拾四
ノ前

京洛奇譚 (上)

「…お前らにここに来てもらったのは、他でもない。ひーちゃんと美里のことだ。」
 昼休み、昼食をとったあとでこっそり醍醐と小蒔だけを呼び出し、いつもの屋上で京一は話を切り出した。
 ここ数日、龍麻は随分と穏やかに日々を過ごしている様子だった。
鬼道衆を斃しただけでは、まだ本当の平和は訪れていない。他ならぬ龍麻の態度から、そのことを察した京一であったが、それでも、多少は緊張を解いている様子を見て、今こそチャンスだと思い立ったのである。
「今まで、鬼道衆だ何だと落ち着く暇もなかったけどよ。今なら安心して、ひーちゃんも本音を吐けるんじゃねェかと思うんだ。だからよ、ちッとあの二人の後押しをしてやんねェか?」
「そ、それは…だ、だが、お前の…いや、龍麻の気持ちはどうなる!?」
「…何焦ってんだ? 醍醐。俺の見立てじゃ、あの二人は間違いなく両想いなんだよ。でも、あと一押しが足んねェって感じなんだよなァ。だから…今日ちょっと、五人でラーメン屋にでも行くフリして、あいつらを二人っきりにしてやったらどうかと思ってな。」
…………きょ、京一…お前…」
何故か動揺している醍醐に、「そうかァ…龍麻クンも…」と頷く小蒔。
京一は更に言い募った。
「まあ、いきなり告白するだの恋人になるだのってこたァないだろうけどよ。たまには二人をほのぼの幸せに浸らせてやりてェじゃねーか。そーだろ?」
「…なるほどね。うん…そうだね、解った! 葵もさ、龍麻クンと二人きりになれたら絶対喜ぶ筈だもんッ。」
「だろッ? よし。…醍醐、お前は?」
……………京一…お前がそれを望むなら、俺に何も言う権利はないが…。…そうだな…。それが龍麻のためにもお前のためにも、一番良いことだな…。うむ…。」
 何やら深刻そうに頷いた醍醐の態度は少々謎だったが、京一はとりあえず手筈を説明した。
「…てなワケで、一人ずつ適当な理由つけて抜けてくんだ。解ったな?」
「おっけー! …でも、何だかちょっぴり気が咎めるなァ。」
「あいつらのためだ、そんなもんは眼をつぶっとけ。後は…他のジャマが入らないようにしねェとな。特にアン子とか裏密とか…」
「あ、アン子なら、明日からの準備で忙しい筈だよ。」
「そッか、撮影班だとか言ってたな。ま、何とかなるか。…よし、そういうワケで、放課後よろしく頼むぜッ。」
「オッケー!」
「お、応。」
 龍麻の心を開かせるためには、頑なに隠そうとしている過去の傷を、まず和らげること。京一はそう判断した。
(それにはまず美里との仲を進展させることだよな。)
二人だけにさせてじっくり話をさせよう。これまで事件続きで、殆ど二人きりになる機会も余裕もなかったが、今なら龍麻も油断している。うまくいけば、その本心を掴めるのではないだろうか。
 何故か胸が騒ぐのを押さえられない。
それが、楽しいからなのか別の理由からか、京一には解らなかった。

