004. 涙の先にあるもの ...【散文的小咄

散文的小咄

 部屋に戻ってからずっと、ノートを机の上に広げたまま、俺はただぼんやりと座り続けていた。
「9月23日(木)くもり」
この一行を書いたきり、どうまとめたらいいか解らない。
 墓地で≪遺跡≫を確認した事だけは、早速≪協会≫に報告しておいた。内部に侵入した事、≪化人(けひと)≫なる阻害者の存在も書いた。
だけど、もう一人───
…………
…取手鎌治という阻害者の存在については、報告していない。
書くべきなんだろうか。
書くべきだろうな。
………
でもまだ、彼らについては全く未調査だ。書くにしても、もっと詳しく調べてからにしてもいいよな。
そう、そうだよ。
だって、こんなグチャグチャな気持ちで書いたって、どうせまとまらないし。
こんな……
………
うう。まだ涙止まんない。どうして俺って、こんなに泣き虫なんだろう。
学園生活二日目で既に思ったんだけど、俺くらい泣くヤツあんまりいないみたいだ。
マムもバディたちも「ロンは子供だから」って笑ってたけど、俺も大人になったら泣かなくなるんだと思って気にしてなかったけど、本当は俺、異常な泣き虫かも知れない。
 マムはいつも、こんな俺を慰めてくれた。
───男の子は泣いちゃいけない、なんてのはね、ロン。単なる迷信よ。
 男の子だって、悲しい時には素直に泣くわ。悔しい時には悔し涙を零すわ。
 男も女も、自分の気持ちに正直に生きるべきなの。
 大切なのはね。泣かないコトじゃない。
 自分の悲しみを他人に押しつけない思いやり。
 他人の悲しみを理解ってあげられる優しさ。
 二つとも知っているアタシの可愛いロン、アナタは、思いっきり泣くといいわ。
 そして明日には、マムにとびきりの笑顔を見せて頂戴ね。

 うん…そうだよね、マム。泣いてもいいんだよね。
だって俺、理解るんだもの。取手の気持ち。
取手は、お姉さんを亡くしたって言っていた。最愛の家族だった人を失ったって。
お姉さんが死んだ事さえ忘れたいほど辛かったんだって…。
 忘れたい…よ。忘れちゃいけないって解ってても、忘れられたら楽になれるんじゃないかって思ってしまうもの…
……
 どれほど悩み苦しんだんだろう、取手。
想像すると、胸が苦しくなる。泣いても、泣くのを我慢しても、悲しくて仕方がない。
「泣く事で相手が救われれば誰も苦労しない」と皆守は言っていたけど…それはその通りだと思うけど、でも…そうだよな。泣く「だけ」じゃ、誰も救えないだろう。
 彼の力になりたいな。
俺に何が出来るんだろう?
取手は、何もしてない俺に「思い出を取り戻してくれたから」って、仕事を手伝ってくれると言ってくれた。
でも本当は、俺なんて何もしてないんだ。
八千穂が「あの≪墓≫に、取手クンを救える何かがあるのかも」と言った時だって、それほど期待なんかしてなかった。
彼は亡くしたお姉さんの事で苦しんでるんだから、墓地を見るとどうしても思い出すだけなんじゃないかと思ってた。
あの墓地───≪遺跡≫へは、純粋に仕事で入っただけ。
取手が敵対してくるなんて、思いもよらなかった。
本当に取手の≪思い出の宝≫が封じられているなんて、考えもしなかった。
皆守が「悲劇の主人公ぶってる」なんて言い方をしてたけど、全然そんな事ないよ。彼は自分の力で立ち直ったんだから。
強いて言うなら、八千穂の優しい気持ちが彼を救ったんだろう。
俺は本当に何もしてない。
それなのに…
 生徒手帳を開いて、さっきもらった「プリクラ」を見つめる。
…これを撮った頃は、お姉さんも生きてたのかな。
ちょっと恥ずかしそうに微笑む顔を見て、また泣けてきた。
友情の証だって…そう言ってこれをくれた時、俺がどれだけ嬉しかったか。どれだけ切なかったか。乏しい語彙では何も言えなくて、どれだけ悔しかったか。
 取手。俺、お前のためなら何でもする。このプリクラに誓う。
お前に本当に友情のお返しをするのは、これからだ。
勿論その前にプリクラをくれて、実際に探索に付き合ってくれた八千穂と皆守にも、友情を誓うのを忘れない。
装備も充分に揃わない素人を連れて行ったら危険だと思ってたのに、二人は見事なまでの運動神経と反射神経で、プロのバディ…いや≪宝探し屋≫(トレジャーハンター)にさえ匹敵するほど活躍してくれた。
改めて、一人で探索する危険性と、バディがいる心強さを教えて貰った気がする。
…何だか、たった二日で三人もの人に正体をバラしちまって、俺自身の適性の方を疑いたくなってきたけど、ま、それは仕方ないな。≪宝探し屋≫(トレジャーハンター)は臨機応変に。マムの教えだ。
 とにかく彼らにも、この恩を何かで返していこうと決意して、俺はノートを閉じた。
報告ノートは明日、落ち着いてから書けばいいや。
泣くだけ泣いたし、後はぐっすり眠って、明日は笑顔全開でトモダチのために生きよう! それでいいよね。
 「とびきりの笑顔」なマムの写真にキスをして、俺はベッドに潜り込んだ。
それじゃマム、お休みなさい───

2004/12/17(金) Release.

面白かったら押してねボタン→ 0枚∫comments (0)trackbacks (0)


コメント

コメントありましたらお気軽にどぞ。
(ここに表示されます)






トラックバック

この記事のトラバURL: http://ogihara.daa.jp/kowloon/sb.cgi/22