拾伍
之弐

祝歌

あつき様に捧ぐ

「おーい、龍麻クンッ。」
 顔を上げると、何だかやたらと嬉しそうな桜井が立っていた。
……お早う。」
「おっす! …へへへー。さて、ボクは何の用でしょう!」
…? 日直か? 今日はオレじゃないよ?
「…もう、小蒔ったら! 龍麻くんが困ってるじゃないの…。」
慌てて美里が駆け寄ってくる。なんだなんだ? 何だかんだと訊かれたら? 答えてあげるが世の情け? 世界の破壊を防ぐた…
「ごめーん、だって葵がいつまでたっても言わないからさ。ホラ、早く渡しなよッ。」
「あ…!」
うわッ! あああ危ないッ!
人が某R団の決め台詞を唱えているウチに、突然美里を突き飛ばすとは…桜井〜、それが親友のすることか? 美里もビックリして硬直してるやん! オレも硬直してるけどな! ああビックリした、相変わらず柔ッこいなー美里め。
「ご、ごめんなさい!」
そ、そこまで飛びすさらなくてもいいのに。すごい運動能力だな、やっぱりあのヘンタイ校長に改造されたんだろうか?
取り敢えず離れてくれたので、ホッとして首を横に振った。
「あ、あの…違うの、私…」
何が違うんだ? 何でそんなに真っ赤なんだ?
「…あ、あのね、龍麻くん…こ、これ…」
美里は鞄から、可愛い花柄の包みを取り出した。
「…龍麻くん。…お誕生日おめでとう。」

 …………へ?

 美里さん。今何とおっしゃいましたか。
オタンジョービオメデトーと聞こえたんですが、それってまさかオレに言ったの!?
た、確かに今日はオレの誕生日だ。けど、何で知ってるんだ美里が。「おめでとう」だなんて。お祝いを…美里、これ…祝ってくれてるのか? マジで!?
「…あの、この間、私の誕生日に素敵なプレゼントもらったから…お礼にと思ったの。…受け取って…くれる?」
オレ、プレゼントなんかしたっけか。…はッ。分かった、これは夢だな。すげーリアルだけど、いつもの「幸せな夢」だ。全くオレったら〜。誕生日だからって、こんな夢を見るとはなんつー女々しいヤツなんだ!
「た…龍麻くん………。ごめんなさい。余計なことをして…」
…え? あ、しまった、無視してると思われちゃったか、ごめん美里。
オレは慌てて首を振って、その包みを受け取った。
 …誕生日のプレゼント…。
ウソみたい。ってゆーか夢だけど。リアルな夢だなあ。ホントに夢かこれ。
美里の反応も、本物そっくりだよなー。じーっと睨んだら、困ったように赤い顔を伏せて…
「へっへっへー。早く開けてみてよ。きっと気に入ると思うよッ。ねッ、葵!」
うわっと! いきなり背中ドツかれたらビックリするやん! 桜井…お前なー。
…痛いな。痛いぞ。これってやっぱ夢じゃないってこと? 現実の話!?
 思わず、美里と桜井を交互に見つめてしまった。…本当の本物? マジ?

「小蒔と二人で選んだの。気に入ってもらえると嬉しいんだけど…」
「ボクは買い物に付き合っただけだよ。それは葵が選んだんだから、絶対気に入るって!」
 オレは震える手で包みを開けた。頭が真っ白になってて、何も考えられない。
中から出てきたのは、濃い青色のマフラーだった。
「ふむ、良い色だ。龍麻、似合うぞ。」
いつの間に来たのか、醍醐が横にいる。
「あ、おはよー醍醐クン。でしょでしょー? 葵ってセンスいいよねー。龍麻クンのことよーく分かってるんだもんねッへへへー。」
「こ、小蒔! もう!」
「おー? 何だ何だ、ひーちゃん。美里のプレゼントか? 何かあったのか?」
「京一くん、おはよう。今日は龍麻くんの誕生日なのよ。」
「へー、そうなんだ。ひーちゃん、おめっとさん!」
京一がぺしっとオレの頭を叩いて、ガシガシ撫でる。
「龍麻も18歳か。成人ではないが、一応社会的に認められる年齢というわけだ、これからも気を引き締め…」
「あーもーてめェは二言目にはソレかよッ。ッたく堅ッ苦しいことは今日は抜きだろ、めでたい日なんだからよッ。」
「そ、そうか、済まん…」
「うふふッ。」
「あははは!」

