拾四
之後

怪傑! 鞍馬天狗でGo!

 遅い…。
遅すぎる…。
オレはドキドキソワソワしながら、京一が来るのを待っていた。多分、態度にも顔にも出てはいまい。クソッ。
 もう発車5分前だってのに、京一がまだ来ない。またまた寝坊してるんだ、アイツ。
「龍麻君。ここは友達代表として、一緒に残ってあげるッてのはどうかしら?」
な、何っ!?
………ぬううっ。京一と二人きりで4日間自習しながら友情を育てるのと、京一抜きで、醍醐や美里たちと旅行を楽しむのと、どちらを選ぶと聞かれたら…聞かれたら…うう、悩む〜!
アン子ちゃんは冗談よ、と笑ったが、オレは本気で悩んだ。このまま京一が来なかったら、オレ…ホントに残っちゃおうかな。
 昨夜、決めたのだ。今回の修学旅行での目標。
それは…京一(ついでにみんな)から信頼を得ること。
やっぱ信用ってヤツは、努力しないと得られないからな! 落ち込んでたって仕方ない。折角の旅行だから、これを機会に頑張ってみんなから信頼されるよーな男になるんだ! おー!
「みんな、こんな所でなにをしてるの? 他の子たちはもう、列車に乗ったわよ。」
げげ、もうそんな時間?
マリア先生に注意されて、アン子ちゃんと裏密も列車に乗り込んでいった。…あと2分っ。
オレたちはホームに突っ立ったまま、京一を待った。
 あと…もう、1分を切ったかな。ベルが鳴っても来なかったら、…どうしよう!
………あッ…来た…」
桜井の声にハッとして階段の方を見たら、見慣れた赤い頭が駆け上ってくるところだった。
良かった、間に合ったか?
先に列車に乗れというマリア先生の言葉に従って、入り口の所で京一が到着するのを待つ。
発車のベルがー! は、早くしてくれ、京一〜っ。
 しかし、階段を上り切ったところで、ベルは無情にも鳴りやんだ。
し、閉まるなドア! もーちょっとだけ!!
「うおォォォォォォォォッ!!」
ガコン、とドアが動き出したのを、慌てて手で押さえる。
オレにタックルをかますように飛び込んできた京一の後ろで、静かにドアが閉まった。
全員がほ〜ッと安堵の溜息をつく。
「は…は…へ、へへ。さんきゅー、ひーちゃん。」
がっくりとオレに凭れたままで、京一が言った。
もう…心配したやろが〜! ものすごーく悩んでたんだぞ! 遅すぎるんだよ、もちょっと早く起きろや! 京一のバカバカッ!
という気持ちを込めて、「………ああ。」と言った。…いや、もう諦めてはいるんだが…せめてもう一言くらい、言えるように努力しよう、オレ…。
「もう…蓬莱寺クンッ。ミンナにどれだけ心配させたか、解っているの?」
「へへへッ…わりぃ、センセ。」
悪びれもせずに、京一はスタスタと客席に入っていく。
「全くもうッ!」
怒りながら桜井が続くと、かぶりを振りながら醍醐も中に入る。美里が、マリア先生に「ごめんなさい」と謝ると、先生は困ったように笑って、オレと美里にも席に着くように促した。
「アナタが謝るコトじゃないわ、美里サン。でもこれからの4日間は…大変でしょうけど、蓬莱寺クンのことお願いね、二人とも。」
「…はい。」
 お、オレに京一の面倒をみろと…?
が、が、頑張りますマリア先生! 毎日ちゃんと時間守らせて、団体行動させて、そんでもって京一の信頼も勝ち取るんだ…! おっしゃー! やるぞっ!

