拾七
ノ前

野望達成!?

 前回のあらすじ〜
第二部の雑魚と化した九角の告げた、真の恐怖という言葉をすっかり忘れていた緋勇は、ある日新宿でアイドルのさやか達を救うが、京一に猛烈アタックをしかける霧島に嫉妬してしまう。
数日後、霧島が何者かに襲われたことを聞いた一行はさやかの危機を知り駆け付けるが、さやかを執拗に狙う帯脇という男は、一行の目の前で大蛇に変生したのだった。
ヘビの呪いは自分のせいなのか。京一と親友になる夢はどうなるのか。新たな、そしてより濃い悩みが、この緋勇を覆い尽くそうとしていたのだった…。


 はあァ。困ったなあ。
机の上に置いた、一枚の紙切れ。たかが紙切れ、されど紙切れ。まだなんにも書いてない。
どうしよう…。
「大変よ、大変よォ〜ッ!!」
そう、大変なんだよ…って、おお、おはよーアン子ちゃん。朝から元気だなあ。
「ねッ、龍麻君。何が大変なのか、わかるでしょッ?」
分かってるよ、今日は本当に大変なんだ。これを提出する締め切り日だもんね。A組も同じなのか?
頷いたら、アン子ちゃんは「龍麻君ならそういうと思ってた」と言って、新聞をくれた。あわわ、くれなくてもいいんだよ、オレもうちゃんと買ったんだから。毎回楽しみにしてるんだぜ〜、アン子ちゃんの書く記事って本当にプロみたいなんだもん。特に今回は、体育祭特集だろ? ウチのクラス優勝したし、みんなの活躍がたっぷり書いてあるんだしさ、買わないワケないのに。
このままもらっちゃっていいのか、もう買ったからと返すべきか迷ってるうちに京一が、続いて桜井と醍醐が登校してきた。うーん…まあいっか。前に買ったのは読む用、これは保存用に…って真神新聞マニアかオレは。わはは。
 アン子ちゃんは、この前のヘビ野郎事件のことをずっと調べていてくれたらしい。やっぱりあの時屋上から飛び降りて大怪我でもしたのか、最近はアイツに襲われてる人はいないようだ。良かった良かった。
でも今、池袋ってとこでは別の事件が起きてるそうだ。道を歩いてて突然奇声を発するとか、他人を襲うとか…うーん。都会に生きる人々のストレスって相当大きいんだろうな。
まあ、あのものすごい通勤ラッシュとか、町中の混雑っぷりとかだけでもメチャクチャ疲れるし、それで残業に追われ住宅ローンに追われ、クタクタになって帰ってみれば妻はカルチャー教室、娘や息子には無視される毎日なんだろ? うん、突然わめき散らして暴れるのも無理ないよ。
 でもみんなは何故か、動物霊がどうのこうのと、怖い話に持ってってしまった。お前らホントに好きな、オカルト話。
そういや、あの帯脇とかいうヤツもヘビに乗っ取られたとか元々ヘビだったとかいう話だっけ? てことはホントにオカルト? やだな〜また幽霊話かよ〜。
 結局、放課後にミサのトコに行って話を聞いてみよう、という約束をしてその場はお開きになった。ミサは喜ぶだろうな…うう、ミサのことは前ほど怖くなくなったとはいえ、やっぱあの部屋には近寄りたくない。絶対気のせいだ、気のせいだと自分に言い聞かせてはいるんだけど、あの部屋に置いてあるドクロとか気味の悪い人形とか、時々目が動い…いやいや、だから気のせい。気のせいじゃなきゃイヤダ。オレは何も見てないぞッ。
「おはよう、みんな。それでは今日もH.R.を始めましょう。今日は2度目の進路調査票を提出してもらう日ですが───
 マリア先生の言葉で現実に引き戻されたオレは、密かに溜め息をつきつつ、空白のままだった回答欄に「保留」と書き殴り、後ろから回ってきたのと合わせて前の席に手渡した。
はァ〜。
ホント、進路どうしよ。

