんよ〜。
「急いで探さないと〜、醍醐く〜んは、結構キケンかも〜。」
う、裏密。そうなの?
「全く呆れた単細胞ね。まあ、心配で焦っちゃう気持ちは分かるけどさ。」
アン子ちゃん…。そっか、二人とも醍醐を探しに行きたくて、慌てて出て行っちゃったんだな。…ん? てことは、まだ桜井は醍醐のこと…? そ、そっか。そーだよな、きっと変身した醍醐にビックリしただけで、気持ちは変わってないんだ。…良かったな、醍醐!
それはともかく、みんなで手分けして探さないと、場所も判らないんだし大変だぞ?
…手分けか。早く二人を連れ戻さないといけないし、美里と手分けした方がいいな。
「…京一を、追う。………桜井を、頼む。」
京一に「友達」と認めてもらえる最後のチャンスかも知れない。玉砕覚悟で行ってみよう。
役に立たなくても、嫌われてても…例え片思いでも「オレはお前を大切な友達と思ってる」って伝えよう。
…そんでもダメなら仕方ないさ。これまで通り、心の中でだけ勝手に友達だと思っとこ。…そんなに迷惑…かからないよな。

 外に出た形跡がないのを昇降口で確かめて、屋上か体育館裏の木の上だろうと当たりをつけたら、案の定京一は屋上にいた。
「…ひーちゃんか…。なんだよ、俺になんか用か?」
冷たく言い放って、顔を背ける。
…やっぱり、嫌われてるんだ…。
恐怖で舌が固まってしまう。あ、足も震えてきた。
くっそー、落ち着け、オレ。それでも言うんだ。ここで逃げたら男がすたるぜ!
めちゃくちゃ強引に口を動かした。ええい、念力集中っ! って何でやねん! いや、この際何でもいい!
………心配…した。」
き、聞こえたかな? 喉も引きつってて声が出しにくい。いいや、まだ言い足りない。オレに出来ることがあったら何でもする、一緒に醍醐を探しに行こうって言いたい!
…あ。京一がこっちを見てくれた。
そして、少し笑ってくれた。

「何でだろうな…お前の顔見たら、ちょっと、ホッとしたよ。」
 ……………………

 …何言ってんだよ〜。それはオレの台詞だよ〜! ふええ〜ん、嬉しいよう!!
安心して、隣に腰を下ろす。…と、また図に乗ったことしちゃったか? 恐る恐る横から覗き込むと、京一は苦笑しながら言った。
「悪かったな…今は、内輪もめしてる時じゃねェってのに…」
…………
全然悪くないって。気持ち、分かるし。
 しばらく言葉を切って、京一は色々考えていたらしいが、ポツリポツリと話し出した。
「なんで…」
「…なんで、なにもいわねェでいなくなったんだ、醍醐…」
「俺たちは、仲間じゃねェのかよ…。」
「ひとりで苦しむことはないじゃないか。」
うん。親友には、相談して欲しいよな。遠慮なんか、して欲しくないよな。
良く分かる。だって、今オレすごく嬉しいから。お前に本音言ってもらえて、すごく嬉しいから。
「醍醐は、俺たちのこと仲間だと思ってなかったってことか…」
違う…と思う。ホラ、醍醐って意外と繊細だし。…身の丈10mになった姿を桜井に見られてショックだっただけだと思うんだ。それに、そんなカッコでうろついてたら、自衛隊に射殺されちゃうし。
「そんなことないよ、きっと」って気持ちを何とか分かって欲しい。言葉が出ないのがもどかしい。…何か態度で、分かってもらえる方法ないか?
 ふと思いついて、京一の肩に腕を回した。向こう側の肩を、軽くポンポンと叩く。
ホラ、いつもお前がやってるスキンシップ。「友情」の示しだ。分かってくれる?
 間近で京一が顔を上げる。
しばらく見つめ合って、京一がふっと笑った。
「…お前………イイ奴だな。」
…それって、オレの気持ち分かってくれたってことか? だ、だよな!「いい人」ってのは確か「これからも、良いおトモダチでいましょう」って言われることが多いんだろ? …何か違う? 男性読者のすすり泣きが聞こえるって? …なんかまた変な電波が…
 ま、まあ電波はともかく、思い切って京一にアタックして良かった。一生懸命やれば、気持ちは通じるんだよなー、やっぱり。
よし。少し前進したよな、偉いぞオレ。
この調子で、醍醐も探し出して「10mでも2mでも醍醐はオレたちの仲間だぜ!」って言ってやろうぜ、京一!

