参

歌劇「鬼とワタシ」

 〜前回のあらすじ〜
ローゼンクロイツ学院院長のジルはヘンタイだった為、幼い孤児達を攫っては色々良くないことをしていたらしかった。葵の美貌に目を付けたジルは、彼女と、それを庇う美女マリアをも攫う。緋勇は、学院に乗り込み二人を救出するが、美里の一糸纏わぬ姿にまたもパニックに陥る。そこへ鬼道衆最後の鬼、雷角が現れ、変態ジルを鬼へと変生させた。二人の敵を斃した一行は、友達がいなかったマリィという少女を連れ、無事、脱出するのだった。


 昼休みのことだった。
一年生らしき生徒が3人、京一を尋ねて教室にやってきた。
それで聞こえてきたのが次の会話。
「ほーらいじセンパイってー、カノジョいるんですかあー?」
「んー、まァ俺は可愛い女のコ達みーんなのモノだからなー。へへへッ。」
おいおい! 美里だって聞いてるのに!!
と思って(心の中で)あたふたしていたら、美里はニッコリ微笑んでいた。
「まーったく、相変わらずバカさらしちゃってさ!」
「うふふ。京一くんらしいわ。」
………み、美里…それでいいのか? 凄い余裕だな…。
いや…も、もしかして、この二人が付き合ってるってのは、俺の勘違い??
いや、でもなァ…美里はすごく京一に頼ってるし、京一だって美里を庇ったり嫉妬したりしてたよな…。
うーん。単に美里の懐が深いってコトか。
 美里って、同い年とは思えないくらい落ち着いてて、オレたちみんなのことを暖かく見守ってるお母さんって感じがする。
京一のことも「やんちゃな子供」みたいに想ってるのかも知れない。
 と、京一がオレたちのところへ、ニヤニヤ笑いながら戻ってきた。
「へへへ〜。モテる男は辛いぜ。」
「なーにバカ言ってんだか。」
「何だ嫉妬か? お前もちゃんと学ラン着ればモテるぜ? 安心しろよ、美少年。」
「なんだとおッ!?」
いつものドツキ漫才が始まる。むむ、桜井、相変わらず見事な右ストレート。ウケるためとはいえ、アレをまともに喰らうんだから京一も大変だ。
「全く…こういう普段の姿を見せれば、先ほどの後輩達も目が覚めるだろうにな。」
「うるせェぞ、醍醐!」
醍醐はそう言うけど、オレは逆にますます憧れちゃうと思うな。
京一は、顔が良くて強くてカッコイイのに、明るくて優しくて気取らなくて面白い。
オレが女だったら間違いなく惚れてる。
いーなあ…京一みたいになりたいよ。そんで桜井やアン子ちゃんと楽しくドツキ漫才…うわーっすっげーいい!
 …よーし。努力だ。努力するしかないぜ。
カオ…は努力じゃどうしようもないけど、でも京一みたいにニヤニヤ…いやニコニコ出来れば、少なくとも怖がられなくなるだろうし。
まだ全然ダメだけど、半年前に比べたら随分喋れるようになったし。あと5年くらい頑張れば、京一の1/10くらいはフレンドリーさを表現出来るようになってるかも知れないじゃないか。
よっしゃあ!
目標:蓬莱寺京一。
まずは、あの「よッ。」ていうカル〜いご挨拶を習得だ!

 その日の帰り、今度は目赤不動尊ってトコへお参りして、残りの二つの珠のうちの一個を収めた。あと一つはまた明日だ。
あーあ。こうしてみんなで放課後に東京見物するのも終わりか…
またみんなで、どっか遊びに行かないかなあ。プール…はもう時期はずれだな。秋といえば梨狩りとかリンゴ狩りとか鷹狩りとか五分刈りとかって最後は漢字も違っとるやんけ!
「今日は、マリィと一緒に家族で外食の約束があるの。」
オレが心漫才に舌鼓を打っているうちに、美里は帰ってしまった。ところで舌鼓打つって何やねん? 「ウマイ」って意味やんか。えー加減にせえ!(裏拳ツッコミ)
 しつこい心漫才はともかく、オレはどうしようかなあ。
醍醐とラーメン喰って帰りたいんだけどな。今から帰って夕食作るのも面倒だし。
…でも醍醐は、帰るって言ってる桜井を気にしてるみたいだ。駅まで送って行くつもりなのかも知れない。邪魔しちゃ悪いよな。
「この時間に帰っても、どうせ家には、飯はねェしな。適当に、おねェちゃんでも引っ掛けて時間を潰すかな。」
き、京一はナンパか…ってお前また美里をないがしろにして…。
 でも待てよ。これはチャンスなのでは。
京一がどんな風に女のコに声かけたり喋ったりするのか見ておくのも勉強になるんじゃないか?
そうだよな。「どうせオレなんかじゃ無理」と逃げてたら、いつまで経っても慣れそうもないし。
ああでも、オレみたいな仏頂面がくっついてたら、もしかしてナンパの邪魔?
いや、それならそれで良いかも知れない。美里への友情の証に、邪魔しちゃえ。京一には悪いけど。
………オレも、行く。」
 一瞬、京一はギョッとしたような顔でオレを見た。そりゃあビックリだろうな。オレがナンパなんて出来るわけないもん。
なんだか真剣な顔をしたので、やっぱり迷惑だったかなとドキドキしていたら、京一は突然ニヤリと笑った。
「一人より二人の方が成功率高いからな。そのかわり、抜け駆けすんなよ、ひーちゃん。」
抜け駆け…そんなん一生無理やっちゅーねん。ギャグか? ボケやな?
ツッコミを入れたいところだが、やっぱどーしても言葉にならないので、軽く裏拳だけ入れて、心の中でだけツッコむ。「出来るかっちゅーねん!」と。
「醍醐クンッ。途中まで一緒に行こうよッ。」
「う…うむ。」
「じゃあねッ、ふたりとも。」
よしよし、思った通りだ。醍醐と桜井は、みっともないマネするなとか何とか言いつつ並んで去っていく。良かった、醍醐とラーメンなんて言わないで。
「ひーちゃん。とりあえず、駅前の方へ行こうぜッ。」
コクリと頷いて、オレは京一の後に続いた。
さて、お手並み拝見と行くか。う〜ふ〜ふ…いやコレは裏密の真似だろ。京一風なら「へへへッ」だな。

