拾六
ノ後

蛇人間よ永遠に

 大変だ。
大変なことになった。
大変たいへんたいへんたいへんたい変態…いや、高見沢の天然ボケをパクってもしょーがないぞオレ。
そんなことより何が大変なのかというと、なんと数年前に…い、いや確かに「前編」から既に5年経ってるけど一応オレ的には昨日だ、き・の・う!
コホン。
えー、昨日知り合ったあの霧島くんが、大怪我をして桜ヶ丘に運び込まれた、と高見沢が知らせに来たのだ。
よりによってあの桜ヶ丘に…!
あんな爽やかでステキな少年が、あの院長先生の前に出されて無事に済むワケがない。
美味しく食われてしまう前に助け出さなくちゃ!
オレ達は急いだ。
相当の重傷らしいが、美里と高見沢が居れば何とか助かるに違いない。
「霧島…」
 隣を走る京一が、微かに呟いた。
流石に霧島くんが心配なんだろう、今日は「桜ヶ丘には近寄りたくねェ」なんて言わない。
そうだよな。あんなに慕ってくれた後輩だもんな。
 何だか胸が痛む。
勿論、今回のことは多分あのカラーニワトリ野郎が悪いに違いない。何をしたのかは分からないが、オレが悪いんじゃない。
だけど、つまんない嫉妬なんかしたせいで、霧島くんに悪いような、罪悪感みたいなのがあるのだ。
オレが捻くれたこと考えたせいで呪われたとか悪いことが起きたとか、イヤ勿論そんな筈はないんだけど、でも万が一ってこともなくもないかも知れないような気がして仕方がない。
それでなくとも今回は、オレの昔の所業でヘビに呪われてるって話かも知れないんだし。
「あの野郎、許さねェ…霧島に何かあったら…ッ」
う…ご、ゴメン。
たた、多分違うと思うけど、オレのせいだったらゴメン〜。
「…何でてめェが謝んだよ。」
あわわ。
すごい勢いで睨まれたので、慌てて視線を逸らす。
えーとえーと、京一の親友の座を目指してるオレとしては、強力なライバル出現でちょっとジェラシっちゃったりしてね、昔田んぼで何匹かヘビを殺しちゃったこともあってね、だからなんかよく分かんないんだけどもしかしたらオレのせいかなって…
説明出来るワケないわな、こんなヤヤコシイこと。
ごめん京一。いつもの以心伝心で…こんなもんまでは伝わらないか、流石に。
 呆れたのか、怒ったのか、霧島くんのことを考えているのか、京一もその後は黙ったままだった。また失敗しちまったかな。しくしく。

 桜ヶ丘に着いた。相変わらず普通の妊婦さんが全然いない産婦人科だ。
でも院長先生に診察されたら胎教に悪そうだし、仕方ないのかな。産まれる前からトラウマになったり、産まれるの怖がってなかなか出てこなかったりして。ワハハ。
でも高見沢なら可愛いし、ぽや〜んとしてて癒される感じするし、彼女が一人前になれば人気出そうだ。
そしたらこの診察室にも妊婦さんや子供が溢れて、オレ達浮きまくりだよな〜。こんな風に出入りしたら「なに、あの学生さん。若くしてパパになっちゃったのかしら」とかヒソヒソ言われたりして恥ずかしいだろうな…京一も恥ずかしがってたもんな。
 と、桜ヶ丘病院の未来について考えていたため、突然奥から出てきた先生の声に気付くのが遅れた。
「逃げろ、緋勇!」
へ? なに?
ニゲロ…え? 逃げろ??
気付いた時には既に、なんか白くて気味悪い煙みたいなのが目の前に…うわッ?
ななな何だ!? シュルシュルっとオレに巻き付いてきたぞ?? 人懐こい煙だな。
 …ギャーーーーーーッ!! へへへへへヘビーーーーーーッ!?!?
うわわわ、何だコレッ!?
目の前にいきなり「恐怖! 蛇人間!!」て感じの化け物が現れ、呻り出したのだ。
ど、どこの見せ物小屋から逃げ出したんやキミ!
邪魔がどうのこうのって何だよ? 邪魔なんかしてません、キミが勝手に絡んできたんやん! 何もしませんから出ていってー! もー泣くぞー! 心の中でだけど。

 ───!!
 ───ウ…ツ…ワ…?

 は? クツワ虫? そ、それが食いたいのか? とと、取ってきてやるから、こんな都会に生息してるのか知らないけど探してくるから、早く出て…

 ───何だ…、この氣はァァァ!!
 ───ひぎゃあああああああァァ!!

