001. 初めが肝心 ...【散文的小咄

散文的小咄

 ウソツキ。
……という事です。君も早く当學園の校風に慣れ、より良い学生生活を送るように。」
 嘘つき…。
「それでは、雛川先生。」
「はい。さあ、教室に行きましょう、葉佩(はばき)君。」
 …マムの嘘つきッ!
『日本人はみんなすッごく小さくて、ロン、159cmしかないアンタでも巨人の部類に入るのよ。』
そう言ったじゃないか!
みんな小さいから家も学校も庭も狭いんだって、ドアも窓も小さくてしゃがまないと通れないって、20歳過ぎても30歳過ぎてもみんな子供みたいに小さくて童顔で可愛いんだって言ったじゃないかッ!
俺はその言葉を信じて、いつかそんな夢のような国に住んでみたい、そこでなら俺も、チビだの子供だの言われないで生きていけるんだって、思ってたのに…
職員室にいた大人たちも、ここに来るまでに見かけた生徒たちも、前を歩く「ヒナカワセンセイ」というレディですら、俺よりずっと大きいじゃないか!!
俺また騙されてたのか…マムのバカァ〜。しくしく。
 …はッ。
いけね、大切なマムに「バカ」とか思っちゃバチが当たる。
それに第一、これから俺はメチャクチャ重要な舞台に立とうとしてるんだった。
こんな事で気を散らしてたら、うっかり油断して、俺の正体がバレてしまうかも知れない。
落ち着け。≪宝探し屋≫(トレジャーハンター)は常に沈着冷静にな。マムの教えだ。
気持ちを引き締めろ、葉佩(はばき)九龍(くろう)
「…葉佩君? どうかしたの?」
 おっと、レディに心配かけちゃいけない。マムに叱られちまう。
「何でもございません、ヒナカワセンセイ。3−Cの皆様に、どうご挨拶しようかと、動悸が激しくなっておりました。」
てへッ、と笑って誤魔化すと、センセイは「まァ」と言ってにっこり笑い返してくれた。
「大丈夫よ、みんなとてもいいコたちだから。そんなに不安がらないで。」
「はい。有難うございます。」
よしよし。俺の言葉は完璧だな。センセイの言葉もちゃんと聴き取れてるし。今のところ、俺はどこからどう見ても聞いても、100%完璧な日本人らしい日本人だ。
 この≪天香學園(かみよしがくえん)≫での≪仕事≫を引き受けてから2週間、猛勉強して日本語と日本のマナーを頭に叩き込んだ。
元々は日本に住んでいたマム・チェリーにも色々聞いていたから、そんなに大変ではなかった。
でも、俺自身は、日本の地に足を踏み入れるのは殆ど初めてなのだ。
マムの話では、生まれて3ヶ月くらいまでは住んでたらしいけど、流石に全く記憶がないし、それからはずっと世界各地を転々としていて、日本どころか、学校にさえ通った事がない。
数年ほど通信教育を受け、後はマムと、彼女のバディたちから色々教わっただけだ。
だから、マムはよく俺の事を心配していた。
『ロンは同い年くらいのコと遊んだことも、一緒に勉強したこともないから、仲良く出来るのか心配だわ』と。
大丈夫だよ、なんて根拠なく言ってはいたけど、俺としても本当はとても心配だった。
落ち着いた年齢層のレディや老齢のおっちゃんたちにはウケがいいんだけど、同年代とは殆ど接する機会もなかったし、たまにあっても、いつも嫌われていた。
『ロンがあんまり可愛いから、妬んでいたのよ』なんてマムはいつも慰めてくれたけど、本当はやっぱり、俺がちゃんと子供社会のマナーを理解してなかったせいじゃないだろうか?
そのことがずっと気になって、大人になる前に一度でいいから普通の学校に通ってみたい、と思っていたのだった。
まさか、職に就いてからこんな形で入れるとは、思ってもみなかったけどな。
 何にしろ、これはチャンスだ。
この≪天香學園≫でしっかり仕事をやり遂げ、同い年のみんなとも仲良くなって≪お友達≫が出来たら、マムもきっと安心してくれるだろう。
マムのためにも、俺自身のためにも、上手くやらなくちゃいけない。
まだ油断すると聴き取りにくい言葉もあることだし、訛ったり、英語が口から出たりするかも知れない。そんなことから「実は日本人に見えるけど中味は鬼畜米英だ!」なんて思われたら…ううう、恐ろしい。
 とにかく絶対に失敗しないよう、注意しなくては。
最初が肝心だ。日本は、俺が思い描いていた小さい人だらけの国とは違ってたけど、それでもやっぱり、憧れの学校だもんな。憧れの学生生活だもんなッ。憧れの、同世代のお友達を作るチャンスだもんなッ!
頑張れロン! マムも応援してくれてるぜ!

 センセイに続いて教室に入ると、一瞬、生徒たちが静まり返った。
俺をしばらく見つめた後、今度はざわざわと何か話し合っている。
だ…大丈夫だよな? 小声過ぎて何言ってんのかサッパリ解らないけど、「何だコイツ」とか「うわーヤンキーくせェ」とか「休憩時間に苛めてやろうぜ」とか言ってないよな??
戦争に負けて以来、日本人はアメリカ人をとても憎んでいて、帰国子女が敵国語を使ったりしようものなら、クラス一同団結して畳に縛り付けて竹槍でザクザク刺してからベランダに干して裏表まんべんなく棒で叩くんだって、マムが言ってたからな…うう、怖い。
 俺は気を引き締めて、もう一度マムの教えを心の中で唱えた。
『日本人には礼儀正しい態度と挨拶、そしてスマイルよ、ロン!』
イエス、マム! …じゃねェ。承知致しました、母上!
「皆様、お早うございます。私の名前は葉佩 九龍と申します。中途からの参加ではありますが、これから卒業まで、どうぞ仲良くして下さいますよう、切実にお願い申し上げます。」
深々〜〜〜ッとお辞儀をして、そして笑顔。
よし、完璧だぜ。どうだクラスメート…いや同級生たちよ!
 …シーンとしてるな。
しかも全員、なんか俺を凝視してるな。
何だ!? どこか間違えてたのか? おかしいな、何度も日本語講座ビデオと辞書を繰り返しチェックしたのに。敵国語も入ってないのに…はッ、「参加」か? やっぱ「参加」という単語は変だったか? 「中途からの合流」の方が正しかったんだな、迷ったんだよな〜ッ合流より参加の方がフランクな表現じゃないかと思ったんだけど…あッ。いきなりフランクにしたらヤンキーっぽいか! しまったー!
 急いで土下座して「相済みません、苛めないで下さいー!」と降参しようか…と思ったら、また教室がざわめき出した。クスクス笑ってる人たちもいる。
どうなってんだ。
「みんな、静かに。」
センセイが注意をすると、だんだん静かになった。でもまだこっちを見て笑ってるな。
ま、まァ、嫌な感じはしないから、一応セーフなんだよな。そう思っとこう。
 一人の女生徒が挙手して何か言うと、センセイは俺に、その子の隣りに行くようにと指示した。どうやら空いてる席を教えてくれたらしい。
でも、ちょっとこの人の言葉は聞き取りづらかった。
最初の挨拶は一応クリアしたみたいだけど、これから大丈夫かな、俺…。

2004/11/30(火) Release.

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