「街ゆくおねェちゃんたちも、薄着じゃなくなっちまったなァ。」
 京一がのんびりと世間話をしている。
いつも通り、ロクな返事も出来ないオレに、気にする風でもなく話しかけてくる。
これからそのオネーチャン達に声をかけようってのに、身構えるでもなく、がっついた感じもしない。…うーむ、これくらい自然体だったら、声かけられた相手も警戒しないのかもな。流石、経験豊かなだけあるぜ。
「ひーちゃん。必ずやつらを斃して、来年もおねェちゃんの肢体を拝もうぜッ。」
う、うん、見る分にはね…。
いや。来年までには、この妙な女性恐怖症みたいなのを治すんだっ。そして京一みたく心からオネーチャンの薄着を楽しめるような男になるんだ!
…………お前の…言う、通りだ。」
京一の顔を見つめながら、力強く頷いた。オレも頑張るぜ。
「やっぱ、お前と俺は、なんか固い絆で結ばれてるのかもしれねェなッ。」
そ、そうか? マジ? 固い絆…友情だよね? ね?
へへへ〜嬉しいコト言ってくれるよなー。もー、期待しないようにしよーって決心したのに、またつい思っちゃうじゃないかー。オレさ、そのー、お前の…し、し、親友に…
「ちょっと向こうに行ってみようぜッ。」
…ん? どうした? 好みのオネーチャンいなかったのか?
結構キレイな人通ってるけどなあ…まあ、京一のことだから、理想高いのかもな。でも美里並みの人を期待してるんだったら無茶だぞ。

 …って、どーしてこんな人通りのない裏道に入って行くんだよ…。
こんなトコにオネーチャンなんか来ないんじゃないのか? …それとも、京一しか知らない穴場があるのか?
 ふいに、京一は立ち止まった。
今までのリラックスした雰囲気から一転して、身体中に<<気>>が張り巡らされる。
「隠れてねェで、出てこいよ。」
な…何だよ?
ビックリして身構えたら、ふいに嫌な<<気>>が周りを取り囲んでいるのに気付いた。
うわっ…鬼道衆やん!
こんな街の中で襲ってくるなんて、どーしたんだ? なんかヤなことでもあったのか?
うー、ここまで取り囲まれるまで気付かなかったなんて、不覚。
ちょっとビビッて一歩下がったら、ドン、と京一の背中に当たった。
「行くぜ、ひーちゃん。」
嬉しそうな声に、少し安心する。さすが京一だ。
よーし、やってやるか。数は多いけど雑魚ばっかだし!
「…ああ。行くぞ。」
オレたちは同時に地を蹴った。

 …ぜー。ぜー。
ふう…いつものラーメン屋の前まで来て、ようやく足を止める。
鬼道衆の雑魚どもを倒した後、おまわりさんとかが来る前に、と慌てて逃げ出して、ずーっとここまで走ってきたのだ。
やり過ごすため、そのままラーメン屋に入ることになった。
全く、鬼道衆の連中め…ナンパ計画がメチャメチャだぜ。
 怒りながら中に入っていくと、そこには醍醐と桜井がいた。
おいおい、醍醐…デートするなら、もう少し気の利いた場所に行けよー。レストランとかあるだろ? よりによって、飽きるほど通ってる店なんて…ま、醍醐らしいけどさ。
「龍麻たちも襲われたのか?」
えっ? てことは、醍醐たちもか。
くっ…鬼道衆! デート中のカップルまでも襲うとは…許すまじ!
お頭の九角って、もしかしてすっげー嫉妬深い?
きっとそうだよ。オレたちが、手下をどんどん倒して、しかもデートしたりナンパしたりしてるから悔しかったんだな。やだやだ。
 もー絶対ぶっつぶす。九角なんてイヤラシイ奴、オレがこの手で倒しちゃる。そんでゆっくり京一にナンパの技を教わるんだ!
 オレは決意を固めつつ、トンコツラーメンをおかわりしたのだった。

