之壱

料理の魔人?

ユキまるっち様に捧ぐ

 生物室に移動、って今聞こえたな。
そうか、次は教室じゃないんだ。移動しなくちゃ。
 生物の小谷は、クラス委員か生物係に教室移動の連絡をする。
授業中とかHRとかで言ってくれれば助かるんだが、直接その連絡を教えてもらえない(話しかけてくれない)ので、うっかりしてると授業に出られなかったりするのだ。
ちょっと溜息をついてしまう。…いかんいかん、今日はちゃんと聞こえたんだから、ちゃんと生物室に行こう。
 もたもたと、生物の教科書やノートを用意していたら、何やら急に辺りが静かになった。
あれ? もう皆行っちまったのか?
と周りを見回すと、教室の真ん中辺りで騒がしく喋っていた女生徒たちが、ピタッと黙って扉の方を見ているところだった。
 そこには見慣れない男子生徒が立っていた。
奇妙な帽子を被って、ニヤニヤ笑いながら女生徒たちの方を見ている。へんなヤツだ。
女子が「気持ち悪い」とか「いやらしい」とか文句を言っている。…ホント、女って残酷だよな。ああいうこと言われるの、男だってすっげえ傷付くんだぞ。
 オレも大差ないことを言われているので、何となくソイツに同情して、そっちを見やった。
ちょっと目が合う。…やべ。オレは喧嘩売ったんじゃないぞっ。
と思ってる間に、フン、と鼻で笑って去っていった。
…良かった、ガン付けたとは思われなかったみたいだ。
 ───A組の転入生、莎草。それがオレたちの出会いだった。

 ぼーっとしながら教室を出たら、突然固いものがドカッとぶつかってきた。うわっ、ビックリした。
「あっ!」
ん? 女の子の声。箱と書類みたいのしか見えないが…おいおい、そんなに抱えて、すげえ腕力だなキミ。
「ごめんなさい、前が見えなくて」
いや、オレもぼんやりしてたから。という気持ちで頷いたら、彼女は「良かった」とオレに笑い掛けている。
オレは驚愕した。
…この人、平気なんだろうか。オレを見ても怖がっていないみたいだ。
さっさと立ち去ろうとするその子に、何か声をかけたかったのだが、うまく言葉にならない。
 立ちつくしていたら、後ろの方から呼ぶ声がした。A組のクラスメートらしい。
二人は、ただ廊下でぶつかっただけのオレに、丁寧に自己紹介をしてくれた。うわ〜嬉しい〜。
青葉さとみさんと、比嘉炊実くん、ね。ああ、ちゃんと思ったこと話せればいいのに。結局、ただ目を合わせないように注意するしか出来ない。…情けないなあ。
 名前を問われたのでボソボソ答えると、比嘉は陽気に笑った。
「ははは、よろしくな」
…この人も全然気にしてないみたいだ。さっきの莎草といい、A組の連中って、肝が据わってんのかな。
もしかしたら…と、と、トモダチになってくれたり…
…な〜んてな。あんま余計な期待はしないでおこう。ははは。

 それでも、今日は二人も話しかけてくれたから、かなりウキウキ気分で校舎を後にした。
誰かに笑いかけてもらったのって、いつ以来かなー。へへへ。
 …? なんかモメてる。
校門を出ようとしたとき、後ろが騒がしいのに気付いて振り向くと、さっきの転入生が、他の生徒に何か言われているらしいのが見えた。
───うるせェ…」
うわ、怖えー。オレなんかより、何十倍も怖いよな、莎草。だってマジだもんコイツ。
「な、何だ!? か、身体が…ッ」
…? どうしたんだろう? 莎草を止めようとしていた生徒が、変な格好で動かなくなってる。
莎草を見たら、何故か体の周りに赤い光がまとわりついている…。
な…なに、これ。し、し、心霊現象っ!?
ギャーッ! ヤダよ、オレこうゆうの全然苦手なんだってば!
うわコッチ来んな莎草! まだ光ってるぞ!
「バカが…お前もこいつのようになるがいいさ───
ち、違いますっ!! 睨んでたんじゃありません! 誤解されちゃったよ、それもこんな時に!

