拾伍
ノ前

愛と正義と友情とお笑い

 前回のあらすじ〜
鬼道衆との壮絶な闘いから解放され、平穏な日々を送る緋勇龍麻と仲間達は修学旅行で、初秋の京都を訪れる。初めてトモダチと一緒に観光出来る楽しさに感激する緋勇だが、山はすでに、リゾート開発のために売り払われていた。山の守り神である天狗に会えたと思ったらただの青年と少女だった上、流れのままに開発業者をうっかり斃し、村人と山の自然を護ったのはいいが、バチが当たって悲願の枕投げは出来ずに終わったのだった。


 ………おっしゃあッ! 晴れたアアーッ!! ばんざーい!!!

 ベランダから、雲一つない空を確認する。昨夜からつけっ放しのTVからも、「本日の降雨確率は10%…」というお天気情報の声が聞こえる。
バッチリだ。
 ここのとこ雨が多かったので、ものすごく心配で眠れなくて、眠れないままにてるてる坊主をいっぱい作って窓にぶらさげておいたんだけど、その甲斐があったらしい。
ありがとーてるてる坊主(たち)! お祭が終わるまで降らなかったら、しっかり拝んでご褒美やるからな! …何をやればいいんだっけ。「てるてる坊主」の歌ってあったよな…ええと…首をちょん切るぞ〜…だっけ? ご褒美で首をちょん切られるなんて、ちょっと可哀想だな。…まあいいや。朝メシ作ろっと♪

 何を隠そう、今日は花園神社で、年に一度の大きなお祭がある日なんだそうだ。
この話を小耳に挟んだ時、オレはかなり大きな野望を持ってしまった。

 いつものメンバーで、お祭りに行く。
それも。
このオレから誘っちゃうのだッ!(握り拳)

「…みんなで…一緒に…祭に、行こう。」
 よーし、台詞もバッチリだ! 3日も練習した甲斐があるってもんだ。
本当は2〜3日前に誘っておきたかったんだけど、そんな慣れないことすると当日集中豪雨で中止になっちまうんじゃないかとか、いざとなると勇気が出なかったりとか…い、いやまあ、とにかく当日に、すっごく軽い調子で、「みんなヒマ? じゃちょっと行こうぜ〜」って感じで誘うことに意義があるんだッ。
 ああ…トモダチとお祭り見物…トモダチと、焼きそば食ったりわたあめ食ったりピ○チュウのお面被ったり金魚すくいして全然すくえなくて笑われたり浴衣着て盆踊りしたり…ちょっと待て。盆踊りはないやろ。秋祭りなんだし。
 盆といえば、今年は翡翠と一緒に一度だけ夏祭りに参加したんだよな。お揃いの浴衣なんて着ちゃってさ〜楽しかったなあ…途中までは。
あの時は鬼道衆の奴らがジャマをして、お陰でちょっとしか遊べなかったのだ。翡翠と盆踊り、やりたかったのに。チクショウ、今思いだしても腹が立つぜ。
 でも、今回はその心配はない。なんたって鬼道衆はオレたちがぶっ倒したんだもんね。
だから、本日のイベントをジャマするものは天候だけだったのだ。
早く放課後にならないかなあ〜。でも放課後までまだ12時間あるよ〜なんて思いながら飯をかっ込んだ。
朝未き、午前4時のことだった。…えへ、ちょっと早すぎたかな。

