006. 二人の世界 ...【散文的小咄

散文的小咄

「葉佩君……
君に僕の演奏を聴いて欲しくて……
C組の授業で、ピアノを教えさせてもらえるように音楽の先生に御願いしたんだ。
僕は、君に姉さんの楽譜を取り戻してもらってから、毎日、ピアノを弾くようになった。
弾きながら……、いつも、君の事を想い出す。
僕は、うまくピアノを弾けているだろうか?
僕の音楽は、天国の姉さんに届いているだろうか?
君は……ピアノを弾いている僕の姿を見て、どう思うだろうか?
だから、君に確かめて欲しいんだ。
僕にとって、あの≪宝物≫がどれほど価値のあるものだったのかを───
だから、聴いて欲しい。
この曲を……。」
 以上、改竄縮小無しで取手鎌治の台詞をお届けしました。

………………。」
 そりゃもう3−C生徒はシーンと静まり返ってその長台詞とピアノ曲を聴いた。聴かざるを得なかった。殆どが呆気に取られて口が塞がらなかったのだから。
……な、何なのこの人!? いきなり授業変更なんかさせちゃって、しかも何? クロ様に聴かせるためだけに!?)
(「いつも君の事を考えながらピアノ弾いてる」だなんて……うわ情熱的〜!)
(しかも「僕をどう思ってるか」って、返事まで要求したよ! 公衆の面前で!!)
(あれA組の取手だよな? すげェ無口で地味なヤツなのに、いきなりC組全員の前で大胆告白かよ。)
(普段大人しいヤツほど怖いって、こういう事か……
 ほぼ全員が呆然とする中、異なる反応をしていたのは二人だけ。
この雰囲気も読まないし人の台詞を深読みもしない八千穂は、「う〜ん取手クンってピアノ上手いなー。お姉さんのこと吹っ切れたみたいで良かった良かった」と、ただうっとりピアノの音色に聴き入っていたが、同じ事をもっと激しく思っていた人間───衆人環視の元で「愛の告白」を受けた葉佩九龍は、もうボロボロに号泣していたのだった。
 演奏が終わり、金縛りのとけた連中と教師のまばらな拍手の中、やっぱり取手は真っ直ぐ葉佩の元に向かっていくと、もじもじと尋ねた。
「葉佩君……どうだったかな。僕の演奏……僕の気持ちは、君に伝わったかな……。」
尋ねるまでもないやん、と周囲の人間が心の中でツッコミを入れるほど、葉佩は子供のように泣きじゃくっていたが、取手は照れて顔を直視出来ず、どうやら気付いていなかったらしい。
「うぇッ……ひっく……と、取手サン、素晴らしいです……大変素晴らしいです……お、お姉さん…良かったです……最高の、ひっく、演奏で、ございましたッ。」
嗚咽混じりの感想に驚いて、ようやく取手は顔を上げ、顔を真っ赤にして泣いている「告白相手」に気付いた。
「は、葉佩君……そんなに感動してくれるなんて……。」
「感動、しましたッ……取手サンから、ひっく、溢れるような愛をッ……私も、伝わりました……!」

 あ、愛ですとーッ!?!?

 ガビーン、と再び固まるクラスメート一同。
ちょっと貰い泣きしてて全く気付かない八千穂。
葉佩の言う「愛」とは「姉から弟に贈った愛」だったのだが、それを理解しているのは当事者のみであり、そして当事者であるが故に周囲の誤解も解らなかった。しかしそれにしても八千穂は鈍すぎるが。
 周囲の空気に気付かず、葉佩の台詞にただジーンとしていた取手は、しばらく葉佩を見つめた後、そっとその頬に手を添えた。
(いやーッ!! アタシのクロ様が余所のクラスの男に盗られるー!?)
(ちょっとちょっと、人前でそこまでやる気かよオイ!)
(大変大変、とりあえず撮っとかなきゃ。)
 半分が退き、半分が携帯カメラを構える中、取手の手が優しく葉佩の頬を撫でる。
よく見ると、その手にはハンカチが握られていた。どうやら涙を拭ってやっただけのようだ。
な〜んだ、一気にキスまでするのかと思った、と一同は胸を撫で下ろしたが、まだ油断はならない。妙な雰囲気はまだ続行中なのだ。
 葉佩は大人しく両目をつぶって、取手にされるままに頬を拭ってもらっている。
(アタシも拭きたい〜)
(あんな顔してたらやっぱり唇奪われるッ危険よクロ様ッ)
と一同がやきもきしながら見守る中、やっと葉佩の涙は止まったらしい。
……ごめんなさい、取手サン。取手サンのハンカチを、汚してしまいました……。」
「そんなこと……。君が、僕のために流してくれた涙だもの。僕のハンカチは、汚れたんじゃない……むしろ、君のその暖かい心のお陰で、≪宝物≫に生まれ変わったような気がするよ。」
……取手サンッ。」
「葉佩君……。」
 目を潤ませて両手を握り合う二人。
静まり返った教室の中に、人々は「ふ〜たり〜のため〜♪せ〜かいはあるの〜♪」とかいう幻聴を聞いた気がしたが聞こえないふりをした。

(取手クン、やっぱり恐ろしい子……。昨日いきなりウチまでやってきて、『明日のC組の授業でピアノを弾かせて欲しい』と言われて、もう内容が決まってるからと断ったのに無言でじーーーーーーーーッと見つめてくるのに耐えきれずに言う事きいてしまったんだけど、やっぱり断固断るべきだった……。でも怖かったんだものッ。教師だって人間なのよォーッ! 見逃してよォーッ!!)
 人知れず涙する音楽教師が現実逃避し続けたせいで、C組一同は授業終了のチャイムが鳴るまで幻聴に悩まされた上、時折「取手サン、もう一度弾いて下さいませんか?」「葉佩君のためなら、何度でも弾くよ……」というラヴラヴ会話と何度も繰り返される同じ曲にも、散々苦しめられたのだった……

2004/12/19(日) Release.

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