006. リンゴ ...【百題的小咄

百題的小咄

 寮に送られてくる荷物は、大概は昼に届くので、管理人が宅配業者から受け取って預かる。
そして、生徒の帰寮時に手渡される。
夜に着いたものは直接生徒が受け取る事も出来るが、その場合でも、寮の玄関でやり取りをするのが普通である。
業者に化けた犯罪者等を遮断するための安全管理だが、そんな常識とは無縁の闇業者が、最近は寮を出入りしていて、他の寮生を困惑させていた。

「カメ急便でーす。」
 またか。
と、335号室の住人・3−A浜名哲生は思った。
隣に時々、聞き慣れない宅配業者が出入りしているようなのだ。
(みんな玄関まで受け取りに行くのに、隣りの奴だけ何で部屋まで届けてもらえるんだ? 管理人さんは何をしてるんだろう。)
特に正義感が強い訳でもないし、世の中の不平等さに嫌悪感を抱いている訳でもない彼は、単なる好奇心と、あわよくばその業者を紹介してもらって自分も楽をしたい、といった程度の期待で、隣室に行ってみる事にしたのだった。
先だってC組に転校してきた、葉佩九龍の部屋へ。

「隣の浜名だけど〜、ちょっといいかな。」
「えッ? わ、は、はい! 少々お待ち下さい!!」
 中から随分と慌てた声がしたが、ほんの5秒もするとドアが開けられた。
「はい、何かご用でしょうか?」
いつもニコニコ嬉しそうにしている小柄で元気な≪転校生≫は、今は少々変だった。笑顔は笑顔だが、どうも引きつっているようだ。
「今、忙しかった?」
「いえ、そんな事は断じてありません! どうぞお入り下さい。」
 うやうやしく頭を下げて中に招き入れるのに応じて入室すると、部屋の中央に、先程届けられたらしい箱が置かれている。
「それ、宅配の箱?」
「! ええ、えーと、そうでございます……。」
 目に見えて青くなった≪転校生≫は、箱を隅の方に押し込んだ。
「ははは、こんなものは、大変邪魔でございましょう。」
(何動揺してんだろ? 見られちゃヤバイもんでも入ってんのかな。)
「それ、よく『カメ急便でーす』って来る奴だよね。聞いた事ない業者だけど、安いの? 便利?」
「えーと、いえ、これは何と言いましょうか……あ、えーと、インターネットで知った業者さんです。」
「へェ。そうか、俺インターネットやんないから知らないのかー。」
「そ、そうなのですか。あは、ははは。」
(じゃあ普通の荷物は送れないのかな、残念。)
しかし「そんならいいや」と帰るのはあまりに現金な気がしたので、浜名はちょっとだけ会話を続けるつもりで、気軽に尋ねた。
「その荷物、中味何?」

…………あの……ええと……うぇ……うぁ……
 ≪転校生≫は派手に動揺した。
額に汗を噴き出させつつ、あちこちを見回し、手をパタパタと上下させつつ意味不明なうめき声をあげている。
……? 何? 結構言えない系?」
「えッ……ケッ……ケイ? ……えーと……いえ、言えないような物ではなく、取るに足らない物です……ですので、えーと〜……
 何を慌ててんだろ。見られてはまずい物って言ったら、エッチな雑誌とかオモチャとか写真とかか?
健全且つのどかな学生である浜名にとって、「見られるとヤバイ」と言えばその程度のものだ。
「あ!! そうでした! 『実家から送られてきたリンゴ』です!!」
如何にも今思いついたような調子で、両手を握りしめてそう力説する隣人は、どうやら嘘のつけない可愛い人種らしい。
そんな彼にちょっと意地悪をしてみたくなったのと、どうせならソレを見せてもらって楽しみたいな、という期待で、浜名はニヤリと笑った。
「へー。俺、リンゴ大好物なんだよね。良かったらお裾分けしてもらえない?」

 葉佩は5秒ほど固まっていた。
その後「少々お待ち下さい」と言って背を向けると、何やら本───そっと後ろから覗いたら辞書だった───を開いて「お」の項を見ていたかと思うと、バタッとその本を取り落とし、10秒後にゆっくり振り向いた。
……浜名サン。それはつまり、中味をくれ、と仰っておいでなのでしょうか……?」
「うん。あ、タダとは言わないぜ。ウチにも、先日実家から送られてきたミカンあるからさ、交換でどう?」
 その申し出は、相当葉佩を困らせたようだった。
「えーとえーと〜。ミカンとゼラチンでオレンジゼリーが作れますし……いやアレはトキジクノカクノミでしたか……ミカンでも構わないのでは……いえいえ、そういう問題ではありません……えーと……どうしましょうか……
 あまり一生懸命悩んでいるので、そろそろ「中味エッチ系なんだろ? だったらこっちにも回してよ、寮母さんや先生には言わないからさ〜」と言おうとした時。
浜名にとってはタイミング悪く、葉佩にとっては天使の声がかかったのだった。

「九龍、居るか?」
「あ、皆守サン!」
 振り向くと、ノックと同時に開いた扉の向こう、C組の皆守がだるそうに立っていた。
「ん? 何だ、浜名か。珍しいな。……何で俺のクラスの≪転校生≫泣かしてんだ?」
さり気なく微妙〜に『俺の』という台詞が4倍角になっていた上(しかも『クラスの』は1/4倍角)、眠そうな目が一瞬光ったのを浜名は本能で感じ取り、慌てて言い訳をした。

……フン。九龍んトコに届いた荷物がリンゴなら欲しい、って言ったのか。」
「べ、別に、無理にって言ってないし、ヤならいいんだよ。ミカンと交換ならいいかなって、葉佩も言ってたし……だろ? な? 葉佩。」
 自己主張と言うより、もはや救いを求める気持ちでそう言うと、葉佩は目に涙を溜めつつブンブンと頷いた。
……九龍……。」
皆守は何故か大仰に溜息をついて頭を振ると、おもむろに部屋の奥に入っていき、無造作に、問題の箱の蓋を開けた。
2秒ほど中味を眺めた後、パタンと元通り蓋を閉め、振り向きざま葉佩の頭をペシッと軽く叩く。
「あう、痛いです、皆守サ」
「阿呆! もっと日本の社会常識を身につけろと言ってるだろ!」
 そして改めて浜名の方に向き直ると、追い出すように手を振りながら、こう言った。
「ああ、悪いな。こいつは日本に帰ってきたばかりで、よく日本語を間違えるんだ。箱の中味は、お前の好きなリンゴじゃないから、諦めて帰るんだな。」
「皆守サン……。ごめんなさい。私、ええと……。」
「いいさ。今からみっっちり、何が間違っていたか教えてやろう。」
「は、はい。いつもご面倒をおかけ致します。」
「全くだ。……じゃあな、浜名。そういう事で。」
「あ、ああ。いいよ、俺は別に。」
 何とも言えない怪しい雰囲気が怖い。皆守は「早く出て行け」と言わんばかりだし。
浜名は早々に立ち去る事にした。
しかし、ただ邪険にされて帰らされるだけでは、割に合わないような気もする。
せめてこれくらいは、と、最後に尋ねてみた。
「あのさ、聞いてもいいなら……結局、その中味って何だったんだ?」
 皆守と葉佩は一瞬顔を見合わせた。
そして皆守がほんの少し疲れたような、呆れたような顔で、こう告げたのだった。
「そうだな、あー、……パイナップルだ。」

2004/12/16(木) Release.

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