拾参
之参

讃頌

おがた様に捧ぐ

「よう、龍麻サン。…と京一。」
あッ、この声は雷人!
 オレが振り向くより早く、京一が舌打ちをしながら怒鳴った。
「如何にもオマケ、みてェな言い方してんじゃねェよッ。」
「HAHAHA〜! キョウチは、心が狭いネ。」
「やかましいッ! てめェはどーして相変わらず人の名前を覚えねェんだッ!」
アランもいたのか、偶然だなァ。ってゆーか、お前ら新宿駅前で何してるんだ?
 オレの疑問に答えるように、雷人が言った。
「偶然そこでアランに会ったンでな。ちょいと今からカラオケでもってことになったンだ。」
「別に聞いてねェよ!」
何で京一不機嫌なんだろう。「キョウチ」って呼ばれるのがそんなに嫌なのか?
まあオレも「タツマ」を縮めて「タマ」とか呼ばれたら少し嫌だけど、親しみこもってていいような気もするなあ。

 それにしても、ホントにアランと雷人って仲いいな。邦人技も持ってるし。
え? 邦人技のこと? うん、オレ達が協力して生まれる凄い<<力>>のことなんだけど、そういう呼び方をするってのは織部妹さんに聞いたんだ。
実はアレって、日本人なら誰でも出来ることなんだな。きっと大昔、鬼とかと闘ってた日本人が編み出したものなんだろう。アランが出来るのは少し不思議だけど、ハーフだからいいのかな。となると、マリィだけ参加出来ないのかな。どう思う? ってまた誰に聞いとんねん、オレ。
「ソウヨッ。アミーゴとキョウチも、一緒ニ行くネッ!」
「おッ? アラン、たまには良いこと思いつくじゃねェか。行こうぜ、龍麻サン。」
 …え? 何が? どこ行くって? ごめん聞いてなかった。
「うるせェなッ。俺とひーちゃんは、これから二人で骨董品屋に行くんだよ。カラオケなんざ、行ってるヒマねェからなッ。」
あ、カラオケに誘ってくれたのか!

 京一の言う通り、オレたちは翡翠の店に行く途中だった。
鬼道衆倒しちゃった後も、旧校舎通いは相変わらず続いている。「一番下まで降りてみよう」というのがオレたちの目標だ。でも下に降りれば降りるほど<敵>も強くなって怖いので、なかなか下まで降りられないんだけどな。
で、その時<敵>が落とす色々な武器らしきものとかが結構溜まったんだ。これがまたいいお値段で翡翠に買い取ってもらえるんだよね。
 売ったお金は今のところオレが管理してて、適当に道具を買ったりみんなの武器をより良いのに買い換えたりしている。
こういう使い走りくらいやって、みんなの役に立っておかないと、戦闘以外ではオレ本当に役立たずだからな。
 手に入れた武器や道具をどうしようかと相談しているとき、思い切って「オレがやる」って言ってみたら、みんなあっさり賛成してくれた。醍醐なんか「お前に預けておけば安心だな」とまで言ってくれたんだ。もうとろけそうなくらい嬉しかった。勿論顔には出なかったけど。
 そういうわけで、今日もいらない武器や道具をより分け、張り切って学校を出たんだけど、何故か京一もついて来た。
「お前一人だと大変だろーし、如月のヤロウ…い、いや、何でもない」
うう、京一には信用されてないのかなあ。いや、コイツのことだから、本当に心配してくれてるんだろう。それとも、またオレと翡翠で新婚ごっことかするとでも思ってるのかな。そんなワケないのに〜。