 ぎゃッ!! 痛だだだ…
あー、耳の鼓膜破れるかと思った。って別に直接耳に聞こえてたんじゃないのか、今のは。
 …あれ? 居なくなった…のかな。良かった〜〜〜〜
「龍麻くん!!」
美里…みんなも無事か。
振り向くと、京一がオレの肩をガッシリと掴んでいる。
あ、そうか! お前があの化け物を追っ払ってくれたんだな?
助かったぜ〜京一! 流石は真神一のイイ男!! その辺のチンピラどころか、蛇の呪いまで裸足で逃げ出すんだ。
霧島くんじゃないけど、ホントかっこいいぜ! よッ日本一!

 院長先生が教えてくれた話によると、どうやら今のヘビ人間は霧島くんに取り憑いてたらしい。
その彼は、先生の治療と、たまたま通りがかった誰かのお陰で助かったんだそうだ。良かった〜。
そっかー関西弁の人か。やっぱ関西人はいい人が多いんだな! うんうん、流石は憧れの土地。オレもその人にお礼言えたら言いたいな。「オレの息子を助けてくれてありがとう」とか言って「いくつで産んどんねん!」とかツッコまれたら「オレが産むワケないやろ!」と逆ツッコミ入れたりして…あーウットリ。
 心漫才ドリームはおいといて、結局ヘビの呪いだったのか。
これってやっぱりオレが干からびさせちゃったヤツらなのかな〜。でもヘビのヤツも昨日知り合ったばかりの人に取り憑くこたーないよな。
 変なの、と思っていたら、院長先生がもっと変な話をし出した。
ヤマタノオロチ伝説ね、知ってる知ってる。
百人目の生け贄に選ばれたイザナミを救うために立ち上がったイザナギが、オロチ退治をするんだよね。八岐大蛇の手下と思われてた白オオカミが、イザナギを助けて力尽きて、それで神木村の人々は像を建て感謝を込めてこう呼んだ。「大神」と…ってそんな未来のゲーム、オレが知っとるワケないやろ! コラコラ!
 未来からの電波にツッコミを入れてる間に、院長先生はあの帯脇ってヤツがそのヤマタノオロチじゃないかと言い出した。
うーん。いくら気持ち悪いトサカ野郎でも、首は八本も無かったしなあ。
まあ言われてみれば、さっきの変な煙に絡まれてる時見えたのは、ニワトリ野郎に似てたような似てないような気もするけど…はッ。あのトサカはよく数えてみると、八本に分かれているのかも。それで八股なのか?
「行かなくちゃ……。僕は…、学校へ…」
え!? き、霧島くん!?
 ドアの向こうから出てきたのは、なんと絶対安静の筈の霧島くんだった。大丈夫なのかな。まあ、意識が戻ったのは何よりだけど。
慌てて京一が駆け寄り、その身体を支える。
「さやかちゃんが…帯脇に…」
そ、そうか! 霧島くんが倒れた今、さやかちゃんはあのストーカー野郎の前に無防備なんじゃないか。
こりゃ大変だ。
このままじゃ明日のワイドショーに「超人気アイドル、ストーカーに襲われる!」とか出ちゃう…って何の心配してんだオレ。
「京一先輩…、緋勇さん…、さやかちゃんを、助けて……。」
「霧島───!!」
 力尽きて崩れおちた霧島くんに軽く触れ、院長先生が珍しく真剣な顔で高見沢に指示を出す。
京一も心配そうだ。どうやら、やっぱりまだ絶対安静だったんだろう。そう思って見れば、顔色も真っ白じゃないか。
こんな死にかけてるような状態なのに、それでも必死でさやかちゃんを護ろうとしてたんだ。
霧島くん…
なんて…なんてカッコイイんだろう。
なんて男らしいんだろう。
 やっと目が覚めた。
こんなにカッコ良くて、男らしくて、でも笑顔が爽やかでさやかちゃんとお似合いの人に嫉妬するなんて、図々しいにも程がある。
それどころか、霧島くん…
「憧れの京一先輩」にだけじゃなくて、オレにも「助けて」って、言ってくれた。
そっか。
それぐらい、あのトサカ野郎は化け物なんだな。
オレに任せてくれるんだな。
…解ったぜ、霧島くん。
京一の一番の仲良しの座は、キミに譲ろう。
い、いや、一番は元々オレじゃなくて醍醐だったか。
じゃあ二番…うーん…醍醐、美里、桜井、アン子ちゃん、翡翠…多分六番目くらいには入ってると思うから、その辺りを譲ろう。
そして、さやかちゃんはキミの代わりに護ってみせる。
だから…
死ぬな。
絶対死ぬなよ。
「せんせ…、そいつのこと、よろしく頼むぜ。俺の大事な…、一番弟子だからよ。」
京一が、滅多に見せない真面目な顔で、院長先生に頭を下げた。
もう、あの情けない嫌な気持ちは沸いてこない。
その代わり、ニワトリ…いやヘビだっけ。帯脇への闘志が沸々と沸き上がる。
京一、大事な弟子のために、弟子にとって大事なさやかちゃんを護ろうぜ。
オレは大事なお前のために、お前の大事な弟子の大事な…えーい面倒くさい! とにかくさやかちゃんを護ってあのヘビ野郎をぶっ飛ばすぜ!!

