拾壱
之弐

早乙女ノ唄

4月8日。

「…だからさァ。小蒔からちょっと聞いてみてくんないかなー。結構よく話してるでしょ?」
「えーッ。そんなコトないよ。ボクだって二人で話したことないし。…思い切って声かけてみればいいのに。緋勇クンって、結構優しいみたいだよ?」
「そんなコト出来たら相談してないって〜。ね? 頼むよー小蒔ィ。お願いッ。」
 ……もう。ボク、こうゆうの弱いんだよなァ。つい引き受けちゃいそうになる。
でも、ボクも緋勇クンってよく分からないしなあ。
「別に、りっちゃんのコトどー思ってるか訊いてってんじゃないんだからさー。ちょっと、特別な彼女がいるのか知りたいだけなんだって。」
「うーん…でも…」
「…お願い、小蒔。いるならいるで、諦めるから…」
あッ、理津子泣きそう。
「わ、分かったよッ。だから泣かないでよ、ねッ? 訊いてはみるけど…期待はしないでよ? ボク、ホントに親しくないんだから。」
「有り難う、小蒔! そう言ってくれると思ったよ。」
「良かったね、りっちゃん。さすが小蒔、頼りになる〜。」
何だかちょっぴり騙された気もするけど…仕方ないか。
ちょっぴり憂鬱だけど、それはボクも訊いてみたかったコトだし。

 昼休み、クラスメートの理津子と千恵に呼び出され、聞かされたのは緋勇クンへの気持ちだった。一目惚れしちゃったんだってさ。
その気持ちは分かるんだ、だって緋勇クンてホントにカッコイイもん。
教室に戻ってみたら、あと何分かで予鈴がなるので殆どの人が戻ってる。緋勇クンも席にいた。でも、京一のバカがへばりついてる。…もう、邪魔だなァ。
 ちょっと離れた所からじーっと緋勇クンの顔を見てみた。
なんかうっとーしい前髪だけど、チラチラ見える眼はとっても澄んでてキレイなんだよね。
キリッと引き締まった顔が崩れるの見たコトないから、みんな緋勇クンのこと凄く冷静な人だと思ってる。京一がくだらないコト言っても笑ったり怒ったりしなくて、つまんなそうに頷いてるだけだし。
でも、決して邪魔にしたりしないのは、優しいからじゃないかな。じゃなきゃ、あのバカに付き合ってくれるワケないもんね。


4月9日。

 今日こそ聞いてみよっと。
でも、なんか休み時間の度に京一が…ああッもう! 邪魔だなァ! それもベタベタひっついちゃってさ、京一、女の子飽きたの? 飽きる程モテやしないクセに。
あ、ようやく緋勇クンが一人になった。チャンスチャンス。
「おーい、緋勇クンッ。ズバリ訊いちゃうけど、緋勇クンてカノジョいるの?」
……教室中が静まりかえっちゃった。ボク、そんな大声で訊いたかな。…ま、いっか。
緋勇クンはちょっとボクを見つめた。…珍しい、全然眼を合わせない人なのに。ビックリしたのかな?
それから、ゆっくり首を横に振って、教室を出ていっちゃった。
よーし。いないってさ。理津子には悪いんだけど、ボクは葵のために喜んだ。だって、葵も緋勇クンのこと、多分…
 振り向いたら、理津子が赤くなってて、千恵が小声で「バカッ」って言ってた。…何でだろ??


4月12日。

 葵がまた何か緋勇クンに声をかけてる。ホント、彼にはすごく積極的だ。
間違いないよ、葵も緋勇クンに一目惚れしちゃったんだね。初めから、全然態度違ってたもん。他の人には分からないだろうけど。
 実は、葵って少し、男のコ苦手らしいんだ。あんなにモテるコが、勿体ないとは思うけど、逆にモテ過ぎてイヤになっちゃったのかも知れない。
だから葵は、自分から男のコに話しかけたり、お喋りに混ざったりって絶対しない。女のコに対してだって、元々引っ込み思案なトコがあった。それなのに生徒会長に選ばれちゃったりするのは、もう生まれ付き、人を惹き付けちゃう才能があるとしか思えないよね。
 二人が何話してるのか聞きたくて近寄ったら、明日の生徒会主催の新入生歓迎会の話を教えてた。ちぇッ。葵もお堅いなァ。
…それにしても緋勇クン、葵にもクールな対応。…男のコが葵になびかないなんて、ちょっと信じらんないな。


