小咄
之伍

いつの日か


 風が吹いていた。
二人の学生服が、煽られ、たなびく。
周囲の草も木もみな、野獣の悲鳴のような音を立てて薙ぎ倒されていく。
二人の立っているのは狭い岩棚である。僅かばかりの草木と、ゴツゴツとした大岩以外何もない。
岩棚の周りは底も見えない切り立った崖。一歩でも動いたら、引きちぎられ飛んでいく枯れ草のように、命を落とすであろう…そんな場所だった。
 厚く垂れ下がった雲から、重みに耐えかねた雨粒が一つ、二つと落下し始める。
遠くから聞こえていた雷鳴の音が、徐々に激しさを増していく。
───そんな中、二人はただじっと、睨み合いながら立っていた。

 (タイミングだ…。タイミングを計るんだ。間違えたら終わり。チャンスは一度きりだ…)
普段は仲間を怯えさせまいとして、決して顕わにしない両眼を、はっきり眼前の男に合わせる。烈しく吹き出る<<気>>も、抑える余裕は今はない。
(間違えたら、全ては終わりなんだ…。斬るか、斬られるか…それがこの世界の掟なんだ!)

 カッ…

 突然、龍麻の右前方に、雷光が閃いた。

「今だッ!!!」

 殆ど同時に、二人は跳んだ!

 互いの場所が入れ替わる形で着地した二人は、益々強まる風をものともせず、間髪入れずに振り返る。
だが、龍麻が動いていなければ確実に脳天を捉えていたであろう京一の斬撃は、その両腕を構え直させるために、ほんの一瞬の隙を作らせていた。
それは龍麻にとって充分な時間を与えたのだった。
 風を切り裂く素早い動きで京一の胸元に入り込んだ龍麻は、この一瞬のために身の内で練り込んでおいた<<気>>を、左拳に瞬時に乗せた。
「ウオォぉぉォオオおおッ!!」
 喉も裂けよとばかりに、龍麻は叫んだ!!




「あつはァアアアアッ、夏いなぁァアアアアアーーーーッ!!」

 DuoooooooooooooooooooooooMM!!!!

 という意味不明な描き文字を背景に、京一は3mほど吹っ飛ばされた。
確か崖っぷちだった筈だが、黒い花火フキダシで叫んだ時の状態は、周囲の状況に関係なくダイナミックであるべきなのだ。
だから、顎を砕かれるような一撃を食らった京一も、ちょっと口の端が切れただけで、さっき立っていた場所にスタッと着地するのも当然だった。

………ッ!」
「へへッ…甘いぜ、ひーちゃん…。それを言うなら…」
 そう、京一は自分の攻撃が交わされることも、その後の龍麻の攻撃が一瞬早いだろうことも、全て計算済みだったのだ。
散ってしまったように見えた<<気>>が、叩き付ける雨と反発してバチバチと火花を散らす程、烈しく立ち上るのを龍麻は見た。

 そして。




「夏はァアぁアアッ!!
暑いだろがァアあああぁアアーッッ!!!!」


 富士山の一つや二つ吹き飛ばしてしまえそうな烈しい流線にまみれて、龍麻は宇宙まで吹き飛んだ。

(へへッ…燃え尽きたぜ…真っっっっ白にな……。)

 意識を失いながらも、龍麻は確信していた。
自分の頬には、全力で闘い抜いた漢だけが知る、満足の笑みが浮かんでいることを…。

◆ ◆ ◆

 ちりちりりん、という軽いベルの音に、龍麻はすぐ目を覚ました。
寝付きが良く、一度眠るとぐっすり眠り込み、しかも目覚めは素早い男である。
その日も、目覚ましが鳴り出して5秒と立たずに起きあがり、軽快にベッド脇のカーテンを開けた。
 今日も快晴、日本晴れ。

(…友よ、空よ、東京の街よ…ステキな夢を、ありがとう! いつかきっと、現実でもこの夢、達成してみせるぜ!!)

ビシ!

と空に向かってサムアップしている危険な香りのする男、緋勇龍麻。
 どうして今日に限って京一が泊まりに来ていないのか…
それだけが悔やまれてならない、ある秋の日の朝であった。

◇ 完 ◇

2001/11/01 Release.
筆者のコメント…青春…だ、だよネ。