◎・◎・◎

 オレ達は早速、文京区とかいうところのさやかちゃん達の学校に来た。
こうして事件が起きる度に電車に乗って来るんだけど、毎回違う電車に乗って違う乗り継ぎをするので、サッパリ覚えられない。一体何種類の電車が走ってるんだろ、東京って。
切符売り場でいつも「都営で出ちゃう?」とか「銀座で降りてバス乗った方が早いんじゃねェか?」とか話し合ってるのをボーッと見てるけど、みんな本当によく分かってるよな。オレ、東京に来るまでは新幹線と仙山線とベニーランドのスカイジェットしか乗ったことなかったのに。ってスカイジェットは電車ちゃうやろ。びし。
あの乗り物って大して速くないのに高くて怖くて泣いたっけなー、あれは何歳の頃だろ。まだ泣いたり笑ったり普通だった気がする。
そういや、誰と行ったんだっけな。遊園地になんて、親と行ったんだったかなあ。そんなトコに連れてってくれるような人達じゃないんだよね。図書館とか博物館には、間違いなく親と行った覚えがあるけど。
…と思い出に浸ってるうちに、みんなはさっさと校舎の中に入ってしまった。

 しかし来てみたはいいが、余所の学校だけあってどこに行ったらいいのかサッパリ解らない。
相変わらずアヤシイ電波を感じ取れるらしい美里が、嫌な気配がするとか言ってる。出来ればそれがどこから来るのか、そこまで判ると便利なのに。
 仕方なく、そこらにいた先生らしき人に声をかけた。いや、勿論オレじゃなくて美里がね。
するとソイツは、変なことをブツブツ言い出した。
「キミたち…、僕の王様をしらないかい? 僕らの王様はどこだい? 僕の───、カラスの王様は───。」
唐栖ゥ〜?
あの変なダジャレ野郎のことを思い出してちょっとムカツク。
みんなも同じだったらしく、「唐栖ってあの…」とか言ってる。
はッ。美里が悲しそう。またヤな目に遭ったこと、思い出したんだ。こんなヤツに話しかけてもらうんじゃなかった。
 目の焦点合ってないし、とろーんとした顔で変なことばっか言ってるし、この先生もしかしてノイローゼかなあ。生徒がグレて言うこと聞かなかったり、PTAに文句言われたり、教頭に「キミのクラスの成績はちっとも上がりませんネエ」と叱られたりしておかしくなっちゃったんだろうか。そのうち「僕はカラスだよ〜あハハハ」とか言いながら窓か屋上から飛び降りちまうんじゃないか? そう思うと心配だ。
あのさ、人生辛いことも多いけど、でも食事にありつくのも一苦労で、人間に追い払われるカラスの生活よりは、人間でいるのもいいもんだぜ? だからそんな害鳥に憧れたりしないで…
 と心の中で説得してたら、階上から女の子の悲鳴が聞こえた。あのキレイな声はさやかちゃん!?
この先生を放っとくのは不安だが、さやかちゃんを助けるのが先決だ。オレもみんなを追って走った。
 先生はまだブツブツ呟いてる。
「王様、もう目の前だよ。あの方の創る、獣の王国は───。」
獣の王国を作ってるっていったら東北放送…じゃなくてTBSだな。ってアレは「野生の王国」だっちゅーの。びし。
母が怖がるから殆ど観たことないんだけど、獣の王様っていうとやっぱりライオンなんだろうか。ライオンってカラスは食わないのかなあ。鳥の骨は喉に刺さるから良くないのか。犬科だもんな。って関係ないっちゅーの。しかも猫科だっちゅーの。びし。
心漫才連打は置いといて、とにかく後で戻ってきて、様子を見ることにしよう。
覚えてたら、だけどな。