「なァ、いいじゃねェかよ龍麻サン。30分だけでも、なッ?」
 雷人の腕が首に絡んできて、ハッと我に返った。いかん、コイツのスキンシップ攻撃には注意しなくちゃいけなかったんだ。
「ライトの言う通りネ。アミーゴの歌、ボクも聴きたいヨ。」
そう言って、反対側からアランが抱きついてくる。…これだ。
いつも二人で絡んでくるので、苦しくて逃げたくなっても逃げられない。だから、どっちかが先に抱きついてくる前に、覚悟して精神集中しとかないと、しばらく動悸が激しくて大変なのだ。
随分慣れたけど、二人同時攻撃はやっぱ辛いよ〜。ホント、いいコンビネーションだぜ。
「…ッて、いちいち抱きつくな!」
ベシベシッと、京一が二人の肩を、刀の入った袋で叩いた。流石京一、オレが苦しがってたの分かったんだな。ありがと〜。
「ッてえなッ! 何もそンなモンでドツかなくったっていーだろーがッ。」
「ヒドイネ、キョウチ!」
「うるせえッ! 大体、男だけでカラオケ行って何が楽しいんだッ」
女のコがいないと楽しくないのか? 行ったことないから知らないけど。歌なんて歌えないオレがいたら、楽しくはないよな。…う、また中学の修学旅行のバスを思い出しちまった。
「…あ? 誰が男だけだなんて言ったよ?」
……なに?」
「駅前で、雪乃サンや雛乃サン達と待ち合わせてンだよ。アランとは偶然会ったけど、元々オレ様はみんなでカラオケ行くつもりだったンだ。」
「雛乃ちゃん…?」
「マイコと、アリサも来るネ!」
「藤咲…」
「な、行こうぜ龍麻サン。みんなと親睦を高め合うってのもリーダーの仕事だぜ?」
親睦…。うう…イタイところをつくなあ、雷人。…って、誰がリーダーなんだ? あ、京一のことか。
「…ひーちゃん…い、一時間くらいなら、いいよ…な?」
リーダーの仕事と言われたんで、京一も行かなくちゃと思ったらしいな。…うん、まだ翡翠の店は閉まらないと思うし、構わないぜ。
 でも…はー。カラオケか…。
オレが歌わなくても、しらけたりしないかなあ。カラオケ屋さんに入るのも初めてだから、ちょっとドキドキしちゃうな。

「いや〜ん、ダ〜リンもォ、来るって分かってたらァ、舞子もっとカワイくして来たのにィ〜。」
「おいおい、オレ様たちだけだったらどうでもイイって意味かよ?」
「うふふッ。龍麻とアンタたちじゃあ、比べても仕方ないじゃない?」
 うッ。相変わらずキツイことサラッと言うなあ、藤咲。
そりゃあ、オレなんか比べてもしょーがないだろうけど…(泣)。
 なかなか良い声してるアランが気持ちよさそうに大声張り上げて歌っている。
雷人はバンド組んでるとかで、当然歌は上手い。
京一も歌い慣れてて、振り付けまで入れて場を盛り上げてる。
織部姉妹なんかハモったりして上手だし、藤咲も高見沢も慣れてるみたいだなあ。
……は〜。いたたまれない…。
オレ、上手いとかヘタとかいう以前に、マイク持って声出せないんだよなあ。
音楽の授業で、合唱とかやらされた時には何とか周りに合わせて声出してたけど…歌の試験なんか全然歌えなくて、「くだらねェことオレにやらせんじゃねェよ!」と思ってると取られて先生に怯えられたりしたもんな…あうう。
取り敢えず、入り口に一番近い席で小さくなって、目立たないように拍手だけしておく。
「ソロソロ、タツマの番ネッ?」
ヴッ。あ、アラン…。このまま一時間経ってくれーと思ってたのに〜。
「待ってました! オレも緋勇の歌、聴いてみたかったんだよなー。」
「うふふ…そうですわね。緋勇様は、どのようなお歌が好きですの?」
「そーだなァ…龍麻サンの声なら、尾崎なんてどーだ?」
「きゃ〜ん、カッコイイ〜。ダァリ〜ン、がぁんばってえ〜。」
ジャンボ尾崎って歌も歌ってるのか? うう…あそこまで年寄り臭い声なのか、オレ…でも音楽家の雷人が言うんだから、そうなんだろうな。とほほ。
「ドレにするかネ〜? さぁ、リスト見るネ!」
とか言いながら、アランがオレを引き寄せ、歌の本を目の前に広げて見せる。
 あうう…。こ、困ったよう〜。
オレ、歌えないのも困るけど、あんましこういうの聴かないから本当に歌知らないんだよ。
背中に負ぶさるようにして、後ろから雷人も本を覗き込んでくる。ぐはっ、またダブル攻撃!
「ホラ、これなンかいいンじゃねェか? 知ってるか? 龍麻サン。」
「ボクは、コッチが好きね! タツマはどうかネ?」
…………お前ら…ッ!」
またまた京一が助けてくれた。強引に腕を引っ張り上げられて、京一の隣の席に座らされる。
背で庇うようにして、またもオレの気持ちを代弁してくれた。
「ひーちゃん嫌がってんだろーがッ! 無理強いはやめろッ。」
ホント、よく解るよな…。オレが困ってたこと。
「…嫌がってたって…誰が?」
「アラ…龍麻、嫌がってたの?」
「タツマ〜、歌いたくなかったのカネ〜?」
あ…み、みんな…。そんなガッカリしないでくれ…だって…だってオレ…本当に歌えなくて…
「何だよ、京一。勝手なこと言って龍麻サンに歌わせない気かよ?」
「バカヤロウッ。そりゃ俺だって聴きてェけど…あ、いや、とッとにかく、ひーちゃん困ってんだから止めろって言ってんだよッ。」
「緋勇様…そうなんですの?」
「ダァリ〜ン…そうなのォ〜? 舞子、悲しい〜。」
ううう…そんな…高見沢。マジで泣くなよッ。オレが歌わないってだけで…
ああッ。も、盛り下がっちゃった! まただ…またオレのせいで…はわわ…
……高見沢…」
泣くのは止めてくれよう。うわ〜ん、みんなで注目するなよう。
京一まで、困った顔でオレを見てる。