◎・◎・◎

 やっぱりついて来る…。
鬼道衆の<<気>>が、ラーメン屋からずっと同じ距離を保ちながらついて来ている。
多分、人気がなくなったら襲ってくるつもりなんだろう。
「…へへへ。どーする? ひーちゃん。」
またも嬉しげに、京一が尋ねる。
オレも聞きたいんだけど、お前、どこまで一緒に来る気? またウチに泊まるのか? いつも別れる角、通り過ぎたぞ。
まあ、今日みたいな状態だと、部屋でも襲われるかも知れないから、お前がいた方が安心だけどな。
 いつも通る、コンビニとスナックの間の細道は、夜になると街灯から死角になってて薄暗いので、人通りが全くない。
案の定、またまた鬼道衆が姿を現したが、こっちはここで仕掛けてくることなんかお見通しだったので、あっさりと撃退した。挟み撃ちすりゃあ勝てるってもんでもないだろ、バカだよな。
 マンションの入り口に着くと、驚いたことに京一は入って来なかった。
「ま、ここはおいそれと連中も襲わないだろうからな。…じゃあな、お休みィ!」
おいおい! 何のためにここまでついて来たんだ?
…まさか…オレを送り届けてくれたのか? 護ってくれた?
きょ〜いち〜…。どこまで優しいんだ、お前って奴は…。
嬉し過ぎて、またもや声が出ない。こういう時だけは、ちゃんとお礼を言わせてくれよ〜。
「…京…」
だが、京一は振り向くことなく、軽く片手を挙げて、そのまま去っていってしまった。
ああ…情けない。有り難うって言わなきゃいけなかったのに。
オレは京一の去った方向に深々と頭を下げた。ありがとな…。いつか機織りに行きますので許してくれ。

 殆ど眠れないままに翌朝を迎えた。
襲っては来なかったけど、玄関の外と、ベランダの下の方から、ずっと見張ってる気配があったのだ。
殺気がない分、余計に気持ち悪い。ストーカーみたい。あーイヤダ、あんなオニどもに好かれたくないよ。いくらオレでも、選ぶ権利はちょっとくらいあるよな?
 朝食もロクに喉を通らず、ヨロヨロと登校した。朝だし、人目もあるから襲っては来ないと思いつつ、例の細道は迂回して本道を通る。朝っぱらから戦闘したくないもんな。
 学校に着くと、みんなも見張られていたことが分かった。
何したいんだろうなあ、あいつら。気になってオレたちが不眠症になるのを狙ってるのか?
それで、寝不足でへろへろなトコを襲うんだ。…汚い! 何て卑怯なんだ鬼道衆! さすが鬼畜!
 オレが心の中で激しく連中を罵倒していると、美里が話しかけてきた。何か言いにくそうだけど、どうしたんだろう。
「あの…龍麻くんに相談したいことがあるんだけど…後で聞いてくれる?」
オレに? 何だろ? 京一じゃなくていいのか?
 彼氏のトモダチに相談すると言えば…アレだな。「京一に誕生日のプレゼントするのに、何がいいかしら?」ってヤツ。…京一の誕生日っていつだ? まァいいや。
頷くと、美里はホッとしたように笑った。
そうだなア。何なら喜ぶかな。
…オトナの本とか? 新しい木刀とか(そういやこないだ折れたっけな)? あーあと、なんつったっけ、アイドルの…舞茸さわやかのポスターとか? …少し違うな…何だっけ。
 名前を一生懸命思い出そうとしているうちに、いつの間にかHRは終わっていた。
「美里サンは保健室へ行きなさい。」
マリア先生が言うのに驚いて隣を見ると、美里は青い顔で俯いている。ど、どうしたんだろう。
「龍麻クン、ボケーッとしてないで、手伝ってよ。」
…あ、そうか。美里も寝不足なんだな。可哀相に、女のコには酷だよな。それでなくても美里って、身体丈夫そうじゃないし。
で? 手伝うって、ま、まさかまた抱き上げろってんじゃないよね? まさかね?
 恐る恐る頷くと、ホッとしたように美里が笑い、桜井も、頼りになる〜とか言って背中をどついてきた。げほっ。

