之弐

確保

しずる様に捧ぐ

───じゃあ、この牛黄丹を20個と。磬木を10個追加だね。じゃ、こちらの麻沸散を引き取って、差額が…はい、3,000円。端数はサービスだよ。」
 感謝を込めつつ頭を下げて、オレは財布から紙幣を取り出した。

 ここのところ、蓬莱寺が「旧校舎の謎を暴こうツアー」なんてものを開いて、ちょくちょくあの気持ち悪い地下に行くようになった。オレとしては付き合いたくないんだけど、どこから聞きつけるのか、雨紋や藤咲、紫暮たちが楽しそうに集まってくるので、意義を唱えるヒマもなく無理矢理潜らされてしまうのだ。
 仕方がないので、出来るだけ死なないような準備だけはしておこうと、必然的に如月の店を利用することが増えた。
この店は、敵の所有物だった妖しげな武器や道具をあっさりと買い取ってくれるのだ。
確か初めてこの店に来たとき、「出所のハッキリしないものは買い取れない」とか言ってたのにな。
 オレがいつまでも突っ立って見ていたので、如月が立ち上がった。
「どうした? 何か用があるなら、中でお茶でもどうだい。」
あー、用はないけどお茶が飲みたい。
来るたびに上がり込んでる気はするんだけど、…いいのかな。
「そろそろ時間も遅いし、店じまいするところだよ。君さえよければ食事もしていかないか。」
えっ、い、いや、そこまでは、ご迷惑じゃない?
「…遠慮はしないでくれ。お互い一人暮らしで、普段はつまらない夕食をとっているだろう? たまには、賑やかに食べるのも、いいんじゃないか?」
…オレがいても賑やかにはならないけど…。
でも、そう言ってくれて嬉しかったので、一つ頷く。如月は嬉しそうにオレを招いてくれた。
本当にイイ奴だよな。

 いつ来ても、畳の匂いとお茶の香りが良い感じだ。純和風の家って、やっぱイイ。マンションに住んでみて、洋風が体質に合わないと初めて分かった。とにかく落ち着かないのだ。実家も古い日本家屋だからかな。
ここに来ると、ついリラックスしてしまって長居になるので、一応気を付けてはいるんだけど…
「ちょっとくつろいでいてくれ。すぐに用意するからね。」
 どうやら食事の用意を始めるらしいのに気付いて、オレは慌てて立ち上がった。
「? どうした? 座って…手伝ってくれるのか? ははは、気持ちだけで嬉しいよ。」
いやいや、二人分作るのって結構手間だしさ。米研ぎとかイモ洗いとかだけでも。
オレが腕をまくるのを見て、無下に断るのも悪いと思ったんだろう。如月は「有り難う。それじゃ、二人で作ろうか」と言ってくれた。…へへへ、これは結構楽しいぞ? トモダチとご飯作るなんて、林間学校とかみたい。

「へェ。流石に慣れているんだな。」
 里芋の皮を剥いているオレを見て、如月が笑った。
うん、オレ結構得意なのよ。前に古武道のことを誤解して、本気でコックさんになろうと思ったこともあったんだ。
男一人で暮らしてる割には、キチンとした食事採ってると思う、自分でも。
「…こんなものかな。緋勇君、味をみてもらえるかい。」
だし汁を小皿に少し取って、如月がオレに渡す。
どれどれ。…おお、旨いじゃん。
頷いて皿を返すと、如月がプッと吹き出した。
「…何だか、こういうのも良いな。男二人で台所に立つのもどうかと思っていたんだけど、なかなか楽しいものだね。」
うんうん! オレも今、そー思ってたとこだよ!
……そうだな。」
ああもう、相変わらずしょーもない暗い声しか出ないけど、いやマジで大賛成よ、如月。
 その時遠くから、如何にも旧式、という感じのベル音が聞こえてきた。
「おっと、電話だ。緋勇君、ここを頼むよ。」
如月が小走りに台所を出ていく。切ったイカに料理酒と重曹を少々振りかけ、軽く揉んでいたオレは、それじゃ、とばかりにだし汁を濾し始めた。

