之七

表・斜影

 ええと、ニンジンと。タマネギと、あッ長ネギも安いから買っとこ。…じゃなくて、今は急いでるんだから、必要なもんだけでいーんだぞ、オレ。待たせちゃ悪いしな。

 昨日電話で、様子を見に来ると言われたときは驚いた。
まあ、盆に帰らなかったもんな。一人で何やってんだとか、怪しんだのかも知れない。
オレとしてもこの時期は、毎年本当の母の墓参りをしていたので気にはなってたんだけど、いつまた鬼道衆が暴れ出すか分からないと思うと、帰るに帰れなかったのだ。
 久々の対面なせいかなあ。なんか痩せたよーな縮んだよーな。オレが居ない方が心配の種が減って楽だろうと思ってたんだけど、却って心配かけちゃってるんだろうか…。
 昼は手っ取り早くソーメンにでもしようと思ってたんだけど、焼きそばにしよう。肉とか野菜とか色々多めに入れてだな、あと夜は少し豪勢に寿司でも食べようって言ってみるか。
元々全然贅沢しない人だから、折角の機会だし、東京見物でも連れてってやりたいんだけどな。
オレが案内出来る東京の名所って言うと…芝プールとか、青山霊園とか、江戸川の地下の洞窟とか旧校舎とか…全然ダメやんけ! せ、せめて中央公園とか…でも、そんなとこ案内したって、気の利いた解説が出来るわけもないしなあ。
 そうだ、京一に頼んでみようかな。色々なとこ知ってそうだし。

 そんなことを考えながら、買い物を急いで済ませて部屋に戻ると、二人は結構楽しそうにお喋りをしていたようだった。
 母は「久しぶりですもの、私が作りましょうか。」なんて言ってくれたけど、オレは断った。
気にしないで、ゆっくりしててくれよ。来たばっかで疲れてるだろうし。オレ、こう見えても随分料理得意になったしさ、ちゃんと美味しく作れるんだぜ? 自分では、結構ウチの料理の味付けに近いと思うんだ。
それより、話弾んでるみたいだし、色々京一に話聞いててくれよ。オレよりは、あの変なオニどもの話とか怪しい事件とか、うまく説明してくれるだろうし。ホントにワケ分かんないことばっかり起きるんだぜ、東京って。
 キャベツを切りながら、後ろで京一が笑い話なんかしてるのを聞いて、オレも笑った(無論心の中でだ)。
流石京一だよなあ。おお、ウケてるウケてる。オレと話すときとは違うなー。声上げて笑ったりするんだなあ。…えへへ。良かった…。京一来てくれて。
「いやーホント、あん時はビビッたよなァ、ひーちゃん?」
……ああ。」
「まあ…うふふ、面白いお友達ね、龍麻さん。」
 焼きそば食いながら、京一は色々な事を話した。
学校であった事、トモダチの事。面白おかしく喋ってくれて、母も楽しそうだった。
でも、事件のことは触れないようにしたみたい。そうだな、よく考えたら「鬼と闘ってる」なんて言ったらビビらせるだけだよな。
 ま、鬼道衆斃したら、いくら東京でもこんな変な事件ばっかり続かないんだろうし、そしたら家に帰った時にでもゆっくり話そうっと。…話せるかどうかはともかく。

「…それじゃあ、私ももう帰りますね。」
へッ? マジッ!?
 京一が帰ってしばらくした後、「夜ご飯どうする?」って訊く練習をしていたオレは驚愕した。ええ、勿論顔には出てませんとも。
そんな、嘘だろ? だって朝10時に来たばかりでさ、まだ疲れてるだろうに、また新幹線乗って? 4時間はかかるんだぜ、自宅まで。
止めとけって、だってアンタちょっと遠出すると貧血起こしたり熱出したりするやん。布団一つしかないけど今干したしさ、オレ床に寝るの慣れてるしさ。
一生懸命口に出そうとしたが、イマイチ言葉にならない。もー、早く言えよオレ! ホラ、もう帰り支度が着々と…ああ、バッグ持っちゃって。お母さん…あの、オレ…
「今日は、来て良かったわ。龍麻さん、一人でもちゃんとしてるみたいだし。良いお友達もいるみたいだし…。」
 う、うんうん。その辺は安心してくれ。オレ、東京ではいっぱい友達出来たんだよ? みんないい人ばっかりで。あっそうだ、花見の時の写真とか見せれば良かったなあ。
って、そんなことより、早く引き留めないと。もう靴履いちまってるしっ。
「もう少し休んでいけ」と言いかけたら、先に喋り出されてしまった。
「…でも、たまには…一月に一度くらいは、電話なり手紙なり下さいね。お父さんも心配なさってるのよ。」
 それじゃ…と頭をちょっと下げて出ていくのを、慌てて追う。
せ、せめてじゃあ駅まで。東京駅まで送るよ。…はあ、結局どこも見せてあげられなかったな。
 でも、母はエレベーターの前まで来たところで、オレを遮ったのだった。
「大丈夫よ。その辺を少し見て、のんびり歩いて帰りますから。気を遣ってくれて有り難う、龍麻さん。それじゃ、お元気で…。」
…………。」
 …そっか。…そうだよね。折角東京来たんだし、ア○タで買い物するとか、一人でのんびりお土産とか選びたいよね。…うん。
エレベーターに乗り込んだ母に、深々とお辞儀をした。無理矢理口を開いて「気を付けて」とだけ言った。…扉が閉まる直前だったから、間に合ったかどうかは解らない。

 そうなんだよね。
オレ、お母さんとは全然血のつながりないんだ。お父さんは実の伯父だけど。
…だよなァ。いくら息子っていったって、赤の他人の部屋に泊まりたくないよな。それもこんな、一緒にいてもロクに喋れない面白くないヤロウだし。
 …京一みたいな息子だったら、きっと…。
さっき楽しそうに笑っていた顔を思い出して、頭をブルブル振った。
いーんだ。オレ嫌われてるワケじゃないもんな! …多分。だって、心配してくれたもの。わざわざこんなトコまで様子見に来てくれたもの。電話ちょうだいって言ってたもの…。
 ベランダに出て、母の姿を探してみたが、裏側の道を行ったのか、見あたらなかった。
そのまましばらく、ぼんやり夕焼けの残る空を眺めた。日はとっくに沈んでいるけど、空が真っ暗になるまでにはまだ間があるらしい。生ぬるい、排気ガス臭い風が吹き抜ける。
 …京一みたいに、出来たらなあ…。
かなり無謀な想像をしながら、オレはいつまでもぼーっと立ち尽くしていた。
…ええやんけ。想像するだけなら、バチも当たんないだろ…。多分。

2000/01/15 Release.