004. それだけは勘弁してください ...【百題的小咄

百題的小咄

「九龍く〜ん。お腹空いたでしゅ〜。」
「はいッ! 焼きそばパンで宜しいでしょうか? デザートに杏仁豆腐もございます!」
「あー、カレーパンが食いたい。」
「はいッ、皆守サン! ただ今購入して参ります!」
「はっちゃん……、実はまた、ペンが折れてしまったんだけれど……。」
「はいッ! 鳥の羽根ですよね! 予備を沢山用意してあります!」
 ……という会話を横から散々聞いていた3−Cクラスメートは、苛めたい欲望に駆られた事のない者でもムラムラしていた。
「クロ様、可愛すぎるよ〜。何なの、あの忠犬のようなお使いっぷりッ。」
「俺も葉佩使いてェー。」
「なー。全速力で売店を往復して、笑顔全開で(ブツ)届けてもらいてェよな。」
「そんな、可哀想よ……と言いつつアタシもパンとか買ってきて欲しいかも〜。」
「大体、皆守や八千穂はともかく、全然関係ない別のクラスの奴まで、わざわざこの教室に来て頼んでいくんだぜ。そんなのも喜んで引き受けてるんだから、俺たちの頼みだって……なァ?」
「だよな。」
「そうよ、他の組のコに負けてらんないよッ。」
 妙な方向に対抗心を燃やしてしまったクラスメートたちは、そのまま勢いで葉佩に詰め寄ったのだった。

「おいッ、葉佩ッ。俺、カレーパン2つなッ。」
「あたしコッペパン! プリンも売ってたらお願いねッ。」
「俺もカレーパンと、それから消しゴムと鉛筆2B頼むぜ。」
「焼きそばパンとあんパン1個ずつよろしくッ!」
「えーと俺は焼きそばパンと……
「僕は……
「えッ? は、はいッ! 少々お待ち下さいませ!」
 一瞬面食らった様子の葉佩だが、すぐ満面の笑みで生徒手帳にメモを取り始めた。
「カレーパン8つ、焼きそばパン5つ、あんパン2つ、コッペパン1つ(以下略)───ですねッ。かしこまりました、急ぎ調達して参りますッ。」
えへへッいっぱい頼まれました〜! 急げー!
と、本当に嬉しそうな笑顔を残し走り去る姿に、一同揃って癒される。
……可愛い……。」
「そりゃ誰だって頼み事したくなるよな……。」
「ううん、逆にあたし、クロ様が『買ってきて下さい』って言うなら、何でも買ってきてあげちゃうのに……。」
「アタシもッ。でも絶対言わなそう〜。」
「『滅相もありませんッ! お友達を使うなんて!』とかってな。」
「アハハハッ。自分は『お友達』に使われ放題なのにな〜。」

 などと言いながらほのぼのと待つこと20分。
全身汗まみれ、頭から湯気を立ててぜェぜェ言いながら、やっと葉佩は戻ってきた。
「ど、どこまで行ってたんだ? 大丈夫かよ?」
……ッだ、大丈……夫、ですッ……。お、遅くなり、大変、申し訳……あ、ありません……。」
 息を切らし、よろめきながらも、やはり葉佩は笑顔である。
「ばい、売店が、品切れしてましたので、寮に戻って、……はふ〜、私の備品から、補充致しました。」
「わ……わざわざ寮まで戻ったのか!?」
「あんなに遠いのに!」
 ざわめく一同。
普通に歩いて20分はかかる寮である。本当に全速力で往復しなければ、こんなに短期間では戻って来られまい。
「は、はい……。折角、私を、クラスメートとして、信頼して下さったのに、裏切りたく、ありませんでしたので……一生懸命、走って参りました。遅くなりました事、どうか、お許し下さい。」
まだ息も整わないまま、深々と頭を下げる葉佩の姿に、クラスメートたちは沈黙した。
軽い気持ちで使い走りさせた事を反省する者、葉佩の友情の深さに感動する者、その健気さに相関図「胸が苦しい」状態の者、顔に張り付いた前髪や垂れる汗や上気した頬に色気を感じてヤバイ方向にいってる者など、想いは様々であったのだが、葉佩はその沈黙を、有罪と受け取ったらしい。
「も……申し訳ありません!!」
ポロポロッと泣き出し、ズザッ! と土下座したのである。
「あッ……明日は絶対、絶対に、もっと早く買って参りますッ! どうか私に、もう一度挽回の機会を、お与え下さいッ! 本当に申し訳……
あわわわわ。
と、一同は慌てて葉佩を抱き起こした。
「だ、大丈夫だ葉佩! 俺たちは誰も、怒ってないぞ!」
「そうよッ! 貴方は良くやったわッ!」
「ああ! お前は頑張った! 偉いぜクロッ!」
「あたしたちみんな助かったわ! だから泣かないでクロ様ッ!」
 わーッと拍手まで沸き起こり、葉佩はやっと顔を上げた。
「皆様……。こんな、お役に立てない私に……何と優しい方々なのでしょう。私は、幸せ者です……。」
まだ涙の零れる頬に、天使のような笑顔が浮かぶ。
「皆様、有難うございます。私、明日は本当に、もっともっと頑張りますので、これからも仲良くして下さいね!」
首を少し傾け、胸に手を当てて小さくお辞儀をする、もう見慣れた「クロ様のお願いポーズ」が出た。
もう一同胸キュン大暴走である。
 葉佩は手袋の甲でゴシゴシと涙を拭き、「うッわ涙拭く仕草さえ可愛いよ犯罪過ぎだよお前はよー!」と一同を益々メロメロにしている事も知らぬまま、持ってきた物を配り始めた。
「田山サンは、カレーパン2個ですよね。えーと、栗野サンが焼きそばパンと……
皆口々に「ありがとー」「おッ、これこれ」などと言いながら品物を受け取る。
きちんと全員に渡ったのを確認し、やっと葉佩も自分の分らしいパンを手にしたので、自然に皆一緒に食事という形になった。