4月15日。

 緋勇クンは、思ってたのと全然違う人かも知れない。

 お花見の最中に、おかしくなっちゃったオジサンに日本刀で襲われた。それはそれでビックリしたけど、旧校舎でやったみたいに闘おうとしたら、緋勇クンに怒鳴られちゃった。
普段全然怒らない人が怒ると恐いって言うけど、本当だね。身体中が震えちゃったもん。
ボクのことを救けようとして、周りにいた狂犬たちをみんなやっつけてくれたし、醍醐クンを援護しろって言ったのも、優しいからだと思う。
 でも、ボク見ちゃったんだ。
犬をなぎ倒して、他にいないか周りを見渡したとき。前髪がばらけて、一瞬眼が合って。

 視線だけで誰かを殺そうとしてるみたいな…眼。

 その眼はボクに向けられたんじゃなくて、敵に向かってたんだって分かってる。
でも…ボクは恐くなってしまった。あんな眼をして闘う人なんだ。穏やかそうだけど、全然違うんだって。
なんだか、普段静かなのも、こういう所をカモフラージュしようとしてるんじゃないかなんて…いけない。いくら何でも失礼だ。
 多分緋勇クンは、こういう「闘い」に慣れてるだけなんだ。普通の生活してた人じゃないのかも。
大体、ボクたちだってヘンなんだもの…
…後で、雛乃に相談してみよう。こういう不思議なこと、巫女やってる雛乃たちなら何か分かるかも知れない。


5月18日。

 ボクたちはいつの間にか猟奇事件を解決するようになってた。何でこんなことになっちゃったのか分からないけど、でも何の罪もない人をたくさん殺すなんて、やっぱり許せない。だからボクはボクに出来ることをしようって思う。
 渋谷で鴉を使って人を殺していた唐栖って人は、動物たちの立場から見たら正しいのかも知れない。でも、だからって人間を殺していい筈がないよ。みんなが一緒に生きていくコトを考えなきゃいけないんだ。
 だから緋勇クンが、唐栖クンに怒ったとき、ちょっとスーッとした。やっぱりまだ恐いけど、怒った緋勇クンは強いし、その怒りはボクたち仲間には向けられたことないもんね。
…それに、あんなに怒ったのは、唐栖クンが葵に声をかけたからじゃないかな。…へへへッ。葵、やっぱり脈アリだと思うよ!


7月11日。

 緋勇クンて、比良坂サンのこと好きだったのかなァ。
「緋勇くん、大丈夫かしら。ずっと沈み込んでるみたいだけど…私たちに出来ることってないのかしら。」
葵がそう相談してきて、初めてボクは緋勇クンの様子がおかしいと気付いたんだ。
いつもと同じにクールで寡黙だなーとしか思ってなかったんだけど、言われてみればボーッとしてるみたい。
さッすが葵、好きな人のことは敏感だね!
と思ってたら、京一や醍醐クンも気付いてた。…ボク、ニブイのかなァ。
 でも京一の気遣い方って、ちょっと行き過ぎな気がするけどな。あんなに髪とか頬とか撫でたりするの、ちょっと見ヘンタイみたいだもん。
 理津子に告白しないのか聞いてみたら、「何だか入り込む隙がない…」とか言ってた。緋勇クン本人にも隙がないけど、あれだけ京一がマークしてたら、親しくなるきっかけも掴めないよね。全く困ったヤツ。


