001. 始まり ...【百題的小咄

百題的小咄

 (……≪転校生≫か。)
八千穂がキャイキャイと話しかけている声を、まどろみの中で聞く。
 どうでも良かった。
今回の≪転校生≫が自分のクラスに入る事は聞いていたが、動向を探るとか、行動を見張る、といった具体的な指示はない。
(命令なんぞされても、その通り動く気はないがな。)
 転校生が何をしようと、どうだっていい。余計な事さえしなければ。
俺はただこうして、この香りに包まれて眠っているだけだ…
 だが、夢うつつの中で、聞きたくもない≪キーワード≫が耳を掠め、急速に目が覚めた。
(このバカ女め。転校初日の何も知らない奴に、≪墓≫の話なんかするんじゃねェよ。)
≪転校生≫は、興味深げに「墓…ですか?」と訊き返している。
単に物珍しいのか、それとも特別な興味でもあるのか。
(どうでもいい。≪転校生≫の目的など、俺には関係ない───
だが、≪墓≫に近づけさせる訳にはいかぬ。それだけはさせてはならぬ。何が何でも阻止せねばならぬ。
(うるせェな。どうでもいいって言ってるだろう。俺は何もしないと言った筈だ。)
黒い何かが蠢くのを、無理矢理押さえ込む。

 ───お前のためだ、皆守───

「ふァ〜あ、うるせェな……。」
 ≪墓≫の話だけは止めさせよう。
うるさいし、無駄に好奇心を煽るのを放っておいたら、後で俺が迷惑を被るかも知れないしな。
……それでいいんだろ。

「非生産的で無意味な授業を体験するぐらいなら、夢という安息を生産する時間を過ごした方がマシだからな。お前もそう思うだろ? 転校生。」
「…みなかみサン、と仰るのですね。まさしく、みなかみサンの仰る通りでございます。」
 にこー。
という擬音が聞こえるような笑顔。それに、妙に慇懃無礼な口調。
……頭ユルいのか、コイツは。)
適当な話で、とりあえず≪墓≫の話題から逸らしたはいいが、どうにも調子が狂う。
八千穂を見ては、にこー。俺を見ては、にこー。
喋ると、一言一句聴き逃すまいとでもいうように、じっと見つめてくる。
八千穂が話し出せば、またそっちをパッと振り向いて見つめる。目を輝かせながら。
まるで、ご主人様が「エサだぞ」「散歩に行くよ」と言うのを、ひたすら待っている犬のようだ。
 少し可笑しくなって、アロマパイプを差し出し「試してみるか」と訊いてみた。
「ラベンダーは、私も大好きな花でございます!」
などと言うので、ついついアロマテラピーに関する説明もしてやる。
何だか、ここまで一生懸命聴かれると、色々教えたくなってしまうもんだな。俺とした事が……
「ああ…この香りを嗅ぐと、鉢植えのラベンダーを育てていた、マ…、母を思い出し、郷愁の念に駆られます。」
 その台詞にギクリとした。
記憶の中の女が、こいつの言う「母親」に、一瞬重なる。
……バカげた感傷だ。
 頭を振り、視線を落とす。
そしてもう一度ギョッとした。
落とした視線のすぐ先に、頭があったのだ。
それが、今まで八千穂の隣で話していた≪転校生≫の頭だと理解するのに、数秒かかった。
 こいつ、いつの間に───
反射的に蹴り上げかけたが、≪転校生≫から攻撃の気配を感じないのに気付き、慌てて自分を抑えた。
いや、攻撃どころかむしろ、人の懐に入り込んでおきながら、無防備に目をつぶってウットリした顔をしている。
しかも。
「ああ、素敵な香りです〜。」
……。」
何を思い出しているのか、≪転校生≫は涙ぐんでいたのだった。
「はッ。感動の余り、思わず涙を零してしまいました。これは、皆守サンの仰る『あろまてらぴー効果』ですねッ? 素晴らしい効能です!!」
(ほ…本気で感動してやがるぜ。本当に頭ユルいんじゃねェのか?)
俺に気配を悟られず、これほど接近出来たのも、手練れ…というより、あまりに警戒心がないせいかも知れない。

「ひとつだけ、忠告しておく───。」
 ごく自然に、ほぼ無意識に、俺は≪忠告≫をした。
他人がどうなろうと、知った事じゃない。
雑魚の面倒を見なければならない立場でもない。
 だが……
……このガキ(同い年の筈だが)は、何だか放っておかない方がいい気がするぜ…)

「せいとかい…? …解りました、踏まないように気を付けようと思います。ご忠告、痛み入ります!」
 両の拳を握りしめ、ぶんぶんと頷くのを見て、俺は屋上を後にした。
素直なのが、見せかけでなければ良いがな。本当に踏まないように気を付け…
 ……
 踏む?
……アイツ、何と間違えてやがるんだ??」
 思わず振り向くと、≪転校生≫は
「パンは大好きです〜! パン以外の食べ物も大好きです〜! 八千穂サン、一生ついていきますー!」
……などと叫んで、八千穂に懐いているところだった。八千穂は笑い転げている。
………………。」
 とりあえず、奴には放課後にでも、もう一度釘を刺しておく事にしよう。
ある意味で、夕薙大和よりも危険な予感がする…
 平穏で変化のない學園生活が、何やら妙に面倒な方向に進む気がして、俺はアロマに火を付け直した。

……あ〜……ダルい。」


 それが、俺と≪転校生≫───葉佩九龍との出会いだった。

2004/11/30(火) Release.

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