 良かった。美里は自分の足で歩いている。抱きかかえろって言われたらどうしようかと思っちゃった。
時々フラついても、桜井が支えてあげているので、特にオレがいなくても大丈夫そうだった。
 保健室に着くと、先生がいなかったので、取り敢えず美里を寝かせる。
学校で襲ってくることはなさそうだ。連中の<<気>>を感じない。
ここなら安心だから、ゆっくり眠れよな、美里。
 保健室を出ても、桜井は心配そうに何度も振り返っている。
「葵…大丈夫かなあ。」
うーん、しっかり眠れば大丈夫だと思うけど…と言おうと苦心していたら、突然声をかけられた。
「珍しい取り合わせだな。保健室に用のなさそうな顔だが…」
珍しいって何やねん! ホヤと貝ひもセットみたいに…それは珍味取り合わせやろ。
って、犬神先生だったのか。美里を連れてきただけですよう。って、言わんでも知ってるし。変なの。
 先生は、何やら難しいことを言って立ち去った。
美里が…自己犠牲の気持ちが強すぎるって? ちょっと分かる気はするけど。
もしかして、昨夜は鬼道衆のせいじゃなくて、ボランティアの仕事を徹夜でしたとかで寝不足なのか!?
それはダメだよー。身体壊したら元も子もないぞ? 目が覚めたら注意してやろうな、桜井。

 最後の授業が終わっても、美里は戻ってこない。
熟睡してんのかなあ。えーと、朝からだから…6時間は寝てるかな。これだけ寝れば大丈夫だろう。オレも昼寝したかったなあ…。もー眠くて仕方ない。
だけど美里抜きで最後の奉納をするか相談していたら、幾分すっきりした顔の美里が入ってきた。
うんうん、眠って少しはマシになったかな。
それでも皆、大事をとって休んでろと言ったんだけど、美里はキッパリと首を振って、自分もついて行くと言い張った。
オレも仲間はずれはイヤだから、気持ちは分かる。
でもボランティア精神だったら無茶しちゃダメだぞ、眠くなったら遠慮せずに帰っていいからね、という気持ちをこめて「無理はするな」と言ったら、すごく嬉しそうに「有難う」と笑ってくれた。
いやいや、いつも回復してもらってる恩もあるしな。

 だが全然大丈夫じゃなかったのだ。
最後のガチャポンが終わった途端、美里はぶっ倒れた。
うーん、6時間じゃ足りなかったのかなあ。普段どれくらい寝てるんだ、美里。
「とにかく、桜ヶ丘へ運ぼう。」
そう言いながら、醍醐が美里を背負った。
家に連れて帰ればいいんじゃないの? と一瞬思ったが、今日も今日とて鬼道衆が見張り続けているので、桜ヶ丘の方がゆっくり眠れるということに気付く。あの山姥がいれば、オニも恐ろしさのあまり裸足で逃げ出すもんな。絶対。
 それにしてもさっきのガチャポンの景品、アレ何だよ?
ワクワクしながら見たら、ボロッちい板きれが一つ入ってるだけだなんて…最後の最後で「ハズレ」を引いちまったのかなあ。ちぇっ。
 大体最終回なんだから、不動尊丸ごとピカーッと七色に光って舞台がせり上がってきて、
「興奮のるつぼと化した、この目黄不動のスタジアム。五つ目の難関をクリアした勇者達が、今万感の想いを胸に立ち尽くしております!」
とかって、古館伊知郎がインカムマイクで叫びながら出てくるくらいの演出が欲しかったのに。
「…ちゃん、ひーちゃん。」
え? あ、呼んだ? 京一。ごめん、あんまり派手なボケだったんで、どうツッコもうか悩んで没頭しちゃった。
「あんま、心配すんなよ。美里なら、きっと大丈夫だからよ。」
な、何だよ。いや勿論美里は心配だけども。
オレぼんやりしてたから、気遣ってくれたのか?
…そうだ、昨夜も気ィ遣って部屋まで送ってくれたっけ。まだお礼言ってなかったな。
………ありがとう。」
いっつも優しくしてくれてありがとう。どうやってお前に報いればいいかなあ。ハタより団子? つーかラーメンか。今度おごるよ。
「へへッ…いいってことよ。」
何だか嬉しそうに笑う。ラーメンおごるって思ってたの、通じたかな。
 へへへッ。なんか嬉しいなあ。
なあ、やっぱさあ。オレ、お前のこと「トモダチ」って…いや、「親友」にリーチかかってるって思ってもいいのかなあ。だってさ、普通のトモダチなら、こんなに気持ちが通じたりしないだろ? …それとも、単に京一が鋭いだけなのかな。

 美里を無事桜ヶ丘に連れてきて、目が覚めるのを待ってたらすっかり遅くなった。
ぐっすり寝て今度こそ元気になったらしいし、安心して帰れるな。
「ひーちゃん、ラーメン食って帰るだろ。」
決めつけてんなあ。勿論食べるけど。今日はオレのおごりだしね。
 当たり前のように醍醐は桜井をエスコートして帰っていく。
オレたちも、その日はラーメン屋にだけ寄って、大人しく帰宅した。鬼道衆は襲ってこなかった。