「遅刻すんなよなッ。」
「明日、一緒に行こうぜッ。」
「きゃはははははッ。」
 楽しそうに明日からの修学旅行に沸く級友達。それを眺めている龍麻も、どこかリラックスしているように見えた。前髪の隙間から覗く光が、柔らかく凪いでいるのが解る。
「なんだ、ひーちゃん。お前も楽しみでたまんねェッてクチか?」
ちょっとからかうように声をかけると、龍麻は素直に頷いた。
団体旅行を楽しむタイプとは思えない。それでも、この平和の象徴のような学校イベントを楽しもうということなのか。それとも…
一瞬嫌な予感が頭をよぎったとき、打ち合わせ通り醍醐が割り込んできたので、京一は意識を戻した。
…まさか、な。京都で何か起こるなんてことは…ねェよな、いくら何でも。
 醍醐が小冊子をポンポンと叩き、我に返った京一は、奇妙な予感から一旦意識を逸らした。
「旅のしおりに各班の面子が出てるぞ。」
「3年C組、 第7班は、ボクと葵と京一と醍醐クン…、それから、龍麻クンも一緒だよッ!!」
 しおりに載っている班分けについては、大体予想はついていた。
班長を指名するのは担任であり、班分けは班長の話し合いを元に、やはり担任が行う。
事情を知っているマリアが、京一達を一つの班にまとめておくであろうことは、想像に難くなかった。万が一事件が起きたとき、一般生徒が巻き添えを食う危険性を考慮したのかも知れない。
 他愛ない会話を交わすうち、美里もやって来た。龍麻はいつも通り、淡々と皆の話に相づちを打っている。
「よし、今だ」とばかりに視線を送ると、小蒔は解っていると言いたげに頷いて「ラーメン食べに行こうよ」と切り出した。
全員がそれに賛同し、そこまではすんなり事が運んだのである。
 だが、危惧していたことがあっさりと起きた。
「てめェ、なんでここにいるッ!」
旅行中は撮影班として活躍する予定のアン子は、今日は早々に帰宅している筈だったのに、準備は昨日のうちに済ませたと胸を張っている。
どうする? 適当に難癖つけて追い返すか?
何も知らない龍麻が、アン子に同行をあっさり許してしまったため、益々焦っていると、小蒔が慌てて助け船を出した。
「ねえ、アン子! お願い!! ちょっとだけ付き合ってよォ〜。アン子にしか頼めないことなんだよッ。」
(よし、よくやったぜ小蒔!)
 恐らく、今回の事情を話して納得させるつもりだろう。アン子を騙せる小蒔ではない。
もしかすると新聞ネタとして決定的写真を撮ろうとついて来るかも知れないが、邪魔さえしなければ良い。いや、校内公認カップルになってしまえば、龍麻も後には引けなくなって好都合かも知れない。
 とにかくこれ以上邪魔が入らないうちにと、半ば強引に二人を連れ出した。
後は───
 怪しげな占いなどで、龍麻をいつも見張っているらしい裏密が、邪魔をしに来る可能性は高い。注意するに越したことはない。
 だが、あまりに警戒しすぎたため、美里に何か企みがあることを察知されてしまった。
しかも恐れていた通りに、裏密まで現れてしまったのだ。
自分が罠にかけられている、という言葉に鋭く反応した龍麻が、裏密に「教えろ」と詰め寄っている。
万事休すか、と思われた時だった。
「…う…裏密………、お…お前に、うら、占って欲しいことが…、あるん…だが…。」
絞り出すように、震える声を押し出した醍醐の台詞に、京一は驚愕した。
(…醍醐!! …そこまでしてくれるのか…!)
「醍醐…。お前ってヤツは…。」
オカルトに弱い醍醐が、霊研に赴いて、いかがわしい占いだのまじないだのにかかる姿を想像し、流石に哀れになったが、ここで救けてしまっては、醍醐の友情に水を差すことになる。
「いいんだ。なにもいうな、京一。今日は…特別だからなッ。」
真っ青な顔を引きつらせながら、きっぱりと言い切ると、醍醐は裏密の後に続いて霊研へと入っていった。
その背中に軽く合掌しつつ、「できることなら生きて帰ってこいよ〜!」と叫ぶ。
 そして京一は、疑いの眼差しを向けている美里と龍麻を振り向いて、ニヤッと笑った。
「早く行こうぜ。さッ、ラーメン屋、ラーメン屋っと。」