 …うう。
やっぱ、いざとなると言い出しにくい。一番話しかけやすいヤツは、今日も遅刻スレスレでやって来て、ずっと居眠りなんかしてやがるし。
起こしてまで誘うのも変かな…なんて迷いに迷ってるうちに、放課後になってしまった。
しかも、もたもたしてたら、今日は何やら合同部会とかをやる日だそうで、全員いなくなってしまったのだ。帰宅部はオレだけだもんな。しかも、みんな部長とか生徒会長とかやってるから、大変らしい。
 一人寂しくみんなの帰りを待っていると、どんどん心細くなってきた。
待ってるウチに大雨降ってきたりして!? …いやいや、窓から見る限り晴天晴天。
もしかして、みんな直接帰っちゃったりしないよな? …いやいや、鞄とか置いてあるし大丈夫大丈夫。
それに最近は、特に何もなければ、必ず京一が「ラーメン食って帰ろうぜ」とか「ひーちゃん、晩メシなに? 俺、イモの煮っころがし食いてェなァ」とか言ってくる。掃除当番だとか、マリア先生に用事を頼まれたりとか、後輩に捕まって嫌々部活に顔出したりとかしても、お互い待ってるのが普通になってる。だから今日だって、待ってれば京一だけなら捕まえられる…筈だ。
 …でも、今日は特別話してないなあ。京一のことだから、部会なんて面倒なとこからとっくに逃げ出してるかも知れない。アイツ時々、鞄ごと学校に置いてっちまう時あるし。…約束してるワケじゃないし。時々、待ってても戻ってこないこと…あるし…ううう、どうしよう〜! メッチャ不安になってきたー!!
 しかも、悪いときには悪いことが重なるものだ。剣道部を覗きに行ってみようかと思い始めた矢先、犬神先生から呼び出しを食らっちまった。
何か叱られるようなことやったかなあ? …シカトしちゃおうかな。でも犬神先生コワイしな。急いで行って戻ってこよう。誰も帰っちゃいませんように〜。
とほほ、こんなことなら、やっぱ前の日に誘っておけば良かったよ。
そう後悔しつつ、職員室に急いだ。

 犬神先生の話は、なんと修学旅行の時の話だった。
天狗に化けた地元民を救けるつもりで、土地開発の会社の人を殴り倒してしまった件がバレたらしい。
マズイよなあ、余所の土地で暴力沙汰を起こしたなんて…。バックレとこう。
「まさかとはおもうが…、お前ら、この件にも首を突っ込んでいたんじゃないのか?」
う…。犬神先生…眼鏡の奥の眼が怖いデス…。質問とゆーより、なんだか断定口調だし。無断外出したのも知られてるし、服も靴も泥だらけでいかにも山歩きしました、て感じだったのも見られてるもんな…完全にバレてるんだ。
………………すみません。」
とにかく謝っとこう。うう、停学とか食らっちゃうんだろうか。ごめんみんな。
 しかし、犬神先生は少し苦笑いして、「無責任な行動は慎め」とか言っただけで、許してくれた。
そ、そんなんでいいの!?
学校宛てにお礼が送られてきたそうで、八つ橋を受け取って職員室を出た。
うーん。まあ、新聞に学校の名前が出たワケじゃないからいいってことか。
犬神先生って思ったより理解ある人なのかなあ。普通、旅行先で地元民殴った生徒なんて、問答無用で停学か退学だよな。京一に厳しいのだって、このままじゃ卒業できないから心配してるだけなのかも。

 修学旅行の思い出に浸りながら職員室を出て、そーだそれどこじゃなかった、と慌てて教室に戻った。誰か、誰か一人でも残っててくれー!!
「あッ、龍麻クン!!」
あッ、桜井!!
教室には、いつものメンバーが4人ともバッチリ残っていた。オレの机を囲むようにしてるトコを見ると…も、もしかして、オレのこと…待っててくれた?
「だから、俺がいったろ? ひーちゃんはひとりで先に帰ったりするヤツじゃねェってよ。」
………きょ、京一…。…そんな風に思っててくれたんだ…。
そーだよ、オレはいっつもお前のこと待ってるんだよー。時々思いっきりすっぽかされてるけど、それでもマンションの方に来ることもあるから、毎晩二人分メシ作ってるんだよー。
やっぱ京一だ〜。オレのフレンドリーなトコ、ちゃんと解ってくれてるんだ〜。うふふふ〜。ひ〜ちゃん嬉し〜。…おいオレ。裏密の物マネ上手すぎるぞ、心の中でだけど。
「ッと…、龍麻クンは知らないんだよね。」
 はい? 何だ? 桜井。またオレ聞いてなかったみたい、ごめんね。
「えへへッ、あのね───、今日は花園神社で、年に一度の縁日があるんだッ。だから、みんなを誘って行こう、って、葵と話してたんだッ。」

 ………………………

 な、何ィ─────────!?

