拾六
ノ前

煮ても焼いても…

 前回のあらすじ〜
秋も深まり、新宿花園神社の恒例の秋祭りに自分から誘おうと苦心していた緋勇だったが、それを露ほども知らぬ一行は、普通に祭へと繰り出すのだった。様々な屋台をまわり、縁日は勿論、ヒーローショーを心の底から楽しんだ緋勇は、その帰路で突如、鬼へと変生した男達に襲われる。その口から龍山の危機を知り駆け付けると、そこには少年マンガにありがちな、「第二部の雑魚」と化した九角の姿があった。そして九角は、死の際に、真なる恐怖の到来を一行に告げ、はしゃぎ過ぎの緋勇に釘を刺すのだった…。


 399…、400。
ふう。と、オレは息を吐き出した。
今日の鍛錬は、この辺にしておくか。流石に筋肉が疲れてケイレンしてきた。
 それでも最後の仕上げ、とばかりに、オレは前方を睨む。
そこには、この世で最も忌むべき存在───オレの顔───がある。
 この部屋の唯一の鏡である洗面台に向かって、オレは<<気>>を集中した。
 心を落ち着かせて…
 <<気>>を安定させ…
 呼吸を整える。
 よし…今だ。

……笑え!

 ………………………………………………………………………………………………に。

 ッッッッッッッッッッッッッだー!!! つ、疲れたあー!!
よ、よ、よーし。エライぞオレ! ほんのちょっとだけど、よーッッッく見ないと分かんないけど、くッ、唇の端を持ち上げることに成功したぞー! やったー!
理想にはほど遠いけどな。もー少し、ほがらか〜に笑いたいよなあ。
「にっこり」とか「にこっ」とかそーゆー擬音じゃなくて、「にやり」とか「ふん」とか音がしそうな、正に悪役! って感じの笑い方なんだもん。
でもまあいいや。全く動かなかった筋肉が、ちょっとだけどオレの思う通りに動くようになってきたんだ。いつかは、もっと正義の味方らしい笑顔が身に付くかも知れない。いや、身に付けてみせるぜ!
桑田投手だって、毎日欠かさずリハビリしてマッサージして少しずつ少しずつ練習して復活したんだ。
オレも、毎日この「にこにこマッサージ」(今そう名付けた)を続ければ、こうして少しずつ治るに違いない。
どんなに遠い道のりも、歩き出さなきゃ辿り着かないのだ!
オレの理想の笑顔───キラキラ背景しょって爽やか〜に白い歯を見せて笑う、アイドルのような笑顔───に近づくため、これからも毎日、猛特訓するぞ!
 誓いを新たにしつつ、オレは風呂場を出た。
流石に風呂上がりにコレをやるのは湯冷めする季節になってきたなー、などと思いながら。