 校門に差し掛かったとき、ようやく京一は「忘れ物をしてきたから二人で先に行ってくれ」と告げた。
二人の性格上、喜んでこの提案を受け入れるとは思っていなかったが、案の定、美里は美しい顔を曇らせ、龍麻も身体を強張らせた。
「ふたりでのんびり帰る、なんてのもたまにはいいんじゃねェの? なッ、ひーちゃん?」
なだめるつもりで言ってみたが、龍麻は益々拒絶の色を見せるばかりである。
………京一…オレは…。」
 …やっぱり駄目なのか。自分は美里を受け入れることは出来ない、そう言うのか。
(一生そのままでいいのかよ? 過去の傷を引き擦ったまま、ずっと生きていくのか? 紗夜ちゃんも、そして俺の知らない「誰か」も、そんなお前を見たいとは思わない筈なのに。それをお前に解らせるには、一体どう言えばいいんだ…。)
………お前のいいたいことは、ちゃんとわかってるよ。俺はその上で、いってんだ。」
失うことを恐れながら、紗夜に接していた姿を思い出す。そして、恐れていたことが起きてしまった後の、辛そうな背中も。
それでも、乗り越えなくてはならない。今生きている人の為、他ならぬ龍麻自身の為に。
 まだ何かを言おうとしている龍麻が、決定的な拒否の言葉を告げないうちにと、京一は続けた。
「いつまでも、つまんねェことをグダグダいって、あんまり俺をガッカリさせんなよッ、なッ?」
とりあえず、後でラーメン屋で会おう、とだけ告げて、京一は校舎の方へと引き返した。これ以上いると、余計な事まで言ってしまいそうだった。

 はっきり言ってしまった方がいいのかも知れない。美里のことも考えてやれ、過去に囚われて今の仲間を無視するな…と。以前醍醐に告げたように。
 だが京一は、龍麻の中に、醍醐とは違う面を見ていた。
力強く仲間を率いて闘う。どんな怪我を負っても弱音一つ吐かない。強敵の元へは真っ先に向かい、死をも恐れぬような攻撃を仕掛けていく。
しかし普段はその強さや才能、感情、想い、全て微塵も見せない。自らを決して目立たせず、静かに仲間達を見守る。…皆から一歩離れた位置で。
───まるで、自分の役割は、闘うことのみにあると言わんばかりに───
 何故龍麻がそれ程まで自分を殺しているのか、その理由は解らない。だが、醍醐のように殴りつけ、言葉で言ってきかせただけでは済まないような、何か深い事情があることを、京一は察していたのだ。
「…ッたく…どうしたらいいんだろうなァ。」
呟いてから、俺がこんなに弱気になってどうするんだと頭を振る。とにかく、一歩ずつでも進めればそれでいい。どこかで突破口を見つけられるかも知れないじゃないか…
…………きょう、…いち…。」
その声に気付いて顔を上げると、ひどく険しい顔をした醍醐が立っていた。
「お…おう、何とか無事に裏密から逃げ出せたようだなァ。へへへッ。よし、そんじゃ早速、あいつらの後を尾行ようぜッ。」
……………ああ。そうだな…。」
 霊研で余程恐ろしいものでも見せられたのか、渋い顔のままで醍醐は頷いた。

 追いつかないのではないかと慌てて学校を出たが、その心配は要らなかった。
何か言いながら、楽しそうに笑う高見沢と、恥ずかしそうに微笑むマリィ。
どうやら二人が桜ヶ丘へと向かうところに出くわしたらしい。
 龍麻達に見つからないよう、曲がり角の端からそっと様子を窺う。
何事かをマリィが告げると、龍麻が少し屈んでマリィの頭を撫でるのが見えた。
 マリィという少女は、初めから龍麻を敬愛し、龍麻の作り上げている透明な壁を、全く感じないかのように接している。
子供らしい純粋さ故か───実際は16歳なのだが───、それともその不思議な能力故か、マリィは龍麻の内面を見抜いているらしい。
 一度、マリィに尋ねたことがあった。
「マリィは龍麻オニーチャンを、どういう風に思ってんだ?」
「ウ〜ントネ…優しくテ…エ〜ト…アッタカイ、人。」
その答を聞き、少なからず安堵した己に驚いた。
ずっと龍麻の傍にいて、口には出さないが誰よりも仲間を大切にしている、その心を知っているつもりだった。しかし、確証など何もなかったのだ。
「…だよな。ひーちゃんは、優しくてあったかいヤツなんだよな…。本当は…。」
「ウンッ。マリィ、龍麻オニィチャン、大好きダヨッ。」
 嬉しそうなマリィに笑い返して、京一は改めて決意したのだ。その「優しく」て「暖かい」筈の、本当の龍麻を引き擦り出してやろうと───