「だからさァ、みんなで行こうよッ。ねッ、龍麻クンッ。」
 ………オレは、呆然としたまま首を縦に振った。
ああ…オレのこの数日間の悩みは、一体何だったんだろう…。


 まあ、良い方に考えれば、誰も誘えずに終わっちゃったかも知れなかったんだし、みんなでお祭りに行けるのに変わりはないんだから、良かったんだよな。
「自分から誘う」野望は、また別の機会ってことにしよう。まだ色々あるもんな、文化祭とか、クリスマスとか、初詣とか…。よーし、頑張るぞっ。おー!
 心の中で固く決意しつつ昇降口へ向かうと、いつものじわ〜っとした冷気が漂うのを感じた。…出たな、裏密。ふふん、どっからでもかかって来いッ(醍醐のマネ)。
「うふふふふふ〜。みんな〜、今帰りなの〜?」
京一が大袈裟に、醍醐がそっと飛びすさる。ホント、いつもいつも突然現れるヤツだ。多分わざとやってるんだろう。確かに、京一の驚き方とか見るの楽しいもんな。…あ、ごめん京一。
でも、オレはもう驚かない。裏密の<<気>>も登場パターンも大分覚えたからな。心構えが出来ていれば、コイツもただの「変わったトモダチ」の一人だ。う〜ふ〜ふ〜。
「そうだッ、ミサちゃんも一緒に縁日に行く?」
「バッ、バカ!! 余計なコト、いうんじゃねェッ!!」
 また京一が慌ててる。別に、裏密と一緒だとユウレイが出てくるってワケじゃないのに。と思えるようになってきたのは、オレもつい最近だけど。ええやん、大勢の方が楽しいし。あそうだ、アン子ちゃんも誘いたかったなあ。しまった〜。
 だが、裏密は別の用事があるからと断っている。そんじゃ仕方ないよな。
「あたし〜がどこへ行くのか、ひーちゃんは、興味ある〜?」
にた〜っと笑って、裏密が訊いた。…う、その顔はやっぱ、ちょっと、…かなり、怖いな…。
興味ないなんて言ったら、やっぱ呪われそうなので、一生懸命尋ね返した。
「物好きだな、お前も。聞いたら呪われるかもしれねェ〜ぞォ〜。」
ユウレイのマネをしながら、京一がのしかかってくる。だから、聞かないと呪われるんだってば。ホラ見ろ、裏密の嬉しそうなカオッ。聞いて欲しかったんだぞ絶対!
 だが、裏密がどこに何しに行くのかは結局さっぱり解らなかった。マシュマロのツマミとポセイドリアを沈めて、アトランタオリンピックからグリルを学びに行く??? オリンピックは分からんけど、お料理教室…かな? 裏密も女のコなんだなあ。
「でも〜、それよりもみんなは〜、目の前の凶刃に気をつけた方がいいかもね〜。」
 狂人…。目の前の…? 目の前…。
…はッ。
し、失礼な。京一はまともなヤツだぞ。ちょっとオネーチャンには狂ってるけど!
ってそんな意味なワケないやろ、オレ(ビシッと裏拳)。
 じゃあ何だろう。…巨人? 目の前の巨人に気を付けろって…中日ファンなのか、裏密。
でもペナントレースはもう終了したんだけどな。中日がバッチリ逃げ切って鮮やかな優勝、もう既に日本シリーズが…
「…またかよ…。」
耳元で京一が呟いた。肩に置かれていた両手に、ぐっと力がこもる。
そ、そっか。野球ネタ興味ないんだっけな、お前。以心伝心でバレちゃったか。ごめんごめん。
 裏密はその後も、意味が分からないけどとにかく不吉っぽいことを言い残して去っていった。
前にもこういうコトあったよな。あれは…
そうだ、お花見だ! あのときも、刀がどうのこうのって言われて思いっきり当たったんだ!
………が〜ん…。もしかして、また刀持ったサラリーマンが暴れたりして、お祭りが中断されちゃうのかな。…じゃ、噂のヒーローショーも観られないの? そ、そんな…!
裏密…恨みますよ〜(断じてダジャレじゃないぞ)。いや裏密が引き起こしてるんじゃないんだけど。
「そうそうッ、ボクたち実は家庭科室に用があるんだッ。悪いんだけどさ、先に3人で神社まで行っててよ。」
 と、突然桜井と美里が立ち止まった。あれま。
醍醐が、課題の提出だとか言っている。珍しいな、そんなの美里が忘れるとも思えないけど。まあ、後で合流出来るならいいけど、なるべく早く来いよ。サラリーマンのおっさんが襲ってこないうちにだぞ。
「あの、龍麻くん───、なるべく急ぐから…。」
うんうん、頼むぞ美里。…でも、何で顔赤いんだろうな。恥ずかしいことなんだろうか?? でも、桜井は楽しみにしてろって言うし。…楽しみにしてようっと。何だか分からんが。


