拾伍
之伍

風紋

「えーっとね…京一は、燃えるゴミッ! あはははッ!」
………何だよてめェ、小蒔ッ。」
 教室に入った途端、自分を指差しケタケタと笑う小蒔を、京一は思い切り睨み付けた。
それでなくてもたった今、貴重な昼休み時間だというのに犬神に呼び出され、いつもの説教を食らって気分は最悪状態だったのだ。
「人を指差して、燃えるゴミたァ何だ、燃えるゴミッてのァ!」
「はははッ、はー、ゴメンゴメン。ええとね、『一般的なゴミです。有害ではありません。単純だからとてもよく燃えますが、燃え尽きるのも早いでしょう』…だって! あははは! 何となく当たってるー!」
「もう、小蒔…人が悪いわ、そんな占い…」
 小蒔のバカ笑いの理由は、隣で困ったように苦笑していた美里の台詞で判明した。
「…占いだァ?」
「へへへッ、そう。はー可笑しかった。最近流行ってるんだよ、こういう変なモノに喩える占い。」
 そう言いながら、小蒔は自分の持っていた雑誌をひらひらと振ってみせた。マンガ雑誌のようだが、表紙に「ユニーク占い特集」などと書かれている。その中に、どうやら「ゴミ占い」とでも名の付いたものが載っているのだろう。
「くッだらねェ。」
「全くだ…。」
 気付くと、渋面を作った醍醐が頭を掻いていた。
「…タイショー、お前何て言われたんだ?」
「俺は『生ゴミ』だそうだ…」
「ぶッ。」
「放っておくとどんどん腐るから、こまめに注意しましょう、だと…」
「…ミョ〜に当たってんじゃねェか?」
……………。」
 思わず感心してしまう。
「そりゃそうだよ、変な占いだけど、ちゃんと古来からの占い方に基づいて作ってあるって書いてあるモン。」
 言外に「醍醐クンは確かに放っておくとどんどん腐るよね」と言ってしまったことに、小蒔は気付かないようだ。
眉間の皺をますます深くしてうなだれる醍醐に、思わず同情を禁じ得ない京一だった。

「…しかし、変なもんが流行ってんだなァ。」
「まァ…昔から、女子供は占いの類が好きらしいからな。しかし、こういったものに喩えられるのは、たかが遊びでも気分が良いものでは…」
「おッ来た来た。えーと…うん、龍麻クンは、『粗大ゴミ』!!」
 ビシッ。
と、小蒔が指を差した先には、教室に入ろうと戸口に立っていた、龍麻がいた。
いつもと変わらない涼しげな両眼が、一度だけ瞬きをする。
(げッ…、小蒔てめェ、何てことをッ。)
 だが。
京一が非難の声を挙げる前に、龍麻はこともなげに呟いた。
……そうだな。」
そしてそのまま、何事もなかったように、自席にさっさと着いてしまったのだ。
これには、小蒔だけでなく周囲の全員が、思わず固まってしまった。
「…え…あの…た…」
 ムッとするか、「『粗大ゴミ』って何だ」と聞き返されるとばかり思っていたので、小蒔はフォローの言葉も見つからず、笑うことも出来ず、オロオロしている。
謝るにも謝れない。龍麻は、怒ってすらいないのだ。
(…あっさり流すかよ…ッたく。)
こんな戯れ言など、いちいち気にも留めないのだろう。
カッとなってしまった自分や軽く落ち込んだ醍醐とは、根本的に違うというのか───

「…龍麻君。今のは、日常のものや変わったものに喩える、最近流行の占いなのよ。」
 自己嫌悪や嫉妬で塞がれそうになった京一の気持ちを救ったのは、美里のフォローだった。
美里は小蒔から雑誌を受け取ると、「ホラ、これ…」と龍麻に見せながら説明している。
「生年月日から、みんなをゴミの種類に当てはめる、ちょっと意地悪な占いなの。龍麻君の粗大ゴミっていうのは…『存在が大きすぎるゴミ。ポイ捨てなんか出来ません』ですって。何となく当たってるみたいね? うふふッ。」
………そう…なのか。」
 首を傾げて雑誌を覗いていた龍麻は、珍しく美里をはっきり見つめた。
「…ええ。」
ニッコリと微笑む美里を見て、そうか…とまた雑誌に視線を落とす。
<<気>>が和むのを感じ、京一はその時初めて、龍麻が少なからずショックを…もしくは怒りを覚えていたことに気付いたのだった。