 やる気を漲らせて乗客席のドアを開けると、みんな口々に京一に声をかけていた。
「乗り遅れてたら、みものだったのにねー。」
「来ないのかと思ったぜ。」
「あはは、綺麗な舞妓のオネェチャンを堪能出来るってのに、来ないワケないよなァ。」
「お約束かましてんじゃねーよ、蓬莱寺!」
「うるせーぞッ! 誰がお約束だッ!」
京一は、笑いながら荷物を頭上の網棚に乗せようとしている。殆どのクラスメートが先に座っているので、空いている席は殆どない。
ちょっとドキドキしながら近づくと、やっぱり京一の隣は空席のようだった。
醍醐はと探すと、後ろの席に陣取っている。狭いんだろう、肘掛けをしまって1.5人分の空間を占拠するように座っているので、誰も隣には座れない。
…そっか。てことは、京一はフリーか。…えへ。そっかー。
 隣に座っていい? という質問を心の中で練習する前に、通路で突っ立っていたオレに気付いた京一が、先に声をかけてきた。
「ホレ、荷物。」
………ああ。」
…何も言ってないのに、それが当たり前のように、京一は自分の荷物の隣にオレの荷物を突っ込んでくれている。
「あ…、ひーちゃん、窓際の方がいいか?」
………いや…」
「そうか? そんじゃ行きは俺、窓際な。」
さらりと言うと、京一はさっさと座り込んでシートを少し倒し、寝る体勢に入ったのだ。
 …うう。
そんな、あっさりと。
「行きは」って…「行きは」って言った、よね…。
それって、帰りは京一が通路側、って意味だよね…。
だから、帰りも、隣に座っていいっていう意味にとっていいんだよね…。
 恐る恐る隣に座ると、京一は「はー、参った参った、いきなり疲れちまったぜ」なんて呟いていたが、程なく本当に眠ってしまった。
 …分かんないだろうな。京一には多分、一生分かんないだろう。
オレが、どれくらいお前に感謝しているか。
当たり前のように隣に座ることを許してくれる、お前の存在がどんなに嬉しいか。
寝息を立てながら、いつの間にかオレの肩に頭を凭れさせて眠っている、その重みがどれ程勇気を与えてくれるか…。
 途中で桜井がトランプをしようと誘いに来たけど、オレはそっと頭を横に振って断った。
「旅行中にみんなでトランプ」ってのも、オレの野望の一つだったけど、それより何より、今はトモダチの安眠の方が優先だ。
京都駅に着くまでの2時間半、オレは幸せに浸りまくった。…ちょっと肩が凝ったけど。

 京都に着いてすぐ解散となり、オレたちは仁和寺を目指すことになった。
…仁和寺。ヤな思い出のある寺だ。オレがここに行きたいと主張したのは、ちょっとしたワケがあった。
美里が仁和寺の説明をしてくれるのに耳を傾けつつ、財布を握りしめる。
今日は…今度こそは、勝つッ!
 やたらめったら広い境内にザシャアッと足を踏み入れて、賽銭用の小銭を握りしめ、金堂を睨む。
オレは…オレは3年前と同じコトを今日もお願いするぞ。これでも叶わなかったら、このお寺は全然御利益がないー! と全国に触れ回ってやるんだ。…いや心の中でです、勿論…。
 見回りの犬神先生に会って、何か意味不明なことを聞かれたけれど、オレはそれどころじゃなかったのだ。終わったとか始まったとかって何の話よ。修学旅行は始まったばかりだぜ、先生。
 賽銭箱の前の鈴を引っ張って、手を合わせる。