「さてと、かったるい授業も終わったし、一緒にメシ食おうぜ、ひーちゃん。」
 お、来たな。待ってました。
京一はこうして、4時間目に教室に居た時とかはメシに誘ってくれるんだよね。ま、そうでない時は大抵、体育館裏の木の上に弁当持ってけばいいんだけど。
「応よッ京一! 今日は弁当作ってないし、誘ってくれたお礼にお前の分のパンも買ってくるぜ。何がいい? やっぱカレーパンと焼きそばパンか? ヘヘヘッ。」
…という思いを込めて大きく頷いた。ふう…せめて最初の「応よッ!」くらい口に出せないと、いくら京一でもオレがこんなに感謝してる気持ちは、全然伝わりゃしない…
「おうッ。それでこそ、親友だよなッ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
───ちゃん? マリアせんせがお呼びだとさッ。」
 …はッ。
おッ…思わず気絶しちゃってたかオレ!?
きょきょきょ、きょ、京一。あのさ、あの…今オレ、あのオレ、いやもしかしたら空耳かも知れないんだけど、あの…オレのこと…オレのこと…し、し、し…

 し・ん・ゆ・う

なーんて言ってくれたりしたような気がしたなんてことは…夢? これ、また夢か? すっげーリアルな夢? いや、きっと空耳だ空耳。しょーがねーなーオレったら、いくらそう言って欲しいからって、こんなハッキリ幻聴が聞こえるなんて。
「何やったのか知らねェけど、さっさと済まさねェと、メシ食う時間がないぜ。なんなら、一緒に行ってやろうか?」
え? 何? どこに行くって…あ、ああ、マリア先生が呼んでるって言ったんだっけ。
先生の用は、多分アレだ。「保留」としか書いてない、進路希望のこと。
いやもーマジで困ってるんだ、頭悪い上に事件続きで全然勉強してないから、今から受験なんて絶望的だろ? マリア先生にもよく呼び出されては叱られてるくらいだから、内申書も期待出来ないだろ? かといって、オレに出来そうな仕事ってのも思いつかないだろ? 学校も行かず就職もせずにフラフラするのは、育ててくれた両親に申し訳ないだろ?
あーホントにどうしよ。
 ん? 京一が変な顔してオレを見てる…そ、そうだったな、一緒に行ってやろうかって訊いてくれてたんだった。
って。
ちょっと待て京一。職員室に一緒に行ってくれる、って言ってんの?
だってお前、ここんとこずっと、マリア先生から逃げ回ってたのに、いいの?
 オレの…ため…に?
ホントに…?
やっぱり、さっきのは聞き間違いでも夢でも幻聴でもオラクルでも宇宙からの電波でもなくて、…お前、本当にオレのこと、

 親友

だって…思ってくれてるの…か。
 …何で?
いいの?
オレ、まだ何もお前の役に立ってないのに。少しも親友らしいことしてないのに、お前にふさわしくも何ともないのに、強くもないし面白くもないしボケもツッコミも出来ないのに…?
親友でいいのか? オレなんかが親友で、本当にいいの?
……いいのか…?」
 あ、思わず口に出しちまった。オレのクセに珍しい。どうせならボケとかツッコミを思わず口に出してくれりゃいいのに。
だが京一が怪訝そうな顔をしたので、そうじゃなくて質問に答えなきゃいけないのを思い出した。何度忘れれば気が済むんだっつーの。びし。
「たッ……のむ。」
 一緒に行こうかって訊いてくれたとはいえ、そのご厚意に甘えちゃイカン。京一だって好きで職員室なんか行きたくないと思うし、こんなことしてたら焼きそばパン売り切れちゃうし。
でも…「親友」って言ってくれたのが本当なら…
ちょびっとくらいは、甘えちゃってもいいんじゃないかな、なーんて。
い、いや、勿論京一がイヤなら無理にとは言わないぞ! 京一の様子をよーっく見てだな、ちょっとでもイヤそうな顔や態度だったら、「やっぱりいい」って言って、一人で行こう。
どう? ホントに一緒に行ってもいいのか? 構わないのか? じーッ。
「ははッ。やっぱひとりじゃ不安だもんな。いいぜ、一緒に行ってやるよ。」
……………。」
京一はいつものように、オレの肩をガシッと掴んでニッと笑った。
「心配すんなって。俺が上手く言い訳してやるからよッ。」
………………………。」
 …ホント…に?
ホントのホントに?
オレは。
お前の親友、なの?
だって霧島くんだって居るのに。醍醐だって翡翠だって居るのに…オレ。
京一…オレ…ッ!
神様ーッ!! ありがとーッ!! 京一ありがとーッ!! ふええーん! ちくしょー泣きてーッ! こうゆう時くらい泣かせろコラーッ!! って誰に文句言ってんだコラーッ!
「一体何の用なんだろな。ひーちゃん、なんか心当たりあんのか?」
ふええーんッ…て? へ? あ、ああ、マリア先生のことか、忘れてた。てゆうかもうどうでも良くなってた。てへッ。
でも仕方ないよな。だって、夢にまで見た「京一の親友」の座…うふ。うふふふ。う〜ふ〜ふ〜。
 小さく頷いて、ちらっと振り返ってみたら、京一と目が合った。
真面目な顔で見てるので、なんとなくビビったけど、すぐ「そっか」と言ってニヤリと笑う。
ああ…親友の笑顔ー。ニヤケそう。勿論、ほんの1mmも頬が緩んだりしないだろうけど。
京一、また以心伝心で解ってくれちゃったんだな。だよなー、よく考えたら、いくら京一がすごいったって、全然仲良くない人の心まで読めたりしないよな。オレの気持ちを解ってくれるってことは、オレのこと親友だと思ってくれてるからだって、思っていいんだよな!
そっかそっか。そうやって考えてみれば、こうして肩組んで歩いたり、座ってると後ろから抱きついてきたり、ウチにしょっちゅう泊まって一緒にメシ食ったり風呂入ったり宿題したりしてるのも、親友ならではの行動なんだよね。
なーんだ、そうか。オレもう、ちゃんと京一の親友だったんだ。そっか。そっかー!