 その晩オレは、またも奇妙な夢を見てしまった。
遠くてよく分からないが、妙に古くさい屋敷とか、庭とかが見える。出てくる人々も、時代劇の人みたいだ。 お姫様の格好した人が、広い畳の間にちょこんと座っている。
………チョット待て、オレ。
「お姫様」はお姫様でも、そんな縦ロールバリバリのフリルにリボンいっぱい付いたものすごいデコレーションなドレスのお姫様は、その場所には似合わねえだろ!
それも、よく見たら、そのお姫様って美里じゃん!!
…縦ロールも似合うな…流石、べっぴんさんは何着ても似合うのね…。
「わらわが九角の元へ行け〜ば〜♪ 全てが丸〜く丸〜くおさま〜〜〜〜〜るの〜〜♪」
しかもオペラっ!! うぎゃー美里がなりきってるよー! ビブラート効いてるしっ!
「バ♪ バ♪ バボンボボボン♪」
何じゃその明るいバックコーラス…ってよく見たら醍醐。蝶ネクタイがそこまで似合わない男って、あんまりいないよな…
「行ーくー♪ 必要なーど♪ ごーざー♪ いませーん♪」
「そーおでっす♪ おひめっさま♪ ボクらーが♪ 護ってあげるよっ♪」
うう、桜井…。なんでタキシードに琵琶持ってんだ…オレの夢ながら、なんか段々怖くなってきた。
「で〜〜〜〜も〜〜〜〜このままで〜〜〜〜は〜〜♪ 皆が傷つき〜〜〜〜倒れ〜〜〜〜♪ あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜わたくし〜〜は〜〜〜〜〜〜あああああ〜〜〜〜♪」
あわわ…ここはサビの部分か…ソプラノ熱唱。うう、明日から美里を見る目が変わってしまいそう。
「そーおだーぜー♪ このオレの元ーへ来いー♪ オレの愛をー受け入れーるがいーーい♪」
はっ。知らない人の声…もしや、これが九角か?
ああっ汚ねえっ! 御簾の向こうで顔が見えないやん!
でも肩から下の衣装は、カボチャのよーな肩袖と半ズボンで白タイツ…すっごく恥ずかしいぞ、九角っ!
「「「ああ〜〜〜こ〜づぬう〜〜〜〜♪」」」
舞台の…いや、大広間の三人が美しくハモッている。
よく分からんけど、クライマックスっぽいな。
「待〜〜〜ちたま〜〜〜〜え♪ 葵〜〜は渡さ〜〜〜〜〜ぬ♪」
うおっ! この明るいテノールは。
やっぱし京一だー! ひゅーひゅー待ってました!
おおお、このキテレツな夢の中においてもカッコイイ! 白い鎧に兜持って、中世の騎士みたい。畳には似合わな過ぎだが。
「力づくーで〜〜〜♪ 来るが良ーい〜〜〜〜♪」
「と〜〜ぜんだあ〜〜〜♪ 九角〜覚悟〜〜〜〜〜♪」
おおっ、ここからチャンバラか? 行けー京一!!

 …というところで目が覚めた。チックショー…どうして夢って、イイトコで終わるんだろ。ナイター中継も、大抵イイところで終わるんだよな。
 ああ…九角の顔も見てみたかったなあ。夢だから仕方ないけどさ。

 そんな感じで始まったその日は思いもよらない方向へと進んだ。
美里が病院を抜け出して、どっかへ行ってしまったと、マリィが教えに来たのだ。
 …わらわが九角の元へ行け〜ば〜♪
はわわ。あの夢の歌が思い出される。いやいや、だって九角のところへ美里が行ったって仕方ないだろ。
 …待てよ。
一昨日のことでも分かるように、相手はものすごーく嫉妬深い野郎だったよな。
美里が彼女になってくれれば、もう俺達に手出しをしない、とか言いそうじゃないか?
あの優しい美里なら、そんなこと言われたら自分を犠牲にして九角の彼女になってあげちゃいそうじゃないか!?
あながち間違いな推理じゃない気がして焦ってくる。
まずいぜーヤバイぜーピンチの連続♪ って歌ってる場合じゃねえ! まだ音楽づいとんのかいっ!
九角の居所を知る方法はないのか!?
「お兄チャン…葵オネェチャンヲ救ケテ!」
ああ、そうだなマリィ。良く知らせてくれたな。
頭を撫でて、大丈夫だ、と頷いた。
たちまちマリィの顔が明るくなる。
「オ兄チャン…マリィ、信ジテル…信ジテルカラ。」
うんうん、イイコだなマリィ。ちゃんと家に戻って待ってろよ。きっとお兄ちゃん達が、美里を連れ帰るからな。

 まずは桜ヶ丘に行って、手懸かりを探そうということになった。
が、そこでマリア先生に見つかってしまった。
「先生にわかるように説明して。」
常になく厳しい顔で、詰問される。…うう、説明したい、説明したいよ先生。でもオレに訊かないで下さい〜。オレじゃ、明日の朝になってもまだ終わんないと思います〜。
仕方ないからフルフル首を振ったら、とてつもなく悲しそうな顔をされてしまった。ごめんなさい…。
 醍醐と桜井が一生懸命言い訳してくれて、ようやくマリア先生も許してくれた。
「その代わり…決して無茶なことはしないで。わかったわね。」
こんな、学校を前にして集団でエスケープしようという、見ようによっちゃエライ不良どものことを、こんな風に心配してくれる。花見してて変なオッサンに襲われたときも、変態院長に囚われたときも、真っ先に生徒の心配をしてくれてた。…本当に、優しくていい先生だよなあ。
有り難う、先生。美里連れ帰って、何日かかっても今までのコト説明します。だから、今は許してね。