 …なむなむ…あみだ様…今度こそ…オレの野望・修学旅行編を叶えて下さい。
 …枕投げッ!!
 枕投げに参加させてくれえーッ!!
 …緋勇龍麻より。

 …ふうっ。力一杯祈ったぞ。これで今回もダメだったら泣くぞ(心の中で)。
京一が、何を祈ったんだと尋ねてきたけれど、言っちゃったら効力無くなるかも知れないから教えない。…最後のチャンスかも知れないんだから、慎重にいかなくちゃね。
 その後、仁和寺の庭や茶室、宝物蔵みたいなのをたっぷり見学した後、京一と桜井の提案で茶店に入って休憩した。
お茶請けの団子を一つ食べてみると、口の中に上品な甘みがふわっと溶けて、すごく美味しい。
 はしゃいでいる桜井、ニコニコ見つめる美里、醍醐。呆れたように桜井をからかう京一。
はあ〜…。マジ幸せ…。
トモダチに囲まれて、美味しい団子食って。中学の時から考えたら、嘘みたいだよな。
 食べかけの串を持ったままぼんやりしていたら、超光速で自分の皿を空にした桜井が、ニッコリ笑いかけてきた。
「龍麻クンって…、甘いモノは好き?」
…ヴ…ッ。
その…オレの皿と、オレの顔を交互に見る、その「腹を減らした肉食獣」のような眼は…
ビビッたオレは、首を横に振った。縦に振ってはいけない、そう本能が告げたのだ。
「そっか…。」
パアアア〜ッと、桜井の笑顔が広がる。
「でも、男のコで甘いモノ好きってほうが珍しいよねッ。」
あ…いや…オレ甘いもの自体はとっても好きなんだけど…ケーキ屋さんとか和菓子屋さんって、何となく入りにくいから滅多に食べられないんで、こういう機会は大事に…でもその、お前の視線には全然勝てないっつーか、ここで「大好き」なんて言ったらオレが食われそうな気がしたんだよっつーか、…うう、説明出来ない。
「ひーちゃんがいらねェなら、その分は俺が───、」
「ダメッ!! ボクがもらうのッ!!」
…やっぱりね。今、弱肉強食の世界を見たぜ。桜井…ホントに目の色違ってるぞ。
 と怯えてたら、仁義無き獲物の奪い合いに負けた京一が、何か言いたそうにこっちを見ている。
う…。こ、この食いかけの串…ですか? …ま、まあ、あと3個残ってるけど。美味しいゴマ団子…ぐ…で、でも友情………
 泣く泣く食べかけの串を差し出したら、京一はびっくりした顔で、それでも一口でぺろりと団子を食べてしまった。…うう。オレって最弱。生態系で言えば、草食動物に食われる草?
でも、雑草魂のルーキー上原投手なんか、新人賞間違いなしの活躍してるじゃないか。オレも雑草魂で頑張るぞ!
 我ながら、よく分からん決意をしたような気がしている間に夕方になった。みんなで歩いて宿へと向かう。
途中で行き倒れのお婆さんを拾って、家に送り届けるというアクシデントも発生したが、面白い話も聞けたし、お土産にジュースとか生八つ橋とかもらって結構得をした。…八つ橋はともかく、何で5人いるのにジュース3本かなあ。…女のコに1本ずつ、男は1本を回し飲み、かな。それとも公平にジャンケンする?
 それにしても、天狗さまねえ。本当にいたんだなー。まあ、東京に鬼が出るんだから、京都に天狗だって出るんだろう。日本って、狭いようで広いなあ…

 宿に着いたら結構時間ぎりぎりだった。すぐ夕食、続けて風呂と大忙しのスケジュールだ。
それでも湯にたっぷりと浸かり、今日一日歩き回って疲れていた足の筋肉をほぐしたので、随分のんびりした気分になれた。
 ところが、ロビーに出て土産でも買うかと相談していたら、何故か醍醐と京一が、突然言い争いを始めてしまったのだ。
「どこが壮大な計画なんだ。下品な野望だろッ!!」
「ちぇッ、これだからカタブツはよォ。」
…何? 何の話?? ボーッとしてて良く聞いてなかったんだけど…野望って? オレの野望なら、就寝時間まで大分あるし、布団も敷かれてないからまだ無理だと思うぜ。
「お前なんか誘わねェよッ。…ひーちゃん、一緒に桃源郷を覗きに行こうぜェ〜ッ!」
灯幻鏡…? 幻灯機のことか? 流石は古都、古いもんが使われてるんだなあ。
あんまり興味はないけど、まあ友情のお付き合いってヤツだ。オレは頷いた。
「…ッ! た、龍麻…ッ!」
醍醐が真っ青な顔で何か困っている。どうしたんだろう。
「…俺はどうなっても知らんからな。」
あ…拗ねちゃった、のかな。京一と仲違いしたところにオレが割って入っちゃった形だもんな。…ご、ごめんね醍醐。
「ひーちゃん。俺とお前は今からパートナーだ。決して裏切ることなく、平等に、共に俺たちの楽園を目指そうぜッ。」
パッ! パートナー!? …パートナー…日本語で言うと相方…ああ、まるで漫才コンビのようだ…! 憧れの相方…相方か…へへ、えへへへ…。
………醍醐、すまん。もうお前のことどーでもいいや! なんて思っちゃったオレを許せ!