「…へへッ。結構、いい雰囲気だよねッ。」
「おわァッ!?」
「しッ。大声出さないでよ京一。」
 京一が物思いに沈んでいる間に、いつの間にか追いついた小蒔が、一緒に壁にへばりついて覗き込んでいたのだった。
「い…いきなり声かけんじゃねェよッ。心臓に悪いヤツだなッ。」
身勝手な文句を、それでも小声で呟いてから、京一もまた彼らの方に意識を戻す。
マリィ達は既に立ち去り、二人も次の角を曲がろうとしている。ちらりと、美里が楽しげに笑うのが見えた。
「あそこ曲がったってことは、新宿通りを通っていくんだね。」
「よっしゃ、人混みに紛れて尾行(つけ)るぞ。」
「へへへッ…わくわくするねッ。」
気が咎めると言っていたのを忘れたような台詞を吐いて、小蒔はすたすたと次の角を目指す。醍醐が何とも言えない溜息をついた。
 夕方の新宿通りは、特に駅の近くになると、帰宅途中の学生や会社員、買い物をする女性達で溢れかえっている。
ある程度距離を空けているので、二人の話している言葉までは聞こえないが、それでも時々龍麻を見上げて笑う美里の様子から、何となく内容が察せられた。
「…やっぱ、どっか遠回りしようとか、どっかに寄ろうって気はねェみてェだな。」
「でも、葵は楽しそうだよ。」
龍麻の方も、いつもの他人を拒絶するような緊張感がない。それなりに、美里との「デート」を楽しんでいるのだろうか。
 その後、偶然織部姉妹に出会うなどのアクシデントもあったが、どうやらこの企みはそこそこの成功を収めたようだ。
公園にさしかかり、相変わらず色々と話しかけている美里といちいちうなずき返している龍麻を後ろから眺めつつ、京一は醍醐と小蒔に呼びかけた。
「そろそろ終点だ、俺達は先にラーメン屋に回って───
しかし言い終わらない内に、突如小さな悲鳴が聞こえ、三人は反射的に身構えた。
───葵ッ!?」
振り向くと、いつの間にか龍麻たちの周りを、どこの学生とも知れない不良どもが取り囲んでいる。
彼らは、美里を後ろ手にかばった龍麻に対して、何やら挑発をしているらしい。下卑た笑い声が、京一の神経を逆撫でした。
「いいとこだったのに…! 犬に喰われちゃえ、ッてこういうのを言うんだねッ。」
「…仕方あるまい。とにかく加勢するぞ。」
 全く、龍麻の行くところには必ず事件が起こるようだ。
「京一くん、醍醐くん…。それに、小蒔まで…。一体、どうして………。」
驚く美里をちらりと見やって、龍麻は一瞬京一を振り返ったが、すぐ不良達に顔を戻した。特に殺気は感じない。大した敵ではないと踏んでいるようだ。
 へへ、と笑って京一は龍麻の隣に立った。
「行くぜ、ひーちゃん───ッ!!」

「もしかして、ずっと、後をつけていたの…?」
 あっさりと不良達を撃退した後、美里に追求され、今更取り繕っても無駄だと判断した京一は、すぐに事実を認めた。
「悪気があったわけじゃねェんだぜ。ただ、その…心配だったからよッ。悪かったな、ひーちゃん。」
龍麻は全く動じた様子もなく、軽く頷いて見せた。
ひょっとすると尾行に気付いていたのかも知れない。それでも特に態度を変えることなく美里に接していたのは、自分達への配慮だったのか。それとも、美里への誠意なのだろうか。
「ああ…。なんか、ほっとけなかったしよ。」
思わず本音を吐いて、京一は、急に沸き上がった息苦しい感情に困惑した。
こんな風に、龍麻のことで苦心惨憺しているのも、龍麻にとっては全てお見通しなのではないか。そして、迷惑に思いつつ黙認しているのではないか…
疑心暗鬼に陥りかけているのに気付いて、京一は慌てて告げた。
「改めて…、ラーメン食いに行こうぜッ。」