「アラ、緋勇クン、───と、蓬莱寺クンも一緒なの?」
「よッ、せんせ!! 勝手にお邪魔するぜッ。」
 よッ、せんせ!! だってオレたち、し、し、親友ですから!
ひゃ〜照れちゃうな〜。口に出して言ってるワケでもないのにコレじゃ、実際に「親友」なーんて単語、言えるかな〜オレ。てへへへッ。練習しなくっちゃな〜でへへへ〜。
「アナタにはきかなければならないことがあるのよ。」
はーい、何でも訊いてくれよ先生! もー今なら何も怖くない…
…あ。
そうだった。進路決まってないんで、叱られに来たんだった。とほほ。
「ふたりとも…、ワタシに何か、隠していない?」
「えッ───?」
 えッ───? 隠し…? へ?
「とぼけてもダメよ。アナタたち……、また、妙な事件に足を踏み入れたりしてないわよね?」
ああ、なーんだ。いつものお説教、鬼退治のことか。進路じゃなかったんだ。
いやー毎度毎度申し訳ないんだけどさ、オレに訊かれても説明出来ないんだって。どうしてもっていうなら三日くらいかけて話してもいいけど、先生もかなりツライと思うぜ? 出来れば美里か醍醐辺りに訊いてくんないかなあ。
そういや親友♪の京一は進路どうするんだろ。そういう話はしたことないな。オレが決まってないのに気付いて、遠慮してるのかも…
なーんてなッ。
し・ん・ゆ・う!だもん、そんな遠慮なんてするワケないか。
だーって〜オ〜レたっち〜♪ しーん・ゆーう♪ だもの〜うふふふ〜ッ。
ま、親友!!の京一のことだ、進路とかどうでもいいから話さないんだろう。多分。
「その高校生活だって、もうすぐお終いなのよ? それに、蓬莱寺クンは、進路だってまだ───、」
ほら、やっぱりね。
なーんだ、我が親友も進路決まってなかったのか。俺達お揃いだな! さっすが親友だよな!
オレも京一のこと、結構よく理解してるんだぜー。親友だから当然だけど。ふふふ。
「わかってるよ、せんせ。俺だって、一応考えてるし、そんなに心配することねェッて。」
 京一は、まだ説教し足りなさそうな先生に「もう帰ってもいいですかッ?」と無理矢理話を打ち切ると、「失礼しまーすッ!!」と言いながらオレの腕を引き、さっさと職員室を出てしまった。
流石だなあ。オレ一人だったら、延々説教食らって昼休み無くなってたかも知れない。
「ひとりで行かなくてよかったろ? ひーちゃん。まッ、感謝しろよッ。」
うんうん、感謝してるぜ! ホント、親・友・の京一が一緒に来てくれて良かった。
「ああ…。」
 何とか言葉にしてマイ親友を見つめたら、京一は少し驚いて、真面目な顔をした。ん? どうし…
「よォ、ふたりとも。やっと解放されたのか?」
と、醍醐が階段から降りてきた。ああ、待たせてたんだっけな、ゴメンゴメン。
「なんだ、来てたのか、醍醐。」
京一もまたニヤニヤ笑って声をかけている…今なんかオレに訊こうとしてたみたいだったけど、もういいのかな? ちょっと気になるけど、まーいっか。大事なことならまた後で話してくれるだろ。親♪友♪だもんね。
「一体、何の話だったんだ? さては、説教でもくらったか?」
いや、京一のお陰で殆どくらわずに済んだんだ。待たせた醍醐には悪かったけど、ホント京一についてきてもらって良かったよ。
「まァ、大したことがなくてよかった。もしかしたら、最近の事件のことで、お前だけが責められてるのかとおもってな。」
醍醐は少しホッとしたような顔で、そう言ってくれた。
心配してくれたんだ…。
あ、あのさ…もしかしたら醍醐、お前もさ、オレのこと、かなり仲のいいトモダチって思ってくれてる?
どっかのサッカーチームのサポーターやってたハゲと闘った時、オレはまだ大して友達だと思ってもらえてなかったけど…あれからもう随分経つもんな。オレ、やっと認めてもらえたのかな。京一に引き続き、醍醐にも。
「まァ、それについては俺達も同罪だからなッ。やっぱり、怒られるときも、みんな一緒じゃねェとなッ!!」
京一はそう言うと、またオレの肩をベシッと叩いた。「やっぱり、醍醐も連れていくべきだったよな。」などと言いながら。
みんな一緒…
みんな一緒。オレと、京一と、醍醐が。
同じ…仲間だから。仲間なんだよな、オレ達…!
くうう〜ッ。ホントに泣きたい。泣けないけど。
「おっと、急がねェと昼休みが終わっちまう。」
「あァ、もうこんな時間だな。早いとこ、飯を食ってしまおう。」
「ヘヘッ、行こうぜ、ひーちゃん。」
お、応よッマイフレンズ!!
ああ…今日は人生最高の日だ。
神様ありがとー! オレにつるむトモダチをくれてありがとー!!