 結構長い間、如月は戻ってこなかった。廊下から微かに話し声が聞こえたけれど、内容までは聞こえない。
えっと、里芋はもう煮てるし、笹掻いたゴボウもそろそろアク抜き出来たし、暇だったから味噌汁も作っちゃったし。ご飯も、あと20分くらいかな。よしよし、あと少ししたらゴボウと人参を炒め始めよう。
如月的には、きんぴらゴボウって甘い系だろうか。オレん家はピリ辛系なんだよね。作り出しちゃってもいいかなあ。
 なんて思ってる矢先に戻ってきたので、オレはホッとした。
「済まない、すっかり任せちゃったな。…ああ、味噌汁も作ってくれたんだ。有り難う。」
心なしか如月は嬉しそうだ。…味噌汁作っておいたから? いや、今の電話が何か嬉しいお知らせだったんだろう。
「…如月。」
きんぴら、作っていい? と訊こうと思ったら、如月は首を捻って、それからフッと笑った。
「良かったら、僕のことは翡翠、と呼んでくれないか? …君にはそう呼ばれたいんだ。」
えっ!? い、いいのッ!? うそん! オレらこないだ「仲間」になったばっかりなのに…
よ、喜んで呼ばせていただきます! とりあえず、心の中で練習だー!!

 ご飯が丁度炊ける頃、食事の用意も完了した。アツアツで食べたいから、ちゃんと計算しておかずを作るのだ。
今日のお献立は
 ・里芋とイカの煮っ転がし
 ・きんぴらゴボウ
 ・焼きアジ
 ・白菜の浅漬け
 ・豆腐とワカメの味噌汁
 ・白米
以上だ。
…現代高校生、食べ盛りの男が二人で食う献立かって? アンタも如月骨董品店に来てみたら分かるっての。ここでピザとか食えねェぞ、絶対! ってまた、誰に言っとんねん。
 いただきます、と合掌して、箸を取る。
味噌汁をずっと啜って、如月が…いや、ひ、翡翠が、驚嘆の声を上げた。
「…驚いたな。ウチにあった味噌と出汁だろう? 全然味が違うよ。」
ふっふっふ。まあな。ちょっとしたコツがあるんだよね、味噌を入れるときと出汁に。
「いいお嫁さんになれそうだね。」
ぶはっ。思わず噴くとこだった。顔には出なかったろうけど。…如月、いや翡翠も、そんな冗談言うんだな。あ、でも蓬莱寺とは掛け合い漫才やってたもんな。
……そうだな。」
今度は翡翠が吹き出す番だった。
「…そういう返事が来るとは思わなかった…。」
そうだろーな。本当は、「ホンマ!? そしたらオレのこと嫁にもらってくれる!?」とかまでボケたいんだけどさ。
……
翡翠は、何か言いたそうにオレの顔を見ている。何だろう? そのきんぴら、やっぱ辛かったか?
 と、突然店の方から戸口を叩く音がした。
客か? と翡翠を見ると、
「いや、たまに閉店後に絡んでくる酔っぱらいがいるんでね、気にしなくていいよ」
と言いながら立ち上がる。
翡翠は、オレの横に膝をつくと、「ちょっとじっとして。」と言ってオレを見つめてきた。な、何? どうかした?
それよりさ、翡翠。今、お店の戸口、開く音しなかったか?
 翡翠の右手がすっと上がって、オレの頬に触れた。
「ご飯粒が付いているよ。」
あ、ああ。なんだ、そうですか。って、そんなん言ってくれたら自分で取るのに。親切にも程があるぞ。
「ひ、ひーちゃん!!!」
うわっ!?
 ビックリして、声のした方を振り返ると、開け放した襖の向こうに、蓬莱寺が立っていた。
あれ? なんでこんなトコに? …何でそんな嫌そうな顔をしてるんだ??
だが、翡翠は振り向きもしない。どころか、オレの頬に付いていたらしいご飯粒を取ると、そのままペロリと食べてしまった。
 ………そ、そんな…どっかのイチャイチャ新婚さんみたいな真似を…
蓬莱寺も相当ビックリしたんだろう。大事にしている竹刀袋を盛大に落とした。
うーん、さっきの「良い嫁さん」ネタの続きだったのかな? しかし、男のほっぺたに付いてたご飯粒まで食べるとは、体張ってんなあ、翡翠。ちょっと尊敬しちゃう。