8月19日。

 もー昨日はホントにアタマに来た!
何考えてんだろ、緋勇クン! よりによって、街中で声かけてきたアヤシイ外国人に「葵を下さい!」って言われて頷く?! そりゃ、後からアランくんはイイ人だって分かったけど、それにしてもひどい!!
アランくんの仇を退治しての帰り道、別れ際に冗談っぽく電話番号聞かれたりして、葵は教えなかったけど、あの後ずっと元気がなかった。顔に出さないようにしてたようだけど、ボクには分かるんだ。
 帰ってから電話してみた。葵は何でもないって言ったけど、ボクが思い切って「緋勇クンのことでしょ?」って聞いたら、ひとことだけ言ったんだ。
「…私じゃ、緋勇くんの力になれないみたい…」
そんな筈ない。葵を好きにならない男のコなんていない。
 あんまり腹が立ったから、今日部活に出る途中で偶然会った醍醐クンにも思い切って聞いてみた。
「緋勇クンだって、葵のコト気にしてると思うんだけどさ、それなら昨日の態度なんておかしいよね? もう、何考えてるのか全然分からなくて困るよッ。」
醍醐クンは困り果てた顔で、あーとかうーとか唸ってばかりだった。男のコ同士って、あんまり好きなコの話とかしないのかな。まあ、あの緋勇クンと醍醐クンが、女のコの話なんかするようには思えないけど。


9月3日。

 新学期が始まって、もうすぐ高校最後の練習試合だから、毎日うんと練習をしてる。雛乃に勝ちたい。ううん、負けてもいい、みっともない試合はしたくない。
そんな時、醍醐クンが御守りを貸してくれた。醍醐クンが試合の時とかに身につけてるものだって。
「まあ、桜井の実力が遺憾なく発揮されるための小道具だと思えばいい。」
ありがと、醍醐クン。ボクは、醍醐クンのこういう所が好きだ。
神様に頼るっていうんじゃなくて、実力を出すためにちょっと助けてもらうって考え方、なんかイイよね。
 何だかすッごく嬉しかったので、葵にも見せた。
葵は一緒に喜んでくれたけど、もしかして、ボク、自慢しちゃった…みたいかな。後で気付いて恥ずかしくなっちゃった。で、でも、ボクと醍醐クンはそーゆー仲じゃないし…おかしく、ないよね?


9月7日。

 雛乃には負けちゃったけど、いい勝負だったと思う。
御守りが効かなかったって醍醐クンが謝った。そんなの醍醐クンのせいじゃないのに、可笑しいよね。
それで雛乃の家に行くとき、醍醐クンに聞いてみた。
「この御守りさ、もらっちゃダメかな? 今日の記念にしたいんだ。」
醍醐クンはちょっとビックリして、それでも「構わんさ。」と笑ってくれた。
そう、今日の記念なんだよ。みんなに応援してもらった記念。雛乃と高校最後のいい勝負が出来た記念。…ボクたちの運命を知った記念…かな。ずっと大事にするんだ。


9月8日。

 醍醐クンの師匠だというおじいちゃんに会った。優しそうで、醍醐クンのことを本当の孫みたいに可愛がってるって、すぐ分かった。醍醐クンも、いつもと違ってちょっと甘えてるみたいだったな。よっぽど心を許してるんだ。ボクも、あのおじいちゃん好きだな。
と思ってたら、雛乃たちの名付け親なんだって。世間って狭い!
 雛乃の話や、おじいちゃんの話から、ボクたちは「龍脈」とかいうエネルギーのせいで、こんな<<力>>を持つようになったってこと。そして、そのエネルギーが強くなったせいで、「鬼道衆」みたいな悪いヤツらが出てきたってことが分かった。
やっぱり京一の言う通り、ボクたちが鬼道衆を倒さなきゃいけないのかなァ。醍醐クンも宿命みたいなこと言ってたし。…緋勇クンは、やっぱり知ってたみたい。…どうして先に教えてくれなかったのかな? 相変わらず何考えてるか分かんないや。
 でもさ…やっぱりヘンだよ。だって、ボクらはともかく、葵みたいな優しいコが闘わなきゃいけない運命なんてさ、絶対おかしい。


9月9日。

 どうしよう。

 どうしたらいいんだろう。

 昨夜からずっとそればかり考えてる。何も答なんか出ない。
葵…どうしたらいい?
どう言っていいか分からないよ。それにあんまり葵に心配かけたくない。
お父さんにもお母さんにも、「喧嘩に巻き込まれた」としか言ってない。「怪我が治るまで学校に行きたくない」って言ったら許してくれた。弟たちにも心配かけちゃってる。…こんなんじゃ、ダメだよね。しっかりしなきゃ。でもどうしていいか、分からない。何を考えるべきなのかも、分からない…。