 病院へと急ぐ途中で、今度は天野さんに会った。
何と天野さんには九角の居場所に心当たりがあるというのだ。すごい、流石プロのルポライター!
アン子ちゃんが尊敬してるってんだから、すごい人だったんだなー。
天野さんのサインをもらってニコニコしているアン子ちゃんは、さっきも朝っぱらからドツキ漫才で京一を張り倒した人と同一人物には見えない。
 すっかりご機嫌の彼女に後を任せ、オレたちは世田谷区とやらに向かった。

 道すがら、天野さんが話してくれたところによると、九角ってのは姓らしい。
「九角天童」というのが敵のフルネームだそうだ。…へんなの。またどっちが名前だか分かんない。
しかも高校生だって。オレらと同世代かよ。
そんな奴が、鬼を大量に発生させて、莎草とか水岐くんとか色んな人を鬼に変えて、恐怖の女スパイを作り上げて、醍醐を大きくしたり小さくしたり美里を薫製にしたり漬物にしたりそういや桜井も石になりかかったりしたなーあれは漬け物石だったのかなーあと他にはえーとそうだナンパの邪魔したりデートの邪魔したり。こんなに悪いことばっかしたのか! 何てヤツだ!
 でも、天野さんの説明を聞いてちょっと考えた。
九角は高校生だけど、その高校には「存在していない」んだそうだ。
いるのに、誰も気付いてない。
…それって、一生懸命学校に通って、勉強したりみんなに挨拶したりしてるのに無視されてるってことなのかな。…まるで以前のオレみたい。
そんな目に遭ってるんじゃ、悲しくてこんな馬鹿なことやっちゃうのも分かる気もする。
寂しかったんじゃないのかなあ。トモダチ欲しくてさ。
 …よし。
問答無用でぶっ倒そうと思ってたけど、拳で語り合う方向に変更だ。
目を覚まさせて、覚めるようならトモダチになろう。
…ま、結局闘ってぶん殴るのに変わりはないけどな!

 オドロキ不動に着いた。
天野さんを帰して、中に入ると、イヤーな感じの妖気が立ちこめている。
九角ー出てこいっ! お前の根性叩き直してやるぞー!
と心の中で叫んでいると、いきなり何かが目の前で立ち上がった。
「俺は、九角天童───。」
お前が九角か。ほ、本当に高校生だ。
…………夢の中の恥ずかしいカッコと、大して変わんないじゃん。すごい改造制服。それ特注?
 ちょっと身構えつつ近づくと、九角からもっとイヤーな妖気が噴き出して、どっかで感じたような<<気>>に囲まれた。
───ウソ。
見る見るうちに現れたのは、倒したはずの中ボス…いや鬼たちだった。
しかも、なんか唸りながら、もっとコワイ化け物へと姿を変えていく…
ぎゃーっ!! で、で、で、デカイっ! 5mくらいある!
5mが五匹…だだダメだ、機動隊に…自衛隊に電話…
「外法ってヤツを、見せてやるぜ。」
見ました! もーいいです! 引っ込めて下さい!!

 うわー怖い! こんなの怪獣大決戦じゃんか、ズルイ!
醍醐、急いで変身してくれっ。対抗できるのはお前しかいない!
チクショー九角め、デカイのの向こうに隠れてて、こいつら倒さないと届かないトコにいやがる。とことん汚いぞ。
 ひいぃ〜っ! なんとかくぐり抜けようと思ったけど、蜘蛛! 大蜘蛛女が怖っ!!
鬼も牛も怖いけど、蜘蛛が一番生理的にイヤ過ぎ…
「…お兄チャンッ!」
…えっ? ま、マリィ! こら、お前帰ったんじゃなかったのか!?
「ゴメンナサイ…デモ、マリィモオ姉チャンヲ、救ケタカッタノ…」
ううう…健気だ…エエ子やなあ。分かった、それじゃマリィは遠ーくから攻撃しといてね。あんなデカいのの傍に寄っちゃダメだよ、踏みつぶされるからね。
「おおッ、如月サンの言った通りじゃねェか! さすが忍者だよなー!」
「…雨紋…それとこれは関係ない。」
うおー、翡翠と雷人も駆けつけて来た。毎度のことだけど、よく分かるよなあ。
「ああ〜やっぱりィ〜。マリィちゃんのコト探してたら〜、ダ〜リンも見つけちゃったあ〜。」
「うふふ…ホント。水くさいわねェ、連絡くれれば一緒に闘ってアゲルのに。」
うっ、この脱力するような声と背筋がゾクゾクする声は、高見沢と藤咲。
美里がいない状態では、高見沢のトロい応急処置も有り難い。
 よーしみんな、ガンガン行こうぜ! ってド○クエの「さくせん」かいっ!(びし)
「雷人、マリィ! あの蜘蛛の化け物を倒せ! 翡翠と京一、藤咲は手前のデカイの、桜井はオレの援護を頼む!」
醍醐にマリィと高見沢を護るように頼んで、オレは目の前の硬そうな鬼に炎気を叩きつけた。
 怯んだ隙をついて、思い切って九角を目指す。
とにかくお前倒せば終了だ。拳で語ったるぞ、ウルァ!