「緋勇 龍麻君───だね?」
はッ!?
 慌てて振り向くと、知らない人が立っていた。
邪魔が入ったためか、莎草は舌打ちしながら去っていく。…助かった〜。
有り難う、おじさん。お陰様で助かりましたという気持ちを込めて、深々とお辞儀をした。
「私と君は初対面の筈なのに、随分友好的なんだな」
いえいえ、命の恩人ですから〜。
と、このおじさんもじーっとオレを見つめてくる。なな、なんか迫力ある人だな。ちょっと「救世主」入ってますか? て感じの長髪とヒゲがイヤだけど、スーツがビシッと決まっててシブい。
 ヘビに睨まれたみたいに、目を逸らせなくなって、やばいやばいと思いつつ睨み合う。
「君の実の父親…緋勇弦麻のことで、話がある。」
ええっ……ほんとの父親?
オレが赤ん坊の時死んだっていう、あれ?

 あんまりビックリしたので、ふらふらと後をついて来てしまったけど、何なんだろうこの人。
なんかまたじーっと見てる。…でも、この人、オレの目を見ても何とも思わないみたいだな。
「その瞳とその雰囲気…君の両親である弦麻と迦代さんの面影がある…」
……げっ!?
こ、この目って、やっぱ親譲り? そんで、どっちに似てんの? 父さん? …ま、まさか、お母さん!?
この、「いつも睨み付けてるみたいで女からは怖がられ、男からは難クセ付けられる」目が、母親似?!
…オレの母さんってどんな人だったんだよう〜(心で号泣)。もしかして、今生きてなくて良かった、てくらいの鬼ババア? …しまった。なんて不謹慎なこと考えてしまったんだ。ごめんお母さま、二度とこんなこと思わないから化けて出ないでネ。
 そうか、この人がオレの目を何とも思わないのは、オレの親で慣れてるからなんだな〜と思っていると、おっさん…鳴瀧さんが、また親父の話を始めた。うんうん、どんな人なの?
「私の口からは、何もいえないが…」
って、おい! オヤジのことで話があるゆーたやんけ!(ビシッ、と心で裏拳)
「君の父親と私とは、表裏一体からなる古武道を習っていた。…」
こぶどー。…コブドーって何だろう? 昆布道? ダシの上手な取り方を極める。…お料理専門学校かな? じゃ、オレの父さんコックさんだったんだ。へえー。
「弦麻は表の───陽の技を、私が裏の───陰の技を習っていた」

六堂・画(原画はこちら

うーん、裏千家と表千家みたいなものかな。
オレはこのシブいおっさんが白い割烹着を着てお玉を構え、フリル付きのエプロンをしたオヤジ(顔は想像出来ないけど)と料理対決している様子を想像してみた。「料理の鉄人」のテーマがかかって、それなりに壮大だ。カッコイイ。
「いきなりこんな話をされても、信じられないかもしれないが。」
………いえ」
信じますよ。てゆうかカッコイイし。いいなあ、コックさん。口下手でも出来るよね。オレもコックさん目指そうかなあ。
料理は嫌いじゃないんだ。特に和食。日本人は米と味噌汁、だよな!
昆布でダシ取るんだから、和食の調理人さんだよね。それならOK。
 鳴瀧さんはオレにも、昆布道を受け継いできた、緋勇家の血が流れていると言う。
つまり、オレにも料理の才能があるってことだ。へえ〜。知らなかったなあ。
確かに、味にはちょっぴりウルサイんだ、オレ。口に出せないから、誰も知らないけどね。
 すごく嬉しかったので、その後色々言われたことには意味も分からないままうんうん頷いた。へへへっ。オレ、結構将来のこと悩んでたんだけど、料理人ってのはグーだよなっ。

 嬉しいコトは重なるって本当だ。
次の日も、比嘉はオレに声をかけてくれた。帰りに喫茶店だって〜! くう〜っ! マジかよっ。
莎草がどうだのって、なんかモメてたみたいだけど、まあどうでもいいやね。
ねえねえ比嘉、それってさ、オレとキミ、トモダチって考えていいのかな? いいよね?

 もー今日の授業はメッチャ長かった。早く終われ〜終われ〜と願いすぎて、つい睨んじまったため、途中から自習にして教室を慌てて出てった先生が二人ほどいたけど、それは明日反省することにしよっと。
 ちょっとドキドキしながらA組に行く。今朝のはジョーダンだよ、と言われた場合のことも一応想像して。じゃないと、ショックでかいもんな。
でも、全然そんな心配はいらなかった。
青葉が出てきて、「ごめん緋勇君、あのバカ宿題忘れて呼び出されてんのよ」と告げたときは、あ〜やっぱりアクシデント発生でオレの夢も消え果てるのか〜とガッカリしかけたが、青葉はニッコリ笑って、こう言ったのだ。
「ちょっと悪いんだけど、待っててやってくれる?」
うんうん、もう夜中まででも待っちゃう!