 だけどどうやらオレは、また何か勘違いしていたらしい。それに気付いたのは、裏庭に出た時だった。
どう聞いても、入浴中な感じの水音が、垣根の向こうから聞こえてくる。京一が嬉しそうに手招きをしているが、オレはそこから一歩も動けなくなった。
…きょ、きょ、きょーいちクン。ま、ま、まさか…そこは、お、女風呂………ッ!!
ここここれって犯罪ッ!? てゆーか何で幻灯機がデバガメッ!? それより何より、この垣根の向こうには、あのふにゃ〜っとした白いのがいっぱい…
 思わず気が遠くなったとき、がしっと肩を掴まれた。
あんまりビックリして声も出ない。いや、元々出ませんが。
その手の主はオレを押しのけると、すたすた京一の方へと向かっていった。
…犬神先生だった…。
 先生は、京一の足を思いっきり踏みつけた上で(…どう見てもイジメだぜ先生…)、オレたちを叱った。
とほほ…ごめんなさい。でもオレ、覗きをしたかったワケじゃ…って、言い訳にもならんか。
マリア先生に「京一を頼む」って言われたのに、悪事の片棒担いでしまった…。

 しょぼんとしながらその場を去ったけど、驚くのはまだ早かったらしい。なんと、京一はまだ諦めてなかったのだ!
「このままじゃ、俺も、俺のムスコも眠れねェッ。」
むむ、息子ッ!? お前、子供がいるのかっ!? ど、どこにっ!?
昔、産婦人科にお世話になるよーな「オトナ」なんだってのは知ってたけど、そ、そんでお前、そのまま「パパ」になっちゃったの!?
…ま、まさかな…。むう、いくら京一がオトナだって言っても、未成年だしなあ。
「未来の息子が眠れないほど悔しい」という比喩的表現なんだろうか。変な外国のことわざの和訳みたいだ。
 はー………止めるのが友情かなあ。付き合うのが正しいのかなあ。でも犬神先生にも叱られたし。
帰ろうよー、と言おうと思ったんだけど…う…き、京一…。そ、そんな睨まなくても………。め、眼が座ってる………
………マリア先生っ。ごめんなさいっ!!
オレ…オレ…とても京一を止められる力はありません!
女風呂なんか覗くの怖いけど、それでも友情の方を取ることにします!
ちくしょお、京一ッ! 死なば諸共だーッ! …という気持ちを込めて、小さく頷いた。
「よっしゃーッ!! それでこそ男だぜッ!! おお、我が友よッ!!」
ガシッと、京一が抱きついてくる。
………ああ…「我が友」…。「パートナー」の次は「我が友」…。
 も…いいや。また犬神先生に見つかって東京に強制送還されようと、マリア先生に呆れられようと、女風呂覗いて気絶しちゃおうと、そんで益々女のコ恐怖症がひどくなろうと、京一の友情&スキンシップには代えられないのだ…。
 と、いうことで、今度はボイラー室にやってきた。どうでもいいけど、よく調べてあるよなあ。
「この二つの窓のどっちかから、女風呂が覗けるはずだ…。ひーちゃん、お前は、どっちだと思う…。」
ひそひそと囁かれ、オレはとっても困ってしまった。
 ええと…さっきお風呂入ったときは…入り口が、えーとえーと…右だったっけ? いや、左だったかな…こっちに男風呂、こっちに女風呂…いや待てよ、確かこう、廊下を歩いてきて…
「どっちだよ?」
あわわわ。ど、どうしてオレに選ばせるんだっ。大体オレはちょっと方向音痴なとこがあって、こういうのは苦手なんだって思ってるのが解らんのかいっ! 京一のケチッ! ケチって何やねんキミ(裏拳ツッコミ)。
 と、思わず心漫才の方に現実逃避をしかけていたら、また京一が睨んだ。な、何でそんなに怖い顔するんだよ。つーか、とっとと両方覗けばいいじゃないか。
オレは念仏を唱えつつ、「こっち」と指を差した。
「おし、右だな。イチかバチか…、こいつは見てのお楽しみだッ。」
…お前…そういうバクチみたいなの好きだよな…。
そうか、それでオレに選ばせたのか。もー、そんならそうと言ってくれよな。
 しかし。
窓を覗いた京一の背中がビキビキッと音を立てそうなくらい強張った。
「ちっくしょーーーー!! ここは、男風呂じゃねェかァァァァァッ!!」
うえッ!? …そ、そっか。やっぱ、左側に入ったんだっけ、さっき。
ああ〜ごめんごめんごめん京一〜ッ。い、急いで左の窓覗いて下さい!
「誰だ? 騒いでるのは…。」
ぎゃッ。また犬神先生!
オレたちは慌てて逃げ出した。今度見つかったら、絶対本当に東京に送り返される。