……って。てっ。てめェ…」
「…おや、蓬莱寺君か。来ていたのか、気付かなかったよ。どうかしたのかい?」
 蓬莱寺は、全身ワナワナと震えている。本当にどうしたんだ? 今のネタ、つまんなかったのか?
顔を真っ赤にして、翡翠を睨んでるけど…そんなに怒らなくてもいいのに。
「いっ、いっ、今のは、じゅーぶん、ヘンタイだろーがッ!!!」
「何のことだ? それより食事中なんだけれどね。座るか、出ていくかしてくれないか?」
ウケなかったのが如月も悔しいのか、蓬莱寺に対して随分冷たく当たっている。…蓬莱寺もなあ。漫才コンビのくせに、何だってそんなに…あ、腹が減ってるのか、もしかして。
「ひ…ひーちゃん。お前、こ、こうゆうことコイツに許してていいと思ってんのかよッ!?」
蓬莱寺がオレの肩をガシッと掴んで、今度はオレに絡んできた。許すも許さないも、ちょっとつまんなかっただけだろ。
 オレは、里芋を一つ箸で掴むと、蓬莱寺の口に突っ込んでやった。
………ッ!」

by 六堂様。ありがとー!

by 六堂(原画はこちら)

 旨いだろ? オレの得意料理の一つだからな。人間、腹が減ってると怒りっぽくなるんだって。一緒にメシ喰ってけば? まだ沢山残ってるし。
 何故か、呆然とした顔のまま、蓬莱寺は里芋を飲み込んだ。…お前、ちゃんと噛まないと体に悪いぞ。
オレは自分にも里芋を取って食べた。勿論、ちゃんと噛む。
…何だ? さっきまで普通の色に戻っていた顔が、また赤くなってるな。
……蓬莱寺?」
何で目を逸らすかなあ。…口に合わなかったかな。ちぇっ。上手に出来たと思ったのに。
翡翠、あんま美味しくなかった? と訊こうと振り向いたら、翡翠も何故か口をぽかんと開けてオレを見ていた。…?
……ひーちゃ…そ、その…はし…」
…? 箸? が、どうかした?
 いきなり、翡翠が笑い出した。
「くっ…はは、あっはっはっはっは!!」
大声で笑う翡翠は初めて見る。…何にそんなにウケてるんだろう? オレ?
「…お、俺…帰るわ…」
フラフラと蓬莱寺が立ち上がる。口元を押さえてるあたり、やっぱり不味かったんだな。いや、噛まずに飲んだのが悪いのかも。
「ほっ…蓬莱、寺、用事が、あったんじゃ、…くっ、ないのか?」
まだ笑いながら、翡翠が声をかける。だが蓬莱寺はものも言わずに出て行ってしまった。
……翡翠…」
肩を震わせている翡翠に、所在なく声をかけると、ようやく顔を上げた。
「ああ…君が気にすることはないよ。蓬莱寺は、ちょっと純情なだけだろう。」
とか言って、また吹き出した。純情って、蓬莱寺が!? なんだそりゃ。里芋に何か特別な意味でもあったんだろうか。
「…しかし、あの程度であそこまで…全く、からかい甲斐のある…くっくっくっ…」
なんだかズルイぞ、翡翠。一人でそんなにウケて、ちゃんと説明してくれてもいいのに。
 オレが心の中で拗ねているのを知ってか知らずか、翡翠が言った。
「さっき、電話してまで君のこと探してたのにな。本当、何しに来たんだか。」
何だ、さっきの電話、蓬莱寺だったのか。…ほんと、何しに来たんだろうな。