9月10日。

 醍醐クンの夢を見た。
あの恐ろしい姿になって、誰かを殺してた。
それで、泣いてた。
 ───桜井、…俺は───
目が覚めて、全部本当にあったことだって思い出して、涙が出た。
どうして泣いてるのかな、ボク。哀しいのかな。恐いのかな。

 午後になって、実と豊がおもちゃとプリンを持ってきた。
「これね…ゆーちゃんのお気にだからね、おネエに貸してあげる。」
「オレのおヤツやるから、元気出してよ…」
昨夜は繁に無理矢理ご飯を食べさせられたっけ。ホント、ネエちゃんがしっかりしなくちゃダメだよね。
ありがと、実。ありがと、豊。繁にも、ごめんね…。


9月11日。

 今頃、醍醐クンはどうしてるだろう。
どこかに行ってしまったままだろうか。ボクみたいに、家に閉じこもってるだろうか。…学校には…行ってるだろうか…。
 ずーっとずーっと醍醐クンのことを考えてた。それで少しだけ分かった。
ボクは今でも醍醐クンのことを好きだし、何があったって醍醐クンに「ボクたちは友達だよ」って言ってあげたい。何でああなっちゃったのか、とか、佐久間クンのこととか、色々あるけど…でも、それでもボクは醍醐クンの友達でいたい。
 あの時。
佐久間クンを倒してボクを振り向いた醍醐クンに、声を掛けられなかった。目を逸らしちゃった。
でも、今ならそんなことない。ちょっとビックリしただけ。あの時だって醍醐クンは醍醐クンのままだったじゃないか。

 葵や京一から、何度も電話があったみたい。…明日はちゃんと学校に行こう。
ちゃんと説明出来るか、まだ分からないけど…


9月12日。

「あー、と、桜井…」
「なに?」
「…これ、なんだが…」
 あッ。御守り!
佐久間クンに取られちゃったヤツ、取り返してくれてたんだ。
醍醐クンは苦笑した。
「…すっかり縁起が悪くなってしまったな。」
「ううん。そんなことないよ。」
だって、醍醐クン帰ってきてくれたんだもん。
そう言うと、少し赤くなったみたい。…へへ。醍醐クンでも赤くなったりするのかー。
「ねェ、醍醐クン。それ改めて、もらえるかな。」
「…ああ、…いや、俺からも頼む。持っていてくれ、桜井。」
醍醐クンの声、久々に聞いたみたいな気がする。いつも通りの落ち着いた声。
見上げてみたら、ちゃんと笑い返してくれた。
……さっき、ちょっと、つい…は、早く目を覚まして欲しくてキスしちゃったコト…気付いてたかな。
…ま、まァいいよね! どさくさってことでサ! えへへ! な、なんか盛り上がっちゃって、つい…
照れくさくなってきちゃった。葵のトコに逃げちゃお。
 声をかけようとしたら、葵は緋勇クンに何か話しかけていた。
「ホントにひどい出血だったのよ、龍麻くん。これからは、もう無理させませんからね。」
……緋勇クンが、スマン、と言ってアタマを掻いてる。
 何か、あったのかな。…何かあったんだ。
だってあんな葵の言葉。緋勇クンに、あんなに堂々と。それに…名前。「龍麻くん」って言った。
もう、すごくすッッごく嬉しくなって、葵に抱きついちゃった。
「へへッ…葵ッ、やったね!」
「きゃッ…もう、小蒔!?」
 そっかー! 良かったね、葵。想いが通じたんだよね!?

 あーあ。久々に気持ちが良くて、久々におナカが空いたなァ。
「へっへー、早くラーメン食べたいなァッ。」
「お前はいっつもソレだよな。少しは食い気より色気…は無理だろうけどな。男だし。」
フンだ。京一になんか分かんないよッ。
ボクだって色々悩んだり、困ったり、…泣いたりするんだからな。
 ちょっと醍醐クンを振り向いたら、嬉しそうに笑いながらボクたちを見てた。
へへッ、もっかい言っちゃおう。

「おかえり、醍醐クン!」

07/27/1999 Release.