 ホテルの中に戻って、ようやく一息ついた。
ああ…怖かった。
京一は、見るからに意気消沈って感じで、がっくりと肩を落としている。
オレのせいで女風呂覗けなくてごめんね。
申し訳ないと思いつつ、それでも何だか可笑しくなってしまった。
だってさ、京一だってどっちの窓か解りそうなもんじゃないか。お風呂入ったんだもん。オレはちょっと、両方の風呂の位置関係をド忘れしちゃったんだけどさ。
 …女風呂覗こうとして男風呂覗いちゃいました、だって。…ぷっ。一生ものの思い出だよな。あっはっは!
なんか、こういうの…楽しい。へへへ。
子供の頃、よく近所の子同志でいたずらしに行ったりするよな。ああいうノリだ。
いつだったかなあ…小学生になってからかなあ…近所の友達と何かいたずらして、大人に叱られた記憶があるような…
…よく覚えてないな。何だか悲しい思い出のような…ん? なんかヤな感じがするな…。…まあ、いいや。
「なんだ、浮かない顔して。どうせうまくいかなかったんだろ? はっはっは。」
嬉しそうに醍醐がやってきた。人の不幸を笑うなよ〜とか思いつつ、やっぱ笑うよねえ。
 アン子ちゃんがやって来て、風呂上がりらしい桜井と美里も集まってきた。
…風呂上がり? てことは、女風呂当ててたら、みんなのハダカを覗いてしまうとこだった…!?
うわ………ちょ………
 …あまりのショックに呆然としていたら、いつの間にかみんなはさっきお婆さんから聞いた天狗の話をしていた。相変わらず都会っ子は切り替えが早い。しくしく。
どうやら、その天狗を見に行くかどうかで揉めているようだ。京一が珍しく反対している。
こういうの、一番好きだろうに…どうしたんだろう? と考えて、ハッと気付いた。
そうだよ! オレら、今度無断外出なんかしたのバレたら本当に強制送還かも知んないんだ!
 でも、ちょっと迷った末、オレは結局「行こう」と言った。
…だって…オレが反対しても、4対2だし。何より、班長の美里が行こうって言ってるんだもの。リーダーには従わなくちゃ。
天狗に会えたら、明日東京に送り返されても、まあ良い思い出になるかも知れないしね。
…それに、一人でだったらイヤだけど、帰らされる時は京一も一緒だろうし。へへへ。