 翌日、学校で蓬莱寺を捕まえて、昨日のことを聞いてみた。
……不味かったか?」
蓬莱寺は暫くポカンとしていたが、やがて何とも複雑な顔をして、唸りながら答えた。
「…いや…ンなこたねェけど…。」
 良かったー。蓬莱寺なんか、もうオレの部屋に何度も泊まってるし、色々食べさせたけど何でも旨そうに食べてくれたし、何でアレだけ不味かったんだろって気になって仕方なかったんだよ。…で、用事って何だったの?
「ひーちゃん…あのよ。まさかと思うけど…」
と、急にまじめな顔になって、蓬莱寺が詰め寄ってきた。
「あ、あんな風に、如月のヤローにも、食わせてやったりしてねェよなッ?」
 ………は? 何で? …まだ新婚さんネタの続き?
やんないよ、そんな気色悪いこと。何考えてんだお前。そりゃあ、翡翠は身体張ってギャグやってるけど、オレはそこまであんなネタ引っ張る気はないもん。
 と、そこまで考えてから、そうか、蓬莱寺に里芋食わした図は、正に「あーんして☆」の形だったかと気付いた。
何だー! それで怒ったんだ、蓬莱寺! そ、そりゃあ怒るよな、オトコにそんなコトされちゃあな。あははは!
……すまん。」
 だが、蓬莱寺の顔が強ばり、スゥっと血の気が引くのがはっきり分かった。
「…ひーちゃん…昨夜、あのあと、…泊まったのか?」
いいや、と首を横に振る。そこまで迷惑かけちゃ悪いし、あんなとこから登校するのは朝大変だからな。
「そ、そうか…」
ちょっとホッとした様子の蓬莱寺は、更にオレに詰め寄って、小声で続けた。
「…いいか、あんな真似、もう他のヤツにはやるなよッ。そんなことしやがったら、今度は…」
ちょっと言葉に詰まったように、苦しそうな顔で、更にオレを睨み付ける。…怖いよ、蓬莱寺。
「…ただじゃ、済まねェからなッ。」
 よく分からないけど一つ頷いておく。…何だよー、そんなに怒らなくても。大体、あんなコト普通やらないって。
蓬莱寺にだって、深い意味があったわけじゃなく…って、アレ?
…他のヤツには、って言った?
蓬莱寺には、やってもいいって意味??

 なんだか気まずそうに、オレを解放して蓬莱寺が教室を出ていく。
…へへへ。それってさ。
「俺以外のヤツとコンビ組むな」って意味?
ズルイよ、蓬莱寺。自分は誰とでもコンビ組んでアドリブ漫才してるクセに。
 へへへ。
でも、すげー嬉しい。そんな風に思ってくれてたんだ。 分かったよ、大丈夫。誰にもボケかましたりしないから。その代わり、…お前も、オレのこと見捨てないでくれよな。

 慌てて立ち上がって、去っていく蓬莱寺の背中に、一生懸命声をかけた。
……蓬莱寺、…今日…泊まりに来い。」
それで、ご飯食べよう。食べ直しだ。「新婚さんごっこ」してもいいや。蓬莱寺だもんな。
蓬莱寺が、ギギギッと音がしそうな感じで振り返った。…廊下中の人も振り返ってるな。そんなに大声出しちゃったか。
「う…わ…分かった…」
 ごめん。注目されちゃって、ちょっと恥ずかしかったな。でも悪気はなかったんだぜ。

 しかし、その日の午後、蓬莱寺は発熱で早退してしまった。ちょっと残念だったけど、また次の機会もあるだろう。その日を楽しみにしつつ、オレは今日の夕飯の買い出しに出かけるのだった───

06/23/1999 Release.