 そういうワケで、男三人だけで先に神社にやってきた。
うわ〜。スゴイ人。TVで見た明治神宮の初詣みたいだ。早く行きたいな〜。ヒーローショーってどこでやってるんだろう。一番奥かな。
 え? 「ヒーローショーって何だ」って? よくぞ聞いてくれました。って誰に言うてんねんオレ。
聞いたところによると、花園神社ではなんとヒーローショーを開催するんだそうな。流石は東京、神社の祭りでヒーローショーなんてすっげーよなあ。ま、正義だから神様も許すんだろう。
へへ〜観たことないんだよね〜田舎じゃ機会も少ないし、親に「連れてってくれ」とも言いづらかったし。でも子供の頃からずーっと、一度でいいから行きたいと思ってたんだ。
何が来るのかなあ。仮面ライダーかな、ウルトラマンかな。ギャバンかライオン丸、ゴレンジャー…って何でそんな古いのしか出てこないんだ、オレ。今現在は何をやってるんだろう。そういや新聞取ってないから、TV番組もよく解らないんだ。
 京一も待ちきれないらしくて、先に様子を見てこようとか言い出した。
でも醍醐は、あの二人の計画に乗ってやろう、彼女たちを待ってやるべきだと言う。
 オレは困ってしまった。
そりゃもう、とっとと行きたい。でも、どうせならみんなで見たい。
先に焼きそば食ったりしてたら、絶対桜井に射殺される。でも、待ってる間にヒーローショーが終わったら悲しい…あああ、すっげー迷うッ。
「何だよ、行こうぜッ。」
「…いや…」
 ちょっと待って、もっと考えるから。と言いたかったんだけど、京一はそれを「行かない」という意味に取ったらしい。時々「以心伝心」効かないんだよなー。
「せっかく、ふたりが来る前に、浴衣のネェちゃんを鑑賞しようとおもったのによ。」
なんて言ってる。
まあ、残暑が厳しくて、今もまだ暖かいくらいだけど、この秋まっただ中に浴衣着てくるオネーチャンなんているのかなあ。盆踊りもないし。
 そんなことを思いつつぼーっと立っていたら、またまた天野さんに遭遇した。なんかこの人に会うと、また事件かって思っちゃうな。
でも今回は珍しく遊びに来ただけらしい。そんなら後から来る二人を待って、一緒にみんなで回りましょうと言いたかったんだが、醍醐があっさり断ってしまった。ちょっと残念。
でもよく考えたら天野さんの言ってた待ち合わせの相手の「お友達」って、カレシかも知れないもんな。これで良かったのかも。
 天野さんが去っていくと、やっと桜井がやって来た。
遅いぞー待ってたぞー。 家庭科の宿題、今やっとったんかいッ! ってツッコミ入れたいぞー。
 しかし後から姿を現した美里を見て、オレは驚愕した。毎度おなじみ、顔には出ていない。
「あの…おかしくないかしら?」
み、美里…………おかしいよ。
だって…秋だよ? 校庭の銀杏は真っ黄色よ? 結構夜になると肌寒いよ? なのに…浴衣〜!?
 そりゃあもう、抜群に似合ってる。すっげえ可愛い。いつも日本人形みたいって思ってるけど、和装すると本当に綺麗だ。お姫様みたいだ。
でも、でも…寒くない? 平気?
京一なんか手放しで誉めてるけど、…そういうもんなのかなあ。東京はウチの田舎ほど寒くないから、これが普通なのかなあ。
「…待たせちゃってごめんなさい。」
 と、オレの視線をどういう意味にとったのか、美里が謝った。
いやいや違うんだよ、待ってたのなんて大したことないさ。桜井にはツッコミ入れちゃったけど(心の中で)。
…そうだな、桜井なんかもっと真夏みたいな私服着てきたし、きっと東京では、寒くても薄着するのがオシャレなんだろう。そう思えば、美里の姿は純粋に綺麗だし嬉しい。ああそっか、だから桜井、楽しみにしとけって言ったんだ。
 心の中で納得していたら、ますます申し訳なさそうに美里が俯いた。あ…あわわ、違う! しまった! ええと、黙ってたのは怒ってるからじゃないぞ! えーとだから、お、オレはその、美里の格好はとってもグーだと思ってるんだーッ!
「いや…。………良く、似合ってる。」
はあ、ぜえッ。ものすっっっごく時間かかったけど、い、言ったぞッ。うわ、なんか面と向かって女のコを誉めるなんてててて照れくさッ。でも、このくらい言わないと。オレは大袈裟なくらいが丁度いいって、有間も言ってたもんな。恥ずかしくない、恥ずかしくないぞッ。
「ありがとう…、龍麻くん。」
美里がホッとして笑ってくれた。良かった〜間に合って。うんうん、オレ怒ってないからね。