 ということで、お婆さんを送り届けた村の近くまでやって来た。どうでもいいけど、夜の山道ってイロイロ出そうでマジ怖い。ここいらって、クマは出ないよね? ゆ、幽霊も出ないよねっ? うう、他のイロイロが出ないウチに早く出てくれよ、天狗ー!
 しかし、工事現場とやらを探せば出てくるかも…とか話している矢先、あっさりそれは登場したのだ。
うわー本物の鞍馬天狗! …鞍馬天狗って、天狗の面なんてしてたかな? いや、あれは映画で、こっちが本物なんだよな、きっと。
サインくれ、と台詞の練習を心の中で3回ほどしたとき、京一と醍醐が呆れた様子で「正体を現せ」とか言い出した。…あ? 本物じゃないのか? どうして分かったんだ、二人とも。
 天狗と京一が今にも拳の語り合いを始めそうになったとき、突然「やめて!」と声がかかった。杉作!? と思ったら女のコだった上、しぶしぶ面を取った天狗は普通の人だった。
なーんだ、がっかり。
 残念だったよな、こんなトコまで見に来たのにさ。何ての? ウルトラマンショーを観た後で、いきなりウルトラマンがスーツ脱いだトコを目撃しちゃったような寂しさというか…かにかまぼこって実は全然カニ入ってないって知ったときのようなショックというか…西武ドームって実は密閉されてなくて、野球場に屋根載せただけだから結構寒いし雨も入ってくると知ったときのような侘びしさというか………ん? 何の話だったっけ?
「えへへッ。ボクたちも山を護る天狗サマか。それも悪くないよね、龍麻クン。」
は、はいっ!? 反射的に頷いてから、何のことだか分からなくて困ってしまった。何でオレらまで天狗なんだ?
うっかり心漫才のボケの方に集中してしまったため、話の展開について行けない。
とにかく、工事現場へ行くというみんなの後にくっついて行くことにする。…あのお面、貸してくれるって意味かな。どきどき。

 工事現場は唐突に現れた。こんだけ山奥で、ポツンと更地になってるってすごくヘンだぞ。つーか、ちゃんとした道路もないようなトコをいきなり開発して、何を建てるつもりなのかなあ。
みんなも、ヒドイとか色々口にしているけど、確かにひどい。ここじゃ、ホテル建てようがゴルフ場作ろうが、お客さん来づらいと思うな。交通の便が一番大事なんだぞ。まず道路作らなきゃ話にならない。渋滞が発生したら、道路より線路を引いた方がいいんだよね。で、工場地帯と住宅地は離して、緑地作って、近頃のは水道も引かないといけなくて面倒…シ○シティかいっ(裏拳ツッコミ)。
「まったく、近頃のガキはタチが悪いな。」
えー? タチが悪いとまでは言えないぜ。面倒は面倒だけど、やっぱ面白いもん…って、シム○ティの話はもーええ。
 誰かと思って振り向いたら、如何にもな感じのヤ○ザ屋さん&手下どもが近づいてくるところだった。ふう…昨日といい、何だか懐かしい手合いだなあ…。昔はよく、こんな人にばっかり絡まれてたもんだ。
かなり喧嘩慣れした人のようだけど、オレも成長してるしな。うまく懐に入れれば何とかなりそう。
他の手下どもは完璧雑魚だ。桜井下がらせて、遠くから弓で威嚇してもらって、後はオレら3人で簡単に片づけられる。飛び道具に注意しろよって言っとかないとな。
 …と、そこまで考えてから、何でオレらがこの人たちと闘わなきゃいけないんだ? ということに気付いた。おいおい、オレったら随分好戦的になっちゃってるぞ〜。いかんいかん。
 だけど、京一も醍醐も桜井も、完璧戦闘態勢に入っている。…やっぱ、闘うんで正しいの?