「よッ、ひーちゃん。へへへッ」
 ようッ、京一。へへへッ。
放課後になると、いつものように京一がやってくる。
今は、心の中でだけ京一の調子に合わせてるオレだが、いつかはきっと実行してみせるぜッ。ファイト!
 なんてメラメラ燃えてるオレの内心には気付かないらしく、京一は背中から覆い被さるようにして話しかけてきた。
「へへへッ、いいモン見せてやるよッ。ほら、これ───。」
と、いきなり目の前が暗くなる。な、なんだ? 停電か? 有名な「貧血」ってヤツか??
あ…なんだ、雑誌か。お前なあ、単に本を見せたいんだったら、机の上に広げてくれりゃあいいだろよ。何で目隠しみたいに顔の前に広げんねん。見えないっつの。びし。
「今をときめく現役女子高生アイドル、舞園さやかちゃんだぜッ。」
 京一は、嬉しそうに言いながら、その雑誌をオレの机の上に広げた。後ろから抱き付いたまま、両肩越しに。
しかもそのまま、オレにオンブするようにして、ぺらぺらページをめくり出す。
折り曲げられてちょい苦しいけど、こんな格好ってハタから見たら、かなり仲良さそうに見えるよな。…えへ。へへへ〜。ちょっとし…親友に、近づいてる…かな〜なんてねッ。でへへ〜。
「やっぱ、カワイイよなァ…。」
 ん? ああ、舞園さやかね…うーん、ミリキ的な水着姿がドアップになってて、確かにカワイイ。歌声もキレイだしな。
でもなー、京一ほど入れ込めないんだよなー。どっちかっつーと、美里とかマリア先生の方が美人だと思うけど。それにオレ実は、こうゆう超美人系とか超絶可愛い系とかより、元気いっぱいって感じの顔の方がスキだったりするんだよね。
だから、さやかちゃんが同じクラスにいたとしても…いたとしたら…や、やっぱドキドキするか。てへッ。オレも男だしな。
でもまあ、こんな「虫も殺せませんっ」て感じの清純派な女のコは、オレなんか怖くて近寄ってもくれないだろうけどね。
「それは、どっちもメデタイだろッ、このバカッ!!」
「どわッ!!」
 どわッ!? な、なに?
突然聞こえてきた桜井の怒声に、つい身体をすくめちゃったら、背中にいた京一が吹っ飛んだ。…あれ?
───ッて、お前なァ!! 出てきていきなり殴るこたねェだろォ!?」
あッ…しまった、京一が何かボケたんだな!? しまった〜京一&桜井の超ドツキ漫才を聞きそびれたッ。
「ごッめ〜ん。だって、あんまり京一がバカだからさァ、ガマンできなくて…。」
うっはっはっは! ひっでー! 流石は桜井。相変わらずキレがいいよな、このコンビ。
「ねェ、龍麻クン。もしかして、龍麻クンも、こういうコが好みだったりして?」
うえ? おお、いきなりオレにふるなよ。今オレ、二人の漫才に心の中で拍手喝采を送ってたトコだったんだぞ。
 好みか。さっき丁度、そんなこと考えてたトコだったんだよ。そういえば。
オレは首を横に振った。オレの好みはねえ、お前とかアン子ちゃんみたいに元気でお喋りでパワフルな…
「なァんだ。ボク、てっきり龍麻クンもファンなのかとおもっちゃった。」
えッ? ふぁ、ファンはファンだよ? だってオレも武道家の端くれだし! 曲イイし!
「何だよ、ひーちゃん…。アイドルなんかにゃ興味ない、ッて顔しやがってッ。俺の愛するさやかちゃんを侮辱するたァ、いい度胸だッ!!」
えええー!? ちちち違う、誤解だ京一! アイドルに興味ないんじゃないって! 以心伝心してくれー!
「やれやれ…。まったく、こいつは重症だな。」
 オレが慌てて言い訳しようとしているところに、醍醐と美里が声を掛けてきた。
京一は不機嫌そうな顔のまま、それでもオレに突きつけた木刀袋を下ろす。はあ…。助かった。
でも、誤解は解けないままだ。
失敗したなー。そういや、夏にプールで偶然さやかちゃん見かけたときも、コイツ木刀振り回して人垣壊したりしてたもんな。よっぽどのファンなんだ。怒るの当然だな。
ごめん京一〜。またやっちゃったよ〜。ううう、何とか誤解とかないと…
「うふふ。京一くんはよっぽど彼女が好きなのね。でも、さやかちゃんの歌は、私も好きよ。」
おおッ、ナイスフォローだ美里! 流石は京一の元彼女…だったのか違うのか、未だに分からんが!
 京一の顔がいつものニヤニヤ笑いに戻ったのを見て、とりあえずホッとした。

 それで話題は、さやかちゃんの歌に秘められた力について、に変わった。
不思議な力を持っていることは、オレも前から知っている。なんたって武道家の心を逐一掴むんだから、スゴイ力があるに違いない。京一の言う「熱が引いた」「歩けなかった子が歩けた」ってのがあっても不思議は無い。根拠も無いが。
「本当にそうなら会って話をしてみたいわ。それに、そんな人が私たちの仲間になってくれたら、とっても心強いでしょうね。」
ええッ? そりゃー会って話はしてみたいよ、アイドルだもん。でも、いくら武道家の心を揺さぶるシンガーだからって、仲間になるかもってのは短絡的な… 
 と、そこまで思ってから、オレはハタと気付いた。
そうだ! もし万が一、さやかちゃんを仲間に出来たら、京一が機嫌直してくれるかも知れないやんか!
オレは急いで頷いた。もう、是非とも仲間にしましょう。つーかそういう名目で会いに行くだけでも、京一が喜んでくれるに違いない。
 ところが、折角京一が機嫌直して「早速行こーぜ」と言ってくれたのに、他のみんなは反対している。
どこに居るか分からないし、いきなり行っても、仲間になんか、なってもらえないだろうと言うのだ。
美里も、自分が言い出しっぺのクセに、「無理に闘わせる必要はない」なんて言ってる!
ちょっと待てよ美里。さっき言ってたのは何だったの? お前ズルイぞ、桜井や醍醐の意見に流されたりして。それとも冗談だったんか? オレはマジだったのに。
ちょっと前まで結構イイ雰囲気で、親友に近づいたかなーとか思ってたのに、また京一を怒らせてしまったのだ。ここでズルズル後退するわけにはイカン。何が何でも舞園さやかを仲間に引き込んで、ダメならせめてサインの一つももらって、京一のご機嫌を取らねば!