 さて、ようやく出店の並んでいるとこに来た。
ヒーローショーはどこかな〜♪ 早くしないとサラリーマンが襲ってくるからな、急がないと。
でもみんなは焼きそばとかおみくじとか、好き勝手なことを言っている。
そりゃまァ、オレも全部楽しみたいんだけど、でもまずはヒーロー…う。桜井が今にもヨダレを流しそうな顔で屋台を見てる。京一が「ハラ減ったなァ〜」とか言ってる。…うう。
結局、あちこちの屋台に寄って歩くことになってしまった。まあいいか。それも楽しみにしてたんだし。
 手始めに焼きそばを買おうとしていたら、知った声が聞こえた。
アン子ちゃんだ! わーアン子ちゃん、誘えなくて残念と思ってたんだよー! アン子ちゃんも焼きそば食べないか? これ結構美味いってさ。
「まさか、また、何か事件でも起こったのか?」
ぎく。も、もうサラリーマンが暴れてるのかッ?
「なんなら、焼きそば一皿で情報提供してあげてもいいけど、どう…? 龍麻君。」
う…いや、事件のことなんかまだ聞きたくない。でもアン子ちゃんに奢るのはいいな。一緒に焼きそば食べようよ。桜井に奢ったはいいけど、もう食べ終わっちゃってるし、京一もとっくに皿片づけちゃってるし、どうやら美里と醍醐は食べないみたいだし。
しかし奢ると言ったのに、醍醐にたしなめられて、アン子ちゃんは焼きそばを注文するのを止めてしまった。別に良かったのに〜。オレ今日のために小遣い貯めてたんだから。
 結局アン子ちゃんの話は「マリア先生が浴衣で来てる」という平和な事件で(いやでも確かに、先生の浴衣姿なんて大スクープだろうけどな)、とりあえず安心したオレたちは、屋台巡りを続けた。

 あちこち覗いては、食べたり遊んだりする。
やってみろと言われて、くじ引きをやってみた。
美里にあんず飴を奢ってあげた。
たまたま学校の友達と来ていたマリィにも出くわした。
まっすぐオレの目を見て笑いかけてくれるマリィの頭を撫でて、「楽しいよな〜縁日。」と笑いかけた(…ええ、勿論心の中でです…すみません)。
織部妹さんに頼んで、おみくじも引いた。
いつも大人しい美里が、声を上げて笑ったり手を叩いたりしている。いつも騒がしい桜井と京一も、より一層はしゃいでる。醍醐…はまあ、みんなの引率だから落ち着いてるけど、それなりに楽しそうだ。
 …………ああ。生きてて良かった。すっごい…幸せ。
これでヒーローショーまで観た日には、もう一生分の幸せを使い果たしちまうかも知れない。例え観られなくても、もういいや。充分、胸がいっぱいになるくらい楽しい…。
マリィの言う通り、こんな風にいつもみんな楽しくしていられたらいいな。誰にも嫌われないで、誰も嫌わないで、仲良く楽しくやっていけたらいいな…

「なんだ、この曲は…?」
 醍醐の台詞で、オレはようやく我に返った。いかん、なんかほのぼのしちゃってた。似合わねェよな〜てへへへ。
「そういえば、なんとかレンジャーとかいうのがヒーローショーをやるんだって。」
あッ! その音楽が聞こえてきたのか! てことは、あっちだな!
なんとかレンジャーか。戦隊物だな、どんなんだろ〜。うう、ドキドキしてきたッ。
「なんなら、ひーちゃん、俺たちも観に行ってみるか?」
当然だッ。
オレは返事もそこそこに歩き出した。
「へへへッ、お前もすっかりその気だなッ。」
当然だ、これが今日のメインだぞッ。
 さっき、これ以上幸せになってもいいのかな〜なんてちょっぴり不安になったことなんかすっかり忘れ、オレは急いだ。桜井も走ってるし、やっぱみんな観たいんだな。だよな〜やっぱヒーローもの、特撮ものだよな!