 わいわいと大勢でお喋りしながら食べるのが余程嬉しいのか、葉佩はずっとニコニコしている。
「しかし、本当にいいのか? 買ったものじゃないからって、無料でくれるなんてさ。」
「そうだぜ、元は売店で買った奴なんだろ?」
「はい。でも、食べられるとはいえ新品ではございませんし、遅れたお詫びでもありますので、構いません。」
「そう言うなら、有り難く戴くけど、何だか悪いよな。」
「じゃあ、今度さ、マミーズで何か奢ってあげるよ。ケーキとか。」
「おう、みんなで行こうぜ。クロが腹一杯になるまで食わす会って事で。」
「本当でございますか!? 嬉しいです〜!」
 腹一杯食べられる事にだろうか、クラスメートとまた仲良く食事出来る事か、その両方か、葉佩は心底嬉しそうだ。
「それにしても、いつもこんなに沢山、パンとか買って部屋においてるワケ?」
「はい。少し運動すると、大層空腹になりますから。備えあれば憂いなし、です。」
「ふーん。でも、いくら憂いなしったって、古くなったら捨てるんだろ? 勿体なくね?」
「いえ、ここに来て、初日からこれまで、まだ一度も捨てずに取ってあります。」
「へーそうなんだ……。」
「はいッ。」
……。」
……って……え?」
 葉佩はニコニコしたまま3つ目のコッペパンを食べ終えようとしていた。小さい割にかなり大食いなので、彼の手元にはまだあんパンが2つ置かれている。
「ク、クロ……まさか、と思うけどさ……このパン……いつ買った奴?」
「えーと……? 流石にそこまでは、覚えておりませんが、そうですねー。一番古いのがこのあんパンで、1ヶ月半前の」
「ギャー!! 捨てろー!!」
「えッ!? な、何でですかッ!? 大丈夫ですよ、ピラミッドパワーです!!」
「ってワケわかんねェー!!」
「イヤー! 何で食えるんだー!!」
「食っちまったー! 美味かったァァ───!!」

 パニックに陥った3−Cがやっと落ち着きを取り戻したのは、5時限目のチャイムがなる寸前な10分後だった。
オロオロと半泣きの葉佩に対し、一同は優しく、しかしキッパリと告げた。
「お前の事は信頼しているし、仲良くするから、もうお使いはしなくてイイ。……頼むから。」
 古い食物を食わされる事より、古いのに黴びるどころか固くさえなっていない謎は、一般的小市民のクラスメートたちには荷が重かったのだ。
「ひ、羊は眠ってた方がいいのよ。ね。」
「そうそう、寝たまま卒業しようぜ、俺たち一般人は。」
白岐が見ていたら「その方が賢明だわ……」とか何とか言ってくれそうな結論を出した3−Cの面々は、これまで通り少々遠くから『クロ様』をそっと見守るスタンスに戻り、ほんのちょっぴり葉佩を悲しませたのだった。

2004/12/07(火) Release.

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