「…桜井。」
「う、うん。」
 醍醐に促され、小蒔がぴょこんと頭を下げた。
「ゴメン、龍麻クンッ。いきなりゴミ! とか言って脅かしちゃって、その…」
……いや。」
 強めに首を振るのを見て、小蒔も舌をペロリと出しながら笑った。
「あははッ、やっぱイイ気持ちはしないよね、こんなのッ。ボクなんか『燃えないゴミ』でさ、燃えると有害だから、落ち着いて決まった曜日に捨てろ、みたいなコト書いてあってさー」
「何でェ小蒔。お前の方がよっぽど当たってるし、ひでェ結果じゃねーかよッ。」
「な、何だとー!? 誰が有害だ、バカ京一ィッ!」
「ぐえーッ!」
 いつも通りのおふざけに、美里も醍醐も笑い出し、その場は普通に収まったようだった。

◆ ◆ ◆

「…京一君。」
「ん? どーした、美里。」
 放課後、今度はマリアに呼び出されて職員室に寄っていた京一は、帰路に向かう足を、美里に呼び止められた。
龍麻は下の昇降口で自分を待っている筈である。
「あのね…昼休みのことなんだけど…」
「あァ。」
「…龍麻君は…あの…粗大ゴミって言われて、あっさり『そうだな』って答えていたでしょう、あれは…」
「あァ…。」
「何だかとても…何だか…悲しいの。哀しいことのような気がするの、私…どうしてか、分からないんだけれど…でも…」
………………
「…ごめんなさい、上手く説明が出来なくて。…その…龍麻君、きっともう気にしてはいないと思うのだけれど、あの、出来れば…」
「…分かった、何かいつもと違ってるようなら、しっかりフォローしといてやるよ。そういうことだろ?」
「ええ。ごめんなさい、気にしすぎだとは思うんだけれど。」
「へへッ、俺に謝るこっちゃねェよ。それこそ、気にしすぎんなよな、美里。」

 美里の言いたいことは、半ば分かる気がした。
下駄箱を背に、殆ど姿勢も崩さず自分を待っているであろう男のことを思い浮かべながら、階段を下りる。
 …なァ、ひーちゃん。
お前、自分の事を…どう思ってたんだ? どう思って生きてきたんだ…
 夕映えに佇む影に、目を細める。
誰からも認められ、望まれ、好かれ、手を差しのべられているのに。
それらに溺れもせず、自惚れもせず、淡々と己の責を果たそうとしている龍麻…
何故ここまで禁欲的なのか。望めば手に入る全てのものを、何故拒むのか。
 問題の本質が垣間見えたような、却って遠ざかったような、もどかしさだけが残る。
「おまっとさんッ」と手を挙げながら、思い切って先ほどの件を訊くべきか、それともそ知らぬ振りをすべきか、京一は迷った末、少し様子を見る事にした。

「…京一は…燃えるゴミか。」
 しかし話題は龍麻の口から蒸し返され、京一は思わずギョッとした。
「いッ!? …な、何だよ、いきなり…こ、小蒔に聞きやがったなッ。」
「ああ。……当たっているな。」
「なッ…」
 赤い逆光が、龍麻の笑顔を隠した。
(てめ…今、なんか「フッ」て感じで笑ってなかったか!? 「不敵な笑み」ってヤツ、浮かべてなかったかー!?)
悔しい筈なのに、妙に嬉しくて、京一は思わず龍麻の背に飛びついた。
首を絞めるようにしがみ付くと、穏やかな<<気>>がまとわりついてくる。まるで京一の行動を歓迎しているかのようで、ますます心が浮き立つ。
「てんめー、粗大ゴミに言われたかねーぞ!」
「…そうか?」
「『そーか?』じゃねェだろ、『そーか?』じゃッ。なろッ。役所に頼まねェと、引き取ってもらえねークセにッ。」
「…そうだな。」
 龍麻が楽しんでいるのが、触れた身体から伝わってくる。
嬉しさの余り笑い出したいのを堪えながら、京一はゴミの話を延々と続けた。
「大体よ、東京はゴミにはうるせェんだからな? 燃えるゴミだって、ちゃんと半透明の袋に入れなきゃなんねェんだから、大変なんだぜッ!」
「…ああ。」
「生ゴミとも分けなきゃなんねェ地区もあんだぜ、お前知ってたか?」
「…いや。」
 ハタから聞いていると、何故こんな男子高校生がと思うような話題だったが、少なくとも京一にとっては、それは些末な事であった。
喜び過ぎて、先ほど考えていた龍麻の真実についてもすっかり忘れてしまったのだが、それもこの時点では、些細な事だったのである。

2001/05/21 Release.