 オレの前を並んで歩く青葉と比嘉は、今日の授業の話とか、先生の話、部活の話、次々に色んなことを喋っている。
時々、パッと笑って、青葉が比嘉を叩いたりしてる。比嘉は笑いながら、オレを振り向いて「な、コイツってひでえよな」なんて声をかけてくれる。
嬉しかった。オレは全然一緒に話したり出来ないけど、ちゃんと混ぜてもらってる。一緒に笑ったりも出来ないのに、全然気にしないでいてくれてる。明るくて、優しい人たちだ。
 莎草に交際を申し込まれた話を聞きながら、ちょっとその気持ちは分かるなーなんて思ってしまった。脅しかけるのはどうかと思うけど、青葉みたいに明るくて優しくて可愛い子なら、誰だって友達になりたいと思うだろう。
 でも、比嘉はちょっと複雑そうだった。幼なじみって言ってたけど、…きっと青葉のことが好きなんだろうな。莎草は恋のライバルだ。青葉を取り合って喧嘩したりするのかな? おっと、ちょっと野次馬なこと考えちゃったか。
まあ、オレとしても、「トモダチ」の比嘉の方を応援したいね。頑張れよ! 莎草は怖いけど、ちゃんと加勢してやるぜ。オレはあんまし強くはないけど、喧嘩は慣れてるんだ。よく絡まれるからな。逃げ方とか避け方ならプロ並みだ! いばるなっちゅーねん。

 そんなことを考えていたら、二人の対決はすぐさま起きた。
翌日、渡り廊下でたまたま出会ったのだ。
 比嘉は「さとみの気持ちも考えてやってよ」とやんわり言ったんだけど、莎草はやっぱり怒り出した。
おっ渡り廊下で一戦交えるか? 校内じゃ叱られるぞ。どうせなら裏庭の崖っぷちで夕日を背に殴り合わない? 裏庭に崖なんかないけどやっぱこういう時は定番として…
とか思っていたら、また莎草が光り始めてしまった。
やばい! コレがあったの忘れてた!
わーっ比嘉が苦しんでるぞ、何? 何で? どうなってんの、コレ?
いやっ、オレの方睨んでる!
「そっちのお前も、俺をナメんじゃねェぞ」
もー全然ナメてません! ボクは降参しますです!
というつもりで首を振ったのに、莎草は更に怒って「…何だ、その態度は…」とか言ってこっちに向かってきた。
ち、ち、違うって!! マジ違うって! なんでなの〜!?
「おいッ、お前ら、何やってんだ。もう授業が始まるぞ。」
………は…助かった…
莎草が光るのをやめて、去っていく。うえ〜ん。怖かった…。
比嘉が真っ青な顔で驚いている。オレもビックリしたよ〜。アイツ、何なんだろ…
心霊現象かと思ってたけど、なんか違うなあ。アイツが赤く光ると、相手が動けなくなる。それって一体…
はっ。人間信号機! …んなもんあるかっ。

 青葉に呼び出されて、比嘉に何があったのかと聞かれた。
あのさ、もうビックリよ。莎草がぶわーって光って、何ちゅーの、恋のジェラシー? 燃え上がる情熱の炎! って感じで、なんか比嘉に仕掛けたらしいんだけど、オレ的には赤信号? なんて思ったりもしたんだけど、全然ワケわからないんだよ。もー怖かったの何のってさ、そりゃあ比嘉だってビビるって。あ、でも、青葉を諦めたとか、そんなんじゃないと思うよ? アイツ、優しいけど結構しっかりしてるもんな。
………。」
あーッ、もう、どうして口に出てこないかなッ。落ち着け、いっぺんに話そうとするからダメなんだよ。えーっと。
「…教えてくれなくてもいいわ。」
あう。間に合わなかった(泣)。もーオレときたら…

 比嘉の力になってやってくれ、か…。勿論だ。すんんんんごく怖いけど、と、トモダチのためだもん。ちゃんと味方になってやるつもりだ。
 でも、あんな手品みたいなのにどうやったら対抗出来るだろう?
とても普通の人間業とは思えな……あっ。