 間近で見ると、ますますキテレツだな、お前の制服。その雲模様、永谷園のお茶漬けのオマケを思い出すんだけど。
 はっ。でも、これだけ目立つ格好をしてでも、周りの皆の注意を引こうとしていたのだとしたら、ちょっと可哀相かも…。
誰にも相手されてないってことは、この制服も自分で縫ったのかな…。うう…九角よ…。
「フッ…てめえが、緋勇龍麻か。」
お? オレのこと知ってんのか。じゃ、話は早いや。お前は可哀相だけど、美里は返してもらうし、こんな下らない真似はもう止めてもらう。そしたらトモダチになってやるぞ。
 九角は暫くオレを見つめて、顔を歪めて笑った。
「…フン、嫌な眼だ…。てめえの目つきは気にいらねえ。」
 ……………な、な、なーにーをーっ!?
て、て、テメェ…オレが一番気にしてることをっ…ち、ち、チクショウっ!
おおおおお前なんか、もう、トモダチになんか、絶対してやらねー!!
「…フン…来い。」
余裕持ちやがって。オレの拳は熱いぜ!?
「うおおおっ!」
 全力で殴り飛ばした…つもりだったが、九角は少しよろけただけで、ニヤニヤ笑いを消さない。
「こんなもんで、オレを倒すつもりか?」
にゃにおう!? 言うじゃねーかよ。美里に横恋慕してるよーなヤラシイ男のクセに。
「美里は…返してもらう!」
お前みたいな変態を許しちゃおけん。美里の寝不足も、元はコイツのせいだしな。
「くッくッ…はあっはっはっはっはぁ!」
 九角は、それなりにカッコイイ顔を、ものすごく歪めて笑った。
 ──────鬼。
何て言っていいか分からないけど、「鬼の形相」ってこういうのをいうんだな、と思った。
周りの5mの本物の鬼より、よっぽど鬼に見える。
「九角…お前…」
 何だか可哀相だな…やっぱり。
オレも…ずっとトモダチ出来なくて、コイツみたいに鬼を操る<<力>>を持っていたら、こんな風に歪んだろうか。
「…どうした。来ないのか。じゃァ、こっちから行くぜッ!」
おわっと! 斬撃をかろうじてかわす。いかんいかん、ぼんやりしてたら結構死ぬぞコレ。
横から刀を持つ腕を攻撃する。これはかわされたが、体勢が崩れたところを連続で攻撃した。一発が効かなくても、小技で何度も殴ってりゃ、じわじわ効くだろ。ボディに入ってるし。
「…ちィッ!」
強烈な妖気が飛んでくる。直撃は避けられたが、右肩に衝撃を受けた。…また制服破れちゃったな、これは。しくしく。オレ、お裁縫は苦手じゃないけど、時間かかるんだよねー。特に制服って難しいし。
続けて技をかけようとしているので、慌てて蹴り上げた。これも大して効かない。くそう。
 でも接近戦なら、刀より素手っ。
間合いを取ろうとするのにピッタリくっついてるので、思うように攻撃は出来ない筈だ。
 ふいに、後ろに強烈な<<気>>を感じた。やべ、デカイ鬼の攻撃を喰らう…
「Fire!!」
衝撃を覚悟してたら、更に大きな炎気が巻き起こった。九角を牽制しながら振り向くと、あの気味悪い蜘蛛を、マリィが斃したところだった。
「コッチハ任セテ! お兄チャン!!」
ありがと〜マリィ!! イイコな上、何て強いんだ。
 周りを見ると、いつの間にかオレと九角を囲むようにして、仲間達がデカ鬼と闘っている。
…ああ。こっちに近づけないようにしてくれてるんだ…。

「龍麻サン! ビシッと決めろよ!」
「君の実力を見せてやりたまえ。」
「ダァリ〜ン、がぁんばってェ〜。」
「うふふ…勝ったら、イイコトしてあげるわ。」
「お前の拳は、誰にも負けない筈だ!」
「龍麻クンッ! 葵のために…頑張って!」
「…行けッ、ひーちゃん!!」

