002. 夜明け ...【百題的小咄

百題的小咄

「皆守サン、皆守サンッ。みーなーかーみーサンッ。お早うございますッ!」
………………。」
「朝でございます、起きて下さいませー。素晴らしい快晴でございますよー。洗濯日和とは、このような天気を指すのでしょうね?」
………………。」
「そうだ皆守サン、私、朝食の後に洗濯致しますので、洗い物がありましたら、一緒に処理致しましょうか?」
………………。」
「お布団も、干すと気持ちが良いのではないかと思いますよー。皆守サン、起きて朝食に致しましょうー!」
……うるせェッ!!」
 布団をはねのけガバッと起きると、皆守の前には、太陽より輝く笑顔が待ち受けていた。
「あのな、葉佩。今日は何曜日だ。」
「はい、日曜日でございます。」
「そして今、何時だ。」
「はい、午前5時22分でございます。」
……昨夜寝たのは何時だよ。」
「はい、私のお手伝いをして戴きまして、部屋の前でお別れしたのは、確か…午前2時だったと思います。」
 小首を傾げながらニコニコと答える脳天気な笑顔に、堪忍袋の緒が切れる。
「お前なァッ! 明け方近くまで人を連れ回した上、こんな夜中に起こしに来やがって、俺をどこまで寝不足にすれば気が済むんだッ!!」
「えッ? でも、3時間は眠られたのでは?」
「足りるかッ。大体、折角の休みだってのに、何だってこんな早くに起こしに来るんだよ。ていうか、どうしてお前がこの部屋に居る? 鍵はかけた筈だがな。」
「あ……。申し訳ございません。不法侵入致しました。へへへッ。」
 八千穂サンの真似〜などと言って笑う葉佩は、どう見ても「申し訳ない」とは思っていない。
「へへへッ、じゃねェよどーやって侵入したんだって訊いてんだッ。」
「はい、普通にドアを解錠致しました。」
「か…解錠ッ!?」
「数学は得意分野でございます。」
「そーゆー問題じゃねェだろ! 俺の部屋は宝箱かッ!」
「では、皆守サンは≪秘宝≫ですね…」
……っておい、そのウットリした眼差しをヤメロッ。お前は『宝』と付いてたら何でもいいのかッ。」
「好き嫌いはしない主義でございます。」
「あああッ、何でこんな夜中にこんなアホな会話してなきゃならんのだッ!」
「夜中ではありません、もう夜が明けますよ。」
 そう言って立ち上がると、葉佩は勝手にカーテンを開け、窓を開いた。
鈍い光が差し込む。
「ほら、皆守サン。丁度、太陽が昇るところなのです。美しいですね〜。」
…………。」
 何でそんなもん拝まなきゃならんのか、元旦でもあるまいし……いや元旦だって別に拝みたくもねェし……とブツブツ言いつつ、皆守も葉佩に並んで外を見やった。
まだ10月初めとはいえ、流石にこの時間だと外の空気はひやりと冷たい。
裏手の森の方からか、鳥のさえずりも聞こえてくる。
爽やかな朝、と言えなくはない。
(コイツが隣りにいなきゃァ、な───。)
 内心のぼやきに気付くことなく、葉佩が隣の皆守を見上げて笑う。
(どうにも、この笑顔についつい怒りが削がれるんだよなァ。お得な奴だぜ全く。)
 半ば呆れ、半ば諦めの気持ちで見ていると、葉佩が肩に掛けていた水筒を開けた。
コップに注がれる液体から、湯気と、芳ばしい香りが広がる。
「はい、皆守サンッ。コーヒーをどうぞ。」
「あ? ……ああ。」
訳も分からずそれを受け取ると、葉佩も自分のを入れて、軽く持ち上げてみせた。
「乾杯です、皆守サン。」
「ああ。サンキュ。」
まだ半分眠っている脳に、薄めに煎れたらしい香りが、程良い刺激を与える。
ほぼ全体が眠っている身体にも、熱い液体がゆっくりと沁みていく。
「素敵な朝でございますね……。」
……まァな。」
 葉佩の奇妙な言い回しにも慣れてきた皆守は、何の気なしに同意した。
しかし。
「二人で『夜明けのコーヒー』というのも、私の夢でした。叶えられて嬉しいです。」
…………………………
 二人で夜明けのコーヒー───
意味を把握した皆守は、口に含んだコーヒーを思いっきり噴き出した。
窓の外を見てる状態で良かった、と微かな理性で思いつつ、葉佩に怒鳴る。
「なんのギャグだそれはッ!」
「ギャグ?? いいえ、私は真剣でございます。」
「尚更タチが悪いッ!」
「でも母が、『二人で夜明けのコーヒーを飲むようになったら、その友情は本物よ』と……
お前の母親は息子にどーゆー教育してやがんだ!!
 と言ってしまうと「私の母はですね〜、」と延々ママの自慢話を聞かせられる。
この2週間足らずでその事を学習した皆守は、怒りのままツッコむのを抑え、
「あー……そりゃあ多分な、二人で徹マンでもして、次の日の学校やら会社やらに行くために飲むコーヒーのこったな。うん。だから、人の寝起きを襲って無理矢理コーヒー飲ませるのはよせ。な。」
と、嘘の上塗りをする事にした。
(俺は悪くねェぞ。悪いのはコイツの母親だ。多分。)
「そうだったのですか……。間違えて申し訳ありませんでした。」
 しゅんとなって深々とお辞儀をする姿に、なけなしの良心が痛む。
(この野郎、こーやって人の罪悪感まで刺激しやがる。本当にお得な奴だなッ!)
「では今度は、夜明けまで探索にお付き合い戴いた時に、コーヒーをご用意致します。召し上がって戴けますか?」
「あ、ああ。それならまァ……。」
「ああ、良かったです〜。これぞ本物の友情なのですねッ。では早速、今夜にでも致しましょう! 迎えに参りますね〜ッそれでは失礼致します〜ッ。」
「ああ…………え゛? 今夜?」
皆守が己のミスに気付いたのは、既に葉佩がスキップしながら出て行った後だった。

(九)「秘宝…秘宝です…うふふッ」(皆)「だからそーゆー眼で見るな。」

……勘弁してくれッ……どこまで俺の安眠を妨げれば気が済むんだ〜〜〜ッ!!」

 貴重な休日の早朝、それほど防音の効いてない学生寮に、その雄叫びは結構近所迷惑な音量で鳴り響いた。
なので、隣室や階下の生徒たちに
「なんか、例の≪転校生≫と同じクラスの皆守が───
「ああ、『夜明けのコーヒー』がどうだの、『今夜もやろう』だの───
「皆守は『無理矢理襲うな』『もう寝かせろ』『勘弁して』と言ってたらしい───
「見かけによらず、すげェんだな、≪転校生≫───
「皆守も可哀想というか、情けないというか───
などと噂されてしまうのも、自業自得なのであった。

2004/11/30(火) Release.

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