  ───最近、君の周りで奇妙な事は起きていないかね───

 鳴瀧さんの言葉を思い出した。あの人、なんか知ってるのかな?
心霊現象に対抗出来る手段を、コックさんが知ってるとも思えないけど…いや、分からんぞ。
中国四千年の料理は漢方が基本、色々な効き目を持ってるじゃないか。「昆布道」なんて仰々しい名前を持ってるくらいだから、意外に凄い技があるのかも知れない。「ダシ巻きパンチ」とか。それはないやろ。
よーし、待ってろよ比嘉。オレ、ちょっと鳴瀧さんに何か教わって来るからなっ。

 と、意気込んでやってきたオレだったが、鳴瀧さんに軽くいなされてしまった。
「災厄が、通り過ぎるのを待つ事だ」
でも…でも、既にトモダチが巻き込まれてるんです。放っておきたいのは山々なんですけど。
だけど。
比嘉は…オレに笑い掛けて、話しかけてくれた人なんです。すごい久々に、オレの名前を呼んでくれた人なんです。
 なんとか分かってもらえないかと、じーっと睨んでみた。どうせオレの目が平気な人だし。
 オレの不満に気付いたのか、鳴瀧さんは続けた。
「敵わない相手に闘いを挑むのは、勇気ではない。それは───犬死にだ。」
勇気も無謀もないんですってば! あるのは、友情ッ! 莎草は怖いけど、ここで引き下がったら、もう比嘉が遊んでくれないかも知れないじゃないですかっ!!
「…とにかく、今日はもう遅い。ここに泊まって行きなさい。」
…それって、後で何か教えてくれるってコトかな。じゃあ、喜んで。
 家に連絡してくれるそうなので、お任せすることにした。確か、今のオレの父は、実の母親の兄にあたるのだ。ってことは、多分この人は父のことを知ってるんだろう。オレに電話番号を聞いたりもしないし。

 ふー。
しかし、変なところだよなあ。
どうみても「剣道とか柔道とかの道場」って雰囲気だ。
 用意してもらった寝床についてはみたものの、なんか眠れない。目が冴えちゃってるな。
落ち着かないので、部屋のあちこちに目を向ける。天井の木目でも数えようかな。
…うっ。あ、あの木目のトコ、ちょっと変なシミじゃない? みみ、見ようによっちゃ、ひ、人の顔に…
あわわ。
 オレは起きあがった。
ここ、なまじ古くて暗めの部屋だから余計に怖いんだよ。
ち、ちょっと逃げよう。
 …ぎょっ。ど、道場に誰かいるっ!?
なんだ、鳴瀧さんだ。脅かすなっ。って勝手に驚いたの自分やろが。
「どうした。眠れないのかね。」
は、はい。天井のシミが睨むんです〜。
「私も仕事があってね…。今夜は徹夜になりそうだ。」
大変ですね。こんな遅くまで…明日の仕込みですか?
「…君は、強くなりたいという願望はあるかね?」
? 唐突な質問だな。
まあ、思います。もーちょっと強ければ、街でいちゃもん付けられても困らなくなるかも知れないし。
「何のために? 強くなってどうする?」
勿論、護身です。…と言いたいが…えーと、あの…。
「誰かを、護るためにか?」
ああ、はい。誰かっつーか自分の身を護るためです。と頷いてみた。
…何で怒るんだよ、アナタが誘導尋問したんじゃないか。変なの。
「それなら、もし仮に、君の友人でもいい、大切な人が、今回の事件に巻き込まれたらどうするね? 事件を引き起こしている者と闘うかね? 相手に勝てないとわかっているとして…だ。」
だから、もう巻き込まれてるのがトモダチなんだよ〜! 闘うに決まってるじゃないですか。だって、多少ボコになったり、手足やられちゃったりしても、その友人は一生に唯一人の人かも知れないんです、少なくともオレにとっては、もう二度と出来ないかも知れないトモダチなんです!
「馬鹿げているッ! 後に残された者の気持ちを考えてみろ。」
だから何で怒るんだよ〜。
し、死ぬのはちょっとイヤだけど、…でもなあ。友達と引き替えなら、…なあ。
このまま誰とも親しくなれずに、たった一人で、毎日毎日独りぼっちで過ごすんだったら、死んじゃっても友達がオレを覚えていてくれる方が、ずっと幸せなんじゃないかなあ。分かんないけど。