 階段を昇っていくと、丁度さやかちゃんが駆け下りてくるところに出くわした。
ああ良かった〜。
間に合わなかったら霧島くんに申し訳のしようもなかったよ。
 今まで必死で逃げ回ってたのか、さやかちゃんは青い顔で息を切らしながら
「みなさん…来て…、くれたんですね…。本当にありがとう…。」
と、それでも笑顔を浮かべてお礼を言った。
うんうん、オレ達さ、霧島くんの分まで護ってやるからね。彼と同じようには出来ないけど、でも彼みたいに命をかけてさやかちゃんを護ることは、オレにも出来るから、安心してくれよな。
……さやか。……お前は……オレが…護る。」
よし、頑張って少し長めの台詞も言えたぜ。電車の中で練習した甲斐があった。でも本当は「安心してね、さやかちゃんのことはオレ達が護るよ、霧島くんと約束したからね!」って言うつもりだったんだけど。
「緋勇さん…。」
ビックリしてるな…はッしまった! うっかり「さやか」なんて呼び捨てしちゃったよ! マズイ!!
ああああのごめんなさいさやかちゃん、いや舞園さん? ずーっと前から頭の中ではさやかちゃんって呼んでたんだけど、またこの口が勝手に省略を〜!
「まさか緋勇さんが来てくれるなんて、おもってもみなかったから…。私…嬉しいです。」
さやかちゃんは少し顔を伏せてそう言った。
ラーメン同行したメンバー全員で来たんだけど、オレだけ来なさそうだったのかしら。冷たそうだもんね。しくしく。
怖がらせたかな…。
とりあえず、傍から離れて無害なことをそっとアピールしとくことにした。
あの、でもね、相手がホラ、人間じゃなくて化け物でしょ?
オレは京一や醍醐みたくすごく強くもないし有名でもないけど、化け物相手なら少し自信あるんだよ。
もう今更「ホントはオレって優しくてあったかい人なのよー誤解しないでー」なんて言わないけど、つーか言えないけど、「こういう時には役に立つんだ」くらいには思って欲しいな。


 やっと屋上に出ると、クネクネヘビ野郎が待っていた。
早速トサカの数を数えようと思ったが、クネクネクネクネ身体を揺らすので、うまく数えられない。
数えられないけど、どう見ても八つ以上はありそうだな。やっぱりオロチじゃないや。
「ケケケ、どうせ霧島のヤツは今頃はもう───、」
「へッ、ふざけたコトいってんじゃねェよ。あいつには今、新宿一の名医がついてんだぜ。」
 そうそう、京一の言う通りだぜ! バーカバーカ。
霧島くんはちゃーんと病院にいるもんねー。院長先生はちょっと色々アレな人だけど、多分食べるんなら全快してからだろうし、高見沢もいるから絶対助かるもんねー。
 みんなの台詞に逐一頷いてたら、京一がいつも通りカッコイイ台詞でキメてくれた。
「俺のカワイイ弟分を可愛がってくれた礼は、きっちりしねェとなァ…、なァ、帯脇───!!」
あ〜。惚れる。惚れ直しちゃう。やっぱカッコイイ。
よーし、京一の言う通り、お礼参りでレッツゴー!
 …と気合い入れたはいいけど、勢いよく手下を殴ったら、一発で思いっきり金網まで吹っ飛んで伸びてしまった。
あんな気味の悪い煙で人を呪ったりするヤツなんだし、どんな攻撃してくるのかと思えば、手下も自分も普通の人間じゃないかよ!
 と、とにかく帯脇を殺しちゃわないようにしないと。でも殺さないようにったって、あんまり手を抜くと反撃食らうし、加減が難しい。
それでも何とか普通に殴って動けなくなったのを確認する。ホッ。
こんなことなら化け物相手の方が良かったなと思いつつ周囲を見ると、オレが雑魚一匹と帯脇を倒してる間に、他はキレイに片付いていた。流石だぜ、みんな。
 だが話は、チンピラ一匹退治しました、では終わらなかったのだ。
さっきまで普通のヤツだった帯脇が、ワケの解らんことを言いながら化け物になってしまった。
そうそう、これこれ! さっきの煙の中で見たヤツ。やっぱコイツだったのか。
 うわ〜、ナマで見るとメチャクチャ気持ち悪いなーお前。さっきは「化け物の方がいい」なんて思っちゃったけど、やっぱヘビはキモいしコワイよ〜。
よく見たら、腕がぐにゃぐにゃに後ろ通って変な方向に出てるし。ヨガでもやってるのか?
しかも声まで変わって。お前はナオミか。ってナオミ・キャンベルのエステのCMなんて覚えてる人がいるのか分からんが、随分美容にこだわってるんだな。
 自分のことヤマタノオロチだの、さやかちゃんをクシナダだの言ってるし、お前もさっきの先生と同じノイローゼか。見た目を相当気にしてるようだし、実は繊細なヤツなのかも知れない。
でもみんな気味悪がってるようだから、とりあえずさっさと拳で語って、それから話を聞いてやろう。
 と、戦闘態勢に入った時だった。