 教室に戻ると美里も桜井を連れ帰っていた。
京一と桜井が謝りあう。…うう。熱い友情っ! だいぶ熱いぞ! …このネタも分かり難いなあ。
 一件落着したので、早速さっき聞いた裏密の占いについて考えた。
細く青い木と言えば…物干し竿? 物干し竿と言えば「あぶさん」? あれも超長期連載だよね。長男のトラくんがオレと同い年だから、20年以上やってんのかな? すげーよなあ。
 じゃなくて、えーと、蝶が住んでて長バットがいっぱいあるとこ…全然分からん。
大体、四匹の獣って何だろう。猿、犬、キジ…孫悟空、沙悟浄、猪八戒…見ザル、言わザル、聞かザル…ダメだ、どれも一匹足りない。
丹波哲郎が出てた時代劇はなんつったっけ…ありゃ「三匹の侍」か。また一匹足りないや。
でもオレ、結構時代劇って好きだな。分かりやすいし、チャンバラとかは見てて面白い。
時代劇といえば、先週行ったあの竹林の中のじーさん、まんま水戸黄門だったよなー。醍醐の師匠って言ってたけ…ど………
 あっ! そうだった!
さっき、なよ竹の醍醐のこと考えてて、竹林のじーさん家を思い出したんだった!
弟子が師匠に相談しに行くのは理に適ってるし、あの山の中なら醍醐も隠れていられるもんな。…そーだよ、行ってみる価値はあるんじゃないか?
「緋勇くんは、どこか思い当たる場所はある?」
タイミング良く美里が訊いたので、オレは一生懸命答えた。
………醍醐の…師匠の…」
水戸のご老公。ちりめん問屋のご隠居。…正式名称忘れちゃったよ、山…えーと。
「うんッ、ボクもそう思う。」
「そうね…」
あ、名前言わなくても分かってもらえたか。良かった。しかも賛成してくれてる! よっしゃ!
今日のオレって結構冴えてない? へへっ。
 早速四人でじーさん家に向かうことになった。

「緋勇くん…」
 中央公園に差し掛かったとき、前を歩いていた美里が急に振り向いた。必然的に立ち止まる。
いいの? 急いでるってのに。
「近頃、何だか恐いの。どんどん仲間が斃れていって、私たちだけになって…それでも、闘わなければならないとしたら…」
私たちだけって…オレらと美里がいたら、結構無敵だぜ? 回復してもらえるからどんどん闘えるし。
「私たちは、護る事が出来るの? 大切な人を…。」
…うーん。分からないなあ。美里の大切な人ってのは、京一と、親友の桜井だろ?
「護る」どころか二人とも強いしなあ。
………大丈夫だ。」
へーきへーき。美里をうっかり敵陣に放り込んだりしない限り、誰も死なないって。任せろよ、その辺は。
美里が安心したように笑う。くーっ、やっぱ綺麗だな、美里! 京一が惚れんのも無理ないぜ。
「確かに、鬼道衆の手からこの街を、人を護れる保証はない…。だが、それでも俺たちはやらなければならない。俺たちの<<力>>は、そのためにある気がするんだ───
と、醍醐なら言うだろーぜ。
へへっと笑いながら付け足す。くーっ、さり気なくカッコイイよな、京一! 美里が惚れんのも無理ないぜ。
そーだな、オレもそう思う。元々、オレは鬼どもから東京を護るよう言われて転校したんだから、当然だ。
東京に来てから妙に技が増え、<<力>>が増したのも、そのせいかもなあ。
 オレにとって大切な人ってのは、やっぱりこの美里や京一、桜井、それに醍醐だな。あと、「仲間」たちもだ。だから、強くなって、より多くの人を護れるようになってきたのは嬉しい。
 よし、と改めて出発しようとしたら、京一が突然<<気>>を漲らせて木刀袋に手をかけた。
はっとして前方を見ると、恒例の鬼面のやつが現れる。…珍しい! ちゃんと普通に歩いて登場したぞ、このデカい鬼。デカすぎて、空中から突然現れたり消えたり出来ないのかも知れない。
美里が、何で罪もない人を巻き込んだりするのかと訊いている。
そんなん訊いても答えんやろ、と心の中でツッコんでたら、デカ鬼は「ある女」を探してるのだとあっさり答えた。うおっと。危うくズッコケオチを敢行するトコだったぜ。意外に素直やな、デカ鬼。それにしても、ある女って誰だろう。
桜井を先に行かせて、オレたちでここを引き受けることになった。
「頼んだぜ…小蒔。お前なら、醍醐を助けられる筈だ…。」
「がんばって、小蒔…。」
二人が、想いを託して桜井を送り出す。…うううっ。青春っ。
頑張れよー桜井! 醍醐に「10mになっても好きだ」って言ってやれよ!