 その後「犬神先生のトコに課題を提出に行く」と言い出した美里に、オレは思い切ってついていくことにした。
さっき言ってた「仲間かも知れない」てのは本当なのか冗談だったのか、ついでにいい機会だから、京一とはつき合ってるのかどうか、訊こうと思ったのだ。
 あのさ、さやかちゃんて何かスゴイみたいだし、マジでオレたちの仲間になってくれると思わない? コスモレンジャーも仲間なんだよって言えば、結構ノッてくれないかな? 同じ芸能人だし。そういや、コスモレンジャーっていつ放映してんのか、美里知ってる? コンビニでTV番組表とかチェックしてみたんだけど、載ってないんだよな。もしかして、去年のヤツなのかな。でも人気あるからまだ興行してるとか…スゴイよなあコスモレンジャー…うっとり…っておい、話ズレてるぞ。ええっと、そうそう、美里ってさ、京一のカノジョなわけ? それともフリー? …ってこれじゃ何だかオレがナンパしてるみたいじゃねーか。ワハハ。
 しかしいつも通り台詞の練習してる間に、職員室に着いてしまった。…くッ。また負けか…。尋ねる内容が二つってのは、ちょっと欲張りすぎだったかな。

 犬神先生は、美里の差し出したレポートをパラパラッとめくり、俺の方をちらっと見て、フン…と笑った。な、何だよ。オレはさっきちゃんと提出したぞ。
「しかし、お前が期限に遅れるとは珍しい事もあったものだ。何か悩み事でもあるのか?」
「えッ? いえ、何も…。」
「おい、緋勇。お前が原因を作っているんじゃないだろうな?」
 え? な、何でオレが? 美里を悩ませてるって…
はッ…そ、そうか、こんな風にトモダチぶってんのって、もしかして、美里にとっては迷惑この上なかったのか!?
何の気なしに「美里を職員室に送り届ける」なんて真似しちまったけど、こんなの如何にも美里に猛烈アタックしてるみたいやん!
そっか…。いくら美里が優しいっつったって、オレみたいなのに言い寄られたら怖いよな。ダジャレ野郎とか嵯峨野とか九角とかに好かれちゃって大変な目に遭ったのを、思い出したかも知れない。
それでさっきも、犬神先生に用があるのかって訊かれて首振ったら、慌てて視線逸らしてたんだ。
「…あの…いえ…」
「黙秘か。まあいい…。」
ぎゃーまだ答えてない! 先生ちょっと気が短か過ぎだぜッ。マリア先生はもちょっと長く待っててくれるのにー。
「お前が、色恋に溺れようが、俺の知った事じゃないが…」
だーからー! イロコイなんてーのじゃないです先生! そんなこと言われちゃったら、ますます美里が怯えちゃうじゃないか!
 しかも、犬神先生は更にヘンなことを告げた。
へ、へへ、蛇の祟りですとー!? いやーッオレ蛇も大ッ嫌い!
オレんちは農家ってワケじゃないんだけど、ちょっとした田んぼと畑を持ってて、米やら野菜やら作ってはウチで食ったり近所に配ったりしている。
当然オレも小さい頃は手伝ったりしてたんだけど…これが出るんだよねー。虫とか蛇とかがわらわらと。田んぼの中を光速で泳ぎ去る蛇の姿に、何度恐怖したことか。
噛まれることもあるので、罠かけて掴まえて、殺すのは可哀想だから山に放したりしてたんだけど…罠にかかってんの気付かないで死なせたヤツ、何匹かいたんだよな…気付いたら干からびてて…うう。
まさかあの時の蛇どもがタタるんじゃないとは思う。供養はしたんだ供養はッ。お仏壇に手を合わせて「成仏してね」って祈ってちゃんと畑に埋めてやったんだッ。…けど、あの裏密の話だって言うんじゃなあ。タタるかも…
しかし、わざわざそんな不吉なこと二つも並べて、オレに…つーか美里に言わなくてもいいのに。今日こそオレは京一の気持ちが解ったぞ。なんつー意地悪な人なんだ犬神先生め。
 職員室を出て、まだ不安がっている美里に謝った。
ごめん美里…オレ「美里とらぶらぶになりたい」なんて、人間として許されない程の大野望は持ってないよ。ついでに蛇の祟りも、万が一オレのせいだったらゴメン。
しばらくは美里に近づくのやめておこう、ほとぼり冷めるまで。
なまじ親切で優しい人だから、オレもついつい平気な気がして、図々しくなっちゃってんだよな。そういや前にも、みんなに誤解されて二人でデート状態になっちゃって、美里に我慢させちゃったのに…忘れてたな。あーあ。
「そんな…私こそ、ごめんなさい…」
悲しそうに目を伏せる美里。…ホントにもう…いいんだって、そんな気ィ遣わなくて。そんなんだから、悪いヤツにまで好かれちゃうんだぞ。
 どんなヒドイ目に遭っても、怖いと思ってても、相手に同情しちゃうトコが美里の良いトコで、でも悪いトコでもあるよな。
やっぱ京一とくっついちゃえばいいのになー。アイツなら「美里は俺のもんだ!」とかって、他の悪い虫全部、問答無用で退治してくれそうだ。
「何かあったのか?」
 みんなと合流したとき、またも以心伝心の効果でか、京一が尋ねてきたが、説明が出来ないので首を振った。
あ、そうそう! 蛇のタタリが出ちゃったら…京一、頼むな。オレ、蛇苦手なのヨ〜。