 ウキウキした気分のまま、午後の授業は飛ぶように過ぎた。
今日はこの後、みんなでミサんとこ行って、そのままみんなでラーメン屋に行って、帰りに買い出しして、そうだ、明日は醍醐の分も併せて三人分の弁当作っちゃおうかな! 時々京一の分は作るんだけど、「作ったから食べて♪」って言うのってなんか「一緒に食えよ、いいな? んー?」って脅迫してるみたいで嫌がられるかなーなんてビビって結局持って帰っちゃったりするんで、勿体ないから最近は止めてたんだけどね。
でも親友なんだもん、それくらい言ってもいいんじゃないかな! 親友だから!
 その親友は、相変わらず授業中にぐっすり寝てた上、放課後の約束をすっかり忘れてたのを桜井にからかわれ、漫才を繰り広げている。うふふ…オレもいつか、その漫才に混ぜてもらうんだ。だって親友だもんね。親友にならボケもツッコミも言えるよ…うふふふ〜。
「龍麻、まさかお前も忘れてたんじゃないだろうな。」
「あら、そんなことないわよね。龍麻くんは、ちゃんと覚えてるものね?」
当ッたり前だろ、二人とも! みんなとの約束を覚えてないワケがない。みんなで行けば怖くない! 行き先がたとえ霊研でも。
「そうよね。龍麻くんが、約束を忘れるはずないわよね。」
「ちェッ、美里の前だからって、格好つけやがってよォ。本当は忘れてたんだろう? なァ、ひーちゃん〜。」
し…しまった。親友の京一が忘れてたんだから、オレも忘れてたフリしてりゃ良かった。もしかしたら桜井に「流石は京一の親友!」なんてツッコミ(?)もらえたかも知れないのに。
こんなことで「やっぱ親友やーめた!」なんて京一は言わないと思うけど…いや、油断しちゃダメだ。
親友、親友と浮かれてたら、トモダチに降格、どころか絶交されたりするかも知れない。気を引き締めて、今まで通り努力していかなくちゃ。