「待てッ!! さやかちゃんには…、指一本、触れさせはしないッ!!」

 き…霧島くんッ!?
またまた霧島くん登場で、オレは愕然とした。執拗で済まんが勿論心の中でだけだ。
彼には二度もビックリさせられたなー。ヒーローの素質大ありだよキミ。流石は京一の弟子だぜ。
それにしても、本当にもう治ったのか?
まあ、高見沢の「いたいの〜いたいの〜とんでけ〜ェ」って気の抜けたかけ声の割にはみるみる傷が治るすごい力なら、さくっと治ってもおかしくはないか。
いや、治ってしかも院長先生に食われる前に逃げ出してココに戻ってきたんなら何よりだ。
「霧島くん、怪我は…。」
「大丈夫。さやかちゃんの顔を見たら、痛みなんて、消えちゃったよ。」
「霧島くん…。ごめんなさいッ。私のために…」
「約束したろ? どんな時でも、君を護る───って。」
 二人はらぶらぶ会話を繰り広げている。うひゃ〜熱いねお二人さん。ヒューヒュー。
京一さえ「こりゃ、俺が入る余地はねェなァ」なんて言ってるくらいだ。もう屋上が急にお台場とかいう有名デートスポットになったかのようだ。
そういや「お台場」って東京だよな? どこにあるんだろ。まあ、どこにあるかが判っても、一人で電車に乗って行けやしないだろうけど。というより、車でのデートコースなんだっけか? 電車では行けないのか?
「よっしゃァッ!! 行くぜ、諸羽ッ!!」
「はいッ、京一先輩ッ───!!」
 オレが一生縁のないだろう場所について一生懸命考えてる間に、師弟コンビがビシッと声を掛け合う。
ああ…。
良かったね、霧島くん。
「諸羽」って。
京一に、認めてもらえたんだ。
当然だよな、命かけて彼女護りにきた「男」だもん。
二人の息の合いっぷりにちょっと羨ましいなと思いつつ、オレはヘビ野郎の懐へと飛び込んだ。


 流石に化け物となると強さが桁違いだったので、今度の闘いはちょっと手こずったけど、何とか帯脇を斃すことが出来た。みんなも無事だし、何とか護れたな。良かった良かった。
でもヘビ野郎は、化け物状態から元に戻って何やらブツブツ言ってたかと思うと、いきなり屋上から飛び降り自殺を果たしてしまった。
こうなると思ってたのに。ノイローゼだと判ってたのに、止められなくて後味悪い。
だがみんなで死体を探しても見つからなかったので、もしかしたら死にきれずにどっかに逃げたのかも知れない。
一端助かったんなら、思いとどまってくれるといいけどな。
いくらヘビ野郎でも、さやかちゃんのストーカーでも、死んでいいワケじゃない。ちゃんと更生して明るく生きてくれりゃ一番いいんだから。
 さやかちゃんは、自分の<<力>>が必要な時はいつでも呼んでくれ、と言ってくれた。
これって一応、仲間になってもらえたんだよな?
京一が「俺、明日にも必要かも」なんて言って、みんなを笑わせた。
何とか機嫌直してくれたのかな。
さやかちゃんと、可愛い弟子までゲットしたんだもんね。
オレも微力ながら、ちゃんと霧島くん護ったしさ、これで嫉妬で半分呪いかかっちゃったかも知れないことと、ヘビの呪いにオレも荷担してたかも知れないことと、さやかちゃんのファンじゃないって勘違いさせたこと、全部チャラに…いくら何でも欲張り過ぎか。
 ホッとして力が抜けたらしい霧島くんが、京一に手伝ってもらってヨロヨロ立ち上がるのを、ぼんやりと眺める。
「僕…、カッコ悪いですよね?」
「何いってんだ、バカ。今日、一番カッコよかったのは、誰が見ても、お前だぜ。」
そう言って、霧島くんの頭をポンポンと叩く京一。
「マジでカッコよかったぜ、諸羽。」
「京一先輩…。」
 うんうん、ホントにカッコ良かったよ、霧島くん。
もうキミに「悔しい〜」とは思わない。だってそうやって並んでると、二人はお似合いだもん。
あ、いや、お似合いってのは霧島くんとさやかちゃんに使うべきだろうけど。でも、そうやって隣に居て、互いに背中を預けられる間柄っていう意味で、似合ってる。
 オレもさ、割って入りたいなんてもう思わないけど、ただ…
そういうカッコイイ二人を手助けする、メガネ君みたいな役割でも出来ればいいな。
少年漫画では、主役達を守って密かに死ぬヤラレキャラみたいなの、よく居るだろ? アレくらいなら、オレでも出来ると思うんだよ。