◆ ◆ ◆

 その日の深夜、気持ちを落ち着けるべく素振りを繰り返していた時、電話が鳴り響いた。
相手が美里である事を確認し、京一は思わず時計に目をやった。0時はとうに回っている。こんな時間に電話をしてくるような女ではない。
余程重要な件か、まさかまた鬼道衆が…!?
 身構えた京一に、美里は深夜の非礼を詫びた。
『でもどうしても、旅行前に言っておこうと思ったの。』
「いや、構わないけどよ。どうした?」
『…はっきり言うわ。龍麻くんのことなの。………気持ちは…嬉しいけど、もう、今日みたいな事は止めて欲しいんです。』
………。」
『龍麻くんね…。私に、迷惑かけて済まないって、謝ったのよ。私には、京一くんみたいにあの人のことを解ってあげられないけれど…その時、とても辛そうだった。それだけはハッキリ感じたわ。』
………で、でもよ。そこで謝るってことは、脈アリって意味…」
『いいえ。聞いて頂戴、京一くん。』
………。」
有無を言わせぬ美里の口調に、思わず気圧されてしまう。
普段は控えめに過ぎるほど物静かな彼女が、実は芯の強い女であることは知っていた。だがこれ程はっきり意見を通そうとする彼女の言葉を、初めて聞いた気がする。
『今日お話して、解ったのよ。龍麻くんは…私のことを、友達…いえ、仲間として大事に思ってくれている。でも、それ以上のことは想ってはいないわ。』
「…だ、だけどよ…」
『京一くんは…龍麻くんが、私のことを好きだったら良い、と思っていたのでしょう?』
「!」
『…私もね。そうだったら良いな、と思っていたわ。もしそうなら…私にも、龍麻くんのために出来ることがあるだろう。あの人が幸せになれる、そのお手伝いが出来るって、そう思っていたの。』
………美里…。」
『うふふッ…不思議ね。あの人には、人にそう思わせてしまう何かがあるのね。龍麻くんのために、何かしてあげたいって思わせる何かが。』
 美里の指摘が、心臓に突き刺さるようだった。
龍麻の気持ちが美里に傾いていると思ったのは、その素振りを「観察」し、「推測」した結果だ。しかし、そこに自分の希望が入っていなかった、とは言い切れない。
『でも、だからこそ…。もう、あの人を悲しませたくない。あんな風に、謝って欲しくない。私達の勝手な想いに、龍麻くんが謝らなければいけないなんて…哀しいもの。…解ってくれるわね、京一くん。』
………ああ。」

 電話を切った後も、京一は金縛りにあったように、その場から動けなかった。
謝った…? 「迷惑をかけて済まない」だと? …何故だ? 何故龍麻が謝る?
普通なら、龍麻も内心で美里と二人きりになりたかったからこそ、そのような台詞が口をついて出たのだと思うところだ。
 しかし京一の耳には、先ほどの美里の台詞がこびりついていた。
俺は…確かに思ってた。美里に惚れてくれれば、死んだ人間のことを早く忘れてくれるだろうと。それで無意識に、ひーちゃんの行動にこじつけをしちまってたのかも知んねェ。
 …不思議ね。あの人には、人にそう思わせてしまう何かがあるのね…
カリスマ───民衆を惹きつけ、心酔させる力。正に、龍麻の持つ不可思議な魅力のことだろう。
もしかしたら…何もしなくとも他人を惹きつけてしまう自分を、理解(わか)っているのかも知れない。そして、嫌悪しているのかも知れない。
だから美里に謝ったのだろうか? 自分のせいで、美里に要らぬ迷惑をかけたから。
そう考えると、普段は必要以上に自分を殺し、目立たないようにしているのも頷ける。
他人を拒絶する理由も、それで説明がつく。誰もが当然のように群がってくるから。誰もが同じように、理由もなく懐いてくるから。誰もが…同じように。
………くだらねェッ!」
俺も所詮、龍麻にとっては「勝手に近づいてくる取り巻きの一人」でしかねェのか?
違う、俺は違う。他の連中に対するより、心を開いてもらってる。…開いて「もらってる」だって? 違う、そうじゃねェッ! 俺は…俺はッ!
 形容しがたい苛立ちが京一を嘖む。冷静さを欠いた思考は堂々巡りに陥るばかりで、何の糸口も見えてはこない。
何に対しての怒りなのか、何故こんなにも悔しいのか。何も解らないまま京一はただ立ち尽くすのだった。

11/15/1999 Release.