 と、決意したところで、霊研にやってきた。
見ないぞ。棚のドクロとか人形とかは絶対見ない。なんか動いた気がしても絶対見ない。
「うふふ〜。待ってたのよ〜。ひーちゃんに、京一く〜ん。」
お…応。き、来たぜ、ミサ…ってやっぱちょっと怖いんだよお前〜。も少し普通に…無理か。オレに、朗らか爽やか笑顔で「やあみんな! 待ってたよッ!」と挨拶しろって言うようなもんだもんな。
それにしても、毎回毎回まだ何も話してないうちから、よくオレらの訊きたいこと解るよな。お前も以心伝心の技が使えるのか?
「でもその前に〜、あたし〜も、ききたいことがあるの〜。」
「なッ、なんだよ。俺のスリーサイズなら、秘密だからなッ。」
「知ってどうすんだ、そんなもんッ!!」
ぷぷ、京一のボケに素早い桜井のツッコミ。相変わらず見事だぜ。なんか、霊研の雰囲気まで少し明るくなったような…
「うふふ〜、それはもう知ってるからいいの〜。」
「な、何ィッ!?」
プッ。ミサのヤツめ、京一と桜井の漫才に上手に混ざって、ちょっと羨ましいぞ。オレも早く混ざれるようになりたいなあ。
「ねェ〜、ひーちゃんは、憑き物、って知ってる〜?」
 ん? 知ってるけど…白菜とかキュウリとかを、塩や味噌で漬け込んだものだろ? 何でそんなもんが関係あるんだ?
オレが理解出来ないでいる間に、さっき話してた池袋に行って漬け物石とやらを退治しよう、って話になったようだ。漬け物石倒してどうすんのかなあ。それでノイローゼの人が居なくなるの? あのヘビ野郎も漬け物石のせいって、もしや漬け物に人を操る毒でも入れてんのかな。メトロン星人みたいなヤツだ。
そんなのが出るってことは、池袋って漬け物の名産地なのか。池袋漬けとかいうのかな…いや、東京だからもっとカッコイイ名前?
「ひーちゃん。気を付けて行ってきてね〜。」
 分かった。気を付けて、怪しい漬け物は食わないようにするぜ。
土産を楽しみにしてるって言ってるし、早く事件を片付けて、美味しい安全な漬け物買ってきてやろっと。

 校門を出たところで、霧島くんと出くわしたので、オレ達は一緒に池袋に向かうことになった。
あのヘビ野郎が、漬け物食わされてああなったんだとしたら、真の敵はその漬け物石ってことになる。彼にも無関係じゃないからだ。
それに、霧島くんは学校も違うし、こういう機会でもないと、オレ達…てゆうか京一と一緒に居られないしな。
へへへ、もう女々しい嫉妬なんかしないぜ。だってオレ、親友なんだもの。
親友と、親友の弟子が仲良くするのを、暖かく見守ってこそ、度量の広い男ってもんさ。
「そのかわり、自分の身は自分で守れよ!」
うくく、あーんなこと言っちゃって。
桜井もツッコんでるけど、京一って優しいしトモダチ想いで仲間想いなのに、口では悪く言ったりするとこあるよね。
最近分かってきたんだけど、もしかすると実は京一って…照れ屋さん?
ぶわーはっはっはーッ!! あーははは!!
くく、腹が痛い〜。顔には出ないんで余計辛いよ〜笑いてェ〜!
 と、京一がチラッとこっちを振り向いて、口を尖らせながらまたプイッと前を向いた。
以心伝心でオレが笑ってんの気付いちゃったのかな。てへへ、悪い悪い。
でも怒ったっていうより、やっぱり照れてるみたいだ…ぷぷ。可愛いなあ、オレの親友は。

 さて、そんなこんなで霧島くんも連れて池袋というところにやってきた。
新宿もスゴイけど、ここも人出が多くて混雑してるな…帰りの電車はまたラッシュかなあ。考えただけで気が重い。
 それはともかく、変わったところは別に何もないみたいだ。京一の推測だと、行きゃ分かるんだと思ってたのに。
それでも、いつもの電波を感じ取った美里と、美里だけじゃなくて今回は醍醐も、「何かいる」とか「憎しみを感じる」とか言うので、適当にふらついてみることになった。
「まず、どっちへ行ってみっか?」
そうだなー。特に当てがないんだったら、オレ「サンシャイン」ってのに行ってみたいな。なんか賑やかそうだし、それにその名前はどっかで聞いたことがある。サンシャイン60だかコバルト120だかいう建物があるんだろ? きっと「サンシャイン漬け」とか売ってるんじゃないかな、オレの予想だと。
 …ところでこのままスルーしようと思ったけどコバルト120は建物ちゃうやろ。ショッカーの開発した恐ろしい武器やろ。びし。と一応説明しておくね。だから誰にやねん。びし。