 みんなの背中をぼんやり眺めながら、新宿駅前通りを歩く。
すっかり寒くなってきたなあ。実家の辺りは、もう雪降り出してるかも知れない。
美里はすっかり元気になって、桜井と楽しそうに話をしてる。京一は醍醐に何か言われて、木刀袋でどつきながら、何か言い返してる。
いつも通りの、和やかで楽しい光景だ。
 ホッとして、少し気を緩めた時、京一が突然立ち止まった。
「何だありゃ。…ケンカか?」
今通り過ぎたばかりの路地の方を振り向いて、見かけない制服が見えたとか言っている。
「どうする? ひーちゃん。ちょいとのぞいてくるか?」
人のケンカまで買うのはヤダけど、京一に逆らえるオレではない。勿論行くぜ、おやびん!(メガネくん風味)
 と、醍醐たちが嫌がっている間に、女のコの叫び声が聞こえてきた。ただのチンピラの小競り合いじゃなかったらしい。
俄然張り切る京一に続いて路地に飛び込むと、どうやら服装だけは高校生らしい、でも顔がどっからみてもただのヤーさんのような連中に、カタギらしい学生さんたちが絡まれてるところだった。
 相手が普通の人間なら、オレの出番はないな。
京一と醍醐が威嚇すると、チンピラもどきは逃げ去った。ふッふッふッ、どーだ参ったか! すげーんだぞコイツらは〜!

