拾壱
之四

続・確保

しずる様に捧ぐ

この尻尾が見えりゃねェ…(笑)

by 円(原画はこちら)

 いたいた。やっぱりここか。
……京一。起きろ。」
「う…? お、おお。おはよーさん。」
 お早うじゃないだろ。一時間目から授業ぶっちぎって、昼休みまで昼寝しててどーすんだよ。確かに今日はちょっと蒸し暑さ戻って、教室にいるよりここで寝てたいってのは解るけどな。でも、次の時間はお前の嫌いな…
「…次は…生物だ。」
「う……。」
 京一は一瞬イヤ〜な顔をして、髪をくしゃくしゃっと無造作にかいて、それから木の上から飛び降りた。
「わざわざ知らせてくれて、ありがとよ、ひーちゃん。…ふああ。しょーがねェなァ…。次にサボッたらレポート20枚とか言ってたしなァ…。」
そうそう、そうだろ。オレは別に犬神先生キライじゃないけど、何だかお前ら相性悪いもんなー。前に何かあったのかなあ?
 まあいいや、それじゃ行こっか。と、くるりと来た方に向きを変えて、ちょっと歩いてから、京一のついてくる気配がないのに気付いた。
振り向くと、何だか難しい顔をして首を捻っている。どうかしたか?
……しまった…昼メシ食い損ねた…チクショウ。」
ズル。ずっこけるかと思った。流石は京一、外さないヤツだ。
「ええと、昼休み入ってからもう30分か…。もう購買でも何も売ってねェだろうなァ。ちッ…。コンビニ行って、なんか買ってくっかなァ…」
 ……メシか。うーん。…どうしよう。あのさ、京一。実は…
オレは、持っていた包みを京一の目の前に突き出した。
「…な、何だ? …弁当か?」
…………食え。」
 あ、あのさ、勘違いすんなよ? ええと、別にその、新婚さんごっこの愛妻弁当とかじゃないからな? オレ今日なんかどーも調子悪くて、朝メシも食えなくて、それでも弁当作っては来たんだけど、やっぱり何だか食べられなかったんだよ。…ホントだぜ?

 何でオレがこんなにビクビクしてるのかとゆーと、実は昨日、京一をまたまた怒らせてしまったからなのだ。
夏休み辺りから頻繁に泊まりに来るようになった京一が、いつもの如くやって来たんで、軽い気持ちで…ちょっと、からかってみただけだったんだよね。頬にご飯粒ついてんの見て、つい…翡翠の真似して、取って食ってみたんだ。
いやマジで、ちょっとした出来心ってヤツだったのよ。もしかしたら笑ってもらえるかなーとか思っちゃって。
 京一は、真っ赤になって怒って、オレを突き飛ばした上、テーブルまでひっくり返した。
怒られるかも、くらいには思っていたんだが、そこまでやられるとは思ってなかったんで、ものすごくビックリした。京一のこと、またも本気で怒らせたと思って、マジでビビッて、すぐに謝った。
 でも、京一もすぐ謝り返してくれたんだ。ついカッとなっちゃっただけらしくて、何度も「悪りィ。」とか「ごめんな、ひーちゃん」とか言いながら、ひっくり返ったご飯とか片付けるのを手伝ってくれた。
いや、謝る必要なんかなかったんだけどな。前に、「新婚さんごっこは他の人にはするな」って言ってたから、京一にはいいのかなーなんて、ちょっとイイ気になって、ふざけ過ぎちゃったオレが悪いんだ。もう、醍醐の一件で図々しいコトしないようにしようって反省したばかりだってのに、オレってホントにバカだよな。
 結局その後、京一は泊まらないで帰ってしまった。もう怒ってないらしいけど、何となく気まずくなっちゃったまま、今に至るわけなのだ。