 みんな…みんなが。オレの…「仲間」が。
身体中が震えて来た。涙が出そうだった。多分出ないんだろうけど。
こんな幸せなことってあるだろうか。みんながオレに期待してくれてる。九角を倒し、美里を救う役目を与えてくれてる。
 負けるわけない。だって九角には、子分はいるけどトモダチはいないんだから。
オレにはこんなに心をあっためてくれる、優しい仲間がいっぱいいるんだから!
 九角の形相が、ますます鬼のようにつり上がるのを見ながら、オレは<<気>>を溜めた。
一撃にかけようというオレの意図を察して、九角も刀を下段に構える。何か必殺技を出すのかも知れない。
 闘気だ。この気持ちを闘気に変えて打ち出す。オレの身体が耐えられるギリギリまで溜めるんだ。よく分からないけど、何か出来そうな気がする。
「…おおおおおおオオオッ!」
烈しい怒号が九角の口から生まれた。
刀に強烈な陰の<<気>>が集まり、うねるように襲いかかってくる。
避けている余裕はない。
この身体中を駆けめぐる<<気>>が、既に制御できない程高まっている。
「ひーちゃんッ!」
京一の叫ぶ声が聞こえた。
 半分以上無意識に、左腕を伸ばし…空間をねじ曲げるように、剄を放つ。
自分が思っていた以上の、物凄い量の<<気>>が螺旋を描いて九角へ向かっていき、九角の放った<<気>>ごと吹き飛ばし…。
 九角は、動かなくなった。

 急いで本堂の中へ入ると、美里が倒れていた。あわわ、またなんか光ってる〜!
桜井が抱き起こすと、ゆっくり目を覚ました。どうやら無事だったみたいだ。ホッ。
 でも、何故か九角を倒したと聞いても嬉しそうじゃない。
どうしてだろうと思っていたら、倒したはずの九角の声が聞こえてきた。
かー。しつこい〜。
オレの拳じゃ、説得しきれなかったようだ。
「まだ終わっちゃいない…」なんて言ってる。
終わりだろ? いいじゃんか、無理しないでオレらと友達になって、後は先祖だの何だの忘れて幸せに暮らそうよ。どうしてそこまでしなきゃいけないんだ?
 だが、オレの内心など知ったこっちゃない九角は、あっさりと自らも鬼へと変わってしまった。
オレに言わせりゃ、既にお前は「鬼」だった、とは思うけどな。

 鬼になった九角を倒すのは、あまり大変ではなかった。
<<力>>も妖気もずっと大きくなったけど、オレたちは協力して闘ったので、一人倒すのは難しいことではなかった。
醍醐に盾となってもらいながら、雑魚を倒しつつ全員で九角を包囲する。
剄を放つと良く効いた。九角は避けない。
 とどめの一撃を喰らわそうとしたとき、隣に美里がやって来た。
「あの人を…楽にしてあげたい。」
そう言って、両手を組み合わせた。
 そうだな。もう、元には戻れないもんな。
それをアイツは一番知っている筈だ。色んな人を、鬼に変えてきた本人なんだから。
オレたちの実力も、もう知ってた筈だ。さっきの戦闘で。
だから…
「…いくよ」
「ええ…」
 <<気>>が合わさる。
美里の清浄で哀しい程優しい<<気>>と、オレの自分でも制御できない烈しい<<気>>が、不思議なほど調和して、九角を包んだ。
既にボロボロに傷ついていた鬼は、光の中に崩れ落ちていく。
 あっけないほど早く、最後の闘いは終わりを告げたのだった。

 九角の身体は、他の連中と同じように、空気に溶けるように消えた。
なあ九角。もっと早く逢ってれば、トモダチになれたかな。
うーん…ちょっと無理か。お前の服のセンスは、ちょっと尋常じゃなかったしなあ…。いや待てよ、雷人やアランに慣れたんだから、やっぱ大丈夫か?
可哀相なヤツだったしな。先祖だとか、運命だとか、そういうのに振り回されるのって嫌だろうなあ。
あーあ………
…でも、これで、全部終わったんだな。鳴瀧先生の言った通り、オレは東京を護って、仲間を護ったんだよな。
「ひーちゃん───。」
 京一が後ろから声をかけてきた。
「その…なんだ、今まで、ありがとよッ。」
何だよ…改まって。何かしたか? オレ。
昨日、ラーメン驕ったこと? あれはオレからのお礼だってば。
「今まで」って…
はっ。
も、もしかして…「鬼」を斃したから、オレの役目はカンペキ終わりなのか?
「今までありがとう。ご苦労様でした、それじゃさよならー」なのかっ!?
ふええん。
オレ、高校卒業するまで東京にいるつもりだったんだけど…もう実家に帰らなきゃダメなの?
………へへへッ。それじゃ、帰るとすっか。俺たちの真神学園へ───。」
一瞬、怪訝そうにしていた京一は、すぐまたいつも通りの笑みを浮かべて、そう言った。
「オレたちの真神学園」…そう言ったよな。
オレたち、にはオレも入ってるってことだよな?
ああ…ビックリした〜。もう、脅かすなよ。
 ホッとして頷くと、京一も力一杯頷き返してくれた。良かった〜。
そうだよなー。だって、鬼道衆倒したんだもん。オレもこれで、ちゃんとトモダチとして、認めてもらえたよね。だからこそ、さっきもみんなに応援してもらえたんだよね。
頑張った甲斐があるって、こういう気持ちなんだなあ。すごく清々しい気分だ。
帰ったらビールかけして新宿パレードでもやりたいよなー。あはは。
 よーし。帰ろうぜ、京一。帰ろうぜ、美里、醍醐、桜井、みんな。

「オレたち」の、真神学園へ、な!

08/26/1999 Release.