005. 366 ...【百題的小咄

百題的小咄

 今日も今日とて九龍は、様々な人間に可愛がられていた。
「九龍クゥン。ちょっとォ、よろしいですかしらァ〜?」
授業が終わったばかりでざわついている教室に、チョコンと入ってきた小さな女生徒が、九龍を呼ぶ。
休み時間になるとこうして、他のクラスから訪ねてくる者が後を絶たなかった。訪ねる者がなければ、同じクラスの者と喋ったりして、奴もすっかり馴染んだ様子だ。
「は、はいッ! 何でしょうか? 椎名サン……あ。」
「もォ〜。ちゃァんと、『リカ』って呼んで欲しいですゥ〜。」
「そうでした、申し訳ありませんでした、……リカさん。」
「これでもう3回目ですの〜。リカはァ、悲しいですゥ〜。」
 本当に悲しげに目を潤ませ見上げる椎名に、「あ、あ、う、あ」とワタワタ慌てる九龍。
どうやら「リカと呼べ」と言われたのに、癖が抜けないのか、姓で呼んでしまうらしい。
確かに、俺も相変わらず皆守『サン』だしな。呼び捨てでいいって言ったのに。
「あ〜らら九龍クン、椎名サンを泣かせてる〜。」
 八千穂が楽しげにちょっかいをかけた。
違うのです〜とか申し訳ありません〜とか言いながら、アワアワと二人の顔を交互に見ている九龍の方が、既に泣いている。
「あははッ、ごめんごめん。九龍クンがウルウル〜ッてなるのが面白くてさ。椎名サンも許してあげなよ、ねッ。」
「ええ、許して差し上げても良いですわ〜。八千穂サンの仰る通りィ、九龍クン、可愛らしいのですもの。ふふふッ。」
からかわれているのが理解出来ないのか、九龍はきょとん、としている。
……全く、仕方のない奴だ。
「お前らなァ、いい加減にしろよ。九龍、お前もいい加減に慣れろ。コイツらの言う事、いちいち真に受けて泣くな。」
 見るに見かねて間に入り、ついでに頭をペシッと軽く叩くと、九龍はホッとしたような笑顔に変わった。
「皆守サンッ。」
「あ、皆守クン。全く、マメだよねェ〜。」
「な……何がだよ。」
「だってさ、九龍クンが泣いたり困ったりする度に、助け船出しに来るじゃない。へへへッ、二人はすっかり仲良しなんだねッ。」
 何だ、そんな下らない意味か。
内心胸を撫で下ろしつつ、アホか、と否定しようとしたら、先に九龍がボケた。
「はい、皆守サンには、手取り足取り、あらゆる事を教えて戴いて、私はもう、天にも昇る心地でございます。」
「へー、そうなんだァ。」
「はいッ。」
 なんつー言い方をするんだ、お前は。
八千穂みたいな天然はともかく、聞く人間によっては多大な誤解を……
……うふふッ。九龍クンと皆守クン……そんなに仲良しなんですの……。」
……椎名、三白眼で睨むのを止めろ。
しかも何やら、背中にも教室中から、殺気を帯びた大量の視線を感じる。
この≪転校生≫は、いつの間にか相当な数の人間を虜にしてしまってるらしい。
「バカを言えッ。俺はそこまで親切じゃないッ。」
 適当に切り上げて、とりあえずその場を逃げる事にした。

 屋上の、更に浄化槽の所まで登ってアロマに火をつけ、やっと一息つく。
全く……調子が狂うぜ。
確かにおかしい。誰が何の話をしていようと、放っておけばいい事だ。
 奴がどこまで進むのか、何を見つけ出すのか。
それを脇で眺めているのも悪くない───いや、見ていきたい、と思ったから、俺は奴の傍にいる。
だからといって、あんな下らないやりとりにまで口出しする道理はない。
「どうかしてるぜ、俺も───。」
 ……ただ、どうしても。
「あの顔を見てると、何か一つ二つ言わなきゃならない気がしてくるから、不思議だぜ。」
「何が、不思議なのでしょうか?」
 ぶはッ。
思わずアロマパイプを吹き飛ばしかけた。
足下を見ると、梯子を登ってきて顔だけ覗かせた奴がいる。
「な……何でもねェッ。何しに来たんだ、もう6時限目が始まってるだろ。」
「皆守サンを、教室に連れ戻そうと思って来たのですが……。」
 九龍は梯子の一番上の段に両手をかけ、ひょいっと全身を持ち上げると、身軽に両足を床に乗せた。
そのままの勢いで、俺の横に来てストンと座り、タンクに背中を預け、んん〜ッと伸びをし、続ける。
「気持ちが良いですね〜。お昼寝に最適な気候ですー。」
 そう言うと、俺を見上げてペロリと舌を出し、「へへへッ」と笑った。
「フッ……まァな。」
『憎めない』ってのは、こういう奴の事を言うんだろうな。
≪墓守≫だろうと、誰だろうと、思わず警戒心を解かれてしまう。
……だからこそ危険な人物、とも言えるんだけどな。

