009. モノ ...【百題的小咄

百題的小咄

 ≪宝探し屋≫(トレジャーハンター)としてその道で名を知られてくると、様々な人間から依頼を受けて≪秘宝≫を探す事もあるらしい。
「依頼者によっては結構礼金を戴けますので、それでまた武器や爆弾を買うのです。」
九龍はそんな話も教えてくれるようになっていた。
最初のうちこそ「≪協会≫に口止めされておりますし、皆様をいたずらに危険な目に遭わせてしまいますので」などと言って内緒にしようとしていたようだが、結局「バディ」として遺跡探索に同行するようになると、仲間として気を許すらしく、大概の事は訊けば素直に答えた。
誰よりも先に心を許されたらしい皆守は、誰よりも多く九龍の部屋に出入りし、ネットで武器通販する様子もギルドで依頼を受けるのも、H.A.N.Tという≪協会≫支給のモバイルマシンの使い方から中に入っているデータベースまで見せてもらっていた。
「で、今回はどういう依頼を受けたんだ?」
「はい、えーとですね、手がいっぱいあるお部屋で日本刀を入手するのと〜、蛇のお部屋でイクラ丼を入手するのと〜、それから……
……ちょっと待て。何だって?」
「はい? 1番目の扉から入った、大きな手の沢山ある部屋で日本刀を」
「いや、それはいい。蛇の部屋で何を手に入れるって?」
「イクラ丼です。」
……それは≪秘宝≫なのか?」
「勿論≪秘宝≫です。得難い遺跡のお宝です。」
九龍はニコニコと、さも当然といったように答える。
「あー。イクラ丼ってのはつまり、何かの暗号なのか? それとも本当に、丼物のメニューに載ってるあのイクラ丼なのか?」
……? 暗号ではありません、炊きたての白米の上にお魚の卵のお醤油漬けを乗せた、れっきとした日本食ですよ。……何かおかしいのでしょうか?」
「その『れっきとした日本食』が、何で≪秘宝≫なんだ? 大体だな、いつも変だと思ってたんだよ。お前、あの化人とかいう化け物どもを倒しては『お宝を入手しました〜』とか小躍りしてるが、手に入るものといえば大根だの魚肉だの卵だのって得体の知れない食材ばかりじゃねェか。お前ら≪宝探し屋≫(トレジャーハンター)は、普通のモノでも何でも「お宝」と呼ぶのか?」
「ふ、普通のモノなどではありませんよ〜。遺跡で手に入るものは全て貴重な宝物なのです。」
皆守は、勝手知ったる九龍の部屋の、扉に「お宝倉庫その一」と書かれた冷蔵庫を開けた。
「この卵と、スーパーで売ってる卵とどう違うんだよ。」
「全然違うのに〜……。」
 泣きそうな顔で、九龍はしばらく腕組みをしてうーんうーんと唸っていたが、やっと説明をし始めた。伝えづらいニュアンスはなかなか日本語に変換出来ないようだ。
「簡単に言うと、遺跡の墓守から入手出来るものや、発掘されるものは全て、超古代文明の力によって、特別に良いものになってるのです。」
「特別に良い? この卵がか?」
「はい。卵でしたら、通常のものより鮮度が良く、長持ちし、栄養分も普通のものより何倍も豊富なのです。」
刀なら刃こぼれせず、服なら全く傷まない。それが超古代の遺物である遺跡から発掘される「お宝」の素晴らしいところなのだ、と九龍は力説した。
あまりにも怪しい話だが、実際、あれだけ古びた遺跡のボロそうな壷から、生み立て新鮮のような卵や穀物が出てくるのを見ているし、それで作ったカレーも無理矢理食わされたし、しかも充分美味かった。
それに、前に開けた筈の宝箱から何度も同じ品が出てくる所も見ている。
この程度の「不思議」くらいは不思議でも何でもないのかも知れない。
 皆守は面倒になってきたので、納得してしまうことにした。
「まァいいさ。そんなものに3万も4万も払う馬鹿が居たって、俺には関係ないしな。」
「い、いえ、決して馬鹿な方なのではありませんし、そんな風に言うのは良くないと思います。」
「フン。優等生だな。」
……。あ、お喋りし過ぎて、もうこんな時間になってしまいましたね。」
「まさか、こんな夜中にまた潜る気か?」
「いえ、今日はもう止めておきます。でも、どうしましょう。依頼者をお待たせする訳にはいきませんし〜……仕方ない、持っているもので対応してしまいますね。」
 そう言うと、九龍は「お宝倉庫その二」と書かれたダンボール箱から日本刀や爆弾などを取り出し、次々と箱詰めし始めた。
そしておもむろに、夕食の余りらしい白米を炊飯器から丼に移すと、お宝倉庫その一からタッパーを出し、中味をどさっと丼に乗せたのだ。
「お、おい、それ……?」
「はいッ。調合終了です。イクラ丼が完成致しましたー♪」
確かにそこには美味そうな(でも何の魚の卵なのか、そもそも魚なのか解らない)紅く輝く粒々がたっぷり乗ったイクラ丼らしいものが出来上がっている。
……。」
「痛いッ。皆守サン、ゲンコツは痛いです〜。」
とりあえず何も言わずに九龍の頭をポコッと叩いてから、皆守はツッコんだ。
「お前が作っても≪秘宝≫って言うのか!」
「で、ですが、秘宝から作ったのですから≪秘宝≫ですよぅ〜。それに……。」
「何だ?」
「この依頼者、前回も時間がなくて私の手作りのカニすきをお送りしましたら、お礼の手紙に『全く秘宝様々だねェ』と書いておいででした。ですので大丈夫です♪」
…………。」
 悪意の全くなさそうな、とろけるような笑顔で言ってる内容は「アイツどーせ解んねェよ」である。
「馬鹿なんて言っちゃ良くない」とか何とか言っといて、お前の方がよっぽどコケにしてるんじゃ……とツッコみたいのを抑え、楽しげに梱包作業を進める九龍を呆れつつ眺めた。
普通の人間には、≪秘宝≫と≪ただのモノ≫との差など、解る必要などないのかも知れない。
下手に解ると、コイツのようにお宝狂いになるのかも───
そう思うと何だかこれ以上首を突っ込まない方がいい気がする皆守だった。

2004/12/30(木) Release.

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