 サンシャイン通りはまたえらく混んでいた。
駅から分かれた道が、妙にナナメだったり細かったりしててヤな感じだ。万が一みんなとはぐれたら、オレ多分帰れない。
絶対はぐれないぞ〜と必死で醍醐の頭を追っかけてたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「待ってください!! ──────みなさん!!」
おお!? さやかちゃんだ!
 ここから近いのかどうかよく分からんが、赤坂でレコーディングした帰りだというさやかちゃんは、みんなと挨拶を交わした後、オレにも声をかけてくれた。うーん、相変わらず可愛いなーさやかちゃん。
「龍麻さんも、お久しぶりです。お元気ですか?」
……ああ。さやか…も、……元気そうで。…良かった。」
 必死でボソボソ呟くと、さやかちゃんは「ふふふ」と恥ずかしそうに笑った。
「そんな風にいわれたら、私…照れちゃいます。」
ええッ!? おおおおオレ、そんな変なコト言ったっけ!? ふふ、普通にご挨拶だったよね? 「元気そう」も「良かった」も、エッチな意味には聞こえないよね!?
はッ。そうだった、うっかりまた「さやか」って呼び捨てにしちゃった。そのせいか?
オレのことをいきなり名前で呼んだ時はビックリしたけど、芸能人って大して仲が良くなくても名前で呼び合ったりするらしいから、そんなもんなのかな、それならオレもこのまま名前で呼んでもいいのかな、と思ってたんだけど…やっぱ「ちゃん」くらい付けなきゃダメかな。うう、練習し直さなくちゃ。
 でも、さやかちゃんに名前で呼んでもらえるなんて、夢みたいだよなあ。京一なら、きっとこの気持ちを解ってくれるよな?
「用事が済んだなら早く帰った方がいい。」
あれ? 京一、さやかちゃんに折角会えたのに、随分つれないな。
「この辺はちょっと…、やべェからな。」
そうか。そうだったな、漬け物石が漬け物作って待ってるんだったよな。って言ってみるとヤバくもなさそうな感じだけど。
流石は我が親友、彼女と一緒にいることより、彼女の安全を優先するんだ…男だなあ。お前もそれに引き替えオレときたら、一人で舞い上がっちゃって。反省反省。
「私にも、何かお手伝いできるといいんですけど…。」
 そう言うさやかちゃんに、京一と桜井が仕事の方で頑張ってくれ、とエールを送っている。
そうそう、漬け物なんてさやかちゃんには似合わないぜ。どうしてもって言うならピクルスとか? いや、浅漬けくらいならオシャレだろうか?
 マネージャーらしい人に呼ばれ、さやかちゃんは「それじゃ」と立ち去りかけたが、何を思ったのか、突然オレに「龍麻さん…。よかったら、これ…。」と、何か手渡してきた。
あ、シングルCDだ…ちょっと待って、何でオレに? てゆうかオレ、これ持ってるよ? 買ったばかりだよ? 「みんなで聴いてね」ってことか?
 ペコリと頭を下げたら、さやかちゃんはニッコリ笑って手を振りながら去っていった。
わざわざ良かったのになあ。今日は何だか「使う用」と「保存用」をよくもらえる日みたいだ。
「やっぱり、カワイイよなァ、さやかちゃんは。」
 ぼんやりしてたら、京一が後ろからのしかかってきた。
何だよー、後からそんなデレデレするんなら、追い返さなけりゃ良かったんだよ。京一と霧島くんで護ってあげれば絶対大丈夫なんだし、そしたらオレももっとさやかちゃんに見惚れてられたのに。本人の前だからって、カッコ付けたりしてさー。
…ま、そこがイイんだけどね、オレの親友は♪
 オレの気持ちがまたまた通じたのかどうか、京一はポンポン、とオレの肩を労るように叩いた。
さやかちゃんのことは残念だったけど、それでもオレは充分幸せだった。

 まさかこの後、更に運命の出逢いが待っているなんて、思いも寄らなかったのだ───

2006/11/05 Release.

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