「助けていただいて、ありがとうございました!!」
「あの、本当に…、ありがとうございます。」
 チンピラもどきに絡まれていた二人が、礼儀正しく頭を下げるのに気付いて、オレたちは振り向いた。
うんうん、無事で良かったね。
見ると、何だかとっても可愛らしいカップルだ。美男美女…というにはちょっと幼いが、美少年美少女カップル。あるトコにはあるんだなー、こんな理想的な組み合わせ。不良さんに絡まれるワケだ。
とか思って見惚れてたら、京一がいきなり素っ頓狂な声を挙げ、オレの心臓は危うく口から飛び出すところだった。勿論、くどくどしいけど顔には出てないだろう。
「ま、まさか、本物の───舞園さやか、ちゃん!?」
 えッ!? な、何ですと!!
ああッ、ホントだ本物だ! 舞園さやか1/1スケールフィギュアじゃなくて、本物の舞園さやか! うそー何でこんなトコにいるの?! 「いいとも」のゲストか何か? いやもう夕方だしあれは生番組だよな。
嬉しいなあ〜こんな偶然ってある? ついさっき、さやかちゃんの話してたトコなんだぜ!? 京一、良かったなあ。偶然バンザイ! キッコーマンがお送りします! そりゃ「くいしん坊!万歳」やがな(びし)。
「緋勇さんも、さやかちゃんのファンなんですか?」
 今日の心漫才は仙台放送…間違えた、東京で言うならフジテレビ寄りだよね。なんて冷静に評価してる間に少年が尋ねてきたので、オレは思いっきり頷いた。CDも持ってるぜ。大事にしまってあるぜ〜。
うおッ? ま、眩しいッ。「嬉しいです!」とか言っちゃって、歯をキラリッと輝かせたりして…スゴイ。流石はアイドル。この少年のことは全然知らないけど、さやかちゃんの友達みたいだから、きっとジャニーズとか何かのコなんだろう。ああッ…これなんだよオレの理想の笑顔ー。「にっこりビーム発射! ピカーン!」って感じの笑顔。
よーし、この愛くるしい笑顔を脳に刻み込んでおこう。今日から毎晩、この顔を思い描きながらにこにこマッサージをやろうっと。理想に近づくには、なるべく具体的に理想のスタイルを思い浮かべた方が効果的だって、ダイエットの本に書いてあったもんな!
え? 何でそんなもん読んでんのかって? だって「誰からも好かれるために」って本買ってみたら、美容の本だったんだもん。お陰でついついビタミンとかミネラルを豊富に摂るようになっちゃって、お肌ツルツルですのヨ奥様。って誰が奥様やねんつーかまたも誰に説明しとんねん。
 それにしても、ホントに可愛いなあ、さやかちゃん。顔が小さい…TVで見てた、そのまん〜まな笑顔。すごいなあ、美里と並んで見劣りしないなんて。流石アイドルだよな、うんうん。
「さって…それじゃ、俺たちはそろそろラーメン屋へ行くか。」
 おう…って、ええ? 何だよ、折角さやかちゃんに会ったのに、随分あっさりしてるな京一。
「あッ、もしよかったら、さやかチャンと霧島クンもどう?」
やきもきしてたら、桜井がスパッとナンパしてくれた。流石だなあ。京一すらエンリョしたのに、平気で超アイドルをナンパ出来るのが桜井のスゴイところだ。
 気を遣ってくれたのか、見た目通り素直なコなのか、さやかちゃんはラーメン屋に同行してくれた。
「へへッ、やったな。」
京一が小声で嬉しそうにオレを呼んだので、オレも「やったな♪」という気持ちを込めて頷く。
あとでサインもらおうな。コスモの皆さんのサイン色紙の隣に並べておこうっと。
「へへへッ。ちょっとコブ付きなのが、邪魔かもしんねェけどなッ。」
昆布? あ、コブ…霧島くんのことだな。流石京一、同じアイドルでも女のコの方にしか興味はないか。でもオレは霧島くんのサインも欲しいぞ。
「…いや。…彼にも…用がある。」
京一はビックリしてたようだけど、オレはウキウキと、前を歩く美少年美少女に見惚れながら歩いた。サインは無理でも、握手くらいしてくれるよね♪

 いつものラーメン屋に入ると、普段割と無口で、愛想がいいとはいえない店のオヤジさんが「ひょ、ひょっとして、さやかちゃん!?」とか言って飛び上がった。素早く握手してもらうと、サイン色紙持ってきたりして…案外ミーハーだったんだな。ちぇッ。ちょっと親近感持ってたのに。
京一は、もうすっかり鼻の下のばしてさやかちゃんに見惚れている。ちなみにオレはずっと霧島くんに見惚れてたりする。うーん、ラーメン食ってても爽やかだなあ。
「超アイドル、舞園さやかが、ラーメン───、しかも塩ラーメン、食ってんだぜッ!! 普通、感動するよなッ、ひーちゃん?」
 え? な、何で感動なんだ? 塩ラーメン食ったらヘンなのか? でも、さやかちゃんがトンコツラーメンとかチャーシューメン大盛りとか食べるよりは、ヘルシーっぽくてイイんじゃないかなあ。そんなことない?
首を捻ったら、「さては不感症だな」とか言われてしまった。何でだ。実は塩ラーメンって、オトナの食べ物だったんだろうか?