 『みんなと親睦を高め合うってのもリーダーの仕事だぜ』

 …そうだよな。このままじゃ、京一に迷惑かけちゃうな。親睦を深めるどころか、オレのせいで親しんでたものもぶち壊しちゃいそうだ。
うおおー! しっかりしろ、オレ! ここで歌わなくちゃ男がすたるぜ!
歌えなくても、ただ唸るだけでも、とにかく一曲やれば、単に音痴だから歌わないんだって思ってもらえるに違いない。
そのためにも、何か曲…知ってる曲…ええと…水戸黄門のテーマ…銭形平次…六甲おろし…真神学園校歌…はカラオケにはないやろ。あったら怖いわ! やっぱ最近のヒット曲じゃないと白けちゃうのかな…うー…何か…何か…
 …あ!?
今、モニターに知ってる曲の名前が…
何々? カラオケ最新作トップ10? …あ、そうか! 舞園さやかの歌だ!
 先日、兵庫の家に行ったときに貸してもらったCDに入ってた曲だ。
なんていうか、こう、うにゃーっとゆっくりした綺麗な曲で、最初兵庫んちで聴いたときは、寝不足だったことも手伝ってうっかり寝入っちゃったくらいだ。
…………この、曲。」
「えッ!?」
「OH! タツマ、ヤッパリ歌うネ〜。ボク入れてアゲルよ〜。…『風に寄せて』? アー、CMの曲ネ! エート…3、8、2、…」
「おお〜、流行曲じゃねェか! 意外だぜ…」
どよどよとみんなが盛り上がってる。良かった…。これで、全然歌えないとまた白けちゃうんだろうな…。くー。
「ひーちゃん…さやかちゃんの歌なんか歌えるのか?」
 京一がびっくりした顔で、それでも心配そうに尋ねた。
この曲は何回もウチで聴いたんだ。京一が好きだって言うし、兵庫の弟の徳史くんもファンだそうだし、きっと武道家の血に訴える何かがあるに違いないと思ってさ。…ま、その辺りは結局良く分かんなかったけど、綺麗な曲だし簡単だったから、覚えるには覚えたんだ。鼻歌に出るくらいには。
 前奏が始まった。
盛大な拍手とかけ声に、ぎくしゃくと立ち上がってマイクを持つ。
落ち着け〜落ち着けオレ〜。京一のためだ。みんなのためだ。死んでも歌え。歌うんだ。

 15秒くらいのピアノの前奏が終わって、CDなら舞園さやかの綺麗な高い声が入るところで、オレの暗ーい声がのろのろと響いた。ぎゃー! マイク通すと益々ヤな感じ! で、でも歌わなくちゃ。ど根性ォォオオッ!

