龍麻の災難

 うに゛ゃーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!
なななななななにっ!? びっくりした!
何が出たんだ!? ゼニガメの攻撃? それともラプラス? 壬龍(みずのえのりゅう)? キングギドラ!?
 ………あれ? なんだ、京一…
何だよう、脅かすなよっ! 蛇口でも壊れたんかな? はうう〜。
そういやさっきの授業で、お前犬神先生に水かけられてたよなあ。「心臓止まる」って言ってたけど、ホントだなー。オレマジで死ぬかと思ったぜ、今。心臓止まったよ一瞬。いやマジだって。
「…緋勇。大丈夫か?」
 あ、犬神先生。はい、大丈夫です、一応今は心臓動いてるみたいです。オレの皮膚感覚も健康らしいッス。わはは。
でも先生、やっぱアレはまずいッスよ。寝てるトコいきなり水かけちゃ。起きててもこんなに死にかけるんだから、生徒起こすつもりで永眠させちまうことになりかねませんって。大変っすよー、「高校教師、体罰で生徒を死に至らしめる」とか新聞に書かれてさ。ワイドショーとかに声変えた生徒達が「ええ、死んだA君とは特に仲が悪くて、いつも難癖付けて苛めてました」なんてチクられたりして。当然学校は辞めさせられるし住んでるトコからも追い出されたりして、もうどこにも雇ってもらえずに場末のバーでボロボロになりながら安酒飲んでる絵が今鮮明に頭に浮かんだなー。似合うな先生、場末のバー。わはははは!
 …とか考えつつ頷いたけど、犬神先生には伝わらないだろう。伝わったら伝わったで怖いだろーなあ。オレも水かけられちゃうかも。ってもう被っとるけどな。
 それにしても、ちょうど蛇口壊れたところに通りかかっちゃったなんて、ツイてないなあ。
まあ、9月とはいえ、今日も残暑厳しい蒸し暑さだ。涼しくさせてもらったと思えば、いっか。

 …と、数歩歩き出してから、オレは気付いた。
髪も服もびしょびしょで、このまま歩いたんじゃ廊下中水浸しやんか!!
えっと、ハンカチは…あちゃー、鞄に入れちゃったんだっけ。やっぱポケットに入れときゃ良かった。うーん、こうしてる間にもボトボト水滴が落ちる。
 しょーがない。とりあえず、このぐしょ濡れのシャツは脱いじゃえ。丸めちゃえば水も落ちないだろ。

 髪から雫がたれないよう、なるべく気を遣いながら、オレは教室に戻った。体操服着て、シャツは屋上にでも干して、それから廊下を拭きに戻らないと。
……うっ? ちゅ、注目浴びてる…? な、何でクラスのみんな、こっち見てるの…? やややヤだな、上ハダカなのに、見ちゃイヤ〜ン。ちょっとだけヨ〜ン…なんつって。
 はっ! そ、そうかしまった!! 髪も濡れてるんだから、目が! 邪眼が見えちまってるんだ!
ヤバイ、早く席に戻ってハンカチで前髪拭かないと。あわわわ。

「ひ、緋勇クン。あの…これも、使って?」
 慌てて鞄からハンカチ出して前髪を拭いていると、声をかけられた。ビックリして振り向くと、女子の一人がハンカチを差し出してくれている。ウソ、マジ?
…えっと、小峰さんだっけ? で、でも悪いよ。そんな可愛い花柄のハンカチ、ずぶ濡れになるし、大体こんなムサクルシイ男に使わせちゃあ…
……要らん。」
あうう、どーして「ごめんねありがと〜、でも気を遣わなくていーよ」って言えないんだオレ。
「で、でも…」
 う…。
よく見たら、小峰さん震えてるやん…。ごめん、脅かしちゃった?
 ……あ。
そっか…。……オレの目が怖いんだな。
そんで早く隠して欲しくて、わざわざハンカチ貸してくれようとしてるんだ。
 オレは、彼女の差し出すハンカチを、そっと受け取った。
……済まん。」
ホッとしたような顔してるな。うんうん、急いで拭いて隠すからね。ありがと〜。
 へへへ…。優しいなあ、この人も。クラスのみんなも。
「教室出てけ」とか叫ぶ人もいない。怯えて逃げちゃう人もいない。こっちを見てるけど、嫌そうな感じではないみたいだ。
……洗って…返す。」
そう言ってみたが、小峰さんはブンブン首を横に振って、「い、いいの! 気にしないで!」と叫びながらオレの手からハンカチをひったくるように奪うと、猛スピードで教室を出ていった。
…そうだよな。洗って返されたって、もう使えないよなあ。捨てちゃうのかな? …やっぱ悪いことしたなあ。
「り、りっちゃーん!」
とか叫びながら、何人か後を追いかける。仲良しグループの子たちだ。慰めてあげるんだろう。友情だなあ…うん、励ましてあげてね。
 勇気を出して、ハンカチ一枚犠牲にする覚悟で、目を隠すように言ってくれた小峰さん。ありがとうな。オレもキミの勇気には脱帽だぜ。