 こんなもの渡したら、また新婚ネタかって怒られそうだったけど、ちゃんと説明すれば食ってくれるかなあ。
「…ひーちゃん、これ…? いいのか? お前は? もう食ったのか?」
オレと弁当の包みを交互に見ながら、困ってる京一。ええと…その…
……オレは、要らん。…食え。」
………。」
 ちょっとの間、オレを探るように見ていたけど、食欲には勝てなかったらしい。
「じゃ、遠慮なく」なんて言いながら、木の根元に腰を下ろして、さっさと包みを開いた。ホッ。もしかして、またまたオレの気持ち読んでくれたのかも知れないな。
「旨そーだなァ〜。いッただッきま〜すッ! 全く、ひーちゃんも真面目だよなァ。朝メシもしっかり自分で作ってるしよ。今度は弁当まで作ることにしたのか? ……んめ〜ッ。は〜、ろーしれ、んぐ、寝てててもよ、ハラっへ減うん、はほーら?」
うーん。…どーして寝ててもハラって減るんだろうな、って言ったのか? 全く…。オレは、食う方に使っててさえ喋れるお前の口の方が不思議だよ。
 先に教室に戻っても良かったんだけど、何となくオレも隣に腰を下ろして、京一がガツガツとオレの弁当をむさぼる様を見ていた。…こんだけ旨そうに食ってもらえると、作った甲斐もあるよな。へへ。
「へへッ、助かったぜ〜。コンビニも、この時間だともうロクなの残ってないもんな。外で食うにも金ねェし。…ん〜、この煮物も妙にうめェ…。」
あ、そのニンジンは自信作だぜ。しょっぱ過ぎず甘過ぎず、ニンジンの旨味を残して煮付けて…。はっ。なんか今頃になって腹減ってきちゃった。調子戻ってきたみたい。良かったっつーかタイミング悪いっつーか。
「ひーちゃん、昼メシどーしたんだ? これ、マジで良かったのかよ?」
 ふと気付いたように、京一が尋ねる。…うう。また考え読まれたのかな。
「…いや…。」
昼は食ってないけど、つーか朝も食ってないけど、昨夜もあのまま食わなかったんだけど、食欲無かったから、その弁当も捨てるつもりだったんだけど、お前が食ってくれて助かったって思ってたんだけど、そしたら急に腹減ってきて、今は困っちゃってるんだ。
なんてフクザツな流れをどう表現していいか全然解らん。うう〜、どう言えばいいんだ!
 とりあえず首を横に振ったオレを、またじーっと見ていた京一は、まだ半分残ってる弁当を突然オレに返して寄越した。
「…食ってねェだろ、お前。…返す。悪かったな、半分食っちまってよ。」
い、要らないって! だって半分じゃ絶対放課後になる前に腹減るぞ? ラーメン屋まで保たないぞ? オレは別に平気だって。今頃治ったオレの身体が悪いんだし。
「いいから食えって。半分こにしようぜ? …なんかよ、そんな変な気の遣い方されてもよ…なァ、ひーちゃん…。」
…あう。お、オレまた間違えたのか。友情ってムズカシイ。
ごめんね〜ホントに最初は要らないからあげたんだよ。だからその、気を遣うとかじゃなくて、でも…あうう。どう言ったらいいんだ?
 京一〜ゴメン違うんだ〜と念じながら、その顔を見つめた。解ってくれ京一。頼む。いつもの技で、この混乱した気持ちを汲み取ってくれ。

 しばらくこっちを睨んでいた京一は、ふと、弁当の中からウィンナーを箸で掴んだ。ああ、全部食ってくれるんだな、と思ったら。
「…ほれ。」
…………へ?
 オレの目の前に、ウィンナーが突き出されている。
「口開けろ。…ほれッ。」
ちょいちょいと、催促するように、目の前の箸が振られる。
 …あの。…京一。これって。………「あ〜んして」って…意味!?
昨日あんなに怒ったのに。何で?
どうしていいか解らなくて、箸先と京一とを見比べる。
 京一は、笑っていた。いつも通りの、ニヤニヤ笑い。
…そっか。解ったぞ。
お前、オレが仕掛けるのはムカツクけど、自分がこーゆーことするのは楽しいんだな?
何てヤツだ。…ああ、でもそうだよな。お前大概、誰かとコンビ組んで漫才やってる時、ボケ役多いもんな。
となると、ここはツッコミ入れるべきかなあ。「何しとんねん!」って。
でも、何だか緊張するな。ほ、他に誰も居ないんだから、思い切って言ってみてもいいんだろうけど、人にツッコミ入れるって勇気が要る。
……………………………ダメだ。
 オレは挫けて、口元にまで差し出されているウィンナーを、仕方なくそのまま食べた。
「…旨いか?」
何故か神妙に、京一が尋ねる。…うん。旨い。…丸一日近く食ってなかったワケだし。…すっげー旨い。自分で作ったとは思えん。
 へへへッ、と笑って、更に白飯を箸で掬い、今度は思いっきりボケてきた。
「はいッ。あ〜ん☆」
ああ、そうか…どうせやるなら、そんくらい大袈裟にやらないと、ボケにならないって言いたいんだな? そうだよな、いきなり無言で行動したってお客さんには伝わらないもんな!
よく解ったぜ京一。次に機会があったら、オレもシナ作って「はい、ア・ナ・タ☆」くらい言えるように努力する! 
 心の中で激しく誓いながら、オレは素直にメシを食わせてもらった。
……有り難う。」
……へへッ。…ま、後は放課後のラーメンまで我慢しよーぜッ。」
 そのままオレたちは、弁当が空になるまで交互に食い続けた。幸せに酔いしれながら…。
ああ…オレの一大野望が達成する日も近いかも…なんて、ね。

2000/01/22 Release.