 結局、何のために来たんだか分からないまま、翌日そこから登校した。天井が気になってあんまし眠れなかったからちょっと辛い。
よろよろと校門にたどり着くと、そこには青葉がいた。
ごめんな、青葉。何かヒント掴めるかと思ったんだけど。
「あっ。あれ、比嘉くんじゃない?」
 振り向くと、比嘉は学校の方ではなく、明日香公園の方へ向かおうとしていた。こらこら、ここまで来てサボるか?
 公園の辺りまで追いかけて来てみたけど、比嘉の姿はない。
代わりに、変な連中が青葉に声をかけて来た。莎草の子分らしい。
思いっきり振りかぶって殴りに来たそいつを、とりあえずかわす。だから、オレはかわすのはプロなんだって。
「くっ、こいつ強ェ…」
いや、キミらが弱いんだと思う。
 ところが、そこに莎草がやって来て、今度は青葉を人質にとってしまった。
うう、卑怯! 如何にも悪役みたいだ。
なんて思ってるウチに、突然目の前に星が散った。ぐっ。殴ら、れた…か?

 はっ。今のは夢?
うわわ、あの気味悪い天井だッ。ってことは、ここは鳴瀧さんの道場?
「…目が覚めたかね。」
はあ、おはようございます。…てて、アタマ痛い。…あれ? 頭にこぶが…
なんだ、夢じゃなかったのか。あんなトコロからここまで運んで下さったんですか?
おっとそうだ、あの二人はどこに?
キョロキョロしたオレの素振りに、鳴瀧さんが答える。
「君の友人は、その場にはいなかった。彼らに連れ去られたのは女生徒一人だ。彼らを追っていったのかも知れないな。」
…。じゃあ、青葉はあのまま捕まって、比嘉は何とか逃げ出したんだな。でも、比嘉が青葉をそのまま放っとく筈がないから、きっと後を追っていったんだ。
「この件には関わるなと言ったはずだ。」
関わるなっても、向こうが勝手に絡んできたんですけど〜。
恨みがましく見てたのを気付いたのか、また鳴瀧さんは「放っておけ」を繰り返した。
夕べ言ったじゃないですか。友達が、捕まってるんですよ?
 一生懸命深呼吸して、これだけは絶対言わなくちゃ、と決意して、口をこじ開けた。
「…オレは、青葉を、救けに、行きます。」
はあっ。い、言えたじゃん。偉いぞオレ。努力すれば、これくらい喋れるんだな。やった。
「…では、私の部下と闘ってもらおう。君がもし、大切な者を護りたいのなら、その想いの強さを私に見せてくれ。」
えっ!? ぶ、部下って、料理人じゃないの!? そんなの倒していいの!?
 昆布道って、奧が深い…

 …ぜー。はー。
うう、あちこち痛い。痛みには強い方だけど、なんかもう体中バラバラだ。ち、チクショウ騙された。全然コックさんじゃないな、こいつら? じゃあ、こぶどーって何よ!? …あ、掛け軸があった。…古武道? 全然ちゃうやん!
 だけど…変な感じだ。闘っているとき、妙な力が身体にわき上がって、勝手に手足が動くときがあった。
それに、最後の一人を倒すとき…。思い切り蹴ったら、どういった力加減だったのか、そいつが壁まで吹き飛んだのだ。
あんなすごいキック力、オレは持ってなかった、はずだ。何だかへんな感じが続いている。
 まあいいや、鳴瀧さんがお許しをくれた。場所も教えてもらったので、とにかく行こう。よくは分からないけど、さっきの蹴りなら、結構通用するんじゃないか? あの莎草にも。

 ───なんだ、あれは?
青葉がずーーーーっとバンザイしている。何のつもりなんだろう?
うーん…ベートーベンの「運命」の指揮者! ジャジャジャジャーン! …だめ?
 鳴瀧さんが教えてくれた廃屋にやって来たオレは、中の様子を窺っていた比嘉と合流し、廃屋を覗いているところだ。
中には誰もいなくて、ただ青葉が変な格好を続けている。疲れないのかな。
「わざわざ、死にに来るとはバカなヤツらだ…。」
ひっ!? い、いきなりバレた。そーっと来たつもりなのに。
なんだか莎草は変なことを言っている。運命の赤い糸? それで、オレとお前が結ばれてるとか言うわけ? ちょっと怖いな。 オレ、贅沢言える立場じゃないけど、出来るなら女の子がいいぞ。…まあ、どうしても、ってんなら、と、トモダチからでいい?
うわっ。ま、また莎草が光ってる。ああ、比嘉が突然自分の喉を絞め出した! どうした比嘉! 何かヤなことあったのか? 違う? 莎草がやらせてるのか? また手品? いや、マジで死んじゃうって。止めさせてくれ!
莎草がオレに向かって来た。ぐぐ。こ、怖いけど、比嘉が死んじゃいそうな方がもっと怖い。
神様、救けて! 鳴瀧さん、…お父さん!