 めでたい日…。
そんな風に思ったことなんてなかった。
家では毎年、母が赤飯炊いてくれたけど。

「…ひーちゃん?」
……ありがとう…。」
 みんなありがとう。
嬉しくて、もうどうしていいか分からない。
とにかく深々と頭を下げた。
「龍麻くん…。」
うん、美里。プレゼントありがとう。すごく嬉しい。オレ、生まれて初めてバースデープレゼントもらったんだ。もう一生大事にする。真空パックして神棚に飾っておきたいくらいだ。でも使わないのも勿体ないよな。
……大事に…する。」
へへへ…。嬉しいな。ホントに大事にしよう。へへへ〜。って…な、なに? オレ今ヘンなこと言った? 何だかみんなギョッとした顔してる?
「…ええ、気に入ってもらえて嬉しいわ。」
美里は嬉しそうに笑ってるけど…ど、どしたの京一? 桜井?
「…じゃ…じゃあよ、…えー…。俺は…と、そーだ、ラーメンおごってやるよ! お前の好きな豚骨ラーメン、な?」
「お、おう、それなら俺も半分出そう。餃子でもジュースでも、好きなだけ付けてやるぞ。」
「あッ、ボクもそれ乗る! お腹の皮が破けるまで食べていーよ、龍麻クン!」
 あ…ありがとう… 本当にいいの? うえ〜ん!
それってさ、それって「誕生パーティ」だよね? そう考えていいよね?
ああ…憧れのお誕生会…!
クラスで人気のある子は、よくそんなのを開いて、自分の家に友達呼んでたっけ。勿論、呼んだことも呼ばれたこともないから中味は知らないけど、多分同じようなもんだろう。
 嬉し過ぎて、胸が痛くなってきた。あんまり嬉しいと、悲しいときと同じ感じになるんだな。
何も言えそうもないので、また頭を下げた。
 ありがとう…オレ、このご恩は一生忘れません。みんなのためなら何でもするからね。そうだ、みんなの誕生日も教えてもらおう。お返しに何するか、今からよーく考えないとな。美里にもろくなこと出来なかったし。

 その後、昼休みには裏密がやって来て、手編みの手袋をくれた。京一が「絶対アイツの髪とかアヤシイものが織り込んであるから、使っちゃダメだ」と言ってたけど、触った感じが妙に生暖かくて不気味だけど、それでも嬉しかった。
 放課後には、マリィも来てくれて、バースデーソングを歌ってくれた。
紅井がコスモロボをくれた。翡翠は売り物なのに手甲をくれた。
その後何故か京一と翡翠がケンカになって、怒った京一が旧校舎に行っちゃったりするハプニングもあったんだけど、最後はちゃんとみんなでラーメン屋に行って、乾杯までしてもらった。

 神様。
東京に来て、変な鬼とか倒さなくちゃいけない運命を与えて下さって、ありがとう。
そのお陰でオレは今日初めて、「生まれてきて良かった」って思えました。
 誕生日おめでとう───
それは、オレには縁のない言葉だと思ってました。
生まれてきたことを祝うなんて、考えられませんでした。何でオレみたいなのが生まれてしまったんだろうと、いつも思ってました。それでちょっぴり、神様も恨んでました。ごめん。
 オレはこれからも頑張ります。
またまたヘンな鬼とか出てきて大変だけど、みんなと東京を護ってガンガン闘います。
今日のことはずっと忘れずに生きていこうと思います。
それではまた、お便りします。母上様…いっきゅ
「ひーちゃん…何やってんだ? もう寝ようぜ。」
うおっと! ナイスタイミングだな、京一。ツッコミかと思ったぜ。へへ。
オレはベランダでお祈りするのをやめて、部屋の中へ戻った。
戸を閉める前にもう一度月を見上げる。
 何があっても、一生、忘れません。東京の夜空に誓います…。

10/29/1999 Release.