 思った通り、そいつらは大した敵じゃなかった。
まーいくらヤ○ザったって人間相手に必殺食らわすわけにもいかないから、そういう意味では苦労したけど、向こうも飛び道具を使ってこなかったので楽勝だ。
「…やるな、坊主。」
 見た目と違う、軽いフットワークで「アニキ」と呼ばれてたオッサンが仕掛けてきた。
なかなか鋭いキックだな。だけど、本物の鬼と闘ったオレたちの敵じゃーないのよね、やっぱ。
 足を払うように繰り出されたキックを紙一重で避けて、思っきし顎を蹴り上げた。
…あ。頭から落ちたな…だいじょぶかな? …良かった、大丈夫みたい。
 天狗のにーちゃんと杉作のねーちゃんが、何やら一生懸命開発を止めさせたいという意味のことを、オッサンに訴える。
そうか、このオッサンはレジャー開発の人だったのか。そんじゃ、思いっきり蹴ったりして悪かったな。悪気じゃなかったんだよって謝っといた方がいいかな。
 近づこうとしたとき、足下に何か落ちているのに気付いた。拾ってみたら、なんと舞園さやかのシングルCDだ。見たことないぞ、新曲か?
これ…オッサンが落としたのかな? 位置的に。
舞園さやかの曲を聴いているってことは、オッサンも本物の武道家なのかもな。見た目はヤーさんだけど、実はちゃんとした開発会社の社員さんで、会社の空手部とかに入ってる人なんだな、きっと。
 頭を振って立ち上がろうとしているオッサンに、「オレも武道家として、彼女の曲はチェックしてるんだぜ」という心を込めつつそれを差し出したら、オッサンはぎくっとして、慌ててひったくるように懐にしまってしまった。どうしたんだろう。
 それでも、オッサンはどうやらニセ天狗と杉作の気持ちを分かってくれたらしい。
「この山にゃ…本物の天狗がいるかもしれねえしな…。」
何か引きつった顔でそう言うと、さっさと引き上げていった。
そうか…きっと、ニセ天狗と杉作の話を聞いて、怖くなったんだな。ヤクザ風武道家も、化け物には弱いんだなあ。あっはっは。
 つーことは、ここの開発は中止になるのかな。
みんなが喜んでいるところを見ると、一応良いことをしたらしい。
何だか良く分からないままに終わったけど、それもまた良き思い出だよな。
「たまにはこういうのも悪くねェよな?」
うわ、また心を読まれたか。ホント、京一って鋭い。
おっと! もう消灯時間を過ぎるぞ! 枕投げが…早く帰ろうぜ、みんな!

「こんな時間まで、一体、どこへ行っていたの!?」
…………ううう。
オレたちの前には、いつもと違う怖い顔をしたマリア先生。
「一体、ワタシがどれだけ心配したか………
は、はい。ごめんなさい、勝手に抜け出して。
反省しています。学校に帰ったら反省文でも何でも書きます。なんなら、明日謹慎します。…だから、部屋に帰して〜! うえええん!!
 …ああ…今頃、みんなは枕投げしてるのかな…
普通は第1日目が山だよね…明日、明後日なんて、みんな寝ちゃうもんね…
うう…あみだ様の意地悪…てゆうか、やっぱ悪いことは出来ないってコトなのね。バチが当たったんだな…。
…ま、いっか。今回は、正座してるのオレ一人じゃないし。
諦めて瞑想してる醍醐と、ブツブツ文句を言い続けてる京一が両側にいるだけ、中学の時より全然マシだ。それに、一生忘れないような思い出も随分出来たもんね。
 はっ。そういや、今日は悪いことばっかりやっちゃって、信頼を得られるようなこと結局何もしてないじゃないか! オレの目標〜!!
いや、まだ諦めちゃイカン。まだ第1日目じゃないか。あと3日、まだまだチャンスはたっぷりあるさ。
よーし! 明日からも頑張るぞー!!

12/02/1999 Release.