 そんなことを思いつつ、いつも通り一番後ろからのんびり眺めて幸せ噛みしめようと、みんなが歩くのをやり過ごしてたら、京一に留められた。
「あのよ…こいつを救けてくれた事は、礼を言うぜ。俺の計画がずさんだったのも認める。けどなァ、ああいうやり方はねェだろ?」
へ? な、なんのこと??
「身を挺して後輩を庇うって、そりゃァカッコイイだろうけどよ。それでそんな大怪我されちゃ、俺の立つ瀬がねェんだよッ。」
ええ!?
あ、あの、それはその、カッコイイったってメガネ君の一世一代の仕事で、大怪我ったって骨ちょっと折れただけで、オレ痛いの平気だし、どうせ顔に出ないし、大体アレは、二人が攻撃しようとしてるトコに混ざりたくて行ったらたまたまヘビが霧島くん狙ったんで、つい慌てて間に入っただけだし…だからその、もっと余裕があったらちゃんとカウンターくらい食らわせられたのにカッコ悪く殴られちゃっただけだし、あの〜…うう。説明出来ん。
………済まん。…咄嗟に…。」
咄嗟にうまいコトかわせなくてゴメン。
京一…霧島くんを守るのは自分の役目なのに、オイシイとこ持ってったと思ったんだ。違うんだよ、だってオレが何したってカッコ良くはないだろ?
「それとも何か? さやかちゃんの前でイイカッコしたかったのかよ? お前は俺が護る、なんて宣言したくらいだもんな?」
は? さやかちゃん? 何のこと…ああ、そういやそう言ったけど。
…ぎゃ!? ももももしかして、オレさやかちゃんに熱烈アプローチしたように思われてんの!?
ちちちちち違ーう!! 全然違ーう!!
あれはだって霧島くんがオレにも「さやかちゃんを助けて」って言ってくれたのが嬉しくて、霧島くんに頼まれたから護ってあげるねって宣言しただけなんだよー!
…………霧島と………約束…した。」
「え? 僕と?」
「諸羽と?」
…………。」
 …あれ?
京一も、霧島くんさえ覚えてないみたい。
そ…そっか。
あの言葉は、そんな深い意味なかったのか。
京一に頼むついでに、オレがたまたま視界に入ったんでついでに名前呼んだとか、そんなレベルだったのかも。
とほほ。恥ずかしい。
一人で勝手に「頼まれた!」なんて、張り切っちゃって空回りしてただけだったんだ。
 オレは慌ててその場を離れ、早足でみんなの先頭に立った。
うーマジで恥ずかしい〜。こういう時だけは、顔に出なくて良かった気もする。
 …ま、いいや。
みんな助かったし。京一の機嫌は直ったし。霧島くんは助かったし。ヘビの呪いは一応去ったらしいし。
さやかちゃん…は、オレに告白されたと思ってビビッてるかも知れないけど、ま、その場合は頼もしいナイトが護ってくれるって信じてるんだから、恐怖で夜眠れないとかいうこともないだろ。仲間になったんだし。そのうち誤解も解けるやろ。
 …解けるよな。
解けるって、信じたいよな。

 ───あ!
ノイローゼ先生のこと、やっぱり忘れてた。
うーん…あの先生も自然に治ると信じたいよな。
強引だっつーの。びし。
心漫才も決まったことだし、今日はこれでハッピーエンド、ってことにしとこう。
だから強引だっつーの。びし。

2006/07/08 Release.

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