◎・◎・◎

 ………………
「ぷッ…、何あれ。」
………………
「レッドが野球のバットで、ブラックがサッカーボール…」
………………
「ピンクが持ってるのは、新体操のリボンかしら…。」
………ッ。
ああッもうみんな夢がない! 武器がチープだとか変な格好だとか、そーゆーヤラシイ大人みたいな見方をするなようッ。今、決め台詞のいいところじゃないか!
「あッ、もうクライマックスのシーンみたいだよッ。」
そーだよ! だからちゃんと…
───!?」
………おおッ! すっげー! 舞台が光ったぞ!
丁度、コスモレンジャーの方たちの中心に光球が生まれ、ぱーんと弾ける。カッコイイ特撮だなー!
何度かそれが繰り返され、三人のキメポーズとかけ声と共にひときわ大きく光って、怪人どもがドーンと吹き飛ばされた! やったー! ビッグバン・アターック! カッコイー!!
 人質にされていた子供達が駆け寄って、「ありがとう、コスモレンジャー!」とか言ってる。レッドが子供を抱き上げて、「いいや。怪人を倒したのは、君たちの正義の心だ!」なんて言っている。…くうう、カッコイイッ。これこれこれだよな〜ヒーローって。愛と正義と友情の力! いいよな〜。特に友情ッ。気に入ったなあコスモレンジャー。いつ放映してるんだろ、日曜日の朝かな。金曜の夕方かな。今度からチェックして毎週観ようっと♪