 そんな事を考えているうちに、九龍は「じゃ、お休みなさい、皆守サン」と言うと、本当にすぐ寝入ってしまった。
自分でも「寝付きは良い」と言っていたが、確かに早過ぎるほど早い。
本当に寝たのか、と耳をそばだてても、聞こえるのは規則正しい寝息だけだ。
 変な奴だぜ。
転校してきてからほんの1ヶ月だというのに、それも単なる学生ではなく、世界を駆け回り、常に危険と隣り合わせの冒険をする筈の≪宝探し屋≫(トレジャーハンター)だというのに、何だってこんなに警戒心がないんだろうか。
そんなだから、みんなのオモチャにされたり、からかわれたり、泣かされたりするんだろ。
敵だった奴らにまで、すっかり懐かれたり頼られたりしてるんだろ。
そんなだから……俺まで、こんな風に……
「あ、そうでした。」
「どわッ!?!?」
 い、いきなり目を開けると同時に喋るなッ。心臓が飛び出すかと思った。
「ど……どうなさいましたか、皆守サンッ? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃねェ……。」
 とりあえず目を逸らす。寝顔を覗き込んでたなんて、あまり聞こえの良い話ではない。
「それより、一体何なんだ。眠ったのかと思ったら、いきなり。」
「あ、ええ、そうなのです。皆守サンに、お尋ねしたい事があったのを、思い出しました。」
「何だよ。」
 九龍は俺に向かって座り直すと、真顔で聞いた。
「うるう……って、何ですか?」
「は? うるう???」
「はい。」
 どうしていきなり、何の脈絡もないような単語が出てくるのか。
何かの冗談かと思ったが、九龍は真剣そのものだ。
「あー……。お前が何を知りたいのか解らんが、『うるう』ってのはアレだ。4年に一度くらい、日付調整かなんかで、2月の末に一日足される事だろ。『閏年』って奴。」
「ははあ〜。成る程……
リープイヤー、とか何とか、口の中で呟いてるのが聞こえたが、すぐに九龍はまた俺に向き直り、ペコリと頭を下げた。
「有難うございます、皆守サン。少しまだ、理解出来ないのですが、後は自分で調べてみようと思います。では、これで失礼します。」
見事な三つ指の姿勢で礼を言い終えて立ち上がると、そのままいきなり跳び下りる。
「何だよ、教室に戻るのか?」
「いえ、図書室で辞書を調べて、ついでに資料を読ませて戴いてきます。では、また今夜もよろしくお願い致しますね〜!」
「ああ……。っておい! また今夜も付き合わせる気か!」
 抗議の声を上げた時には、既に九龍の姿はなかった。

 振り回されっ放しとは情けないが、それが不思議と不快ではない。
「本当に、おかしな奴だ……。」
床にゴロリと寝転がって、青い空に目を向ける。薄い雲がたなびいて、南の方に流れていくのを眺めながら、俺はさっきの『閏年』の意味を考えた。
何の話だったんだろう。前の授業でそんなものが出たとも思えないし、先程の会話でも特には……
あ。
 ───九龍クンがウルウル〜ッてなるのが面白くてさ───
「アレか。」
 頭を掻きながら身を起こし、俺は迷った。
きっと今頃は、『閏年』という言葉の入っているコトワザでも探している事だろう。
図書室に行って間違いを正してやるか、放っておくか。
 考えて3秒で面倒になった。
もう一度横になり、目をつぶる。
いいさ。間違えて覚えたって大して害はないだろうし、また訊かれたら教えてやってもいいし。
 しかし、もし訊かれなかったら。
「九龍クンたら、またウルウルしてる〜。」
とか言われる度に「何で閏年が出てくるんでしょう?」などと悩むんだろうか。
「フッ……。」
思わず吹き出してしまった。
 教えないでおこう。
ニヤつく頬を抑え切れないまま、俺はただ雲が流れるのを眺め続けた……

2004/12/09(木) Release.

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