どくん。

え?

うわ、耳鳴り。

な、何これ。め、め、「目覚めよ」? いえ、オレ起きてますよ?

あわわわ? かっ、身体が熱い! なんか妙に力が溢れてくるような…
イメージとしてはアレだ、ポパイがホーレン草食べたような。ドカーン、ピーッ! て感じで。何やねんそれ。
莎草も何故か苦しんでる。げっ。みるみるうちに…か、か、身体が、鬼みたいになっちゃった!? なにソレ!?
ぎゃーっ、来るなーっ!!!
 …あれ? 殴ったら凄いパワー。マジでホーレン草効果?
ま、まあいいや、とにかく全力でぶっ倒す! 怖いから!!

 …た、た、倒したら、莎草が、とと溶けちゃった。うわ〜…うえー。気持ちワル…
鳴瀧さんが言ってたな。<<人ならざる力>>を持ったもの。これが…この鬼みたいなのが人ならざる力?
…まだ、さっきの妙な力が身体に残っている。身体が熱い。この<<力>>は、莎草の<<力>>と同じなのかな。
だとしたら、オレもいつか莎草みたいに溶けちゃうのかな。それはちょっとイヤダ。
 後ろで、青葉の声がする。気が付いたんだな、無事で良かった。
「…緋勇。俺には何が何だか…一体、莎草はどうなったんだ。」
……莎草は…人ならざる力を持っていた。…だから…」
えっ。い。今の、オレの声? オレがしゃべった?
今思っていたことがスラスラ出るなんて、ビックリだな。まだ興奮してるからか?
ちょっと嬉しくなって、二人の方を振り向いた。
「…緋勇、お前…」
……比嘉…?
ど、どうしてそんなカオしてるんだ? そんな…悲しそうなんだ? 莎草を倒したからか? で、でも…
青葉も、辛そうにオレを見てる。でも、青葉。もうコイツ、化け物だったし。コイツ倒さなかったら、オレたち皆死んでたかもしれないんだよ?
分かってくれ、ともう一度比嘉を見つめたら、比嘉は目を逸らして俯いてしまった。

 …………

 ……ああ。そっか。…なんだ。
 オレ、また、やっちゃったんだ。
 二人のこと、にらみつけちゃったらしい。そういうつもりじゃ、なかったんだけどな。

「…と、とにかく、病院へ行こう。さとみを手当するのが先決だ」
 比嘉が、そう言って青葉を支え、立たせてやる。
ふらつきながら立ち上がった青葉が、「大丈夫か?」と訊く比嘉に「有り難う」と笑いかけている。
 …へへ。いい、雰囲気だ。
良かったな、比嘉。
お前ら、お似合いじゃん。
「…緋勇、お前はどうする?」
オレは首を横に振った。お邪魔しちゃ悪いしな。今、折角イイ感じなんだし。気ィ遣わなくていいよ。
「そうか。じゃあな、緋勇。」
……。」
じゃあな、緋勇。…だって。
 ありがとう。
 ……さよなら。
優しくしてくれて、ありがとう。ほんの数日間だったけど、友達でいてくれて、ありがとう。
楽しかったな。本当に楽しかった。
もう二度と、こんな人たちには逢えないかもしれないけど。

 でも、もしまた、万が一、声をかけてもらえたら…。
今回の教訓を絶対生かして、もう何が間違ってもソイツを睨んだりしないんだ!
今度こそ、もっと長く友達でいてやるっ。

 固く心に誓いを立てて、オレはこの事件の報告をするために、鳴瀧さんのところへ向かった…。

 その後、オレは鳴瀧さんから古武道を教わり、春から東京へ転校することになる。
そこで出会う沢山の人、事件が、色々な意味でオレを変えていくことになるのだが…

 それはまた、別のお話なのである。

06/09/1999 Release.