 腹も満たされて店を出たとき、事件(オレにとって)は起きた。
「ふふッ。霧島くんったら、さっきからずっと蓬莱寺さんに見惚れてたでしょう?」
「さ、さ、さ、さやかちゃんッ!!」
あ、やっぱそうだったのか。チラチラ京一の方見てるなーとは思ってたんだよね。ってことは、ええと、京一はさやかちゃんを見てて、霧島くんは京一を見てて、オレは霧島くんを見てたのか。三角関係ってヤツだな。ちゃうやろ。
 顔を真っ赤にした彼は、慌てたように「違うんです、ただ格好いいなァとおもって…」とか言い出した。
うんうん、京一ってカッコイイだろッ。へへへッ。
あんまりカッコイイから、オレも京一の笑い方「ヘヘヘッ」とか真似してるんだ〜。まだ心の中でだけだけど。
あと、台詞に小っちゃい「つ」が入る時「っ」じゃなくて片仮名の「ッ」になるように気を付けたりもしてる。
え? 違いが解らん? 「えっ?」て言うのと、「えッ?」て言うのでは、カッコ良さが違うやろ! びしッ! ほらね、ツッコミも鋭い感じになるし。
オレが心の漫才講座を開いてるウチに、何故かみんなは「そんなバカな」とかツッコミ入れていた。何でだ。霧島くんは正しいぞ。「新宿、真神一のイイ男、超神速の木刀使い・蓬莱寺京一様とは俺の事よ!」なんて決め台詞、ヒーローじゃなかったらキマらないぜ?
「蓬莱寺さんに憧れるの、ヘンじゃないですよね?」
そう尋ねられたので、オレは思いっきり頷きかけて、そういや「じゃないですよね?」って質問には気を付けないといけないんだったと思い出して、一生懸命声に出して応えた。
「…ああ。…オレも…尊敬してる。」
嬉しそうに霧島くんが笑ってくれた。へへへッ。
 正当な京一ファン仲間が出来て、オレもそこまでは嬉しかったんだが…

「そのッ…、あのですね───、京一先輩───ッて、呼んでもいいですかッ!?」

 ────────ッ!?!?

「えェと、そりゃあ、まァ…これといって、ダメな理由もねェが…。」
「ボクのことは諸羽って呼んでもらって構いませんからッ。」
 ………………ッ!!!

 そ、そんな…だって、オレ、知り合ってから「龍麻」って呼んでもらえるのに1ヶ月、「京一」と呼べるようになるまで4ヶ月かかったんだぞ!?
オレなんか京一の一挙手一投足に気を配って、毎日毎日一生懸命おもてなしして、やっとトモダチらしくなってきて、そろそろ親友の域に差し掛かってきたかどうかって辺りなのに、キミは会ったその日にその笑顔で、もうその座を奪おうとしてるんだな!?
…霧島くん。羨まし過ぎてちょっとジェラシックパーク。って何だかツッコむ気も起こらないようなアホなダジャレに益々落ち込みそうだ。
「それより───えェッと、霧島。中野の帯脇ってのは、お前らの知り合いか?」
 …あ…。
う…。い、イカン…。オレったら…
「やーい、諸羽って呼んでもらえないんでやんの♪」と…よ、喜んでしまった…がーん。