 うじゃうじゃ現れる鬼道衆の下っ端軍団を、片っ端から殴り倒す。しかしキリがない。かれこれ1時間は闘ってんじゃないか? 何で全然数が減らないんだ。一匹倒すとまた一匹増える。…どこで増殖してやがんだ! ポケットを叩くと増えるのか? どっかでハカイダーが怪人自動修復装置を作動させてんのか?
 流石に息が切れてきたなと思ったとき、後ろでバキッと嫌な音がした。思わず振り向くと、何と京一が折れた木刀を投げ捨てたところだった。…ちょっと待て! 素手でどーすんだ!?
慌てて京一のところに駆け寄った。うぎゃっ、後ろから追撃くらっちまったけど、それどこじゃない。
取り敢えず京一を殴ろうとしていたヤツに炎気を叩きつけ、庇うように構えた。…でもどーしよう。オレ一人じゃとても保たない。なんとか京一に武器を…その辺の木の枝じゃダメだよな。武器…武器になるもの…。
あっ!
「…京一っ! 刀はっ!?」
 ほら、不動尊のガチャポンでもらったヤツ! お前木刀の袋にいそいそしまってたよな? まだ持ってる?
目の前の鬼どもから気を逸らさないようにしつつ、ちらっとだけ後ろを見やると、投げ捨てられた袋が見えた。…大丈夫だ。中に棒状のものが入ってる。
「…応ッ!」
袋を取りに行った京一を追撃させないようにしながら攻撃する。あ〜も〜本当にキリがない。
 ぶおんっ。
と、オレの横を清冽な<<気>>が駆け抜け、一直線に敵を切り裂いた。鬼が三匹ほど、一斉に散る。
これは京一の<<気>>だ。けど、格段に威力が上がっている。
思わず首を向けて見てみると、京一の手にした刀は、冴え冴えとした光を放っていた。…すげーなガチャポン! いいもの当たったな、ハイパーカードみたいなもんか?
 「京一、すげー!」と声をかけようとした時、突然後ろでふわっと暖かい<<気>>を感じて驚いた。
慌ててそっちを振り向こうとしたが「動かないで」と言われ、思わず固まる。美里の声だ。
そういや、さっき後ろから攻撃喰らったな。そんなのわざわざ治しに来てくれたのか。でも、ここは危ないから、後で良かったんだよ。
「…危険だから、下がれ。」
痛みが引いたのでやっと振り向くと、美里は真っ直ぐオレを見返して、きっぱり言い放った。
「…嫌です。私だって、闘います。護るために。」
…み、美里…。
 大切な人を護りたいと言った美里。
…あの、さ。全然思い違いかも知れないけど、かなり自惚れてるかも知れないけど…も、もしかして、その「大切な人」に、オレも、入れてもらってる…のかな?
細い手をオレの方にかざして、一生懸命呪文みたいなのを唱えてくれている。手足に受けた、細かい怪我も治っていく。
…オレ…美里にも、ちゃんと友達だって思ってもらってたんだ。本当に、心の底から優しいんだなあ。
「…有り難う。」
美里が、ちょっと驚いたように見上げて、それから嬉しそうに笑った。

 ぐおおおッとデカ鬼が吼える。
流石に息が切れてきた。隣に立つ京一もぜいぜいいってる。
きっと親玉倒さないと雑魚の始末も出来ないんだな。くっそー。
「もうすぐだ───もうすぐ、やつらが戻ってくる…。」
そうだな、京一。きっと桜井が、醍醐を連れ帰ってくる。オレも信じるぞ。醍醐なら、あのデカ鬼にも負けないだろ。
…とか思ってたのに、おいおい闘う気だよアイツ。くー。オレらを雑魚で疲れさせてから登場とは、結構あくどいじゃねーかよっッ。
「ひーちゃん───お前も、覚悟決めろよッ。」
………ああ。」
やるっすよー! あいつ斃せば雑魚の増殖も終わんだろ、根拠無いけど。大分技のキレも悪くなってきてるけど、もー根性でカバーだっッ! うりゃあ!
「…頼りにしてるぜッ。」
 どことなく、嬉しそうな京一の声。
頼りにしてるぜ、だって。…へへ。へへへ。頼りにしてるってさ。えへへへ!
やるっ! やったるもんね、任せろよ京一! お前も美里もバッチリ護っちゃうからな。
そうすれば…きっと、オレも…本当の仲間になれるんだよな? 友達でいてくれるよな!