 舞台が終わっても、まだ熱い感動の余韻が残っている。ふう…面白かった〜。
醍醐や美里が、必殺技ビッグバン・アタックの光について話している。うん、アレすごかったよねー。特撮…。うん? ちょっと待てよ? 舞台の上で特撮って出来るのか??
「あの3人に、会いに行ってみようよッ!」
…え、ええ!? マジ!? 桜井!
うんうんうん、行こう行こう! サインもらおうよ! 折角だし!
そんで、あの特撮…じゃないよな、仕掛けをどうやってやってるのかとか聞いちゃおう。
 裏側に回ると、背景を描いた板や道具が次々に運ばれ、ごった返していた。裏方らしき人たちが、互いに声を掛け合いながら片づけていて、がやがやと熱気に溢れてる。
だけどみんな、どう見ても高校指定の体操服みたいなジャージを着ているのは何故だろう。撮影所とか舞台の仕事の人っていうより、同年代にしか見えないぞ? バイトなのか?
…あッ! コスモレッドだ!
「なんだい、アンタたち。俺っちたちに、何か用かい?」
ああ、舞台と同じ声だ! って当たり前やろ(びし)。
心漫才に興じているヒマは今はないのでツッコミを無視し、コスモレッドの前におずおずと出る。…あ、あのう。あ、握手して下さい…良かったら、サインも下さい…って心の中で練習しなくちゃ。
5回ほど練習したところで、レッドとブラックはさっさとコスモスーツ(多分そういう名前に違いない)を脱いで着替えてしまった。
 むむ…。やっぱ高校生なのかレッドたち! 高校生なのに正義の味方やってるのか! すげー!
そういや、メガレンジャーも高校生だったな。オレは好きだなそういうの。身近な感じするし、やっぱカッコいいよね。学業の傍ら地球を守るのだ! まあ、オレたちも学業そこそこで東京を護ったりなんかしたけど、やっぱカッコ良さが違うよね。
 三人はきちんと正義の味方らしく、丁寧な自己紹介をしてくれた。
レッドの本名は紅井猛か。なるほど、それでレッドか。で、ブラックは黒崎隼人…友情と正義の使者かー、いいなー。特に友情………んん? 待てよ…猛に、隼人…?
「ふたりに同じく、大宇宙高校3年、本郷桃香よッ。」
………!! 本郷! そ、そうか! 1号&2号かッ! おお、なんて特撮ヒーローらしいんだ! いや違うな。その名前がヒーローへの道を歩ませたのに違いない。
ああ…オレも「緋勇志郎」とか「風見龍麻」とかいう名前だったら良かったのに…! いや待てよ、第一作に統一されてるんだから「滝龍麻」の方がいいかな。ちょっとゴロ悪いか。おやっさんの名前は忘れたし、少年仮面ライダー隊の子とかも覚えてないし…
「アンタたちこそ、一体、何者なんだ? もしかして、コスモレンジャーに入隊したいのか?」
は、また思考がズレてた…えッ!? い、入れてくれるの!? う、うん!!
思いっきり頷いたら、京一が慌てて止めた。何だよう。いいじゃないか、正義のために戦えるんだぞー?
何だか、みんなはイマイチ興味がないらしい。じゃあ何でコスモレンジャーに会おうなんて言ったんだ? 変なの。
オレは勿論、正義のために闘いたいぜッ。練馬ってどこだか知らないけど、東京だろ? 東京の平和を護るなら、目的は一緒じゃないか!
「よし、緋勇ッ!! お前は今日から、コスモグリーンだッ!!」
うわー!!! こここここコスモグリーン!?
「どっちかといえばブルーだろ。」
ぶぶぶぶブルー!?
「えッ? わたしはイエローだとおもうけどなあ。」
いっいっイエロー!!
うわあ…うわあ…お、オレがコスモグリーン(かブルーかイエロー)………………
「真神学園3年、緋勇龍麻! そしてオレこそが、お笑い(ただし心の中限定)と正義の使者、コスモグリーン(かブルーかイエロー)だッ!!」
…なんてねなんてね! …ほ、ホントにいいの?
喜んで入ったら「やっぱお前は悪役顔だな。無表情怪人『テッカメラス』にしよう」なんて言わない…?
 しかし、結局全然乗り気じゃないみんなは、折角のコスモレンジャーの話を聞いても、困ったような顔をしている。
もっと話をしていたかったのに、醍醐がさっさと切り上げてしまった。最後まで未練たらしく何度も立ち止まって、オレだけ残ってゆっくりコスモグリーンの今後について聞こうか迷ったけど、トモダチも大事だしなあ。
大宇宙学園って言ってたな、いつか尋ねて行ってみようと決意して、結局みんなの後についてその場を去った。コスモの皆さん、次に会ったときオレのこと覚えててくれるかなあ…

 ボーっとしてる間に美里達が着替えに行ってしまったので、また三人で待たされることになった。
夜風が冷たいな。もうすぐ冬なのねえ…しみじみ。
「あら、アナタ達…」
あ…! マリア先生!!
うわあ、ホントに浴衣だー。なんか普段と全然イメージが違う。
いつもの先生って、いかにも「大人のオンナ!」って感じの短いスカートとか胸元の開いたブラウスで、ちょっぴり目のやり場に困っちゃうんだけど。
浴衣だと、あんまりそうゆうんじゃなくて、胸も足も隠れてて、でも結い上げた髪とかうなじがキレイで、下駄履いてる素足が白くて…わ、わわ。なんかドキドキしてきちゃった。
「マリア先生、よく似合ってるぜ」
うんうん、京一に賛成一票。オレもこんな口じゃなかったらガンガン褒め称えるのにな。
あのさ、先生、いつもの格好もいいけどさ、そういう清楚なのも逆に色っぽい感じがしてすごくいいな。先生にしちゃ地味な青い浴衣に、金髪が映えて、ホント奇麗だ。
 ふと、前の学校の担任を思い出した。…ああ、有間って青とか紺のスーツばっか着てたから、青のイメージついてるんだ。…元気かなあ、有間先生…。
 先生が去り、美里達が戻って、いつものラーメン屋へと向かいながら考えた。
今日帰ったら思い切って有間に手紙でも書いてみよう。有間のお陰でトモダチも出来ました、お祭りやお花見やプールにつれてってもらえました、って報告したら。
…喜んでくれるかな。
きっと、喜んでくれるよな。

 だがオレの折角の思いつきは、帰り道に起きたとんでもない事件で、どこかへ飛んでいってしまった。
 すっかり忘れてたんだよね。裏密の予言───

2000/04/12 Release.