 あまりの出来事にクラクラしながらも、みんなについて歩く。
オレ…自分ってニブイくて口も頭も幽霊にも高い所にも蛇にも弱くて取り柄なくて見た目怖くてホンット最低なヤツだと思ってきたけど…
それでも、こう、なんてのか、根性だけは真っ直ぐなつもりだったんだ。どんなに苛められても仲間外れにされても、九角みたいに逆恨みして悪いことするようなヤツよりは、マシだと思ってきた。
だけど…こんなことで、今日初めて会ったばっかりの、それも爽やかで可愛くてオレの理想みたいに思ってた人を…妬むなんて。
こんなイヤらしいヤツだったなんて、自分でもショックだ。
 落ち込んでいたら、気味の悪い男がいきなり声を掛けてきた。
なんだ、この緑のトサカ。ニワトリ? 夜店で売ってるカラーひよこがそのまま大きくなったかのようだ。なんかクネってるし。
ニワトリ男は鼻を鳴らしながら、オレたちを睨み付けた。全員の名前を一つずつ呼んでいく。アンタさっきのチンピラが言ってた「中野の帯脇」だろ? 中野ってどこか知らないけど、新宿じゃないんだよね。なのに、よく知ってんなあ。ま、みんなそれだけ有名だってことか。
「そっちは誰だァ? 俺様のデータベースにゃねェぜェ?」
うッ…ま、まあ、オレ転校生だしな…。でも半年以上経ってるのに…。それでなくてもショック受けてんのに、一人だけ真神の人間じゃないみたいに言わなくたって…うう。
「オレは…緋勇龍麻だ。」
いえ、緋勇龍麻と申します…器の小さいケチな野郎ですが、以後お見知り置きを…。とか言いたいとこだけどな…ふッ。
「てめえも抹殺リストに載せる」とか言ってやがる。はいはい、頼むぜ。オレの名前もそのベーブルースだかデートコースだかに入れておいてくれよ。はァ。
「ボクのコト、男女だって。むかつくヤツッ!!」
いやまァ、それは言い得て妙だと思ったけど…って、口に出せたらオレでも桜井に、あのグーパンチツッコミもらえるのかなあ…。…ううう。

「皆さん…ご迷惑をおかけして本当にすみませんでした。」
「別に、お前が謝ることはねェよ。」
 トサカ男が去った後、何故か謝る霧島くんに、京一が優しい言葉をかけている。
そういやさっき、帯脇ってヤツはさやかちゃんのストーカーで、霧島くんは奴から彼女を護ってやってるんだって言ってたな。丁度落ち込み中で半分しか聞いてなかったんだけど。
 なるほど…あんな気味悪いニワトリ男と闘ってるとは、意外に男らしい奴なんだなあ、霧島くん。
男らしくて、弁舌爽やかで、オトコを見る目があって、しかも笑顔がステキ。
…やっぱ、いいなァ。
「本当に、また遊びに来てもいいですか?」
 ぼんやり霧島くんを見ていたら、おずおずとさやかちゃんが質問してきた。お、おう。勿論ですとも。トサカ男が襲撃してきたってオレたちが護ってあげるから心配すんな。
そうそう、そうなんだよ。オレ、化け物には慣れてるのよ。ああゆうキモいのは任せてよ! うん、もう、それだけ取り柄だからさ!
だからってワケじゃないけど、オレと…い、いや、せめて京一と、トモダチになってくれよな。なッ。
という気持ちを込めて「いつでも来い」と言ったら、さやかちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。可愛いなーやっぱ。ヘヘヘッ。
少しホッとした。そうだよ、オレにもこうして認めてもらえる取り柄、あったんだ。
 にこやかに去っていく二人を見送りながら、オレは気持ちを切り替えた。
とりあえず、京一の機嫌は直っただろう。さやかちゃんとはトモダチになれたし、何だかすっかり霧島くんを弟子にしてしまったようだし。
 霧島くんのことは…まあいいや。何しろオレと彼は同じ人に憧れる、いわば仲間同士なんだもんな。
霧島くんがオレと違うのは、素直に感情を表現出来るってことだ。オレだって言えるもんならとっくに京一ファンクラブの一つや二つや三つは作ってる。って三つも運営できひんっちゅーねん。びし。
羨むだけならともかく、それを妬むなんて間違ってる。
大体、もしこのまま京一と霧島くんが親しくなったら、「あの理想の笑顔と爽やかな喋り方を会得すれば、京一の親友になれる」って証明することになるんじゃないか。つまり、オレの目標として正しいというワケだ。…そうだよ!
よし! あの笑顔を目標に頑張れ! そんで、さっきみたいな情けない嫉妬は絶対するな! 己の矮小さを反省し、霧島くんが京一と仲良くなれるお手伝いでもしろ!
 自分を叱咤激励しつつ、オレは家へと足を向けた。京一は来ないようだった…ちぇ。
今日はにこにこマッサージ、1.5倍(当社比)やろうっと。

2001/04/15 Release.

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