 気合いを入れて覚悟し直した、その時だった。
後方から一斉に襲いかかろうとしていた鬼どもの一匹が、「ぐえええ」とか言いつつ斃れた。
なんだ? と見やると…
だ…醍醐! 醍醐だ! 桜井もいる! 良かった、やっぱご隠居の家にいたんだな。
「待たせたな!」
おお、いつもの醍醐じゃん! 桜井と仲直りしたんだな。
 しかし、良かったなーと声をかけようとしたら、拳を両脇に引き下げた醍醐が、ふいに目を見開いた。
………お、おにーさん…い、いつからカラーコンタクトなんかしてるんですか?
って…
「ウゥオオオオオォォォッ!!」
キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
今の何ッ? どこの虎か狼かゴジラかラドンかっ!? いやーっ救けてガメラ!
だ、だ、醍醐が、なんかメキメキッとかいってるよっ! き、き、牙が!
…あ、そっか、これが桜井の言ってた「変身」なんだ! うわもうビックリした。やるならやるって言ってくれよ。オレは小心者なんだからさあ。
 ………あれ………
敵の数が減った。いきなり。
ど、どういうことだろう。あんなにいっぱいいた連中が…そっか、醍醐が恐くて逃げたのか。
…オレ的にも恐いけど、…敵を逃げ出させるってのは有り難いな。
それに、中身は醍醐だもんね。こ、恐くないぞ! うん!
 普段より更に強い醍醐は、一発ガツンと右ストレートで撃沈、二発めどかっとローキックで粉砕と、歩きながら着実に鬼を退治している。…す、スゴイ。
よっしゃー醍醐、このままデカイのも倒しちゃってくれなっ。
うーん、醍醐バージョンアップ。いわば醍醐V2か。見た目も慣れりゃ、そんなに恐くないや。さらに頼もしい味方となって帰ってきてくれたんだから、万事オッケーだよな、京一?

 思った通り、デカイのを醍醐があっさり殴り倒して戦闘は終わった。
途中から、またまたどうして嗅ぎつけたのか、翡翠や雷人、アラン、それに神社の姉妹まで来てくれたし。
みんな、ありがとねっ。
すっごくハッピーエンドな気分で醍醐の方を振り向いたら、何やら京一と真剣な顔で睨み合っていた。…あれ? ま、まだ怒ってるのか、京一。
慌てて二人の方に近寄る。
「こんなヤツとこれからも一緒に闘わなきゃならねェなんてよ。」
おいおい! 何でだよ、いいじゃん醍醐V2。結構執念深いんだなー京一。
ああホラ、醍醐が「もう会わない」とか言ってるじゃないか…。
やだよこんなの。折角戻ってきたんだろ? 喧嘩すんなよ〜。オレ、自分が仲間に入れてもらえないのは寂しいけど、人が外されるのは見ててもっと嫌だよ〜。
「今までありがとう。」
そーゆーお別れはやめろっ! 嫌だって思ってんのが分からんかっ。分からんよな。
「…そんな風に…言うな。」
でも醍醐は、さっぱりしたような顔で立ち去ろうとしてる。…京一〜っ! 止めてくれ!

 バキッ。

 …………いや、止めて欲しかったけど、いきなり殴るか。な、何なのその行動?
「醍醐…俺たちは、お前の何だ? 一緒に闘っている仲間じゃねェのか? その仲間を信頼できねェで、これから鬼道衆のヤツらと闘っていけるとおもってんのかよッ。」
そうそう、そうだよ醍醐。オレたち、お前が狼男だろうが虎男だろうが、誰にも言わないよ? だから信じてくれよな。
京一が叱りつけてるうちに、何だか醍醐が震えだし、ついに笑い出した。
「俺も、京一に説教されるようじゃ、まだまだ、修業が足らんな…」
 ………良かった…。分かってくれたんだ。
みんなも笑っている。これで本当に、醍醐は帰ってきたんだな。
 翡翠とアランが何か醍醐に声をかけている。京一が何か文句を言って、また醍醐が苦笑する。
美里が何か言ったのか、桜井は嬉しそうに抱きついて二人でコロコロ笑い合っている。
織部神社の姉妹に、雷人が何か声をかけて、お姉さんに怒鳴られている。妹さんが笑っている。
…ふー。いつものみんなだ。良かった、本当に…。
「さっさと、なんか食って帰ろうぜ。」
さんせー。メチャクチャ腹減った。
みんなで歩き出す。多分、いつものラーメン屋に直行だ。
 楽しそうにお喋りするみんなの背中を見ながら歩くのが好きなオレは、いつも通り全員を待っていたんだけど、ふと醍醐と桜井が残ったのに気付いた。
「醍醐クン、あのね…」
「あ、ああ。」
「おかえりなさい───
………ああ…。ただいま………。」
…ひゃ〜。
オレは慌てて他のみんなの後を追った。
もーラブラブ! つーか夫婦! いや、ここはやはりお若い者同士、二人きりでお話なさるが良かろう。ってオレは仲人さんかいっ。
 ちょっと羨ましいなと思いつつ、こっそり心の中で呟いた。
良かったな、醍醐V2。桜井と上手くやれよ。あんまり京一に心配かけるとまた殴られるからな。
 …オレからも、おかえりなさい。醍醐。

07/15/1999 Release.