  空が高く高く 遠くに広がる
  風が運んでくる あなたの言葉
  ほら 光に透けて 溶けてしまいそう
  あなたに出逢えて 嬉しかったから…

 ふひゃーっ。もーマイク持ってる手が汗で滑るっ。心臓ドカドカしちゃって全然リズム取れないし、何だか音も聞こえない〜。上がってるからか? まだあるんだっけ? この曲。うえー。もっと短いのにすりゃ良かった…旧作ガメラのテーマとか、ひょっこりひょうたん島ならもう終わってるのに〜!

  雪がひらひら舞う 明るく光って
  風が舞い上げるわ 私の言葉
  ほら 光に溶けて 私 風になる
  あなたに出逢えて 本当に良かった…

 …まだっ? まだあったっけ? あ、繰り返しか。んなろ〜っ。

  ほ〜ら〜♪ ひ〜かり〜に透けてえ〜え♪ わた〜し かぜにな〜るうう♪
  あな〜たに〜 で〜あ〜えて〜♪ ほんと〜に〜良か〜ああ〜た〜♪

 ……………お、終わった…。一回戦闘するより疲れた…え、栄養ドリンク、誰か持ってない?
…って…あれ? …うわっ。な、なにこの静寂は…。
みんなシーンとしてオレを見てる。…思い返してみれば、歌い出した時から、はやしたてたり拍手してた音が止んでたような…。
 ……結局またやっちゃったのか、オレ。とほほ。…頑張ったんだけどな…。

 マイクをそっと机の上に置き、荷物を持って、オレは京一を見た。
「…あ、ああ。い…一時間経つもんな。…行くか。」
うん。やっぱり京一は、オレの言いたいこと解ってくれる。
時間はどうでも良かったんだけど、これ以上居ても迷惑かけるだけだもん。
「ダ〜リィン、すご〜くすご〜くステキだったよォ〜。」
ドアを開けたとき、高見沢がニッコリ笑ってそう言った。
…へへ。ありがとな、高見沢。さすが看護婦のタマゴ、優しいよな。
見渡したら、みんなコクコクと頷いてる。
…だいじょぶだよ、オレ傷ついたりしてないよ。慣れてるもん。
優しいみんな…白けさせちゃって、ホントにゴメンね。
オレはお詫びのつもりで、深々とみんなに一礼して部屋を出た。

 はふー。
…まァいいや。
これで、もうカラオケに誘われたりしなくなるだろ。
それにしても…喋るだけで相手を怯えさせるオレの声は、やっぱ歌ってもダメダメなんだなあ。
「ひーちゃん…」
京一が急に立ち止まった。どうした? 忘れ物か?
「…ひーちゃん。お前…出来ないことって何がある?」
…………………
出来ること数えた方が早いみたい。
闘うことと、…料理は得意かな。…………これだけか。…あはは…。
「ま、いいさ。」
京一は苦笑した。
「そーゆーヤツなんだもんな、お前は。」
…うん。何にも出来ない役立たずなヤツなんです。
恐縮していたら、またオレの肩に腕を回してきた。頭をガシガシと撫でられる。
こんなオレを受け入れてくれるんだな、お前は。
…ありがとう。本当にありがとう、京一…。

 初めてのカラオケはちょっぴり苦い経験だったけど、それでも、京一のおかげですごく救われた気がする。
舞園さやかの歌じゃないけど、お前に出逢えて、ホントに良かったな…。

10/08/1999 Release.